1940話
N-starの異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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昼食の時間も終わり、午後からの仕事に入って少し。
今は冬だというのが信じられないくらい、空には明るい太陽が浮かんでいた。
雲も浮かんでいるのだが、それは雪を降らせるような雨雲ではなく、夏を思わせるような白い雲。
(入道雲っぽいけど……あれって夏じゃないと出来ないんじゃなかったか。気象条件? とかそんな感じで)
完全にうろ覚えの知識ではあったが、それでも入道雲のような雲が浮かんでいるという光景は、レイにとってそう悪いものではない。
雪が降ったりすれば困るが、今は全くそんな様子はない。
……それでも、冬は冬だ。
天気が良く、太陽が冬にしては暖かな日差しを降り注がせているとはいえ、それでも寒さは冬らしいもので、外にいる者の身体を否応なく冷やしていく。
(いっそ、魔法で盛大に焚き火でもするか? いや、けどな。そんなことになっても、暖かいのは近くにいる奴だけだしな。その上、ギルムから見れば火事か何かに見えかねないし)
焚き火については、すぐに却下する。
あるいは、ここがある程度密封された空間であって空気の入れ換えが出来るような場所なら、焚き火をしてある程度暖めるといったことも出来たかもしれないが……外で幾ら焚き火をしても、あまり暖かくないのは確実だった。
そうしてギガント・タートルの解体を眺める。
なお、雪猿の解体は午前中に既に終わっており、その素材もミスティリングの中に収納済みだ。
「レイ、これからどうするの?」
ギガント・タートルの解体を眺めていると、不意に隣にいたヴィヘラがそう尋ねてくる。
もっとも、隣にいるとはいえヴィヘラが見ているのはギガント・タートルの解体ではなく、周囲から近づいてくるモンスターだったが。
ヴィヘラとしては、雪猿くらいのモンスターに現れて欲しいと、そう思っているのだろうが。生憎と今日出てくるようなモンスターは今まで通りコボルトが大半だ。
それでもそこまで不機嫌ではないのは、やはり朝に雪猿との戦闘があったからだろう。
「どうするって言われてもな。正直なところ、やるべきことがない。増築工事の現場にはマジックアイテムの類は隠されてないみたいだし」
「あら、ようやくマジックアイテム説を取り下げる気になったの?」
「そんな訳ないだろ」
ヴィヘラの言葉に即座にそう言い返すも、実際のところはどうやってマジックアイテムを見つければいいのかというのは、レイにも分からない。
それでもマジックアイテム説に拘るのは、出来ればそのようなマジックアイテムがあれば欲しいと、そう思っているからだろう。
(コボルトを集めて、どこそこに突入しろとか、そういう簡単な命令は聞くように出来るんだから、使いようによっては結構便利だよな。盗賊狩りの時とか)
レイにとっての趣味の一つ、盗賊狩り。
それをやる時にコボルトを集めて盗賊のアジトに突入させるといった使い方や、モンスターの群れと遭遇した時の肉壁や捨て駒といったように、使い道は多くある。
(ベスティア帝国に限らないけど、戦争をするって可能性は別になくなった訳じゃないしな)
基本的に量より質を地でいくレイだったが、だからといって量を軽視するつもりはない。
コボルト程度のモンスターであっても、使いようによってはかなり便利な代物なのだ。
だからこそ、レイは今回の一件の起きた理由がマジックアイテムであって欲しいという思いを抱く。
「ふーん。……まぁ、レイがそう思うのなら、別にいいけどね。けど、一応言っておくけど、マジックアイテム以外の可能性というのも、忘れたりしないでね?」
「ああ、それは……ん?」
ヴィヘラに言葉を返そうとしたレイだったが、不意にその動きを止める。
何故なら、ギルムから馬に乗って走ってくる相手がいることに気が付いたからだ。
これで、もし馬に乗っているのが冒険者か何かであれば、特に気にした様子もなかっただろう。
昨日までのヴィヘラ達と同じように、後から解体に合流する者もいるのだから。
もっとも、当然そのような者達は朝から働いていた者に比べると、受け取る金額やギガント・タートルの肉の量も少なくなるのだが。
ともあれ、近づいてくるのが冒険者であればレイも特に気にする様子はなかったが、それがギルドの制服を着ている人物……それもレノラとなると、話は変わってくる。
レイの担当のレノラが、馬に乗って走ってくる。
それは、明らかに異常事態だった。
(レノラって、馬に乗れたんだな。しかもあの様子を見ると結構慣れているみたいだし)
少しだけそんなことを思うが、すぐにレイは少し離れた場所で寝転がり、冬にしては暖かな日差しで日光浴を楽しんでいたセトを呼ぶ。
「セト!」
一瞬前まで日光浴をしていたセトだったが、レイに呼び掛けられるとすぐに起き上がり、走り出す。
レイの一言だけで何をして欲しいのか分かったのか、レイの前まで移動しても完全に止まることはなく、僅かに速度を落とすだけだ。
レイもそんなセトの様子は理解しているのか、自分の前を通ったセトの背に素早く跳び乗る。
「ギルムからレノラが向かってきてる。そっちに行ってくれ」
「グルゥ!」
セトは素早く鳴き、レノラにいる方に向かって走り出す。
ある程度の距離があるとはいえ、そこはセトだ。
それこそ十数秒程度でレノラの乗っている馬の側まで到着し……
「ブルルルル」
当然のように、馬はセトが近づいたことにより怖がって、動きを止める。
普通の馬にしてみれば、セトのような絶対的な強者が自分目掛けてやってくるというのは、恐怖以外のなにものでもない。
あるいはギルドの馬車を牽いている馬であれば、セトと一緒に行動したこともあり、多少であっても慣れていたりもするのだが……レノラが乗ってきた馬は、そのような馬ではなく、セトと遭遇するのもこれが初めてだった。
とはいえ、レノラから事情を聞きに来たレイにしてみれば、それは寧ろ歓迎するべきことだったが。
「レイさん!」
レノラも、セトに乗ってくるのが誰なのかというのは分かっていたので、戸惑ったりするようなことはなく、叫ぶ。
「何があった!? こうして、レノラが直接来るってことは、俺に何か用事があったんだろ?」
「はい。じつは警備兵の方から連絡がありまして……」
その言葉で、レイは何故レノラがわざわざやって来たのかという予想が当たったことを確信する。
コボルトの一件で何かあったら、すぐにギルドを通して自分に知らせると言われていたのだから。
それでも、まさかレノラが来るとは思ってもいなかったのだが。
てっきりギルド職員であっても下働きをしている者や、もっと荒事に慣れているような者を派遣してくると思っていたのだ。
……レイと一番親しい――ケニーからは不満の声が上がりそうだが――レノラが来たということは、分かりやすく何かがあったということを示す、という目的がギルドにあったのかもしれないが。
「コボルトの一件だよな?」
警備兵からの連絡ということで心当たりがあるのはそれしかない。
それでも、もしかしたら違うかもしれないので、念の為に聞いてみたが……次の瞬間、レノラは素早く頷く。
「はい。何でも拠点を見張っていた警備兵の人達が襲われて怪我をしたと。幸い死んだ人はいなかったようですが、骨折をした人は何人も出たそうです」
「……そう来たか」
まさか、ここまで堂々と攻撃を……それもギルムの中では治安を守っている警備兵を攻撃してくるというのは、レイにとっても少し予想外の出来事だった。
拠点が見張られていることに気が付いたのなら、もうその拠点を使うようなことはないと、そう予想していたのだが。
「はい。それで、この件を至急レイさんにも知らせて欲しいと警備兵の方がギルドに来て……ここにいてくれてよかったです」
ギガント・タートルの解体を依頼しているのだから、恐らくここにいるだろうというのは、レノラも予想していた。
実際には、レイは色々な場所を行き来していたこともあり、ここにいたのは偶然に等しかったのだが。
事実、午前中はギルムの中を色々と歩き回っていたのだから。
「分かった。なら、おれはすぐに警備兵の詰め所に向かう。昨日の詰め所でいいんだよな?」
「はい、それで問題はないかと」
ギルムは一応街という規模とされているが、実質的には準都市と呼んでも間違いのない規模だった。
それだけに、警備兵の詰め所もギルムの中には数十ヶ所……もしかしたらそれ以上の数が設置されている。
レノラにどこの詰め所に行けばいいのかを確認すると、レイはセトに合図を出す。
その合図を理解したセトは、レノラをその場に残してギルムに向かう。
「じゃあ、俺は先に行く!」
「はい!」
そうして短く言葉を交わし……セトは本当にすぐにギルムの正門に到着する。
正門の警備兵も、警備兵が襲われた一件やレノラがレイを呼びに出て行った件は知っていたので、いつものように無駄話をするようなことはなく、素早くギルムに入る手続きを済ませた。
「頼む!」
警備兵からの短い言葉に頷き、レイはセトを降りて詰め所に向かう。
セトに乗ったままなら、それだけ早く詰め所に到着したのだろうが……そのような真似をした場合、ギルムの住人が何があったのかと騒ぎになる可能性もあったし、セトが走ることで驚いて転んだりする者も出かねない。
それでも今のレイとセトの様子から、急いでいるというのは周囲にいる者達にも理解出来たのだろう。
セトと遊びたそうにしていた者も多かったが、それぞれ我慢する。
中にはレイの都合も考えずセトと遊ぼうとした者もいたのだが、幸いにしてそのような者は周囲の者達によって止められた。
……本当に、幸いなことに。
もし止められずセトに話し掛けようとした場合、恐らくはセトに無視され……場合によっては不機嫌そうな唸り声を聞かされることになった筈なのだから。
いつもは愛くるしいセトだったが、最優先にすべきはやはりレイなのだ。
そのレイの邪魔をするような相手は、当然のようにセトにとっては嫌いな相手として認定される。
ともあれ、誰にも邪魔されることなく進んだレイとセトは、やがて午前中にもやってきた警備兵の詰め所に到着する。
詰め所の前には、いつもと違って人が立っている。
一応その表情は険しいものではなかったが、緊張感を隠し切れてはいない。
誰か怪しい奴が近づいてこないかといったことを警戒していた警備兵だが、レイとセトの姿を見た瞬間に少しだけ安堵した様子を見せた。
「何でも、見張っていた奴が襲われたって?」
「ああ。……幸い、襲ってきた連中は赤布で、そこまで大きな怪我をした者はいなかったんだが……使わせて貰っていた建物とかが大きな被害を受けたよ。取りあえず中に入って、そっちで詳しい事情を聞いてくれ」
警備兵の言葉にレイは頷き、セトをその場に残して詰め所に入る。
(そう言えば、見張りに使っていた建物は善意で借りてたとか言ってたな。何でここまで不機嫌そうにしているのかと思ったけど、それが理由か)
詰め所の中にいる警備兵達は、外にいる者と違って人前に出るといったことを心配しなくてもいい為か、厳しい表情のままだ。
「襲撃されたって?」
既にその辺りの事情はレイも理解していたが、それでもまずは色々と詳しい事情を聞く為に、警備兵達に向かってそう尋ねる。
そんなレイの言葉に、不機嫌そうにする警備兵達。
だが、レイは今回の一件に大きく関わっている以上、事態を隠すといった真似は出来ない。
「ああ。ったく、何で見張っているのを向こうに知られたのかは分からないが、思い切り奇襲を食らったよ」
「で、また赤布だって? ……もしかして、グランジェが率いていた赤布の生き残りもいたとか、そういう感じか?」
「残念だが、その辺は俺達にも分からない。一応、襲ってきた赤布の大半は捕まえたが……」
「後でレイに確認して貰えるか?」
警備兵のその言葉に、レイは言葉に詰まり……やがて首を横に振る。
「悪いが、それは止めておいた方がいい。俺も赤布の連中の顔は殆ど覚えていないしな。多少会話をした相手なら、まだ印象に残ってるけど」
レイにしてみれば、それこそ量産型のチンピラといった様子の赤布だけに、その顔はかなりうろ覚えだ。
そのような状況で捕まった赤布達を見ても、本当にそれが昨日遭遇した赤布なのかどうかの判断は出来ない。
それこそ、下手をすれば致命的なミスをしてしまう可能性もあるので、レイは断ったのだ。
警備兵達もレイの気持ちは理解出来るのか、その件に関してはすぐに納得する。
もし警備兵達がレイと同じような立場になったとしても、もしかしたら赤布の顔をしっかりと覚えていられたかどうかというのは、微妙なところだったからだ。
そうして、どこか微妙な雰囲気が詰め所の中に広がるのだった。