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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1936/3865

1936話

「では、昨日のスノウ・サイクロプスの時のように、血抜きはお願いしても?」

「ああ、それで構わない」


 大量に存在する雪猿の死体を前に、レイはギルド職員の言葉にそう答える。

 実際のところ、血抜きをするというのもそうだが、魔石を取り出すのとそれを吸収したりする光景を見られたくないために、別行動をするのだが。

 ……血抜きをする時に、木に吊すといった真似をするのが手っ取り早く、にも関わらずこの辺にそれに丁度良い木がないというのも、その理由の一つではあった。


「ヴィヘラはどうする? ビューネの方はコボルトを倒すのに参加してるみたいだけど。俺と一緒に来るか?」


 視線の先では、今日もまたレイが地形操作で作った土の迷路から抜け出たコボルトを相手に冒険者達が戦っているのが分かる。

 そんな冒険者の中にはビューネの姿もあり、そのビューネの相棒兼保護者といった扱いのヴィヘラはどうするのかといったように、レイは尋ねたのだ。

 レイの言葉に、ヴィヘラは少し考え……やがて、首を横に振る。


「やめておくわ。ここにいれば、もしかしたらギガント・タートルの血の臭いに惹かれて、他にも強いモンスターがくるかもしれないし。それに、何かあった時にビューネと意思疎通出来る人が必要でしょう?」


 そう言われれば、レイもそれ以上に突っ込んだことを言うようなことはない。

 実際、レイもビューネとはそれなりに長い付き合いで、大体何を言いたいのかといったことは仕草で分かるようになってはいるが、ヴィヘラのように完全にビューネの意思を理解出来るといった訳ではないのだから。


「分かった。なら、こっちの守りは頼む。……ヴィヘラなら、寧ろ強力なモンスターは大歓迎とか言いそうだけどな」

「あら、分かってるじゃない。強力なモンスターなら、どれくらい来てくれても構わないわ」


 そう言い、戦いについて想像を巡らせているのかうっとりとした表情を浮かべる。

 そんないつものヴィヘラらしい様子に、レイは笑みを浮かべ……ギルド職員がヴィヘラの放つ雰囲気に圧倒されているのを見ながら、セトを呼ぶのだった。






「んー……てっきり、スノウ・サイクロプスの血の臭いに惹かれてモンスターが集まってると思ったけど、何もいないな。もしくは、ギガント・タートルの方に行ったのか?」


 昨日スノウ・サイクロプスの血抜きと魔石の取り出しを行った場所に到着すると、そこに特に何かモンスターの類は存在しなかった。

 出来れば未知のモンスターがいて欲しかったのだが、コボルトやゴブリンしかいないよりはマシかと判断して、そのまま地上に降りる。


「……ああ、でもモンスターが来てはいたんだな」


 昨夜降った雪に幾つもの足跡があるのを確認し、そう呟く。

 それでも今は全くモンスターがいない以上、雪猿の血抜きを優先する必要があった。

 最終的に十匹以上の死体がある以上、それら全てを血抜きする。

 幸いにも昨日のスノウ・サイクロプスと比べると半分以下の大きさなので、吊す場所には困らない。

 ミスティリングからロープを取り出したレイは、雪猿の死体を傷口を下にするように吊していく。

 首を切断された以外にも、胴体を切断されたりした死体も多かったので、吊す数は何だかんだと多くなってしまったが。

 ともあれ、そのような感じで吊していったレイから少し離れた場所では、セトが周囲の様子を警戒していた。

 これだけ派手に血抜きをしているのだから、その臭いを嗅ぎつけたモンスターがやってきてもおかしくはないと、そう思った為だ。

 レイが何も言わずとも自主的に周囲の様子を警戒している辺り、セトにとってもこのような行為は慣れたものなのだろう。


(まぁ、近くにモンスターがいても、このギガント・タートルの血の臭いに引き寄せられる可能性の方が高いだろうけど)


 ギガント・タートルとスノウ・サイクロプス。

 そのどちらがモンスターにとって魅力的かと言われれば、間違いなく前者だろう。

 ランクの違いとして、それは決定的だった。

 実際には、相手が悪いだけで、普通に考えると間違いなくスノウ・サイクロプスの血や肉といったものはその辺のモンスターにとっては十分なご馳走なのは間違いない。


「とにかく、血を流している間は暇なのは間違いないし、何をしてるかな」


 呟きつつ、周囲の様子を確認するレイ。

 雪猿の血の臭いが強烈に周囲に漂う。

 一匹当たりの血の量はスノウ・サイクロプスに比べれば少ないのだが、数が多い。

 それだけに、どうしても血の量が多くなり、結果として周囲に漂う鉄錆臭は強くなってしまう。


「んー……これはもういいか?」


 胴体で切断された雪猿は、当然ながら流れる血も多くなり、何より切断面から胃や腸といった内臓がぶら下がっているのが非常に不気味だ。

 とはいえ、このエルジィンという世界に来てから、既に数年。

 何度となくモンスターの解体をしてきた身としては、このような光景は既に慣れていた。


「魔石は二つあればいいんだし、取りあえずこれで一つ、と」


 上半身しかない雪猿の胸を切り裂き、そこから魔石を取り出す。

 まだ完全に血が抜けていない為に、魔石にはいつもより多くの血が付いていて、レイの手を汚す。

 だが、レイはすぐにミスティリングから取り出した布で魔石を拭き……近くの木からぶら下がっているもう一匹の雪猿に視線を向ける。

 この雪猿は首筋をヴィヘラの持つ手甲から伸びた魔力の爪で切り裂かれており、戦闘が終わるまでの間にも大分血を流していた。

 おかげで既に多くの血が流れ、デスサイズによって胴体を真っ二つにされた雪猿程ではないにしろ、既に流れている血の量はかなり少ない。

 こちらも同様に胸を切り裂いて魔石を取り出し……


「セト!」


 少し大きな声でセトを呼ぶと、周囲の様子を警戒していたセトは呼んだ? と、嬉しそうにレイに近づいてくる。

 嬉しそうにしているのはレイに呼ばれたからというのが大きいが、それと同時に魔石を吸収するということが嬉しいからというのも大きい。

 未知のモンスターの魔石を吸収するというのは、セトにとってもやはり自分が強化されるということで、嬉しいのだろう。


「さて、お待ちかねの魔石だけど……どんなスキルだと思う?」

「グルゥ……」


 レイの問いに、セトは分からないといったように喉を鳴らす。

 実際、今までもそのモンスターが得意としているスキルを習得したりといったことは多かったが、そのモンスターの魔石で何故このスキルが? といったこともあった。

 それだけに、雪猿の魔石を吸収しても具体的にどのようなスキルを習得出来るのか……もしくは何も習得出来ないのかが、セトには分からなかったのだろう。

 もっとも、レイだってその魔石でどのようなスキルが習得出来るのかといったことは分からないのだから、答え合わせをするには実際にその魔石を吸収してみせる必要があるのだが。


「セトにも予想は出来ないか。……まぁ、雪猿ってくらいだし氷系統のスキルか? 実際にヴィヘラとの戦いでは氷とかを爪に纏わせて戦っていたし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、そうだといいなといったようにセトは鳴き声を上げる。

 セトが持つ氷系のスキルといえば、アイスアローだろう。

 もしくは、氷ではなく水だが水球というスキルもある。


(出来れば、アイスアローのレベルが上がって欲しいんだけどな)


 現在、アイスアローのレベルは四。

 つまり、ここでレベルが上がれば、次はレベル五になる。

 そしてレベルが五になれば、スキルは今までとは比べものにならないくらいに強化される。


「よし、セト。ほら」


 その言葉と同時に、レイは持っていた魔石を一つ、セトに差し出す。

 セトはクチバシでその魔石を飲み込み……


「……駄目、か」

「グルゥ」


 脳裏にいつものアナウンスが流れないことを残念に思いつつ、レイが呟く。

 セトはそんなレイに、ごめんなさいと喉を鳴らす。


「気にするなって。昨日のスノウ・サイクロプスでスキルは入手したんだから、そこまで落ち込む必要はないだろ。……さて、そうなるとデスサイズでは……」


 セトを撫でながら励まし、レイはミスティリングからデスサイズを取り出し、空中に放り投げる。

 次の瞬間にはデスサイズを一閃し……


【デスサイズは『氷雪斬 Lv.一』のスキルを習得した】


 脳裏にアナウンスが響く。


「おお」

「グルゥ!」


 驚きの声を上げるレイに、おめでとうと嬉しそうに喉を鳴らすセト。


「氷雪斬、氷雪斬……ね。雪猿の戦い方を考えると、大体効果は想像出来るけど……セト、ちょっと下がっててくれ」


 そう言い、大人しくセトが下がったのを見てから、レイはデスサイズを振るう。


「氷雪斬!」


 スキルを発動した瞬間、デスサイズの刃は若干大きくなる。

 それは、デスサイズの刃が氷に包み込まれていた為だ。

 氷で出来た刃は見るからに鋭そうではある。あるのだが……


「うーん……普通にデスサイズに魔力を通して振るった方が、威力は高そうな……まぁ、氷が弱点の相手になら、効果は高いのか? 攻撃範囲が広がるのは、助かるけど」


 刃が氷で覆われた分、多少ではあるがデスサイズの攻撃範囲は広まっている。

 それは間違いのない事実なのだが、それでも意図的にこのスキルを使う必要があるかと言われれば……レイとしては、首を傾げることしか出来ない。

 もっとも、炎の魔法しか使えないレイにとって、氷系の攻撃手段というのはかなり貴重だ。

 そういう意味では、使う機会があるかもしれないが。


「とりあえず、冬の間は使い道があまりないスキルだな。……夏辺りに、もしくは火山とか砂漠に行くのなら、結構使い勝手は良さそうだけど。あ、でも砂漠のモンスターだと、寧ろ氷は喜ぶのか?」


 若干の疑問を抱きつつも、レイは幾らか満足そうに氷雪斬を解除し、デスサイズをミスティリングに収納する。


「グルルルルゥ!」


 近くでレイの様子を見ていたセトも、自分がスキルを習得出来なかったことを忘れたかのように、レイに向かっておめでとうといったように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、自分の大好きなレイがこうしてスキルを習得したというのは嬉しいことだったのだ。

 それこそ、自分がスキルを習得出来なかったことを悲しむよりも前に、嬉しそうに鳴き声を上げるくらいには。


「ありがとな、セト。お前が喜んでくれて嬉しいよ」


 レイもセトに嬉しそうにされて、笑みを浮かべながらその頭を撫でる。

 雪猿の血の臭いが漂っている中で、レイとセトは暫くの間戯れ……やがて木からぶら下げられている雪猿の死体から流れる血が全て流れ終わると、その死体を木から下ろして死体を収納していく。

 一分程度で周囲の木にぶら下がっていた雪猿の死体は全てがレイのミスティリングの中に収納されていた。


(酒池肉林……酒はないから酒池ではないけど、肉林という意味ではその通り……なのか? 見ている方にすれば、全く面白くなく、不気味でしかない肉林だろうけど)


 レイのイメージとしては、酒池肉林というのは……それこそ高い地位にある者が大量の女や酒を集めて行う宴会という認識だ。

 実際の意味としては色々と違うのかもしれないが、レイの認識としてはあくまでもそのような感じだった。


「さて、肉林も片付けたし、そろそろ戻るか。この雪猿も解体して貰う必要があるしな」

「グルゥ?」


 肉林? とセトが不思議そうに喉を鳴らす。

 レイのことを理解しているセトではあったが、それでもいきなり肉林などという言葉が出てくれば、それに戸惑うのは当然だった。


「いや、何でもない。取りあえず向こうに戻るぞ」


 少しだけレイが恥ずかしそうにしていたのは、肉林という言葉を口にしたからか。

 ともあれ、レイはセトの背に乗ってその場を飛び立つのだった。






「では、この雪猿の解体はお任せ下さい」


 ギガント・タートルの解体が行われているすぐ側でギルド職員にそう言われたレイは、頷いて口を開く。


「昨日のスノウ・サイクロプスの解体もかなり綺麗に出来てたからな。雪猿の解体について疑ったりはしないよ」


 レイの言葉通り、昨日頼んだスノウ・サイクロプスの解体は、見事に……それこそレイが解体するよりも綺麗に解体されていた。

 それを見れば、レイが解体について不安を持たないというのは当然のことだ。

 ……もっとも、ギガント・タートルの解体をしている者の中で比較的手の空いている者がスノウ・サイクロプスの解体を行ったので、昨日解体した人物が今日もまた雪猿を解体するのかと言えば、必ずしもそうとは限らないのだが。

 ともあれ、レイはギルド職員の言葉にそう返し、早速ミスティリングの中に入っている雪猿の死体を取り出すのだった。

【デスサイズ】

『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.四』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.二』『氷雪斬 Lv.一』new


氷雪斬:デスサイズに刃が氷で覆われ、斬撃に氷属性のダメージが付加される。また、刃が氷に覆われたことにより、本当に若干ではあるが攻撃の間合いが伸びる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 2匹目の雪猿の魔石だと魔獣術の条件を満たしてないのでは? ヴィヘラが倒した雪猿だし。 セトが倒した首なしの魔石を使わないと。 もしかしたら、だからスキルを取れなかったと後で気づくパター…
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