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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1929/3865

1929話

 土壁を壊す為にやって来た。

 そう言われたレイだったが、特に驚いた様子はない。

 そもそもの話、目の前にいる赤布の者達の様子を確認すれば、土壁を壊すためにやってきたということを予想するのは難しい話ではない。

 武器ではなく、樵が使うような斧を手にしている者が殆どだという時点で、何らかを壊しに来たというのは想像出来る。


「そうか、土壁をな。ただ、言わせて貰えば……俺が作った土壁は普通の土壁じゃなくて、魔法で作った代物だ。それこそ、お前達がちょっとやそっと頑張ったところで、壊すのはまず無理だぞ。実際、コボルトが引っ掻いても傷は殆ど付かないし」

「それは……」


 土壁を壊すと言っても、レイが怒っていないことに赤布の者達は驚く。

 それこそ、てっきりこの場で叩きのめされる……場合によっては手足の一本や二本失ってもおかしくはないと、そう思っていたからだ。


「おいっ! 何で怒らねえんだよっ!」


 寧ろ、レイの代わりに怒ったのは十人程の集団……レイが土壁の様子を見に行った時に、土壁を作ったことで文句を言ってきた男だ。


「何でと言ってもな。この程度の連中に土壁は壊せないのは間違いないし……何らかの理由で壊されたりしたら、それこそまた作ればいいだけだろ」


 あっさりと、そう告げる。

 それこそ、その辺にあった砂山が壊されたから、また砂を集めて砂山を作ればいいと、そう言っているかのように。

 その言葉に唖然としたのは、赤布の男達……ではなく、実際に土壁をその目で見たことのある集団だった。

 ギルムの外と中を完全に遮断したあの土壁は、素人から見ても作るのにかなり苦労するように思える代物だ。

 それだけに、レイの口から今のような言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 もっとも、実際に土壁を作るのはデスサイズの地形操作のスキルを使えばそこまで難しい話ではない。

 水を染みこませて凍らせ、頑丈さを補強するという意味では手間が掛かっているが、それだってマリーナを呼んでくればすぐに出来る。

 ……本来ならマリーナ程の精霊魔法の使い手を雇うとなれば相応の金が掛かるのだが……その辺は、パーティメンバーだから、手伝い感覚でやって貰っていた。

 ともあれ、土壁はレイとマリーナの二人がいれば、それこそ一時間も掛からないで完成する。

 それを分かっているからこそ、レイはあっさりと言ったのだが……レイがどのようにして土壁を作ったのか分からない男達にしてみれば、何を言ってるんだこいつは、というのが正直な気持ちだった。


「ただ、まぁ……」


 何人かが何かを言おうとしたが、レイはそれを遮るように口を開き……じわり、といった様子で殺気を滲ませる。

 そんな殺気に気が付いた訳でもないのだろうが、赤布の男達はレイの視線に気圧されたように黙り込む。


「幾らすぐに直せるからって、壊されて気分が良いものじゃないのは間違いないな。とはいえ、取りあえずその辺に関してはともかくとして、お前達が赤布だというのなら、丁度聞きたいことがあったんだよな」


 そんなレイの態度に、赤布の男達は我知らず数歩後退る。

 レイの放つ殺気を感じ取ることは出来ないが、それでも得体の知れない迫力に押されてしまったのだろう。


「な、何だよ」

「土壁を壊そうとしていたことから考えて、お前達はコボルトの一件に何らかの関わり合いがあるだろ。そうだな、例えば何らかのマジックアイテムを使って、コボルトをギルムに呼び込んでいるとか」


 コボルトを呼び寄せるマジックアイテムがあるというのは、あくまでもレイの予想……いや、勘や希望的観測と呼んだ方がいい。

 実際には無理があるのではないかと、レイも思っていたのだが、こうして実際に赤布の者達が現れたとなれば、話は別だろう。

 マジックアイテム云々はともかくとして、コボルトの一件に赤布の者達が関わっている可能性は非常に高くなったのだ。

 だが……レイが尋ねた赤布の男の口から出たのは、予想外の言葉。


「は? コボルトの一件って……何で俺が?」


 それが何かを誤魔化そうとしているのであれば、レイにもそれを見抜くことが出来ただろう。

 嘘を吐くのが上手く、レイの目を誤魔化せたとしても、この場にいる赤布全員がそうだということは有り得ない。

 しかし、意味が分からないといった様子を見せた男の言葉に、その場にいた赤布の者達全員が同じような表情を浮かべていた。

 それは冗談でも何でもなく、レイの言ってることの意味が全く分からないといったことの証だった。


(え? あれ? 本当に違うのか? いや、けど、じゃあ何でこいつらは土壁を壊しに来たんだ?)


 レイの視線の先で、赤布の男達はそれぞれが視線を交わす。

 レイが何を言ってるのか分からないが、今の状況を考えれば迂闊なことは言わない方がいいだろうと、そう判断して。

 そんな視線を向けられたレイは、疑問を抱きつつ考える。


(こいつらがコボルトの一件に関わっていない? けど、じゃあ、それなら……いや、待て。そう言えばこいつらは自分で決めてここに来た訳じゃなくて、土壁を壊すように言われてここに来たって言ってたよな。つまり……)


 レイの視線から放たれる圧力はより一層強くなり、口を開く。


「お前達、誰かに言われて土壁を壊しに来たんだよな。誰に言われてだ?」


 そこに戻る。

 赤布の男達がコボルトの一件について関わっていないのは、今の様子を見れば理解出来る。

 ならば、土壁を壊すようにと言った相手はどうか。

 わざわざ土壁を壊すようにと命令した以上、そこには絶対に何らかの理由がある筈なのだ。

 当然のように、コボルトの一件について関わっていると思ってもおかしくはないだろう。


(それでここにいる連中が何も知らされていないのだとすれば、この連中は単なる捨て駒ということになる。……元々赤布が捨て駒だったという可能性は高いが)


 そんな風に思いつつ相手の言葉を待つが、赤布の男達はレイの言葉に何かを言ってくる様子もない。

 何人かが顔を見合わせてはいるが、それだけだ。

 その様子が、まるでどうする? と言ってるように思え、レイとしてはそんな態度に若干の苛立ちを見せる。


「どうした? 誰が頼んだか、それは俺にも言えないことなのか? ……言っておくが、この返答によっては、お前達がこれからどうなるのかというのが決まるんだ。それを理解した上で行動をしろよ」


 そう告げるレイだったが、実際に土壁を破壊している光景に出くわした訳でもない以上、レイが赤布の男達をどうこうする権利はない。

 出来て、元赤布の男達だと警備兵に突き出すくらいか。

 だが、赤布の男達はレイがどのような性格の人物かは十分に知っており、ましてや今のレイからは妙な圧迫感のようなものを受けている。

 実際にはそれは軽い殺気なのだが、そのことを理解出来るような強さを持った者は赤布の男達の中にはいない。


「そ、それは……」

「おい、ちょっ、言ってもいいのかよ!」


 赤布の中の一人がレイを前にした緊張感に耐えきれず口を開こうとしたのだが、その側にいた男が戸惑ったように言う。

 自分達を雇っていた相手がただ者でないことは明らかなのだから、ここでそれを口にすれば、後で何か酷い目に遭うのではないかと、そう思ってしまっても仕方がない。

 だが、口を開こうとした男にとっては、将来的に報復に現れるかもしれない相手と、現在自分の目の前にいるレイのどちらが怖いのかと言われれば、それは圧倒的に後者だ。

 そして何より……


「俺達を雇って命令していたのは、あくまでも使いっ走りとか、そういう奴だ。本当の意味で俺達を雇っている連中は見たことがねえ! それに……いつの間にか仲間も消えてるし……」


 男の言葉、それも仲間が消えているということには、他の者達も思うところがあったのだろう。

 最初に口を開いた男に対して、不満の視線を向けていた者も、それ以上は黙り込む。


「仲間が消える? それは単純に警備兵に捕まったとか、もしくはこれ以上お前達に付き合ってはいられないと判断してお前達の前から消えたとか、そういうことじゃなくてか?」

「そ、そうだ。つい昨日までは仲良く話していたのに、いつの間にか消えてるんだ。そんなことが何回もあった」


 必死にそう告げる男の表情は、嘘や出任せを言ってるようには思えない。

 間違いなく心の底からそう言っているのは明らかだ。


(人が消える、ね。……そもそも、この赤布の連中が今までどうやってすごしてきたのかも分からないけど、話を聞く限りだと皆が一緒に暮らしてたのか? まぁ、それも分からない訳じゃないけど)


 一つ一つは小さな騒動であっても、それを毎日のように……いや、それ以上に何度も起こしたのだ。

 そうなれば、例え非常に目立つ赤布をつけていても、その赤布以外に視線を向ける者が出てきてもおかしくはない。

 実際、土壁の前でレイに不満を口にした男は、赤布の顔を覚えていたのだから。

 そうである以上、赤布の者達も好き勝手に出歩く訳にいかなかったのは間違いない。

 特に今のギルムは、冬ということもあって他の街からやって来たり、他の街に行く者がいない……訳ではないが、それでも人の出入りはどうしても少なくなる。

 それでも増築工事の影響で例年よりはそれらの人数が多いのだが、それでも赤布の者達を見ても気が付く者は必ずいる筈だった。


「なるほど。そうなると、お前達はある程度纏まって暮らしていた訳か。なら、食料とかそういうのはどうしてたんだ? やっぱりそれもお前達を雇っていた奴が持ってきたのか?」

「そうだ」


 もうここまでくれば、下手な言い訳は一切通用しないと判断したのだろう。

 赤布の中で、最初にレイに向かって白状しようとした者がそう口にしても、それを邪魔するような者は誰もいなかった。


「なら、その食料を持って来る奴はここにはいないのか? そいつなら、多少は事情も理解出来てるんじゃないか?」


 そう尋ねるレイだったが、赤布の男は首を横に振ってそれを否定する。


「そういう奴はいるけど、ここにはいねえよ。別に全員で来た訳じゃないし」

「なら、誰がお前達を率いてるんだ?」


 赤布というのは、それこそ他人に合わせたりといった真似をするような者は少なく、我の強い者が多い。

 そのような者達が集まれば当然のように喧嘩になったりするのだろうが、今はそのような様子もない。

 ……もっとも、喧嘩になるよりも前に、土壁の前でレイと出会った集団と言い争いになってしまったのかもしれないが。

 ともあれ、誰かリーダーを任されている者がいる筈だと尋ねるレイの言葉に、言葉を交わしていた男を含めた赤布達は一人の男に視線を向ける。

 それは、レイにとっては意外なことに、赤布の中では特に目立つ様子を見せない男だ。

 だが、周囲の視線が……そしてレイの視線が自分に向けられたと気が付くと、一歩前に出る。

 不思議と、その一歩で男の存在感が増したように思えた。

 事実、男の周囲にいた他の者達は自然と身体をずらして道を空けるといった真似をしたのだから。


「初めまして。私が一応この者達を率いている、グランジェと言います」


 そう言って丁寧に頭を下げてくる仕草は、それこそ他の者達とは明らかに違うというのがレイにも見て取れた。


「一応聞くが、お前は赤布の一員か? それとも、赤布を雇ってる方の一員か?」

「そう、ですね。正直なところ難しいかと。具体的には、その中間といったところでしょうか」


 中間? と疑問を抱くレイだったが、視線でグランジェに言葉の先を促す。

 グランジェの方も、ここで自分が下手な真似をすればレイによって捕らえられる……いや、場合によってはもっと酷い目に遭わされるだろうと判断しているのだろう。

 特に隠す様子も見せず、説明を続ける。


「まず言っておきますが、私は赤布の一員という訳ではありません。今回の一件でこの人達にきちんと仕事させるようにと言われて、雇われた者です」


 そう告げる様子のグランジェを見れば、その言葉にも微妙に納得出来るものがある。

 レイが知ってる限り、赤布というのは全員が粗雑な性格で、このような言葉遣いをする者はいなかった。

 赤布に所属している者達全てを知っている訳ではない以上、もしかしたら赤布の中にもそのような人物がいた可能性はあるのかもしれないが。

 だが、グランジェの言葉に納得したのはあくまでもレイだけで、それ以外の赤布の男達はグランジェに信じられないといった視線を向ける。


(全員が見たことがないのに、今まで誰もそれを口に出さなかった。となると、赤布の連中は雇い主に匿われてはいたが、一ヶ所に集められていたって訳でもないのか?)


 そう疑問に思うレイの視線の先で……男は周囲の様子を特に気にした様子もなく笑みを浮かべ続けるのだった。

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