1923話
N-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~を更新しています。
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「じゃあ……その、すぐに戻ってきますので」
スーチーはギルド職員に頭を下げ、スラム街の仲間達と……そしてギルド職員が用意した護衛の冒険者と共に、スラム街に向かった。
それを見送ったレイは、自分の隣で嬉しそうにしてスーチー達を見送っているギルド職員を見ながら、口を開く。
「上手い具合にやったな」
ギルド職員は、そんなレイの言葉に若干照れたような笑みを浮かべる。
ギガント・タートルの解体現場でギルド職員が口にした様々な言葉は、スーチーを含めたスラム街の住人の心を奪うには十分だった。
結果として、レイがギガント・タートルをミスティリングに収納している間に相談はあっという間に終わり、殆どの者がギルド職員の提案を受け入れることになった。
……中には自分の腕に自信があったり、スラム街を出たくない者もおり、そのような者達はギガント・タートルの解体には参加するが、今まで通りスラム街で暮らすことを選択したが。
そうしてギルド職員はギルドに戻ると自分の出来る範囲で手続きを行い、スーチー達は護衛付きでスラム街に戻ることになったのだ。
「そうですね。ギルドとしても、今回の件は予想以上に上手くいったと思います。何より、スーチーさん達はスラム街の人間であっても、しっかりと真面目に仕事をこなします。それを知ることが出来たのは、大きいですね」
ギルド職員は、今回のギガント・タートルの解体について全面的に協力することになっている。
当然ながら、解体に参加した者に対しての報酬もギルドやダスカーから出ているものであり、だからこそ少しでも出費を抑え、その上でギルドの利益になるように行動する必要があった。
そういう意味では、スーチー達はまさに掘り出し物と言ってもいい。
「まぁ、スーチー達にとっても、ギルドで雇われるというのは助かる話だろうけど……騙して使おうとか、そういうことは考えない方がいいぞ?」
「勿論ですよ。基本的に下働きで報酬はそこまで高くないですが……それでも、スラム街よりは良い暮らしが出来るのは間違いないでしょうし」
その言葉を聞いて、レイは少しだけ安心する。
ギルド職員がレイの紹介で働きに来たスーチー達を騙すような真似をするとは思わなかったが、それでも万が一ということがある。
そうなった場合、それはスーチーを連れてきたレイにとって、到底許せることではない。
「分かった。なら、俺からはこれ以上何も言わないよ。それと、俺はそろそろ帰るけど、そっちに最後まで付き合わなくても大丈夫か?」
「ええ、それは問題ありません。先程ギルドに戻った時に聞いてみたら、倉庫の方の片付けも大体終わったということでしたし。それに暖房用のマジックアイテムも運び込んだとのことで、問題なく倉庫の中で暮らすことは出来ますよ」
夏ならまだしも、冬の今、倉庫の中はかなりの寒さだろう。
それを和らげる為に暖房用のマジックアイテムを持ち込んだのだろうが……本当に大丈夫か? という思いが、レイの中にはあった。
日本にいた時、冬に学校の集会をやる為に体育館に移動可能な暖房器具が用意されていることがあったが……体育館の広さを考えると、全く暖かくはなっていなかった。
暖房器具の側にいる者であれば暖かいのかもしれないが、体育館に並んでいる生徒達にしてみれば、それは全く意味をなさないものだった。
ギルド職員が倉庫と言っていて、五十人……いや、その家族や友人、恋人といった者達を連れてくるとなれば、最低でも百人以上にはなるだろう者達が寝泊まりする倉庫ともなれば、当然のように相応の広さがあってもおかしくはない。
それだけの広さを暖めることが出来るのか? と思ったレイだったが、考えてみればそれはマジックアイテムなのだから、もしかしたらその程度のことは普通に出来るのではないかとも思う。
また、倉庫ではあってもギルドの倉庫である以上、隙間風の類も存在しない。
であれば、多少寒くてもスラム街で寝泊まりするより暖かいのは間違いない筈だった。
「そうか。じゃあ、頼んだ」
色々と倉庫について聞いてみたいと思わないでもないレイだったが、その辺のことを聞くと若干面倒なことになるような予感を抱き、それだけを言ってその場を後にする。
少し離れた場所で何人かの大人や子供に遊んで貰っていたセトに呼び掛けると、そのセトはすぐにレイの側に近づいてくる。
「グルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らすセトと共に、レイはその場を立ち去る。
ギルド職員は、そんなレイとセトに向け、深々と一礼した。
レイが自分にスーチー達のことを任せてくれたことが、それだけ嬉しかったのだろう。
レイと個人的な繋がりが出来たということは、ギルドで働いている者にとっては大きな意味を持つ。
……もっとも、純粋な意味での繋がりということになれば、それこそレノラやケニーの方が圧倒的に親しいのだが。
それでも、ギルド職員にとってレイの言葉や態度はそれだけ嬉しかったと、そういうことだった。
「で? 今日はレイも随分色々と動いていたようだけど……目的は達成出来たのかしら?」
いつものようにマリーナの家の庭で夕食を食べていると、そうヴィヘラが尋ねてくる。
もっとも、ヴィヘラも今日はギガント・タートルの解体現場にいたので、その色々……スラム街の住人を連れてきたり、ギルドに色々と譲歩させてスーチー達を泊まらせる為に倉庫を片付けたり、そこで快適にすごせるようにマジックアイテムを用意したり、スラム街にいる家族達を迎えに行く為に護衛を用意したことは聞いていた筈だ。
それでも敢えてレイにそのように聞いてきたのは、エレーナやマリーナ、アーラといった面々にレイがやったことを話の種にでもするつもりだったのだろう。
「あら、土壁の一件もあったわよね。……メールとの相性はあまりよくなかったみたいだけど」
「メール? ……それは、マリーナが精霊魔法を教えているという?」
マリーナの口から出てきたその名前に、エレーナは首を傾げる。
全く知らない名前だったからだろう。
だが、すぐにマリーナがダークエルフに精霊魔法を教えているという話を思い出し、納得したように呟く。
「ええ。……ちょっと気が弱いというか、人見知りというか、そんな感じの娘なんだけど。精霊魔法に必要な、精霊との相性という点ではかなりのものよ。それは、間近で見たレイも分かるわよね?」
「あー……そうだな。多分そうだと思う」
「ちょっと、何よその曖昧な言葉は」
レイの言葉を不服に思ったのか、マリーナが不満そうに告げる。
マリーナにしてみれば、メールはかなりの才能を持ったダークエルフなのだ。
現在はまだ未熟ではあるが、このまま成長した場合、将来的に大成するのは間違いないと思える程に。
……もっとも、精霊魔法の才能はともかく、あの気の弱さはどうにかした方がいいと思うのだが。
「いや、そう言われてもな。俺は普段からマリーナの精霊魔法を見てるから……」
不服そうに言われたレイの方は、マリーナにそう告げる。
実際、レイが知ってる限りでは最高峰の技量を持つマリーナの精霊魔法を毎日のように見ているのだ。
例えば、現在雪が降っている程の寒さであるにも関わらず、マリーナの家の庭は普通に外で食事が出来る程度の気温で、雪も庭の中に入ってこないようになっている。
これが、全てマリーナの精霊魔法によるものなのだ。
それこそ、精霊魔法というものを知っている者にしてみれば、何という無駄遣いを……と、そう思われてもおかしくはないだけの大規模な精霊魔法の行使。
そのような大規模な精霊魔法が使われている場所でこうして食事をしている以上、どうしてもレイ……いや、エレーナやヴィヘラ、アーラ達の精霊魔法の基準はマリーナと同じものになってしまう。
レイ以外の者は、メールがどのような精霊魔法を使ったのかは見ていないので、マリーナの説明にもそうなのかといったことで頷くことしか出来ないが、レイは違う。
実際にその目でメールの精霊魔法を見ていることもあり、結果としてマリーナに高い才能の持ち主だと言われても、微妙に実感が湧かないのだ。
「あのねぇ。それは当然でしょ。私とメールだと、精霊魔法を使い始めてからの年季も違うんだから」
そう告げるマリーナだったが、レイは恐らくマリーナの精霊魔法があれほどの技量を持つのは、世界樹の巫女というのも関係しているのだろうなと予想が出来る。
「あー、うん。まぁ、それはそうだろうな」
レイは、メールが実際にどのくらいの年齢なのかは分からない。
だが、目の前にいるマリーナは、ダークエルフ故の長寿を持ち、ギルドマスターになる前は長年冒険者として活動してきた実績を持つのだ。
その経験から、精霊魔法の技量が非常に高くなるというのは当然のことだろう。……勿論、そこには世界樹の巫女となれるだけの才能もあってのことだろうが。
そんなマリーナとメールを一緒にするのは、言ってみれば冒険者になったばかりの才能ある新人に、レイ以上の力を示せと言っているのと同じようなものだ。
とてもではないが、一緒に出来るようなものではないだろう。
(女に年齢のことを聞くのはタブーな筈だけど……いやまぁ、年季云々というのはマリーナが自分で言ったんだし、スルーしておけばいいのか)
その件にはこれ以上触れない方がいいだろうと判断し、レイは話を逸らす。
「ともあれ、これでコボルトがギルムに入ってくることはない……とは言い切れないけど、間違いなく少なくなる筈だ。そうなれば、ギガント・タートルの解体にも参加する人数が増える筈だ」
「ふむ。だが……レイが土壁でギルムにコボルトが入れないようにしたということは、ギガント・タートルの方により多くの数が向かうのではないか?」
「だろうな。だから、解体の護衛として雇われた連中は忙しくなる筈だ。もっとも、倒した者が所有権を主張出来るから、それを考えれば護衛に回ってきた奴も稼ぎ時だと頑張ってくれると思う……けど……」
そう告げるレイだったが、若干の心配要素もある。
ギルムに侵入したコボルトを討伐する場合は、増築工事の現場に置かれている建築資材の類によって、簡単な迷路のような形になっていた。
そのおかげで、ある程度の数のコボルトがギルムに侵入してきても、それに対処するのは難しい話でなかったのだ。
だが、土壁によってギルムの中に入れなくなったということは、平地になっている場所をコボルトが一斉に移動してくるということを意味している。
解体の護衛として雇われている面々は、そのように一斉に襲ってくる相手に対処出来るのかということだ。
一対一なら、コボルトを瞬殺出来る冒険者も珍しくはない。
二対一、三対一くらいでも、一定以上の技量があれば勝つことは出来るだろう。
だが、十対一、二十対一、三十対一ともなってくれば……しかも、それが何度となく続くようなことになれば、話は違ってくる。
「……解体現場の近くにも、少し低い土壁を作ってある程度コボルトを分断した方がいいか?」
数秒の沈黙の後、レイはそう呟く。
ギルムに入れないように作った土壁程の大きさではなくても、一m程度の土壁を作るだけでも、コボルトにとっては非常に邪魔だろう。
それも、一つや二つではなく、レイの地形操作が可能な範囲に幾らでもそのような土壁を作ることが出来るのだ。
そうである以上、コボルトの足並みは乱れ、大群で向かってくるというような真似は出来なくなる筈だ。
難点としては、コボルトを倒す時には護衛の者達もその土壁が邪魔になるということだが……平らな場所で土壁を乗り越えてきたコボルトを待つという形にすれば、問題はない筈だった。
(まぁ、中にはどうしても自分でコボルトを倒したいとか、より多く倒して金を稼ぎたいとか考える奴もいるかもしれないけど……そういう連中のことまでは気にする必要はないか)
そう判断する。
実際、雇っているのはあくまでも護衛であって、攻めてきたモンスターを迎撃するということで、自分から積極的に敵を倒しに行くのを勧めている訳ではない。
そうである以上、自分の意思で土壁に突っ込んでいく者に構う必要はないだろうというのが、レイの判断だった。
「あら、それはちょっと面白そうね。……戦うのがコボルトだというのがちょっと面白くないけど、それなら参加してみてもいいかもしれないわね」
「……いやまぁ、ヴィヘラの力なら、そこまで心配する必要はないと思うけど……一応、気をつけろよ?」
レイはそう告げ、夕食の続きに集中するのだった。