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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1922/3865

1922話

「では、今日はこれで終わります! 皆さん、ご苦労様でした!」


 冬にしては珍しく雲があまりなく、夏に比べると圧倒的に短い時間ではあったが、夕暮れによって周囲が赤く染められている時間、ギルド職員がそう告げると、ギガント・タートルの解体に参加していた者達はそれぞれ受け取った肉を大事そうに抱えつつ、ギルムに戻っていく。

 多くの者はギルドに行って多少なりとも報酬を貰うのだろうが、その多くに含まれない者はギルドに行くより、レイから貰ったギガント・タートルの肉を自分で食べるなり、もしくは売って相応の金額に変えるなりといったことをする方を優先するのだろう。

 ……もっとも、これだけの人数が一斉にギルドに行けば、当然のように混む。

 また、ギルドにはコボルトの討伐依頼を受けた冒険者達も戻ってきている筈であり、その混み具合を避けるということを考えれば、少し時間を置いてからギルドに行くという選択肢は決して間違っていないだろう。


「で、レイ。私達はどうするの?」


 こちらは、ギルムに戻った者達とは違い、ここに残るように言われたスーチーやスラム街の面々。

 ギガント・タートルの肉以外に、報酬も既に貰っている。


「お前達は、取りあえずスラム街に戻って、親兄弟、友人、恋人、妻……そういう連中を連れて来て欲しい。言わば、一緒に暮らしている連中だな。昼にも言ったけど、お前達が稼いだ金を狙って人質にする……とか、そういう奴もいる可能性があるからな」

「え? 本当に?」


 レイの言葉に、スーチーは驚きの声を発する。

 当然だろう。自分達を倉庫に匿うという話は聞いていたのだが、スーチーは自分と一緒に来た者達にはそれぞれ家族もいるのでということで断ったのだ。

 自分達の都合ではあったが、レイの善意を断った以上、倉庫に匿うという話はなくなったと思っていた。

 だが、それがまさかまだ生きていたとは……と、そう驚くスーチーの様子に、レイはギルド職員に視線を向ける。

 てっきり、自分がギルドにその件について直談判しにいったことを、話してあったのだと……そう思ったからだ。


「あれ? その知らせを持ってきた部下に、言っておくようにいった筈ですが……全く」


 二人のやり取りから、連絡がしっかりと取れてなかったことを理解したギルド職員は、頭を下げる。


「申し訳ありません。どうやら、こちらの不手際だったようです」

「え、いや、ちょっと。この仕事を受けさせて貰っただけで感謝してるんですから、謝らないで下さい!」


 慌てたようにスーチーがそう言い、取りあえずその件については問題になるようなことはなかった。


「取りあえずそっちの問題が片付いたとして……それで、どうする? 見つからないように、一緒に暮らしている相手を連れてくることが出来るか?」

「うーん……その、どうかしら。多分、ちょっと難しいとは思うわね」

「そうなのか? スーチー達が今日こうしてギガント・タートルの解体に参加してるってのは、スラム街でもそんなに知られてないんだろ? なら、今のうちに家族とかを連れてきても、問題はないと思わないか?」

「どうかしら。スラム街の組織にいる人達は、かなり情報が早いのよ。恐らく、もう私達が……」

「それなら、こちらで何とかしましょう」


 スーチーの言葉に、話を聞いていたギルド職員がそう告げる。

 まさか、ギルド職員の口からそのような言葉が出るとは思っていなかったのか、それを聞いたスーチーと……そして背後で話を聞いていたスーチーの仲間達も、驚きの視線を向ける。


「それはありがたいんですけど、でも、何でそこまでしてくれるんですか?」


 それは、スーチーの感じた純粋な疑問。

 何故ここまでのことをしてくれるのか、スーチーは本気で理解出来なかった。

 ギルド職員は、そんなスーチーに笑みを浮かべて口を開く。


「そうですね、色々と理由はありますが……最大の理由は、今日の働きぶりを見て、というのが大きいです。当初こそ解体に戸惑っていたようですが、それでもすぐに慣れて真面目に仕事をしていました。それに、解体に参加しない人も自分に出来る仕事を見つけると、誰かに言われるよりも前にその仕事をする」


 そう告げるギルド職員の表情は心の底から感心しているように、スーチーには思えた。


「正直なところ、スラム街の住人ということでてっきりもっとどうしようもない人達がくると思ってましたが、スーチーさんのお仲間は全員が真面目に仕事をしていますし、ギガント・タートルの肉や素材を盗むなどといった真似もしませんでした」


 ギルド職員の言葉に、スーチーは……そして他のスラム街の住人達も納得する。

 実際、その辺にいるスラム街の住人を連れてきて解体の仕事をさせた場合、恐らくは仕事もろくにしないで、それでいてギガント・タートルの肉や素材を盗もうとしていただろう。

 スーチーの仲間達がそのような真似をしなかったのは、そうすればスーチーの顔を潰してしまうと分かっていたからだ。

 それだけスーチーが仲間達に好かれているということの証だった。

 真面目に仕事をしていたことが報われたというのは、このようなことをいうのだろう。

 それが嬉しかったのだろう。スーチーの顔には満面の笑みが浮かぶ。


「そして、スーチーさんの知り合いが他にもいるのであれば、ギガント・タートルの解体は今よりも多く進む。今日の解体は、間違いなくこの数日の中でもっとも進みました」


 ギルド職員の言葉は嘘ではないが、その全てがスーチー達のおかげだということではないのも、事実だった。

 スーチー達が解体に際して強い戦力になったのは間違いない。

 だが、それ以上に今日までギガント・タートルの解体をやっていた冒険者や他の者達も解体に慣れてより効率的に解体を出来るようになった……というのも、この場合は大きいのだが。


「だからこそ、スーチーさん達を多少特別待遇しても、それに負けないだけの成果を出してくれると判断したからこそ、こちらも動くことを決めたのです。それに、今回の解体に関しては可能な限りレイさんの要望を聞くようにと言われてますので」


 スーチー達の働き云々もあったのは事実だが、やはりギルドとして一番大きいのは後半の理由だったのだろう。

 その話を聞いていたスーチーもそれを理解出来たのか、ギルド職員をじっと見て……やがて、口を開く。


「厚遇してくれたことはありがとうございます。ですけど、スラム街に戻るのにそちらで手を貸してくれるというのは、一体どのようなことをしてくれるんですか?」

「ギルドの方で、手の空いている冒険者を雇って護衛として同行させましょう。そこまで腕の立つ者はいませんが、スラム街の、それも組織に所属していないような相手に対処するのは、問題ないかと」


 これが、本当に裏の組織が本気になって動いているのであれば、それこそ冒険者の中でも腕利きを出す必要があった。

 だが、ギルムの裏の組織で、レイという存在は疫病神……いや、災厄に等しい。

 下手にレイにちょっかいを出して、壊滅的な被害を受けた裏の組織が幾つかある以上、レイの依頼で行われているギガント・タートルの解体に協力しているスーチー達に手を出すということは……絶対にないとは言わないが、かなり可能性は低かった。

 だからこそ、ある程度腕の立つ冒険者で十分と判断したのだろう。

 また、そのような冒険者は金に困っていたり、ギルドに何らかの借りがあったりして、すぐに雇う時に雇いやすいというのもある。

 ……何より、低ランク冒険者だけに高ランク冒険者のような高い報酬を用意しなくてもいいというのが、ギルドとしては大きかった。

 だが、低ランク冒険者ではあっても、護衛をつけてくれるという話を聞き、スーチーは……いや、他のスラム街の住人も同様に、驚きの表情を浮かべる。

 今日だけでどれだけ驚きの表情を浮かべたのかは分からないが、今の驚きはそれらの中でも最も大きな驚きだったのは間違いない。


「本当に、そこまでして貰っていいんですか?」

「ええ。先程から何度か言ってますが、スーチーさん達はそれだけの働きをしてくれました。そうである以上、明日からも今日と同等の……いえ、それ以上に戦力になってくれるというのであれば、ギルドとしてもこの程度の援助は安いものです」


 そう告げるギルド職員だったが、実際にスーチー達を優遇するのが安い措置であるというのは間違いない。

 そもそも、ギガント・タートルの解体に関しての報酬はギルドと……そしてダスカーが折半して出している。

 そして問題なのは、コボルトの討伐依頼が今後土壁の影響で少なくなるということで、その影響により安くなっていた解体の報酬も間違いなく上がることになる。

 土壁でギルムに入れなくなったコボルトの多くがこちらに回ってくるのが確実である以上、その結果は当然のことだった。

 だが、スラム街の住人のスーチー達は、解体に参加しても他の者達よりも安い報酬で雇うことが出来る。

 報酬を支払うギルドとしては、報酬は安く、それでいて真面目に仕事をしてくれるスーチー達は非常にありがたい存在だった。

 そのような者達を雇う為に、多少の出費を惜しむような真似はしなかった。

 最終的な出費を見た場合、スラム街の住人を多く雇うことになれば、それは結果として少なくなると予想出来たというのも大きい。

 そして何より、一定以上の解体技術を持ち、真面目に仕事をするというスラム街の住人はギルドとしても確保しておきたい人材なのは間違いない。

 ギガント・タートルの解体の仕事が終わる春になっても、逃げ出したりするような真似をしていなければ。ギルド職員――カウンターで働くのではなく、倉庫で働くような仕事だが――として雇ってもいいと思える程に。

 何より、ギルムでは秋にはガメリオンの解体という大仕事もある。

 その時にこのスラム街の住人を雇うことが出来るのであれば、それはギルドとして非常に助かる事態なのは間違いない。

 ガメリオンを倒すことは出来ても、解体をせずにそのまま荷車の類に積んでギルムに戻ってきて、解体はギルドに任せる……といった者も多いのだから。

 当然そのような真似をすれば、ガメリオンの買い取り価格から解体料が引かれることになるが、ガメリオンを楽に狩ることが出来るだけの実力があれば、解体はギルドに任せて自分は出来るだけ多くのガメリオンを狩ってくる、という手段に出るのは有効な戦略だろう。

 そして、腕利きの冒険者が揃っているギルムには、少し無理をすればそのような真似が出来る者が相応に揃っているのも事実だ。

 そんなことを考えているギルド職員だったが、当然のようにそれを表情に出すような真似をせず……駄目押しとして、口を開く。


「それと、これはまだ本決まりでも何でもなく、今日の皆さんの仕事を見ての結果ですが……全員というのは難しいかもしれませんが、ギルドの職員、この場合は一般的な意味でのギルド職員ではなく、下働きの方ですね。そちらに推薦させて貰うかもしれません」


 ざわり、と。

 スーチーやその背後にいたスラム街の面々の多くが、ギルド職員の言葉にざわめく。

 当然だろう。もし下働きとはいえギルドに雇って貰えるのであれば、それこそスラム街から出ることが出来るのだから。

 スラム街の中には、自分で望んでスラム街に住んでいる者もいる。

 だが、その大部分はどうしようもないからこそ、スラム街にいるのだ。

 それこそ、スラム街から出られる、それも冒険者や娼婦の類ではなく、一般的な仕事をする為にスラム街から出られるのであれば、それを望む者は多い。


「そんな訳で、皆さんも春までギガント・タートルの解体、頑張ってくださいね。その進み具合によっては、それこそギルドで雇える人数が増える可能性もありますから」


 ギルド職員のその言葉は、間違いなく駄目押しとして非常に有効な一撃となっていた。


(まぁ、スラム街の人数が減るってことは、ギルムにとっても良いことだろうし……ダスカー様も税が増えることで嬉しいし、ギルドも有能な人手が増えるということで、結局デメリットがある人はいないのか?)


 正確にはスラム街の人間というだけで気にくわないと思う者、今まで下働きをしていた者の雇われる数が少なくなったり……といった風に、デメリットがある者はいるのだが、今のレイはそこまでは考えが及んでいなかった。


「ふーん……なかなかやり手ね」


 レイの隣でそんなやり取りを見ていたヴィヘラは、ギルド職員のやり手ぶりに感心したように呟く。

 ……なお、ビューネは倒したコボルトの討伐証明部位や魔石を取り出すのに必死で、そんなやり取りには全く興味を持っていなかった。

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