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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1919/3865

1919話

N-starの異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~、更新しています。


https://ncode.syosetu.com/n8234fb/

 高さ三m――外側から見た場合だが――の土壁を作ったレイ達は、日が暮れるまで相応の時間があるということで、まずは最初の目的通りに土壁を凍らせる為にマリーナの姿を探す。

 だが、どこで精霊魔法の訓練をしているのかを聞いていなかったレイは、当然のようにどこを探せばいいのかで迷ってしまう。


「いや、これは……本当にどうしたらいいんだ?」


 そう呟くレイだったが、その口調に悲壮さの類はない。

 今ここで見つからないのは若干困るが、夜になれば貴族街にある家にマリーナが戻ってくるのは確実なのだ。

 そうである以上、それこそいざとなったら夜にマリーナに事情を話して、明日土壁を凍らせて貰えば、それはそれで問題はない。

 ……コボルトが土壁を壊すという可能性はあったが、レイが触ってみたところ相当に頑丈な様子だったので、爪で掘ろうにも難しいのは事実だ。

 それより、爪を使って土壁を登ったり、もしくは仲間を踏んだりするなりなんなりして跳び越えた方が、まだ可能性は高い。


(もっとも、土壁に爪が刺さるかどうかは、分からないけどな)


 そんな風に考えつつ、マリーナのいる場所を探すレイ。

 その途中に屋台でパンを買ったり、串焼きを買ったり、具沢山のスープを買ったり……といったことをしているのは、レイらしいと言ってもいいだろう。

 もっとも、屋台で買い物をする時には店主にマリーナを見なかったのかと聞いて情報を集めているのだが。

 マリーナはパーティードレスを常に着ており、その美貌やダークエルフであるということもあって、非常に目立つ。

 だからこそ、もし近くにいて見ていれば、忘れようがないのは確実だった。

 そう思っての情報収集だったが、生憎とマリーナの姿を見つけることは出来ない。

 代わりに、少し珍しい甘酸っぱいソースを使った串焼き屋を見つけることは出来たのだが。


「グルゥ!」


 次はあそこ! と、セトが喉を鳴らし、少し離れた場所にある串焼き屋に視線を向ける。


「いや、串焼きはさっき食べただろ? なら、別の料理にしないか?」

「グルゥ……」


 セトがレイの言葉に、残念そうに喉を鳴らす。

 レイも別に、串焼きが嫌いな訳ではない。

 いや、寧ろファーストフードとして考えれば、ギルムにおいて串焼きというのは非常に一般的な代物だった。

 もっとも、串を肉に刺して焼くだけというシンプルな料理ではあるが、それだけに当たり外れも大きい。

 美味い店はすごく美味いのだが、不味い店は肉に火を通しすぎて堅くなったり、逆に半生だったり。

 味付けも料理人が自分で考えなければならず、タレも自分で作るなり、もしくはどこかの店から買ったりといった真似をする必要がある。

 シンプルな塩味にしても、塩辛すぎたり、逆に味が薄かったりといった具合に料理に関するセンスが必要となる。

 ……とはいえ、今のところセトが食べたいといった屋台で外れを引いたことはほとんどないのだが。

 その辺りは、セトの鋭敏な嗅覚が……もしくは貪欲な食欲が関係してるのだろうと、レイは考えている。


「それより、ほら。向こうの方で売ってるサンドイッチが……」


 美味そうだぞ。

 そう言おうとしたレイだったが、丁度視線の先にある屋台で見覚えのあるパーティードレスを着たダークエルフの姿を発見する。

 それが誰なのかは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。

 ギルムには数えるのも馬鹿らしくなるだけの人数が住んでいるが、そんな中で普段着としてパーティードレスを着ている者など、レイはマリーナくらいしか知らない。


「ってことは……一緒にいるのが、精霊魔法を教えてるってダークエルフか」


 背中まで伸びているマリーナの長髪とは違い、肩くらいまでの長さしかないダークエルフの女。

 マリーナの弟子とでも言うべき存在らしいが、師匠に似ずにレザーアーマーを着ている。

 その辺りは、師匠に似なかったらしい。

 ともあれ、探していた人物を見つけたのだから、ここで声を掛けないという選択肢は存在しなかった。


「マリーナ!」


 その声が聞こえたのか、マリーナは店主からサンドイッチを受け取るとレイの方に視線を向ける。

 そんなマリーナに続くように、もう一人のダークエルフもレイの方を見る。

 顔立ちは、美人というよりは可愛らしいといった表現が適切だろう。

 年齢としては、二十代に見えるマリーナに対して、レイと同じくらいの十代半ば程……いや、場合によってはそれよりも更に若く見える者もいるだろう。

 ダークエルフの少女に一言二言告げると、やがて二人揃ってレイの方に向かってくる。


「どうしたの? ギガント・タートルの解体の方に行ってる筈でしょ?」

「いや、ちょっと用事があってマリーナを探してたんだよ」

「私を?」

「ああ。コボルトの入ってくる数がちょっと洒落にならないからな。おかげで、ギガント・タートルの解体に関しても人手が足りないし。そんな訳で、外と繋がってる場所に土壁を作ったんだけど、出来ればそれをマリーナの精霊魔法で補強して欲しくてな。具体的には、水で濡らしてから凍らせて欲しい」


 その言葉に、マリーナは少しだけ驚きの表情を浮かべるものの、レイが何をどうしたいのかというのを知り、納得の表情を浮かべる。


「なるほどね。……丁度いいわ。メール、貴方も一緒に来なさい。訓練の成果を確認するには最適よ。……ああ、そう言えば紹介がまだだったわね。言ったでしょ? 私が精霊魔法を教えているダークエルフの娘よ」


 マリーナは自分の隣でレイの方を見ている、メールと呼ばれたダークエルフの背中を押して前に出す。

 押し出されたメールの方は、レイとセト、そして自分の隣にいるマリーナに順番に視線を向け……やがて、レイに向かって頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします! 私はメール。現在マリーナ様から精霊魔法を教えて貰っています! マリーナ様の大事な方であるレイさんと会うことが出来て、非常に嬉しく思います!」


 緊張している為か、メールの口から出る声は非常に大きい。

 それこそ、レイやセトだけではなく、周囲の通行人までもがレイ達に視線を向ける。

 ……もっとも、そこにいるのがレイやマリーナだと知れば、いつものことかと判断して、多くの者はそのまま歩いて移動するのだが。

 何人かの物見高い者は、もしかして何か面白いことでも起こるのか? といったように、興味津々でレイ達の方を見ている。


「あー、うん。ちょっと落ち着け。マリーナと接していたんなら、別に俺を前にしてもそこまで緊張することはないだろ?」

「あら、それはどういうことかしら。もしかして、私が怖いとでも?」


 言葉では不満そうに言うマリーナだったが、その目は明らかに面白がるような笑みを含んでいた。


「いえ、世界樹の巫女たるマリーナ様を怖いだなんて……そんなことは、思ったことがありません! マリーナ様は、私にとって憧れの女性です」

「嬉しいことを言ってくれるわね。……まぁ、レイが言ってる通り、別にそこまで緊張することはないわよ。春までの短い間だけど、メールも私の弟子になるんだから、レイやセト……それ以外にもヴィヘラやビューネ、エレーナ、アーラといった面々との付き合い方はいずれ分かるようになるわよ」


 そんなマリーナの言葉に、聞いていたレイは改めて自分の身内と呼ぶべき者達には凄い面々が揃っているな、と考える。

 このミレアーナ王国において、貴族派という三大派閥の一つを率いるケレベル公爵の娘にして、近隣諸国にまで知れ渡っている姫将軍という異名を持つエレーナ。

 現在は出奔中とはいえ、ベスティア帝国の皇女たるヴィヘラ。

 ダークエルフの中でも世界樹の巫女たる重要な地位にいるマリーナ。

 そんな三人程ではないが、エレーナの護衛騎士団を率いるアーラに、迷宮都市エグジルを興した一族の末裔たるビューネ。

 ……もっとも、そのように暢気に思っているレイにしても、深紅の異名を持ち、ランクS相当のグリフォンの希少種を引き連れ、趣味と実益を兼ねて盗賊を襲撃することから、盗賊喰いと恐れられており、他の面々と同様に……場合によってはそれ以上に有名人なのだが。


「は、はわ……あわわわ……はわわわわわ……ぜ、全員とんでもない有名人じゃないですかぁ……」


 マリーナの言葉を聞いたメールの口から出たのは、そんな言葉。

 だが、それを聞いたレイは、ふと疑問を抱く。

 自分とエレーナ、アーラは少し前にギルムに戻ってきたばかりで、メールと会ったのはこれが初めてだ。

 だが、それはレイ達がアネシスに行っていたからであって、ギルムに残っていたヴィヘラやビューネといった面々はメールと面識があってもおかしくないのではないか、と。

 そのように思うも、今のメールの様子を見る限りでは、ヴィヘラやビューネと会ったことがないのは確実だった。


「ヴィヘラやビューネとは会ったことがないのか?」

「え? あ、はい。その……機会がなくて」


 メールの言葉に、そういうものかと納得したレイは、改めてマリーナとメールの二人に視線を向ける。


「それで、土壁を凍らせる件は問題ないんだよな? 良ければ、これからすぐにやって欲しいんだけど」

「ええ、それは構わないわ。私達は今日の練習が一段落したところだったし。……ねぇ?」

「ちょ、マリーナ様、本気ですか? これから私が……そ、そんなのちょっと無理ですよぅ」


 余程に自信がないのか、メールは首を横に振って否定する。

 それを見ていたレイは、本当に大丈夫なのか? とマリーナに視線を向けるが、その視線を向けられたマリーナは、溜息を吐きながらメールの頭を撫でる。


「メール、貴方は私が前から言ってることを理解していないの? 貴方は精霊魔法使いとして十分に一人前よ。なのに、何でそんなに自信がないの。それが、貴方の最大の欠点よ。分かるでしょ?」

「そ、それは……」


 マリーナの言葉に、メールは何も言い返すことは出来ない。

 メールも、気の弱さが自分の欠点であることは理解しているのだ。

 だが、それが分かっても気の弱さというのが生来のものである以上、すぐにどうこう出来る訳がない。


「全く、レイの持つ自信の一割でもメールにあればいいのに」


 マリーナの呟く声に、レイは待ったを掛ける。


「一割って、それだと俺は自信の塊になるんじゃないか?」

「違うの? ……もっとも、レイの場合は実力もない口だけってわけじゃなくて、しっかりと実力があってのことだから問題はないんだけど。……とにかく、ほら、行くわよ」


 そう言い、マリーナは店で購入したサンドイッチをレイに渡してくる。


「いいのか?」

「いいのよ。そこまでお腹が減ってた訳じゃないし。それなら、これからメールと一緒に一仕事頑張って、美味しい夕食を食べた方がいいわ」


 そう言われれば、レイもマリーナが何を言いたいのかを理解する。

 美味しい夕食……それは、間違いなくギガント・タートルの肉を使った料理のことを言ってるのだろう。

 解体に参加している者達は、ギガント・タートルの肉を多少なりとも貰うことが出来る。

 だが、それは腹一杯になる程の量ではない。……小食の者であれば、話は別だが。

 そういう意味では、やはりギガント・タートルの解体した肉の大半が自分の物になるレイというのは、非常に恵まれていた。

 そしてレイとパーティーを組んでいて、家の庭で毎日のように夕食を食べているマリーナもまた、恵まれていると言えるだろう。


「分かったよ。……なら、さっさと行くか。メールだったよな? お前もそれでいいのか?」

「え? あ、はい。……って、やっぱり私も行くんですか? あう……」


 そう告げるメールを見て、改めて本当に大丈夫なのか? とレイもまた思わないではない。

 だが、メールに教えているマリーナが大丈夫だと言ってるのであれば、間違いないという思いはあった。


「ほら、行くわよ。メールも覚悟を決めなさい。貴方の能力なら、その程度のことは問題なく出来る筈なんだから」

「分かりました。……頑張ってみます」


 マリーナの言葉に、メールは覚悟を決めたかのようにそう告げる。


(大丈夫なんだよな? ……ここまで気が弱くて、本当にやっていけるのか?)


 そんな風に思わないでもないが、今はそのようなことで言い争っているような余裕もなく、出来るだけ早く土壁を凍らせて補強する必要があった。

 また、もし本当にメールが使い物にならない場合は、それこそ一緒にいるマリーナが精霊魔法を使うだろうという狙いもある。

 そんな訳で、レイとマリーナ、メールとセトという三人と一匹は、レイが土壁を作った増築工事の現場に向かうのだった。

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