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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1916/3865

1916話

N-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~、更新しています。


https://ncode.syosetu.com/n8234fb/

「うーん、私としては構わないと思いますけど、上の方に聞いてみないことにはなんとも」


 スーチーから提案された、ここに働きに来ている者だけではなく家族もその倉庫で寝泊まり出来ないか。

 そのことをギルド職員に聞いてみたレイだったが、返ってきたのはそんな返事だった。


「問題なのは、春になってギガント・タートルの解体が出来なくなったら、本当にそこを出て行って貰えるのかどうか……といったところでしょうね」

「あー……その可能性はあるか」


 ギルドの倉庫ということで、屋根や壁はしっかりしている。

 少なくても、スラム街のように隙間風に悩んだり、家の中に雪が積もったりといったことを心配はしなくても済む。


(そう言えば、中学校で廊下に雪が積もってたことがあったよな)


 家の中に雪が積もるというところから、レイは自分の中学校時代を思い出す。

 築数十年といった校舎で、コンクリートの類ではなく木で出来ており、だからこそ何十年も経ったことにより、窓に隙間が出来ていたりした。

 結果として、冬になればその隙間から雪が入ってきて、若干ではあっても廊下に雪が積もるといったことがあったのだ。

 廊下を歩く程度であればまだしも、そのような場所で暮らすなどということは、レイは絶対に遠慮したい。

 それはレイだけではなく、それこそスラム街の住人にとっても同様だろう。

 だからこそ、ギルド職員はギガント・タートルの解体が終わった後も倉庫の中に居座られるといったことを心配しているのだろう。


「ここに来ている人達だけであれば、スラム街に家族がいるから、仕事がなくなればそちらに戻る者も出てくるでしょう。ですが、家族や友人といった者達が一緒に住むとなると……こちらとしても、出来れば手荒な真似はしたくないですし」


 ギルドの倉庫である以上、当然ながらギルドとしては色々な用途によってその倉庫を使いたいと思う筈だ。

 そこからスラム街の住人が出て行かないとなると、ギルドとしても警備兵に連絡するか……場合によっては、冒険者に依頼して強制的に排除するという可能性も出てくる。

 それはギルドとしては当然の処置なのだが、外聞は非常に悪くなる。

 だからこそ、出来ればそのような真似は避けたいというのがギルド職員としての正直な気持ちだった。


「けど、必ずそうなるとは限らないだろ? スーチーの性格を考えると、きちんと期限が来れば出て行くと思うけど」

「思う、という希望的観測だけでは動けないのが、ギルドなんですよ。……とはいえ、解体の人手が足りないのも事実です。上の方にはそれを理由として進言してみますが」

「……いいのか?」


 先程からの言葉を考えると、ギルド職員はてっきりレイの――正確にはスーチーの――意見には反対なのかと思っていただけに、それを受け入れるような言葉にレイは驚く。

 フードを被っていても分かるレイの驚き顔が面白かったのか、ギルド職員は面白そうに笑みを浮かべながら口を開く。


「ええ、勿論です。今回のギガント・タートルの解体については、可能な限りレイ殿の要望を聞くように言われてますから。恐らくですが、上の方でもすぐにという訳にはいかないかもしれませんが、最終的には引き受けるかと」


 ギルドにしてみれば、今までレイには幾つもの難しい依頼を頼んできた。

 それこそ、普通の冒険者であればまず不可能なような。

 だからこそ、今回の件では可能な限りその要望を聞くようにとギルドマスターから直々に言われている。

 そうである以上、余程の無理難題でなければ最終的に受け入れるのはほぼ確実だった。


「そうか。なら、出来るだけ早く上に許可を貰ってきてくれるか?」

「分かりました。では、すぐにギルドの方に行って上申してきます」


 レイの言葉に一礼し、ギルド職員は少し離れた場所で解体をしている者達に指示を出していた別のギルド職員に何かを告げる。その言葉に話し掛けられたギルド職員は頷くと、その場を走り去る。

 ……この場所はギルムからそれ程離れていないとはいえ、それでもギルムの外である以上、モンスターが現れる可能性が高かったのだが……


(ま、大丈夫だろ)


 ギルド職員の身のこなしは、それなりの強さを持っている者のそれだった。

 そうである以上、よほど高ランクのモンスターでも出てこない限り……少なくても、今回一番多く出ているコボルト程度であれば、どうとでも処理が出来そうな相手ではあった。


「お待たせしました。取りあえず概要の方は上に知らせるように指示してきましたので、後は向こうの返事待ちです。……もっとも、倉庫の幾つかを完全に空にするのは、色々と大変そうですが。特にこの時期は」

「そうなのか?」

「はい。その……冒険者の皆さんは、秋になると最後のひと踏ん張りといった感じで仕事をしますので」

「あー……まぁ、それはな。特に冬越えの資金が足りるかどうかって奴は、雪が降ってる寒い中で働きたくないから必死になるだろうな」


 つまり、それだけ必死に仕事をし、結果として多くの素材や魔石が倉庫に詰め込まれることになる。

 それらは商品を仕入れにギルムにやって来た商人達に売られもするが、商人達は雪が降る前にギルムを立つ以上、その後にギルドが買い取った素材の類は売り払えず、当然倉庫に入ることになる。

 特に多いのは、やはり秋の名物ともいえるガメリオンの素材か。

 個体としてそれなりに大きいということもあり、毛皮も相応の大きさを持つ。

 ……幸いなのは、肉の殆どは既に今の時点で売り終わっているということか。

 ともあれ、ギルドが幾つか持っている倉庫のうち、素材が置かれているのが少ない倉庫を空ける必要がある。


「あはは、そうですね。もっとも、今年は増築工事の影響もあって、今までとはかなり違いますけど」

「だろうな。まさか、コボルトが街中に侵入してくる……それも一度だけじゃなくて連日連夜ともなれば。いっそのこと、簡易的なものでもいいから壁を作ってしまった方がいいんじゃないか?」

「それはギルムの上層部でも検討しているらしいですよ。ギルドの方でも、冒険者の問題から働きかけているという話ですし。……もっとも、簡易的な壁であってもギルムに入ってこられないようにするとなると、かなり大規模な工事になりますけど」

「雪が降る前に、その辺りの工事をすればよかったんじゃないか?」

「……そうなんですよね。今更ながら、そう思います。とはいえ、まさか当初はコボルトがここまで大量発生して侵入し続けるとは思いませんでしたが。全く、何が原因なのやら」


 ここまで大規模な増築工事は、ギルムという街が生まれてから初めてだというのも、その理由の一つだろう。

 前々から現在のギルムの許容量を増やす必要があると、色々と計画をしていたのだが、それがトレントの森という存在によって一気に進められることになったというのもある。

 だが、何よりも大きかったのは、増築工事の為にギルムまでやって来た冒険者達に対する、職業斡旋の意味合いが大きかっただろう。

 当初は、まさかここまでコボルトが攻めてくるとは考えられておらず、その為に簡易的な壁を作るより少しでも増築工事の方を進める必要があった。

 その辺りの事情が複雑に絡み合い、現在のこの状況となっていた。


「それでも、一応急いで簡易的な壁は作ったらしいですよ? もっとも、本当に簡易的な壁だったので、大量にやってくるコボルトを相手にしては、ちょっとどうしようもなかったみたいですが」


 少し離れた場所で解体を行っている者達に指示をしていた別のギルド職員が、そう口を挟む。

 その説明を聞いたレイは、少し考え……やがて口を開く。


「一応聞くけど、ギルムやギルドとしては、現在のコボルトが無尽蔵に出てくる状況は、別に許容してる訳じゃないよな?」

「そうですね。上も、正直なところ現在のような状況になるとは、思ってもいなかったでしょう」

「そうなると、もしコボルトがギルムに入ってこられないようにする……もしくは、その数を大幅に減らすことが出来れば、こっちの解体に回せる人手は増えると思っていいか?」

「は? はぁ、それは間違いなく増えるでしょうけど。……ただ、コボルトが今以上にギガント・タートルの血の臭いに惹かれて、やってくる可能性もありますね」

「スラム街の住人の方は問題ないか? コボルトの肉は、食料として重宝されてるんだろう? 素材や魔石の類も売ってるって話だったし」


 スーチーから聞いていた話からそう尋ねるレイだったが、この件についてはギルド職員二人も難しそうな表情でお互いに顔を見合わせる。

 やがて、解体の責任者の方が難しい表情を浮かべつつ、口を開く。


「その辺は分からないというのが、正直なところです。スラム街の住人はかなりの数のコボルトの死体を入手したのは間違いないですが……」

「そうなると、こっちで勝手に外と繋がっている場所に壁を作っても構わないのか?」

「……は?」


 ギルド職員は、一瞬レイが何を言っているのか分からない様子だった。

 それでも、すぐに我に返って考えを巡らせることができるのは、このギルド職員が有能な証だろう。


「上の方に話を通す必要はありますが、基本的に問題はないかと。スラム街の方は……今まで大量にコボルトの死体を得ている以上、食料に困るということは……多分、ないとは思いますが、こちらは正確にどうとは言えません」

「スラム街の住人にしてみれば、コボルトは自分達が危険な真似をしなくて得られる存在……資源です。それが急に得られなくなると、不満を持つ可能性は否定出来ませんね」


 もう一人のギルド職員の言葉に、レイもなるほどと頷く。

 スラム街の住人にしてみれば、コボルトの死体は金になる木だ。

 それを入手出来なくするような真似をすれば、レイが恨みを買うことになるのは間違いない。

 レイもそれは理解しているが、スラム街の住人に恨まれるよりも、ギガント・タートルの解体の人手を増やす方が優先的だと考える。


「ですが、一体どうやって壁を?」

「ああ、俺の土魔法でその辺はどうにかなる。ただ……土魔法はそこまで得意じゃないから、壁そのものはそこまで高くはないけどな」


 正確には、土魔法ではなくデスサイズのスキルの地形操作だ。

 レベル四の現在は、半径七十mの範囲内で、百五十cmを上げたり下げたりすることが出来る。

 ……普通百五十cmであれば、それこそコボルトであれば容易に飛び越えることも出来るだろう。

 だが、百五十cmを上げて壁を作り、ギルムの外の部分を百五十cm下げるといった真似をすれば、最終的にその壁の高さは三mのものとなる。

 三mもあれば、コボルトを完全に防ぐ……といった真似は出来ないかもしれないが、大部分はシャットアウト出来るだろうというのが、レイの予想だった。


「なるほど、土魔法ですか。やらないよりはやった方がいいと思いますが、土の壁となるとコボルトなら掘ったりといった真似をするのでは?」

「まぁ、その辺はしょうがないだろ。対処法としては……そうだな。マリーナに水と風の精霊魔法を使って貰って、土壁を凍らせれば、多少は掘るのも対抗できるんじゃないか?」


 土壁を凍らせることが、具体的にどのような効果を発揮するのか。

 それはレイにも分からなかったが、普通に土壁を作るだけよりは高い耐久力を持つだろうというのは、容易に予想出来た。


「マリーナ様ですか……あー、はい。そうですね。レイ殿はマリーナ様とパーティーを組んでいるんですから、そういう真似も出来ますよね」


 そう言い、ギルド職員はレイに尊敬の視線を向ける。

 ギルド職員にとって、マリーナというのは偉大なる前ギルドマスターという印象の方が強い。

 だからこそ、そのマリーナにあっさりと手を貸して欲しいと言うレイは、尊敬に値すべき相手だった。


「そんな訳で、ギルドを通してギルムの上層部にも話を通して貰えないか? もし許可が出れば、それこそ今日にでも壁を作ってしまいたいと思ってるんだが」

「今日ですか? ……相変わらず行動に出るのが早いですね。分かりました。では、誰かにまたギルドに走って……」

「待った」


 走って貰いましょう。

 ギルド職員がそう最後まで言うよりも前に、レイはその言葉に待ったを掛ける。

 何故止められたのかが分からず、疑問の視線を自分に向けてくるギルド職員に対し、レイは少し離れた場所で周囲の様子を警戒していたセトを呼ぶ。


「グルゥ?」


 どうしたの? と喉を鳴らすセトの頭を撫でながら、レイはギルド職員に向かって告げる。


「どうせ俺は今は暇だからな。……マジックアイテムの類も見つけられないし」


 少しだけがっかりした様子でレイがそう呟くのは、やはりコボルトを引き寄せるマジックアイテムを見つけることが出来なかったからだろう。

 そうして、レイはセトと共にギルムに向かうのだった。

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