1912話
N-starの世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~、更新しています。
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「うーん……冒険者じゃない、スラム街の人をですか? それはちょっと難しいですね」
ギルドの中で、レノラは困ったように呟く。
増築工事の現場でスーチーと別れたレイは、その後もマジックアイテムを探していたのだが、それから暫くしてギルドにやってきた。
その理由は、レノラが口にしたように、スーチーの一件について前もって話を通しておく為だった。
だが、レイの言葉にレノラの口から出てきたのは、意外なことにレイの要望を否定するような言葉。
「何でだ? ギガント・タートルの解体の人手は足りてないんだろ? それなら、スラム街の住人でも解体が得意な奴がいたら、手伝って貰ってもいいんじゃないか?」
「レイさんの言いたいことは分かります。分かりますけど……ギルドにも色々と規則があるんですよ。特に今回は、冒険者じゃない人が相手ですよね? そうなると、尚更……」
そこまで言うと、レノラは首を横に振る。
そんなレノラの隣ではケニーが何かを言いたそうにしているが、ギルドのルールに関しては、当然ケニーも知っている。
そうである以上、幾らケニーでもレノラに気安くレイの提案を受け入れろとは言えなかった。
……冒険者の相手に忙しかった、というのも口出し出来なかった理由になるが。
「取りあえず、報酬の方は普通に依頼を受けた冒険者より……そして冒険者じゃない連中よりも安くて構わないから、何とかならないか? ギガント・タートルの解体が早く終わるというのは、ギルドにとっても悪い話じゃないと思うし」
レイがこうしてスラム街の人間を雇うといった提案を持ってきたのは、今回のギガント・タートルの解体には冒険者以外の一般人――元冒険者も多かったが――が多数参加していた為だ。
「う、うーん。そう言われましても……」
「なら、取りあえず上司に聞いてみてくれないか? こっちも今まで色々とギルドの無理を聞いてきたんだし、そのくらいのことはやってくれてもいいと思うけど」
「それは……」
レイの言葉に、レノラは言葉に詰まる。
実際、レイは今までギルドの無理を色々と聞いてきたのは事実だし、レノラもそれは知っている。
そうである以上、ギルドの方でも多少の無理を聞いて貰ってもいいだろうという思いがあった。
少し悩んだレノラは、やがて小さく頷く。
「分かりました。では、ちょっと待ってて下さい。上の人に聞いてきますので」
そう言い、レノラは座っていた椅子から立ち上がってカウンターの奥の方で何らかの書類仕事をしていた人物の下に向かう。
コボルトの一件とギガント・タートルの解体の一件。
どちらも大きな仕事と呼ぶべき依頼を二つ同時にこなしており、それ以外にも普通の業務は多くある。
そうである以上、ギルド職員の仕事も多くなって当然だった。
……ましてや、現在はギガント・タートルの解体の為に何人ものギルド職員をそちらに派遣しているのだから尚更だった。
実際、少し前に何らかの理由でギルド職員を辞めた者も、今回臨時雇いということで呼ばれているのだから。
そんな上司にこのような話を持っていくのは申し訳ないと思いつつも、レノラは上司に声を掛けるのだった。
レイの視線の先で上司と何かを話していたレノラだったが、その上司に何かを指示されたらしく更に奥に向かう。
そこに何があるのかは、レイも何度かそこを通ったことがあるので知っている。
そこにあるのは、上の階に……ギルドマスターの執務室に繋がっている階段だ。
現在そこでは、ギルドマスターのワーカーが仕事をしている筈だった。
(ちょっと大袈裟になりすぎじゃないか?)
まさか、ギルドマスターにまで話がいくとは思っていなかったレイは、少しだけ戸惑い……だが、もうレノラに頼んだ以上は待つしかないと判断し、そのまま受付の前でじっと待つ。
ケニーは冒険者の相手をしながらレイに話し掛けるチャンスを待つが、レノラがいなくなったことで、レイの後ろに並んでいた冒険者達も他の受付の前に移動したことにより、今まで以上に冒険者の相手をしなくてはならなくなる。
……普通であれば、自分が待っていたのに受付嬢がいなくなるようなことをした冒険者には、並んでいた冒険者が絡んでもおかしくはない。
だが、その冒険者がレイであれば、迂闊に絡むような真似をする者もいなかった。
もしレイがドラゴンローブのフードを被っている状態であれば、レノラがレイの名前を呼んだのも聞こえず、レイをレイだと思わないで絡むような者もいたかもしれないが、今のレイはレノラと話すということでフードを脱いでいた。
そのおかげで、無駄な争いをすることがなくこうしてレノラを待つことが出来ている。
そうして、十分程が経ち……やがてカウンターの奥からレノラが姿を現す。
自分の方を見ているレノラが笑みを浮かべているのを見た瞬間、レイは自分の提案が通ったことを確信した。
「レイさん、ギルドマスターに相談したところ、今回に限りスラム街からの住人の参加を認めるとのことです。報酬に関しても、レイさんからの提案通り冒険者の人達よりも安くすることで不満を和らげると」
「……意外だな」
レノラの言葉に、レイの口からそんな言葉が出る。
自分でそのようになるように要望したのは間違いないが、まさかそれでも今回の一件で完全に自分の要望通りになるとは思っていなかったのだ。
そうならなければ、困っていたのは事実なのだが。
とはいえ、当然のことながら全てがレイの要望通りになる訳でもない。
「ただ……その……見張りの人員ですが……」
言いにくそうにしながら、レノラはこれ以上の人員を派遣するのは難しく、一人か二人が精々だと告げる。
レイもギルドの忙しさはこうして見ていれば分かるので、一人や二人派遣する人数を増やしてくれるだけで助かるのは間違いない。
「それと、スラム街の方が問題を起こした場合、ギルドの方で色々と処罰するという真似は難しいとのことです」
「そっちも無理か」
「はい。ですが、ギルドマスターからレイさんがそういう風に言うだけなら問題ないと」
つまり、ハッタリを言えと。そういうことなのだろう。
だが、それに関してもレイは特に異論はない様子で頷く。
そもそもの話、冒険者の中にはスラム街出身の者も決して少なくはない。
スラム街で生まれ育った者にとって、冒険者になるというのは一番手っ取り早くスラム街から出られる方法なのだから。
……もっとも、外見によっては娼婦や男娼になるといった選択肢も存在するのだが。
ともあれ、辺境のギルムという場所である位置的な理由も関係し、スラム街には高い潜在能力を持つ者も多くなっている。
そのような者達が冒険者になる道を閉ざすようなことをすれば、その者達は最終的に裏の組織に所属するということにもなりかねない。
そうならない為には、冒険者という仕事を受け皿としてスラム街の住人を受け入れるということも必要なのだ。……冒険者になったスラム街の住人は、一年以上経つとある程度数が減るのだが。
「分かった。ハッタリでいいのならそうさせて貰う」
「ありがとうございます。それで、スラム街の住人は具体的にどれくらいの人数になる予定でしょうか?」
レノラがそうレイに尋ねるが、レイとしてもその言葉に何と答えるべきか迷う。
実際、スーチーが何人連れてくるのかというのは、レイにも分からないのだから。
もしかしたらスーチーの他に数人ということもあるかもしれないし、場合によっては数十人、もしくは百人近くになる可能性もある。
「その辺は、まだちょっと分からない。一応スーチーって女は自分とその知り合いを連れてくるって風には言ってたけど……明日の朝の鐘が鳴る前に門の前に来るようには言ったから、そっちで確認してくれないか?」
「え? うーん……何人くらいくるのか分からないというのは、ちょっと困るんですけど。ただ、そうですね。そうなると、その時に人数を数えて、それからギルドの方に知らせて貰って報酬を用意するという形になると思います。報酬の方は、ギルドで受け取るのではなく現地で渡した方が?」
出来ればそうして欲しいという思いが込められたレノラの言葉。
当然だろう。今でさえ朝と夕方のギルドはかなり忙しい状況なのだ。
そこに一人や二人ならまだしも、数十人規模のスラム街の住人が来れば、間違いなく何らかの騒動が起きる。
それが分かっているからこそ、出来ればギルドに来ないで現地で報酬を渡して欲しいとレノラは希望したのだ。
レイは、それについて特に異論はないので素直に頷きを返す。
レイが欲しているのは、あくまでもギガント・タートルの解体をより早く進める為の人手であって、別にギルドにスラム街の住人を連れてくるということではないのだから。
寧ろ、スラム街の住人も絡まれるかもしれないギルドにやって来るのは遠慮したいと思う者が多いだろう。
少なくても、レイが知っているスーチーであれば、そのように判断する筈だった。
「ああ、それで構わない。……色々と無理を言って悪いな。助かった」
「いえ、ギルドは今までレイさんに色々と無茶なお願いをしてきましたし、レイさんからは色々と希少な素材も売って貰ってますから」
その言葉で、レイはレノラが……いや、正確にはレノラが先程話しを聞きに行ったギルドマスターのワーカーが何を言いたいのかを理解した。
つまり、ギガント・タートルの素材も出来るだけ多く自分達に売って欲しいということなのだろうと。
(ギガント・タートルの素材か。……ただ、ぶっちゃけ、今のところどの素材がどのくらいで売れるのかは分からないんだよな。初めて遭遇したモンスターだし。いや、もしくは遭遇したことがある奴がいても、記録に残っていないモンスターだし)
肉に関しては、自分の口で食べて味を見て、言葉に出来ない程の美味さを持っているというのは理解している。
だが、それ以外の素材。そちらに関しては、実際に錬金術師や薬師、鍛冶師のように素材を使って何らかのマジックアイテムやポーション、武器防具といったものを作る者達でなければ、分からない。
その上で、そのような者達が実際にその素材を手に取り、試行錯誤することによって初めて素材として使えるかどうかが判明するのだ。
つまり、ギガント・タートルの部位が素材として使えるかどうかというのも分からない以上、どの部位が素材として売れるかどうかというのは分からなかった。
……そういう意味では、ミスティリングに収納して素材を腐らないように出来るというレイの存在は、ギルドにとって……そしてギルムにとって非常にありがたいものだっただろう。
「素材の件は分かった。そうだな。取りあえず幾つかの素材を少しずつ売ってみて、それが素材として使えるかどうかを調べて、それで素材として使えるのなら、改めて売る。そんな感じでいいか?」
「……いいんですか? それだと、ギルドの方が非常に有利な取引となりますが」
レイの言葉は、レノラにとっても意外だったのだろう。驚いた様子でそう告げるが……レイはそれに特に問題はないと頷く。
実際、レイは金には全く困っていないので、素材の値段には特に拘らない。
唯一拘るとすれば、ギガント・タートルの素材を使ってどのようなマジックアイテムが作れるかということだが……レイにしてみれば、できるだけギルドによって大勢の職人達に素材を渡して貰い、有益なマジックアイテムを作って貰うことが出来れば、自分で調べたりしなくてもいいので、助かるという思いがあった。
「それでいい。ただし、その素材でどういう品が作れるのかといった情報は欲しい。……そうすれば、ギルドの方でも面倒がないだろう?」
「私の一存では決められませんが、上の方には言っておきます」
そうレノラは告げ、レイはそれで満足してギルドを出る。
(どの部位が素材として売れるのかが分からないってことは、ギガント・タートルの内臓とかも捨てたり焼却したりしないで、全部ミスティリングに保存しておく必要があるか)
ギガント・タートルの皮膚や爪といった部位は、現在ミスティリングの中に入っている。
それらの部位だけではなく、内臓の類もミスティリングに収納するのはレイにとってもあまり気が進まなかったが、まさか処分する訳にはいかない以上、それを最適な状況で保存出来るのはミスティリングしかないのも事実だった。
「グルルルルゥ!」
レイがギルドから出てきたのを見つけたのか、何人かの通行人と遊んでいたセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを見ながら、レイは小腹が空いてきたことで、何か屋台で食べるかと考えるのだった。