0191話
「……何?」
今目の前にいる男が言った内容を理解出来ない。いや、むしろ理解したくない。そんな思いで改めてサザナスに問い返したディアーロゴだったが、返ってくる言葉は無情だった。
「街の東にある蒸留酒の保管所。そこにダンジョンの核が……正確には、まだ核と言える程の大きさはないですが、少なくてもいずれ近い将来ダンジョンの核になるだろう存在を確認しました。状況から見て、魔熱病の原因はまず間違い無くあの核かと」
「……」
再びサザナスの口から出たその言葉に、唖然とするディアーロゴ。
そんな中、部屋に入ってからずっと黙っていたセイスが口を開く。
「サザナス、君はダンジョンに潜ったことは?」
「ありません」
「なら、何をもって東の保管所にあるのをダンジョンの核と判断したのかね?」
「レイです。あいつはギルムの街の近くにあるダンジョンに潜って最下層まで到達したことがあると言ってました。恐らくその時に見たんだと思います」
「……なるほど。まぁ、あの魔力やグリフォンを従えているのを考えるとあながち有り得ない話ではないか」
「はい。魔力に関しては分かりませんが、グリフォンを従えている程の男です。その言葉は信じられると思ってこうして急いで報告に来ました。……どうしますか?」
その問いに、我に返ったディアーロゴが慌てたように口を開く。
「どうする? どうするだと!? そんなことは決まっているだろう! 魔熱病を周辺に流行させるような原因だぞ? すぐに破壊するに決まってる!」
「俺もそうは思ったんですが、レイがダンジョンの核が街の中にあるのなら迷宮都市としてバールの街を発展させられる可能性もあるから、迂闊に判断出来ないと。きちんとこの街の責任者であるディアーロゴさんに確認を取ってこいと言われて」
「む、むぅ。確かに」
サザナスの言葉に、思わず頷くセイス。迷宮として発展出来ると言われると、確かにその可能性は否定出来無いのだ。
だが、そんなセイスの迷いをディアーロゴは断ち切るように口を開く。
「馬鹿なことを言うな。確かにそのダンジョンの核が周囲に病気を蔓延させるような効果がないのなら迷宮都市として発展させられる可能性を考えてもいいだろう。だが、今回は魔熱病というそれなりに有名な病気だったから何とか対処が出来たが、再びそのダンジョンの核が周辺に病気を広げた場合、それに対処出来るとは限らないんだぞ? そんな危険な真似をして、それこそバールの街に住んでいる住民達を危険に晒してまで迷宮都市としてこの街を発展させようとは到底思わん」
「……だが、ダンジョンの核が存在したというのは隠し通せる物ではないぞ? 特に儂のように魔力を感知出来る者が実際に東の保管所へと向かえばすぐに察知出来るだろう。そうなると、お前の上司である貴族の耳にこの話が入るのもそう遠くない筈だ。……もしそうなれば、自分達の利益になるダンジョンの核を勝手に処分したとして責を負わされることになるかもしれん。ただでさえここの領主はそれなり以上の腕を持つ魔法使いなのだから、誤魔化すような真似はまず無理だ」
「構わん。俺がこの街の領主代理の任を預かったのは、あくまでもこの街を守りたいからだ。貴族如きの利権やら何やらのためじゃない」
ディアーロゴの口から出た、あまりといえばあまりの台詞に思わず意表を突かれて唖然とした表情を浮かべるセイス。その隣では、こちらも同様にサザナスが驚きのあまりに動きを止めている。
「どうした? サザナス。俺の命令を聞いてなかったのか? そんなダンジョンの核なんかすぐにでも破壊しろとレイに伝えろ。急げよ、もしそれが本当にダンジョンの核なんだとしたら、魔熱病の騒動が収まったとしても次に何が起きるか分かったもんじゃないぞ」
「……はっ、わ、分かりました。すぐにレイにその旨を伝えて……」
来ます。と本来なら続くはずだったのだろう。だが、その言葉は次の瞬間部屋に飛び込んできた誰かによって遮られることになる。
そう。執務室ではなく、その隣にあるこの部屋にだ。それも、この街の領主代理であるディアーロゴにギルドマスターのセイス。そしてその2人からの命令を受けて動いているサザナスが籠もっているこの部屋に。
「何事だ!?」
そう叫びつつ、腰の長剣の柄に手を伸ばしながら2人を庇うように前に出るサザナス。その動きはさすがに警備隊の隊長をしているだけあって素早いものだった。もし飛び込んできたのが刺客の類であったとしても、恐らく対処出来たであろうことは間違い無いだろう。
だが、部屋へと飛び込んできたのは領主の館の前にいた警備兵の1人だった。
「た、た、た、大変です! 街の東側から紫色の霧が! それもどんどん広がっています!」
部屋に飛び込んできたのが刺客ではなかったのは幸福だったかもしれない。だが、その口からもたらされた報告は間違い無く不幸なものだった。
「街の東だとっ!?」
警備兵の言葉に、思わず叫び声を上げるディアーロゴ。それもしょうがない。その方向から現れた謎の現象ともなると、ほぼ間違い無くつい先程聞いたばかりのダンジョンの核が関係している筈だと確信できたのだから。
「ちぃっ、出遅れたか。それで、具体的にはどんな被害が出ている?」
剣の柄から手を離したサザナスが慌てて尋ねるが、部屋に飛び込んできた警備兵は首を小さく振る。
「いえ、残念ながらまだその辺は分かっていません。ですが何人かに様子を見に行かせましたので、すぐに判明するかと」
「……そうか。ディアーロゴさん。俺は今から何とかしてレイと連絡を取ってみたいと思います。紫の霧ともなれば原因は先程の件と関係しているのは間違いありません。そして、そのすぐ近くにはレイがいる筈です。上手く行けば被害は最小限で済むかと」
サザナスの言葉を聞き、すぐに頷くディアーロゴ。
個人的にはそんな無謀な真似をさせたくはなかったが、それでもこの街を守る為にはそれしかないと判断したのだ。
「頼む。レイと連絡が取れたら少しでも早く核の破壊をしてくれと伝えてくれ。……本来なら警備隊を率いるお前にはこっちに残って欲しかったんだが、戦闘力や魔力量を考えると派遣出来る人員で一番生き残る可能性が高いのはお前だからな」
「問題無いですよ。……ただ、今回の件が無事に片付いたらディアーロゴさんの取っておきを飲ませて貰いますからね」
「はっ、そうだな。この件が片付いたら俺の取っておきで勝利の祝杯だ」
「それを聞いたら、何が何でも無事に戻って来なきゃいけないって気になりました。……では!」
笑みを浮かべて約束を取り付けると、サザナスは素早く部屋から出て行くのだった。
時は戻り、サザナスが去った後の東側保管所。現在そこではレイとセトがダンジョンの核へと視線を向けながら少しの異常も見逃さんとばかりに警戒をしていた。
だからこそセトは気が付いたのだろう。目の前にあるダンジョンの核から微かにだが魔力を発し始めていることに。
「グルゥッ!」
魔力を感知する能力の無いレイもまた、セトのその警戒を促すような声を聞いて表情を引き締める。
具体的に何が起きたのかは分からない。だが、確実に何か拙いことが起きているのは本能的に察知出来たのだ。
そして次の瞬間、それはレイの目にも見える明らかな異常となって姿を現す。
「紫の……霧?」
そう、まるで目の前にあるダンジョンの核が呼吸でもするかのように脈動を始め、同時にその核から紫色の霧が吹き出されたのだ。
あからさまな異常。
そう判断したレイはダンジョンの核を破壊せんとしてデスサイズを振り上げる。だが、次の瞬間。
「うおっ!?」
咄嗟に驚愕の声を上げて、一瞬前までいた場所から跳び退る。
「グルルルゥッ!」
雄叫びと共に振るわれるセトの前足による一撃。その一撃がたった今レイへと襲い掛かった『何か』を吹き飛ばす。
それは、不透明のスライムに近い存在と言ってもいいだろう。だが違うのは、そのスライム自体が紫の霧をその身から生み出している点だ。そしてダンジョンの核はそのスライムを次々と生み出しては周囲へと放っている。
「まさか、これは……この周辺をダンジョン化するつもりか!?」
ダンジョンに存在しているスライムは、モンスターや冒険者の区別無く死骸を掃除する。それも溶かして吸収するという方法でだ。つまりダンジョンにとってスライムとは絶対に必要不可欠な存在であるとも言える。そしてダンジョンの核がダンジョンを作り出す能力を持っている以上は、スライムを作り出すというのも決して不可能ではない。
「くそっ、サザナスを待っていられるような時間は無い。どのみちこのままだとバールの街の住人に大量の被害が出る。なら!」
これが、あるいは普通の状態で起きた出来事であるのなら、それ程被害は大きくならなかったかもしれない。だが今のバールの街には、魔熱病により寝込んでいる者達が大勢いるのだ。まだ薬を与えられていない者も多く、あるいはレイが泊まった宿屋の経営者達の様に薬で魔熱病が治ったとしても、これまでの体力の消耗で起き出せない者もかなり多い。
何しろ薬の材料は大量にあるが、それを作り出す薬剤師や錬金術師達は数が限られている。そうなると、作り出された薬は基本的には症状の重い者へと優先されるのは当然と言えるだろう。
「ちぃっ、切りがない! セト、ダンジョンの核までの道を頼む! ここは蒸留酒の保管所だ。ファイアブレス以外で頼む!」
生み出されるスライムをデスサイズを縦横無尽に振るって斬り払いながら、セトへと頼むレイ。
斬り捨てられたスライムはすぐに消滅していくのだが、その際にも周辺に紫の霧を生み出していく。
(くそっ、幸い俺にはこの霧は効果が無いが、魔熱病のことを考えるとこれも恐らく何らかの病気に関係する可能性が高い。何とかダンジョンの核を……)
「グルルゥッ!」
レイの言葉に即座にスキルを使用するセト。鳴き声を上げた次の瞬間には、30cm程の水球2つがセトの前に姿を現していた。
「やれっ!」
レイの指示に従い、放たれる水球。高速で放たれた2つの水球は、スライムに接触した瞬間に弾けて周囲にいるスライム諸共に砕け散る。同時にその隙間を縫うようにしてももう1発の水球が飛び、ダンジョンの核から生まれたばかりのスライムを纏めて消滅させる。
「よし。はああぁぁっ!」
ダンジョンの核周辺と、そこへと続く道筋からスライムの姿が消えた一瞬の隙を逃さずに地を蹴って目標へと迫るレイ。
スレイプニルの靴により上げられた速度と、レイ自身の爆発的な足力を使いまさに瞬時にその間合いを縮める。
「砕けろっ!」
最大限に魔力を乗せたデスサイズの一撃。その刃は閃光の如く振り下ろされ、一瞬の抵抗すらもさせないままにダンジョンの核を真っ二つに切断する。
そして次の瞬間ダンジョンの核は煙にように消え失せ……
【デスサイズは『地形操作 Lv.1』のスキルを習得した】
同時に既に聞き慣れたと言ってもいいそのアナウンスがレイの脳裏へと流れる。
「……何?」
「グルゥ?」
レイと同じアナウンスをセトもまた聞いたのだろう。困惑したような視線をレイへと向ける。
(魔獣術はモンスターの魔石を吸収することで成長していく筈だ。それが何故ダンジョンの核で?)
数秒程その場で考え込んだレイだったが、すぐにスキルの検証や何故ダンジョンの核でスキルを入手出来たのかを考えているような暇は無いことに気が付く。
確かにスライムを吐き出していたダンジョンの核は破壊され、これ以上増えることはないだろう。だが問題はこれまでに出現したスライムと、そして何よりもそのスライムが呼吸でもするかのように吐き出し、あるいはレイやセトの攻撃で消滅する時に断末魔の代わりのように残していく紫の霧の存在だ。レイ自身やセトに対しては特に悪影響が無いようだが、この見るからに危険そうな霧をそのままにしておく訳もいかない。
「まずは警備兵にこの件を伝えるか」
「グルゥ」
考えている間にもスライムの残骸とも言える紫の霧は貯蔵所内へと充満し、既に微かにではあるが建物に出来ている隙間から表へと漏れ出している。
何をするにしても、この街のことを良く知っている人物に協力を仰ぐのが一番だと判断して貯蔵所の扉へと共に走ったレイとセト。
だが貯蔵所から表へと出たレイ達が目にしたのは、この貯蔵所を守っている筈の警備兵2人が地面へと倒れている場面だった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.1』『飛斬 Lv.2』『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.1』『風の手 Lv.1』『地形操作 Lv.1』new
地形操作:デスサイズの柄を地面に付けている時に自分を中心とした特定範囲の地形を操作可能。Lv.1の場合は半径10mで地面を10cm程上げたり下げたり出来る。