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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1907/3865

1907話

 ギガント・タートルの肉の美味さを味わった翌日の早朝、レイは昨日と同じ場所……ギルムの外にいた。

 だが、昨日と違う点も多い。

 それは、明らかにギガント・タートルの解体をする為にやって来た者の数が多かったことだ。

 まだ早朝で太陽も完全に姿を現しておらず、薄暗い。

 そんな状況であるにも関わらず、ギガント・タートルの解体に参加する者は非常にやる気満々といった感じでこの場に集まっている。

 もっとも、レイは何故そのようなことになっているのかは、容易に理解出来た。

 その理由は、やはり昨日分けたギガント・タートルの肉だろう。

 レイも昨日食べて驚くくらいの美味さだったのだから、それを食べた他の者達があまりの美味さに虜になってもおかしくはなかった。

 当然のことだが、それだけ美味い肉を食った者は、周囲の者にそれを教えるだろう。もしくは、一緒にその肉を食べた者もいるかもしれない。

 そのような話を聞き、もしくは肉を食べ……そうして是非その肉を食べてみたいと思ったり、もしくはもう一度食べたいと思った者が、こうして解体の依頼を受けた者が増えた理由なのだろう。


「人数が増えるのは、俺としては嬉しいけど……コボルトの方は大丈夫なのか? こっちばっかりに人を増やしたりしたら、コボルトに対処出来なくなるような気がするけど」


 レイは近くにいるギルド職員に尋ねる。

 そのギルド職員は、レイの言葉に笑みを浮かべ口を開く。


「その辺は大丈夫ですよ。ギガント・タートルの肉を食べるより、自分でコボルトを多く倒して金を稼ぐ方が楽だと考えている冒険者は多いですから。……もっとも、ギガント・タートルの肉を高値で買い取るというのが広まると、どうなるか分かりませんけど」

「売る奴がいるかどうかは、分からないけどな」

「あはは。そうですね。正直、私も昨日ギガント・タートルの肉を妻と娘と一緒に食べて、あまりの美味しさに驚きました。あの肉を一度食べてしまえば、ちょっと売るというのは考えられませんね。……それもあって、今日は見張りの人数を増やしました」


 ギルド職員の言葉通り、ギガント・タートルの解体をやっている者の周囲には、間違いなく昨日よりも多くのギルド職員がいる。

 コボルトの件もあって色々と忙しいという話は聞いていたが、それでもこれだけの人数を出せる辺り、ギルドの人材の多さが窺えた。


(もっとも、こっちに人数を回した分ギルドの方ではいつも以上に忙しくなってるだろうけど)


 一瞬、レノラとケニーの恨めしそうな表情を想像したものの、取りあえずそれは今は考えない方がいいと判断し、意図的に忘れる。


「そうしてくれると、助かるよ。昨日の馬鹿は俺の前で捕まった一人だけだったけど、昨日あの肉を食った連中の中には、妙なことを考える奴が出てくる可能性も否定出来ないしな」

「グルゥ? グルルルゥ!」


 近くでレイとギルド職員の話を聞いていたセトは、不満そうに喉を鳴らす。

 昨日ギガント・タートルの肉を食べたのは、レイだけではなくセトもだ。

 当然ながら、その肉の味はセトにも強烈な印象を残しており、その肉を奪おうと考える者がいるかもしれないと聞けば、セトが怒るのも当然だった。

 セトの中では、食欲に対する欲求がかなり強い。

 それだけに、このセトの態度も当然と言えるだろう。


「ほら、落ち着けって。もし肉を盗むような真似をすれば、セトが絶対に許さないってのは皆が分かったから」


 レイが、セトの頭を撫でながらセトを落ち着かせる。

 実際、今のレイとギルド職員のやり取りが聞こえ、セトの唸り声を聞いた者は緊張した表情を浮かべていたのだから、今のセトの唸り声は抑止力という意味ではこれ以上ない成果となったのだろう。


「ともあれ、そっちの方でしっかりと仕事をしてくれるなら、俺としては助かるし不満もない。安心して任せることも出来るしな」


 これが、殆ど付き合いのない相手であれば、レイもここまで安心して任せるようなことは出来ないだろう。

 だが、ダスカーからの信頼も厚く、異名持ちの高ランク冒険者にして前ギルドマスターのマリーナとパーティーを組んでいるレイは、現在のギルドマスターたるワーカーにとっても余程のことがない限りは切ることが出来ない相手だ。

 そのようなレイの所有物であるギガント・タートルの解体において、それを行っている者が盗むといった真似は絶対に許容出来ることではないだろう。

 だからこそ、レイはこの場から離れても問題はないと判断出来るのだ。

 もっとも、ヴィヘラやビューネ、そして……


「そう言えば、いつくらいになるのかは分からないけど、エレーナとアーラの二人がギガント・タートルの解体を見に来るって言ってたな。来たら、相手をしてやってくれ」

「……え?」


 レイの言葉に、ギルド職員は数秒の沈黙の後で一言だけそう呟く。

 エレーナとアーラ。レイが口にしたその人物が誰なのかは、ギルド職員として当然知っていたのだから。

 どちらか片方だけであれば、もしかしたら同じ名前の別人だと思ってもおかしくはない。

 だが、その二つの名前が一緒であれば、それが誰なのか……姫将軍のエレーナとその腹心たるアーラであるのは間違いなかった。

 ギルムだけで有名な人物ではなく、ミレアーナ王国全体……いや、周辺諸国どころか遠い国にまでその名を知られているエレーナがやって来るというのだから、ギルド職員にしてみればたまったものではないだろう。

 エレーナがギルムに滞在しているというのは知っていたし、レイと友好的――それどころか男女的な――関係であるという噂も聞いて、知ってはいる。

 それらを知った上でも、出来れば勘弁して欲しいというのがギルド職員の正直な気持ちだった。

 とはいえ、今の状況で何を言っても意味はなく、依頼主のレイからの要望には出来る限り応えるように上から言われているのも事実。

 そして何より、ギルド職員が決定的なまでに嫌がる様子がなかったのはエレーナが横暴な貴族ではないと知っていたからだ。

 中立派を率いるダスカーの治めるギルムだが、そのギルムにあっても横暴な態度の貴族というのは珍しくない。

 貴族が相手であればそのような態度を取らず、あくまでも平民を相手にした場合に横暴な態度を取る者。

 もしくは、自分の家よりも爵位が下の相手に対しても横暴に振る舞う者といった風に。

 ……また、非常に珍しくはあるが、相手が自分よりも爵位が上の貴族であっても、突っかかっていくといった者もいない訳ではない。

 エレーナがそのような貴族ではないというのは、その人物に接することになるギルド職員にとっても非常に嬉しいことだった。


「分かりました。エレーナ様に対してはしっかりと対応させて貰います。それに解体を行っている者達も、エレーナ様が直接この現場に足を運んだとなれば、喜ぶでしょう」


 それは、間違いのない事実だった。

 姫将軍の異名はこのギルムでも広く知られている。

 レイを始めとして、ギルムにも異名持ちは他に何人もいるのだが、それでもやはり姫将軍の異名はそれらよりも広く知られている。

 また、エレーナが一生で一度見ることが出来るかどうかといった美貌の持ち主だというのも、この場で解体をしている者達の士気高揚になるだろう。

 解体をしているのは男だけではなく女もいるのだが、その女達にしてもエレーナの美貌は嫉妬を抱くということすら出来ず、ただ見惚れるだけだ。

 ……そのエレーナに失礼のないように接する必要がなければ、ギルド職員もレイの言葉に素直に喜べたのかもしれないが。

 それでも、やって来たのが横暴な真似をするような貴族ではくエレーナだというのは、ギルド職員にとってはかなり助かる出来事だったのは間違いない。

 もしこれで横暴に振る舞う貴族がやって来ようものなら、ギガント・タートルの肉を寄越せ、いや素材を寄越せ、その全てを寄越せ。

 そのように理不尽な命令をしてこないとも、限らないのだから。

  

「頼んだ。もっとも、実際にエレーナ達がくるのは、もう少し後になるだろうけど。……ああ、それとマリーナやヴィヘラ、ビューネといった面々も来ると思うから、来たら相手をしてくれ」

「え」


 ギルド職員が固まったのは、レイが何気ない様子で口にした者の名前の中に前ギルドマスターたるマリーナの名前があったからだろう。

 ヴィヘラとビューネは昨日も来てるので、今日来ると言われてもそこまで驚くべきことではない。

 だが、その中にマリーナがいるとなれば、話は違う。

 現在のギルドマスターはワーカーだが、それでも長年ギルドマスターを務めてきたマリーナは強い影響力を持つ。

 このギルド職員もマリーナには色々と世話になったこともあり、マリーナがここに来ると言われて驚いたのだろう。

 レイはそんなギルド職員に、後は頼んだと軽く肩を叩くと、まだここにいてギガント・タートルの肉を盗む者がいないか見張っていたいというセトを引き連れてギルムの中に戻っていく。

 そんなレイの背中を、ギルド職員は若干恨めしげに見るも……取りあえず、今はしっかりと仕事をしておく必要があると判断し、ギガント・タートルの解体について問題がないかどうかを考えるのだった。






「うーん……やっぱり、昨日よりも人数は減ってるな。冒険者達は喜んでるけど」


 呟くレイの視線の先にいるのは、コボルトと戦っている冒険者達。

 その言葉通り、コボルトを倒す数が増えたことにより、金に困っている冒険者達にとっては、非常に嬉しい状態となっていた。

 ……実際には、情報に聡い者はギガント・タートルの肉を売ればコボルトを倒すよりも金になるということで解体に鞍替えした訳で、ここにいるのは情報に疎い者、もしくは単純に身体を動かすことを目的にしているような者達なのだが。


「グルルルゥ? グルゥ、グルルゥ?」


 何で今日もここに来たの? と、セトがレイに向かって喉を鳴らす。

 増築工事をしているここでは、既に昨日調べられる場所の大半は調べた。

 そうである以上、今日またここで何かを調べようとしても、それで何らかの手掛かりを見つけられるとは、セトには思えなかったのだ。

 そんなセトの頭を撫でながら、レイは口を開く。


「現場百回……って訳じゃないけど、実際にコボルトがここを襲ってきてる以上、ここを調べるしか方法はないんだよな」


 レイが探しているのは、コボルトに襲撃を行わせているマジックアイテムだ。

 実際に本当にマジックアイテムで行われているのかどうかというのは、レイにも分からない。いや、寧ろ昨日ここを調べて何も見つからなかったことで、可能性としてはかなり低いと思っている。

 だが、元々マジックアイテムの探索は半ば暇潰し的な意味も含めているのだから、取りあえずその辺の事情は考えないようにしての行動だった。

 レイの思いが通じたのか、セトは仕方がないなといった様子で喉を鳴らし、もっと撫でてと顔を擦りつける。

 そんなセトの頭を撫でながら、レイは今日はどうやって探索する場所を探すべきかを悩む。


(昨日の件で、臭いや音といった要素でないのは、ほぼ確定だ。けど……そうなると、本当に何も手掛かりはないんだよな。足で稼ぐって意味で、色々と探してみるか? 場合によっては、もっと他の何かを見つけられるかもしれないし)


 そう判断し、レイはセトと共に増築工事の現場を見て回る。

 昨日に引き続き姿を現したレイとセトの姿に、コボルトの討伐をしていた冒険者達は複雑な表情を向ける。

 自分達が金を稼ぐ為にコボルトと戦っているのに、レイはセトを引き連れて適当に歩き回っているだけなのだ。

 もしレイの立場にいるのが低ランクの冒険者であれば、邪魔をするなと怒鳴りつけていてもおかしくはない。

 だが、まさか異名持ちのレイを相手にそのような真似をする訳にもいかず、結果として基本的にはレイの存在には触れずに自分達がやるべきことをやるだけという態度をとっていた。


「んー……この辺に何かあると思うか?」


 建築資材が置かれている場所を眺めつつセトに尋ねるレイだったが、返ってきたのは首を横に振るという行為のみだ。

 幾らセトであっても、そこに何もなければ見つけるような真似は出来ない。

 そんなセトの様子に、レイはまた別の場所に移動する。

 一応、レイもコボルトと戦っている者達の邪魔をしないように気をつけてはいるので、少し遠回りをしたりといった具合に移動していた。

 そうして、色々と探している途中……


「きゃああああああああああああああっ!」


 不意に女の悲鳴と思われる声が、レイの耳に届くのだった。

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