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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1898/3865

1898話

 レイとセトがヨハンナ達と会った翌日、早朝。

 いつもであれば、レイはまだ眠っている時間だったのだが、レイはギルドに向けて歩いていた。

 まだ午前六時前ではあったが、高級宿の夕暮れの小麦亭だけあって、しっかりと朝食は用意されており、それを食べることによってレイの眠気も完全に消えている。

 もっとも、夕暮れの小麦亭に泊まる客は、商人や冒険者が多い。

 そのような者達の中には、朝一でギルムを出るといった者も少なくなかった。

 ……今は冬なので、そのようにしてギルムを出て行く者はほとんどいないのだが。

 コボルトの討伐依頼を受けるような者がいれば、朝早くから出て行く者もいるのかもしれないが、夕暮れの小麦亭に泊まっているような冒険者というのは、高ランク冒険者と呼ぶに相応しい者達だ。

 それだけに、身体が鈍らないようにといった理由や、何らかの理由で溜まったストレスを発散させたいといったような者でもなければ参加したりはしない。

 現に冬で暇を持て余しているヴィヘラやビューネも、今はまだ布団に包まれて眠っている。

 それでも、しっかりと朝食の準備をしておくというのは、レイにとって非常に嬉しかった。

 また、朝食の準備が出来たばかりということは、パンの類も焼きたてのものがある訳で、そういう意味でもレイにとって早起きは三文の得を体験したといったところか。

 何より……


「グルゥ!」


 レイに向かって、セトが喉を鳴らす。

 それがどのような意味を持っての行為であったのかは、それこそレイには理解出来た。


「弁当は、もっと時間が経ってからだな。セトも食事をしたばかりだろ?」


 そう告げながら、セトの頭を撫でる。

 そう、今日レイが朝早く出掛けると知った夕暮れの小麦亭の女将のラナは、具が大量に入ったサンドイッチを弁当として持たせてくれたのだ。

 それも、レイだけではなくセトの分も。

 ……本当の意味でセトが腹一杯になるには足りなかったが、それは仕方のないことだろう。

 ともあれ、まだ午前六時前ということもあり、真っ暗な中をレイとセトは進む。

 夜目の利くレイとセトだったが、レイの手にはラナが用意してくれたランプがある。

 これは、レイとセトが暗い中を進むのを不憫に思ったから……という訳ではなく、ランプの類がなければレイとセトがそこにいると分からずにぶつかってくる相手がいるかもしれないという理由からだ。

 そんな風にして一人と一匹は、人通りがあまりない大通りをギルドに向かって歩いていたのだが、ギルドに近づくに連れ、次第に人の姿が増えてくる。

 集まってくる者の大半は、一目で冒険者と分かる格好をしていた。


「おお、まだ暗いのにこんなに……何だか、ちょっと感動しないか?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、そう? と首を傾げるセト。

 セトにしてみれば、この早朝に冒険者が大勢いるというのは、別に驚くようなことでもないらしい。

 そんなやり取りをしながらギルドに向かうレイだったが、何人かがレイやセトの方を見ているのに気が付く。

 レイも自分やセトが人の注目を浴びるのは今更なので、特にそれを気にするようなことはない。

 だが、今こうして向けられている視線は、いつもの畏怖や憧れ、嫉妬、恐怖、尊敬……そのようないつも向けられている視線と違っているように思える。

 何だ? と少し疑問に思ったが……ギガント・タートルの解体云々と小声で仲間と話している冒険者がいるのを見て、納得する。


(今のこいつらにとって、俺は警戒すべき相手じゃなくて、自分達に仕事を与えてくれる雇い主だったり、未知のモンスターについて調べさせてくれる気前のいい相手って訳か。……まぁ、報酬は安いんだが)


 コボルト討伐の方がギルムとしては優先される以上、ギルドの方でそう決められても、レイとしては納得せざるを得ないし、不満も抱いていない。

 ……実際にレイが解体する側になって、それでコボルトの討伐よりも報酬が安いとなれば不満を抱くかもしれないが。

 とはいえ、今回の依頼に関してはきちんと報酬が明記されている以上、依頼を受けた後で報酬が安いといったことにはならない。


「あ、レイさん。おはようございます!」


 不意に掛けられた声に視線を向けると、そこにいたのは見知った顔。


「ハスタか。こうして会うのは久しぶりだけど、元気にしてたか? ……いや、こうして見る限りだと元気そうだけど」

「あははは。そうですね。僕も一応自分なりに色々と頑張ってますから。店の方もかなり流行ってますし」

「まぁ、満腹亭は美味い、早い、安いの店だからな」


 ハスタの両親がやっている満腹亭という食堂は、レイにとってもお馴染みの店だ。

 ミスティリングの中に入っている料理の中には、満腹亭の料理も多い。

 また、ギルムではうどんを最初に売り出した店としても有名だろう。

 ハスタは、そんな満腹亭をやっている両親の為に、食材となる肉を提供すべく冒険者になった人物だ。

 レイと出会ったのも、秋の風物詩たるガメリオンの一件でだ。

 そんな人物だけに、何故自分に話し掛けてきたのかというのは容易に想像出来た。


「ハスタもギガント・タートルの解体か?」


 コボルトの討伐依頼でも、肉は手に入る。

 だが、コボルトが低ランクモンスターである以上、その肉は決して美味いとは言えない。

 ゴブリンの肉に比べれば遙かに美味いと言ってもいいのだが、比べる対象がゴブリンの肉という時点でその肉の味が大体想像出来るだろう。

 それでもゴブリンの肉とは違い、そこまで手間暇掛けずともそれなりに食べられるようには出来るのだが。


「ええ。ちなみに……僕だけじゃないですよ。店の常連が結構な人数参加するって言ってます」

「そいつらも肉目当てか? いやまぁ、大体考えてることは分かるけどな」


 満腹亭の料理人たるハスタの父親のディショットは、腕の良い料理人だ。

 そんなディショットにギガント・タートルの肉を持っていけば、美味い料理にありつけると、そう考えた者がいてもおかしくはない。


(まぁ、ディショットもギガント・タートルの肉は料理したことがないだろうし、貰える部位も様々だから……色々と試行錯誤する必要はあるだろうけど)


 そこまで考え、レイはふと気が付く。

 これは、自分にとっても悪い話ではないのではないかと。

 冒険者達がギガント・タートルの肉を満腹亭に持ち込んで、ディショットが試行錯誤して美味い料理にする。

 そして美味い料理を作れるようになった頃に、レイが解体されたギガント・タートルの肉を持ち込んで料理をして貰えば、労せずして美味い亀肉料理を食べられる。


(それなら、肉が大量にある俺が提供して色々と試して貰った方がいいような気もするけど)


 そんな風に考えつつ、レイはハスタと共にギルドに向かう。

 そして、ギルドに近づけば近づく程に冒険者の数は多くなってくる。


「結構いるな。コボルトの討伐も混ざってるんだろうけど」

「そうですね。でも、ここ最近に比べるとやっぱり増えてますよ。レイさんのギガント・タートルの一件は昨日から結構広まってましたからね。その為かと」

「俺としては、人数が増えればそれだけギガント・タートルの解体が進むから、助かるんだけどな」

「あはは。僕としては人数が少なければそれだけ長期間解体の仕事があって、それだけ多くギガント・タートルの肉が貰えるので、そちらの方がいいんですけどね」


 ハスタの声が聞こえたのか、近くにいた何人かの冒険者達が同意するように頷く。

 そんなハスタに、レイは何か言おうとするも……その前に、丁度ギルドの前に到着した。


「じゃあ、俺はちょっとギルドと簡単な打ち合わせがあるから、この辺でな。多分大丈夫だとは思うけど、頑張って依頼を受けてくれ」


 今回のギガント・タートルの解体の依頼に関しては、それこそ人数が多ければ多い程いいし、解体の技術が未熟な者であっても切り分けた部位を運ぶといった仕事が幾らでもあるし、それ以外にも多くの仕事があるので歓迎される。

 だが、それはギガント・タートルの解体という例外だからであって、普通の依頼の場合は募集人員が決められている。

 基本的にそれは早い者勝ちになるので、報酬が高額だったり、楽だったり、何らかのおまけがついていたり……といったような美味しい依頼を受ける為には、その依頼の書かれている紙が依頼ボードに貼り付けられる早朝にギルドに行く必要がある。

 もっとも、それは早朝に依頼ボードに貼り付けられるということが多いということであって、場合によっては昼に近くなってからや、午後になってから依頼ボードに新しい依頼が貼られることも珍しくはないのだが。


「あははは。依頼が依頼なので人は多いみたいですけど、競争率はそこまで高くないようなので安心出来ます。じゃ、僕はこれで行きますね」


 そう言い、頭を下げてハスタはギルドの中に入っていった。


「じゃあ、打ち合わせとかがあるから、セトはいつも通りここで待っててくれ。……今は忙しいから、構ってくれる人はあまりいないと思うけど」

「グルゥ」


 撫でながらレイが告げると、セトは喉を鳴らしていつもの場所に向かい、寝転がる。

 いつもであれば、何人もの冒険者や通行人がセトを愛でに行くだろう。

 だが、今はレイが言った通りまだ暗く、冒険者も仕事を受ける為にギルドに向かう者が多い。

 ……依頼を受けた後で余裕があれば、セトを愛でるといった者もいるかもしれないが。

 そんなセトを一瞥すると、レイはギルドの中に入り……


「うわ」


 我知らず、そんな声が漏れる。

 酒場の方にはこの時間にも関わらず、まだ飲んでいたり、酔い潰れている者達がおり、仕事前の景気づけで軽く一杯飲んでいたり、朝食を食べていたりといった者もいる。

 だが、そんな酒場とは裏腹に、ギルドの方にはより大勢の冒険者の姿があった。

 春から秋に掛けてであれば、そう珍しくもない普通の光景なのだが……生憎と、レイがこのような時間帯にギルドに来るということは滅多にない為、余計に驚きが強いのだろう。

 それでも、ギガント・タートルを持っている身としては、いつまでもこうして見ているだけという訳にはいかない。

 人混みと呼ぶに相応しい中を、レイは歩く。

 レイという存在に気が付いた者は大人しく道を空け、気が付かない者はレイがすり抜けるように移動し……やがて、カウンター前に到着する。

 とはいえ、これだけの冒険者がいて仕事を受けようとしているのだから、当然のようにカウンターの前には長い行列が出来ている。

 もう少し後の時間であれば、依頼を受けるついでに受付嬢を口説いたりといった真似も出来るのだろうが、今の状況でそのような真似をすれば、それこそ後ろで並んでいる他の冒険者達に恨まれるだけだ。

 それを知っているからこそ、冒険者達は変なちょっかいを掛けるでもなく、依頼が受理されればすぐにその場を立ち去る。

 そんな様子を行列に並んで見ていたレイだったが、そんなレイの姿にギルド職員の一人が気が付く。


「ちょっ、レイさん!? 何で普通にそっちに並んでるんですか!? レイさんは今日は冒険者じゃなくて依頼者ですから、そこに並ぶ必要はありませんよ!」


 そう告げ、カウンターから出てきたギルド職員は、レイを引っ張ってカウンターの内部に戻る。

 レイの後ろに並んでいた冒険者は、レイがいなくなったことで自分の前が一人分空き、今日は運が良いと思いながら一歩前に進む。

 背後でそのようなことになっているとは分からず、レイはカウンター内部に移動する。

 ……そんなレイに、レノラは忙しさからレイの存在に気が付かなかった申し訳なさそうな視線を、そしてケニーは出来れば自分がレイの相手をしたかったという、残念そうな視線を向けていたが、冒険者の依頼の受理に忙しく、視線を向けていられなくなる。


「気が付くのが遅れて、申し訳ありませんでした」


 カウンター内部に通されたレイに、ギルド職員がそう言って頭を下げてくる。

 そんな相手に、レイは気にするなと首を横に振る。


「この時間帯に来たことは殆どなかったから、正直なところちょっと予想外だったのは間違いない。あまり気にしないでくれ。それで、これからの段取りはどうなってるんだ?」

「あ、はい。もう少ししたら全員でギルムの外に出て、すぐに解体を始めることになります。それで、その……実は、ギガント・タートルの大きさを考えて、少しでも早く解体が終わるように、今回に限って冒険者以外でも解体の技術を持ってる人を臨時に雇いたいと思うのですが、どうでしょう?」


 出来れば頷いて欲しい。

 そのような思いを込めて視線を向けてくるギルド職員に対し、レイは特に躊躇する様子もなく構わないと頷きを返すのだった。

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