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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1897/3865

1897話

 ギルドから出たレイは、セトを連れて街中でも見て歩きながら、屋台で買い食いでもしようと考えていた。

 いたのだが……


「セトちゃん、久しぶりに会うけど、相変わらず可愛いわね。はい、このサンドイッチ食べる? 中にはセトちゃんの好きなチーズがたっぷりはいってるのよ?」


 そんな風に言いながら、セトに構っている人物の姿を見て、思わず天を仰ぐ。

 雪は降っていないが、曇天と呼ぶに相応しいくらいに雲が空を覆っており、太陽の姿は時々雲の隙間から見えるだけだ。

 そうして改めてセトの方を見ると、やはりそこでは見覚えのある人物がセトを愛でていた。

 いつまでもこのままではいられないと判断し、レイは不承不承ながらその人物に声を掛ける。


「ヨハンナ、久しぶりだな」

「ねぇ、セトちゃん。これから一緒に遊びにいかない? ほら、ミレイヌよりも私が可愛がってあげるから。ね?」


 レイの声は全く聞こえていないように……いや、ようにではなく、実際に聞こえていないらしく、セトを愛で続ける。

 どうしたものかと迷っていたレイだったが、少し離れた場所からやって来た男が不意にレイを見て声を掛ける。


「レイさん、ギルムに戻って来てたんですか!?」


 その人物は、ヨハンナと同様レイにも見覚えのある人物だった。

 ベスティア帝国の内乱に関わった時、ヨハンナも所属していた遊撃隊に所属していた人物だ。


「ああ、そっちも元気そうだな。……ヨハンナも相変わらずだし」

「あ、あははは。あははははははは」


 未だにレイに気が付いた様子もなくセトを愛でているヨハンナの姿に、男は何かを誤魔化すように笑う。

 レイがこのくらいで怒るようなことはないと分かってはいるのだが、自分達のリーダー格のヨハンナがこのような姿を見せているのは、男にとって色々と思うところがあるのだろう。

 そんな男を見て若干哀れに思ったのか、取りあえずヨハンナの相手はセトに任せることにして、話題を変える。


「お前達はコボルトの討伐に参加してるのか?」

「え? あ、はい。金銭的な余裕はそれなりにありますけど、身体が鈍らないようにと思って」

「あー……そういう奴も多そうだよな」


 ダイエット目的――正確には微妙に違うが――で倒されるコボルトというのは、レイから見ても何ともいえないような思いを感じる。


「はい。それと、暇をしている人とかも結構参加していますよ。休憩しても酒場で飲んだくれたり、娼館に行ったりとか、そういうことをしていても飽きる人とかは結構いますので」


 暇潰しで倒されるコボルトというのも、ダイエット目的と同様に何とも言えないものを感じてしまう。

 もっとも、理由がどうであれコボルトを倒すことが出来ているというのは、間違いないのない事実なのだ。

 それによって、ギルムの受ける被害が減っている以上、その理由は関係なかった。


「それで、レイさんは何でギルドに? もしかして、コボルトの討伐依頼を受けるとか?」


 尋ねつつも、恐らくそれはないだろうという風に思っているのは、明らかだった。

 男にしてみれば、異名持ちのレイがそのような真似をしても何の利益にもならない……どころか、面倒が多いだけの依頼を受けるとは思えなかったのだろう。

 そして、実際にレイはコボルトの討伐依頼を引き受けるつもりはないのだから、その考えは決して間違っていない。

 ……これで、コボルトの希少種や上位種といった存在が確認出来るのであれば、未知の魔石を求めて討伐依頼を受ける可能性もあったが。


「ちょっと明日からギガント・タートルの解体が行われるから、それについての打ち合わせをな」


 ギガント・タートルの解体。

 そう告げるレイの言葉を聞いた瞬間、周囲にいた冒険者達が一瞬反応する。

 ギルドでレノラとギガント・タートルの解体について話していた時も、周囲にいる冒険者は何とかその情報を得ようとしていた。

 コボルトの討伐を資金不足という理由で受けている者にとって、ギガント・タートルの解体というのは美味しい依頼に思えたのだろう。

 もっとも、コボルトの討伐依頼の方がギルムにとっては重要度が高いので、報酬の方はかなり控えめになってしまったのだが。

 レイとしては、報酬を支払うのは自分ではないが、報酬が安いということはそれを目当てにする者は少ないということで、少しだけ思うところはあった。

 とはいえ、ギガント・タートルの大きさを考えればこの冬だけでどうにかなる訳でもない以上、不愉快に思う程にまで気にはしていなかったが。


「え? いよいよ解体するんですか?」

「ああ。本来なら年が明ける前に始める予定だったんだけど、アネシスに行ってたからな」


 アネシスという言葉が出ると、男は微妙な表情でセトを愛でているヨハンナに視線を向ける。

 レイがアネシスに行っていた時、当然のようにセトもギルムにはおらず、結果としてヨハンナはセト禁断症状とでも呼ぶべきものになってしまったのだ。

 今こうしてセトを過剰なまでに愛でているのも、禁断症状の反動なのは間違いない。

 

「おお、それはちょっと楽しみですね。ギガント・タートルには、興味あったんですよ」

「だろうな。そういう奴が多いというのも分かっている。けど、コボルトの方を放っておく訳にもいかないだろ? まぁ、しつこくギルムに攻めてくる理由が分かってないのを考えると、もしかしたら明日からは全く攻めてこないという可能性もあるけど」

「そう言われると……そうですね」

「だから、ギガント・タートルの解体の報酬は、かなり安めになる。それでもいいなら、こっちに来てくれ。ああ、それと報酬は少ないが、解体した中から若干は土産として持たせてやるつもりだ。……美味いかどうかは、分からないけど」


 レイが知ってる限りでは、亀というのは基本的に食べることはない。

 その例外がスッポンだった。

 実際にはウミガメは普通に食用としているような地域もあるのだが。

 それでも、ギガント・タートルは間違いなく高ランクモンスターである以上、肉が不味いということは有り得なかった。


(スッポン鍋は、TVで見たことはあるけど、食べたことはないしな)


 当然のように亀の捌き方も知らないし、どういう味付けにすればいいのかといったことも知らない。

 そうである以上、レイに出来るのは本職の料理人に任せるといったことしかなかった。


「ともあれ、その条件で良ければ、明日の朝に依頼を受けてくれ」

「依頼を受けます!」


 レイの言葉に答えたのは、たった今まで話していた男ではなく、つい先程までセトを愛でていたヨハンナだった。

 どこから話を聞いていたのかは分からないが、依頼を受けると口にしているからには、ギガント・タートルの解体について依頼をしているということについては聞こえていたのだろう。

 ヨハンナが何を考えてこの依頼を受けると口にしたのか。それは、レイにとっては考えるまでもなく明らかだった。


「言っておくけど、俺達……正確にはセトはずっとギガント・タートルの解体を見ている訳じゃないぞ? 最初にざっと様子を見て問題がないようなら、多分別の場所に行くだろうし」

「それでも構いません。確実にセトちゃんと会えるのなら、それを見逃すという選択肢は私にはありませんから」


 そう断言するヨハンナを見れば、レイもそれ以上は何も言えなくなる。

 全てを承知の上で、それでも依頼を受けるというのであれば、レイとしてはありがたいとは思っても、迷惑だとは思わない。

 ヨハンナ率いる面々は、元遊撃部隊ということで純粋な戦闘能力という点で考えると、相応の強さを持っているのだから。

 それこそ、ギガント・タートルの血の臭いに惹かれてやってきたモンスターがいても、大抵の相手には遅れを取る心配はない。


「そこまで言うなら、俺からはこれ以上言う事はないが。本当にいいんだな? こっちとしては、ヨハンナ達がこの依頼を引き受けてくれるのなら、かなり助かるけど」


 ベスティア帝国の内乱時に、ヨハンナ達を率いて遊撃隊として戦ったからこそ、疑うようなこともないまま信じることが出来た。

 ヨハンナ達の方も、内乱の時にレイの戦いをその目で見て、敵の陣地を炎の竜巻で壊滅させたのを見て、更にはセトという存在を見て、絶対にレイと戦いたくはないと判断した。

 だからこそ、ミレアーナ王国と敵対しているベスティア帝国から、ギルムに移住してきたのだ。

 ……そんな中でも、ヨハンナはレイと敵対云々ではなく、純粋にセトと一緒にいたいからギルムにやって来たようなものだったが。


「はい、任せてください。モンスターの解体は得意ですし、ギガント・タートルの肉も少しは貰えるらしいので、ちょっと興味あったんですよね」

「あー……ヨハンナ以外の面々にも、声を掛けておきます。コボルトの討伐依頼を受けないで、暇をしている者もいるので」


 ヨハンナを含め、元遊撃隊の面々は屋敷を一軒借りて、そこに大勢で住んでいる。

 勿論全員がその屋敷に住んでいる訳ではなく、一人で別の部屋を借りたり、場合によっては恋人を作って同棲していたり、結婚して家庭を持ったり……といった者もいるのだが。

 それでも、まだ大勢がその屋敷に住んでいる以上、声を掛けるのは簡単なことだった。


「そうしてくれ。人数が多ければ多い程、ギガント・タートルの解体も早く進むしな。それに、お前達なら素材を盗むとか、そういう心配をしなくてもいいし」


 ギルドから人が来て、素材を盗むような者がいないかどうかを監視するという約束になってはいるが、それでも絶対に盗むような者がいないというのは、レイにとっても助かる。

 ましてや、今のギルドはコボルトの件で忙しい。

 それはギルドで仕事をしていたレノラやケニーの様子を見れば、一目瞭然だろう。

 だからこそ、ギルドから派遣される者は当初の予定よりも減らされる可能性が高かった。

 いや、実際にレイが見た様子から考えると、減らされるだろう。

 それには、レイも別に不満はない。

 元々の約束ではあったが、現在のコボルトの一件を考えれば、そちらを優先的に片付けなければならないことが分かるのだから。


(いっそ、ギガント・タートルの解体は魔石を取り出すところまで進めたら、残りは次の冬に回した方がいいのかもしれないな)


 そんな風に思うことが出来るのは、やはりミスティリングがあるからこそだろう。

 ミスティリングの中に入れておけば、取りあえず腐るといったことは心配しなくてもいいのだ。

 それは、現状のギガント・タートルがまだ新鮮なままだということが示している。


「レイさん? どうしました?」

「いや、コボルトが厄介だと思ってな」


 男の言葉に、レイはそう返す。

 実際、それはレイが本当に考えていたことではないのだが、決して間違っている訳でもない。

 どのような理由かは分からないが、コボルトが何度となくギルムを襲撃してきてるのが原因で、本来なら解体の人手として使える冒険者が、そちらに奪われているのだから。


「コボルトの件は、そこまで深刻に思ってる人はいないんですけどね。もっとも、これが春になっても続けばどうなるのかは分かりませんけど」


 今は冬なので、増築工事はそこまで進んでいない。

 本当に重要な場所で職人を必要とするようなところでは、護衛を雇って工事を進めているが……そのような場所はかなり少ない。

 だからこそ、職人達にも護衛を付けることが出来るし、大抵そのような職人は度胸があって、コボルト程度が襲ってきても気にした様子もなく自分の仕事を進めることが出来る。

 だが、それはあくまでも少数の限られた職人で、護衛もいるからの話なのだ。

 もしこれが春になれば増築工事が始まり、大量の人手が増築工事には投入される。

 そうなれば、当然のように護衛の冒険者の手が足りなくなるだろう。

 元々護衛として冒険者が雇われてはいたのだが、来るかどうかも分からないモンスターと、低ランクモンスターとはいえ、大量に襲撃してくるコボルト。

 そのどちらが厄介なのかは……場合にもよるが、純粋に人手を取るという意味で後者の方が厄介なのは間違いなかった。


(春になれば、冬の間に出て行った冒険者達も戻ってくるから、間違いなく人手は増える。増えるんだが……コボルトの討伐だけをやる訳にもいかないしな)


 増築工事が本格的に始まれば、それこそ冒険者の数はどれだけいても足りない程になるのだから。


「取りあえず、コボルトの一件は早いところ何とかする方がいいだろうな。春まではまだそれなりに余裕はあるけど、ゆっくりと見ていられるような余裕もないしな」


 そんなレイの言葉に、男とヨハンナの二人は少しだけ真面目な表情で頷くのだった。

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