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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1894/3865

1894話

 ヴィヘラやビューネとの会話を終わらせたレイは、すぐに出掛けることにした。

 宿に戻ってきて、すぐにまた出掛けると言ったレイに、ラナは忙しいですねと笑みを向けるだけだ。

 もっとも、その笑みはいつもの……レイの知っているラナの笑みと比べると、いつもより元気そうな笑みだったが。

 コボルトの件で心配なことはあるのだろうが、それでもギルムに住んでいる以上、そんな相手に負けてたまるかといった気持ちが分かる、そんな笑み。

 ラナのそんな笑みに不思議と元気づけられ……厩舎からセトを連れ出し、ヴィヘラとビューネの二人と共に向かったのは、半ばレイ達の溜まり場と化しているマリーナの家だった。


「あら? ……珍しいわね」


 ヴィヘラが珍しそうにそう言ったのは、貴族街にあるマリーナの家の前に馬車が停まっていたからだろう。

 それも普通の馬車ではなく、貴族や裕福な商人が使うような、高品質な馬車だ。

 特に、その馬車に繋がれている馬が、セトを見ても怯えはするものの、恐慌状態になったり、ましてや逃げ出そうと走り出したりしなかったのを見れば、その馬がどれだけ厳しい訓練を受けた馬なのかが分かる。

 御者台に座っている人物が馬の異常に気が付いたのか、慌てて周囲を見回してレイ達の存在に気が付く。

 もっとも、レイ達の存在に気が付いても特に何か反応がある訳ではなく、すぐに御者台から降りると怯えた馬を落ち着かせる為に撫でる。


「ほら、どうどう。落ち着け、落ち着け、落ち着け」

「……ブルルル」

「ブルル」


 撫で方が上手いのか、二頭の馬はすぐに落ち着いた様子を見せる。


(凄い技術だな。……セトを撫でるって意味でも、教えて欲しいくらいだ)


 瞬く間に馬を落ち着かせた様子を見て、レイはそんな風に思う。

 勿論、セトはレイの撫で方を不満に思ったりはしていない。

 それでも、今の御者の撫で方はレイから見ても素晴らしいと思うものだった。


「レイ? どうしたの?」


 御者が馬を撫でるのを見ていたレイに、ヴィヘラが不思議そうに尋ねる。

 その声で我に返ったレイは、何でもないと首を横に振ってから、改めて馬車を眺めた。


「あの馬車、どこの馬車か知ってるか?」

「私よりも長くギルムに住んでいるレイが知らないのに、何で私が知ってると思うのよ? まぁ……こうして見る限りでは、かなり良い馬車のようだけど」


 そうして言葉を交わすレイとヴィヘラの視線の先で、マリーナの家の扉が開くのが見えた。

 家の中から出てきたのは、五十代程の女と、この家の主人たるマリーナ。

 そのマリーナは、当然のようにすぐレイ達の姿に気が付く。

 いつものように、とても動きやすいとは思えないようなパーティードレスを着ているにも関わらず、その動きに不安定なところはない。

 もっとも、場所や季節に相応しくない格好ということであれば、それこそ娼婦や踊り子が着るような、向こう側が透けて見えるような薄衣を着ているヴィヘラも同じようなものなのだが。


「あら、マリーナが手招きしてるわね。……このままというのも何だし、ちょっと行ってみましょうか。……ビューネ、行くわよ」

 

 馬を怯えさせたということで少しショックを受けていたセトを、無表情ながら撫でていたビューネにヴィヘラは声を掛ける。


「ん」


 いつものように短く答え、ビューネはレイ達と共にマリーナの家に向かう。

 馬車の近くを通った時は、当然のように馬が暴れそうになっていたが……御者が上手く抑えてくれたこともあってか、大きな騒動になるようなことはなかった。

 やがてマリーナの家の前に到着すると、マリーナと話していた女がレイに向かって笑みを浮かべて話し掛けてくる。


「貴方がレイさん?」

「え? あ、うん」


 まさかいきなり自分が声を掛けられるとは思っていなかったからか、若干戸惑ったようにレイが答えるが、声を掛けた本人は全く気にした様子もなく言葉を続ける。


「ふーん。……マリーナさんも、良い人を見つけたわね」

「ふふっ、そうでしょう?」


 女の言葉に、マリーナは満足そうに笑みを浮かべて自慢げにする。


「あら、マリーナさんったら。……とにかく、今日は楽しかったわ。また今度時間が出来たら一緒にお茶をしましょう? この季節に庭で快適にお茶が出来るというのは、素晴らしいわね」

「カラリアったら。いつも同じようなことを言ってるわね。……まぁ、私も喜んで貰えて嬉しいわ」


 そう言うと、カラリアと呼ばれた女はレイ達に小さく頭を下げ、その場を立ち去ると、馬車に乗って去っていく。

 カラリアの乗った馬車を見送りながら、レイはその最後に言った、この季節に庭で快適にお茶が出来るという言葉に納得していた。

 雪が降っていても、雨が降っていても、夏の強烈な直射日光に照らされていても……それらを全く気にすることがなく、快適にすごすことが出来る。

 それが出来るのは、マリーナが卓越した精霊魔法の使い手だからだ。

 もしその辺の精霊魔法使いにマリーナと同じようなことをしろと言っても、無茶を言うなと怒鳴られるだろう。

 それだけ、マリーナの精霊魔法の腕は卓越してるのだ。

 ……もっとも、ただでさえ魔法使いは非常に希少だというのに、精霊魔法使いはその中でも更に少ないので、他の精霊魔法使いに会うことはそうそうないのだが。


「で? 結局カラリアってのは誰だったんだ? かなり親しそうに見えたけど」

「カラリア? 彼女は、十年くらい前に知り合った商人の妻ね。別の街に住んでたんだけど、ちょうど冬になるかならないかってくらいに、ギルムの増築工事の関係でやってきたらしいわ」


 それなりに親しい間柄なのだろう。マリーナは嬉しそうに笑みを浮かべ、そう告げてくる。


「そういうものなのか。……取りあえず、マリーナにも友人がいるようで何よりだ」

「あのね。言っておくけど、友人とかなら、レイよりも私の方が間違いなく大勢いるわよ?」


 若干の呆れと共にマリーナがそう言うが、実際その言葉は間違いのない真実でもあった。

 レイにも友人と呼ぶべき相手はいるが、その数はそこまで多くない。……いや、端的に少ないと言ってもいいだろう。

 そこには、当然のようにレイの性格が影響している。

 それに比べると、元ギルドマスターというのを抜きにしても、面倒見が良く、人当たりも良いマリーナは当然のように多くの者に好かれていた。


(セトを……いや、これを言っても負け犬の遠吠えか)


 セトを可愛がる者達を含めれば、自分の友人はもっと多くなる。

 そう言おうとしたレイだったが、結局それを言うことはない。

 だが、そんなレイの考えはマリーナとヴィヘラには筒抜けだったのか、二人は口元に笑みを浮かべてお互いに視線を交わし合う。

 こういう無駄な見栄を張って、それで困っているところもレイらしく、そして愛おしいのだとお互いに納得するように。

 あばたもえくぼ、という言葉はこういう時の為にあるのだろう。

 なお、ビューネはそんな大人達のやり取りを全く気にせず、セトを撫でていた。

 もっとも、ビューネにも友人と呼ぶべき存在はいる。

 迷宮都市エグジルにある、フラウト家の屋敷に住んでいる孤児達や、その孤児達を鍛えている冒険者達といった具合に。

 とはいえ、孤児達は屋敷に住む代わりにその手入れをするという約束なので、実際には友人というよりは使用人に近いのかもしれないが。

 また、それを鍛えている冒険者達も、フラウト家の屋敷に住んでいるという点では半ばビューネの使用人に近いのかもしれない。


「さて、それはともかく……お帰り、レイ、セト。いつ帰ってきたの?」

「ん? ああ、ついさっきだよ。夕暮れの小麦亭に戻って……」


 そこで一旦言葉を止めたのは、ヴィヘラとビューネの二人が自分の部屋にいたことを思い出したからだろう。

 レイに視線を向けられたヴィヘラは、意味ありげな笑みを浮かべる。

 そんな二人のやり取りを見て、大体のことは理解したのだろう。マリーナは会話を変える為に口を開く。


「それで? レイが帰ってきたってことは、エレーナやアーラもいるんでしょう? その二人は?」

「エレーナとアーラなら、ダスカー様のところに顔を出してからここに来るって言ってたぞ」


 その言葉に、マリーナも納得の表情を浮かべる。

 エレーナの場合は立場が立場なので、ダスカーに話を通しておくのは当然だろうと。


「そうなると、帰ってくるまではもう少し掛かりそうね。……色々と話しておくことはありそうだし」

「コボルトの件とかか?」


 一瞬もう知ってるのかと驚いたマリーナだったが、コボルトの件はギルムでもかなり噂になっているし、何よりヴィヘラと一緒にいたのであれば話を聞いていても不思議ではない。


「そうね。正直なところ、コボルト達の動きは明らかに変よ。冬ということで餌が少ないから、飢えていてもおかしくはないけど……それでも、何度全滅させられてもギルムに入り込もうとするのは、誰かの意図を感じるわ」

「希少種か上位種の仕業じゃないのか?」

「その可能性が高いのは事実だけど、でも実際にそれを見たことがあるという人はいないわ」

「そう言われればそうだったな。けど、それは希少種や上位種が襲撃に参加していないだけなんじゃないか?」

「纏め上げる個体がいないなら、それこそ自分達が不利になったら逃げ出すと思わない? 特にコボルトは、元々強いモンスターという訳でもないんだし」

「……言われてみれば、そうかもしれないな」


 ゴブリン程ではないにしろ、勝ち目がないと理解すればすぐに逃げ出すような真似をしてもおかしくはない。

 だが、コボルトはそんな動きを見せることがなく、それこそ突入してきた群れが全滅するまで戦い続ける……と、そういう風にレイは聞いている。

 であれば、マリーナが言う通り若干の疑問を感じるのは事実だ。

 もっとも、モンスターが何を考えているのかというのは、そう簡単に分かるものではない。

 そうである以上、今回の一件には、もしかしたら希少種や上位種が関わっていないという可能性も否定はしきれないのだ。


「多分、その辺についてもダスカーはエレーナに話してるんじゃない? もっとも、エレーナにこの件を解決して貰おうとかは思ってないでしょうけど」


 その言葉には、レイも納得するように頷くだけだ。

 エレーナはギルムの増築工事において、貴族派の貴族が妙なちょっかいを掛けないようにというのを見張る為に、ギルムにいるのだ。

 ……勿論それは表向きの理由で、実際に目を光らせているのはアーラだったりするのだが。

 そのような理由でギルムにいるのだから、面と向かってコボルトの一件を解決して欲しいという風には要請出来ないだろう。

 エレーナが自分の判断で今回の一件に手を出すのであれば、分からないでもないが。


「にしても……まさか、コボルトの一件でそこまで騒ぎになってるとは、ギルムに帰ってくるまでは思いも寄らなかったな。正直なところ、ギルムに帰ってきたらすぐにでもギガント・タートルの解体に取りかかって貰おうと思ってたんだが」

「そういえば、言ってたわね。……けど、大丈夫じゃない? 勿論、最初に予定していた程の人数は集まらないでしょうけど、それでもギルムにいる冒険者の数を思えば、相応の人数は集まると思うわよ?」

「コボルトとの戦闘は面倒だけど、ギガント・タートルには興味を示しているとか、そういう連中は集まりそうだな。ただ、ギルドの方に聞かないと正式な報酬は分からないけど、場合によってはコボルトの撃退よりも解体の方が美味しい仕事と判断して、こっちに人が集まる可能性もあるのか」


 本来であれば、ギガント・タートルの解体はレイが冒険者に費用を払ってやって貰うというのが普通だ。

 だが、今回のギガント・タートルの解体に関しては、ギルドやダスカーからの報酬という形で、冒険者を雇う報酬をレイが支払う必要はない。

 だからこそレイは冒険者に報酬を幾ら支払うのかは分からず、場合によってはコボルトを討伐して得られる報酬よりも、ギガント・タートルの解体の方が報酬が良ければ、金目当ての冒険者であれば解体の方に来かねない。

 あるいは、解体の報酬が多少安くても戦いを行わなくてもいいのでそちらを選ぶという者が出てくる可能性も否定は出来ない。


「その辺は、結局ギルドに行って確認して貰うしかないんじゃない? ……どうする? 今から行く?」


 ヴィヘラの言葉に、レイは少し考えた後で首を横に振る。


「いや、ギルドには明日行くよ。今日はやっとギルムに戻ってきたんだから、ゆっくりとしたい」

「あら、ゆっくりしたいと思って私の家に来たのね。それはちょっと嬉しいわ」


 ちょっとと言いながらも、満面の笑みを浮かべたマリーナは、レイ達と共に家の中に入るのだった。

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