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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて

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1892/3907

1892話

 セトの背に乗って飛び続け、数日。

 やがて見覚えのある街……サブルスタを目にし、続いてアブエロを目にし、そして最後にギルムを目にしたことで、ようやくレイは帰ってきたという思いを抱く。

 実際には、別にそこまで長期間ギルムを空けていた訳ではないのだが、今回も色々と……そう、本当に色々とトラブルに巻き込まれた為か、レイは随分と長い間ギルムから離れていたような思いを抱く。

 懐かしい思いを抱くと共にギルムを眺めていたレイだったが、増築工事をしている場所で何人もが働いているのが見える。

 だが……それは増築工事をやっているのでなく……


「モンスター!?」


 そう、レイの口から出た通り、現在増築工事を行っている場所ではモンスターと冒険者と思しき者達の戦いが行われていた。

 そのことに一瞬焦ったレイだったが、よく見れば……いや、よく見るまでもなく、冒険者達の方が一方的に優勢な状況になっているのが見て取れる。

 元々ギルムにいる冒険者は他の街にいる冒険者と比べても、強い者が多い。

 その上、改めてレイが戦いの場所を見てみると、そこで冒険者達が戦っているのはコボルトの群れ。

 コボルトはゴブリン程ではないにしろ、かなり弱いモンスターの一種であり、ギルムにいる冒険者の大半にしてみれば雑魚に等しい。

 そのようなコボルトが、例え群れであってもギルムの冒険者と正面から戦って、勝てる筈がなかった。

 そのことに安堵しながらも、レイは疑問を抱く。

 何故、コボルトの群れがわざわざギルムを襲うのだ、と。

 コボルトはゴブリンより強く、頭もいい。

 そのコボルトが、正面から戦っても絶対に勝てないだろうギルムに何故このような真似をしているのか。

 それが、レイには気になった。


「まぁ、ここで考えていてもしょうがないか。セト、正門の前に降りてくれ」

「グルゥ?」


 助けに行かなくてもいいの? と喉を鳴らすセトだったが、レイはそんなセトを撫でながら口を開く。


「こうして見ていても、こっちが一方的に勝ってるだろ。なら、わざわざ無理に俺達があそこに直接乗り込むような真似をしなくてもいいさ」


 上空から直接街中に降りるという行為は、出来るだけしないようにとレイも言われている。

 これで、もし戦っている冒険者達の方が不利なら、上空から一気に降下しても問題はないだろうが……今のような状況でそのような真似をすれば、色々と不味いのは間違いない。

 ましてや、こうも圧倒的な状況であれば、それこそ獲物を横取りされたと言われかねない。

 そう考えると、やはりここは普通に正門から帰った方がいいのは明らかだった。


「それに、セト籠もあるだろ? ……まぁ、セト籠をコボルトだけがいる場所に落とすといった真似をすれば、コボルトの群れにかなりのダメージを与えられるのは間違いないだろうけど」


 そこまで説明したところで、セトはレイの言葉に納得したように喉を鳴らし、地上に向かって降下していく。

 レイが観察し、考え、セトと話している間にも当然ながらセトは空を飛んでいたので、既にギルムの近くまでやって来ていたのだ。

 そうして、セトは正門からそう離れていない場所にセト籠を落とす。

 本来……それこそ、春から秋までであれば、このような真似をすれば警備兵に注意されるだろう。

 だが、今は冬で人通りも少ない。

 現に、今も正門の前には誰の姿もなかった。

 だからこそ、このような真似が出来たとも言えるのだが。

 セト籠を地上に下ろしたセトは、そのまま空で態勢を整えて、自分も地上に降りる。

 ちょうどそのタイミングでセト籠からエレーナとアーラ、イエロの二人と一匹が姿を現し、レイ達に近づいてくる。


「ようやく到着したな。……だが、ギルムから何か妙な雰囲気を感じないか?」


 これだけ離れていても戦いの雰囲気を察することが出来るのは、それだけ長い間戦場にいたからこその、エレーナの特技だろう。


「どうやら、増築工事をしている方にコボルトの群れが入り込んでいるらしい。空から見た時は、戦いになってた」

「そうか」


 ここで援軍に行かなくてもいいのかという風に聞かないのは、エレーナもギルムにいる冒険者の実力を知っているからだろう。

 アーラもそれは知っているので、三人と二匹は特に慌てるような様子もなく正門に向かう。

 当然セト籠を下ろしたことでレイ達のことに気が付いていたのだろう。警備兵はすぐに外に出てきて対応する。


「随分と遅かったな。もう少し早く帰ってくると思ってたぞ」


 レイが街中に入る手続きをしながら、警備兵がそう尋ねてくる。

 何度となくこの正門を出入りしており、何よりギルムでも有名人なだけに、レイは自然と警備兵とは仲良くなっていた。

 ……何気に、セトに食べ物をやるのを楽しみにしているから、という理由もあったのだが。

 現に、エレーナやアーラの手続きをしていない何人かは、セトに従魔の首飾りを掛けてやると同時に、干し肉を与えたりといったことをしている。

 そんなやり取りを眺めつつ、レイは何と言うべきか迷う。

 貴族に絡まれて暗殺者に狙われたり、貴族達に仕えている騎士や兵士達と模擬戦をしたり、アネシスの裏の世界で最大の勢力を誇る組織のボスが封印されたモンスターを解放しようとして、それと戦ったり……といった具合に、本当に色々なことがあったのだ。

 それら全てを説明するには時間が足りないし、何より簡単に人に話していいようなことでもない。だからこそ……


「色々とあったんだよ」


 そう答えるだけに留める。

 もっとも、その短い一言であってもレイがどれだけの騒動に巻き込まれたのかというのは容易に想像出来るのか、警備兵はそれ以上を聞いてくることはない。

 どこか慈愛に満ちた視線をレイに向け、頷くだけだ。

 そんな警備兵に若干思うところがあったレイだったが、今はそれよりも聞くべきことがある。


「それで、空から見たら増築工事をしている場所でコボルトの群れと派手な戦いになってたようだけど、何があったのか知ってるか?」

「あー……ああ。丁度年が明けてからすぐくらいからか。その頃から、時々コボルトの群れが増築工事をしている場所から入ってくるようになったらしい」


 そう言いつつも、警備兵の表情に切羽詰まった様子がないのは、ギルムにいる冒険者にとってコボルトというのは大した相手ではないと理解しているからだろう。

 勿論、コボルトの上位種や希少種といった存在が出てくれば多少は苦戦する可能性もあるが……今のところ、警備兵が知っている限りではそのような情報は入ってきていない。

 だからこその、この表情だった。

 これを緩んでいると見るのか、ギルムの冒険者の強さを信じていると見るのかは人によって違うのだろうが、取りあえずレイは後者と判断する。


「年が明けてからか、……そうなると、冒険者達は不満を抱いてる者も多いだろうな」


 基本的に、冒険者というのは雪が降っている冬は長期の休養に入る。

 冬までに金を貯められなかった冒険者であれば、それこそ冬の間も仕事をする必要があるが、基本的に冒険者の多くは長期休暇組だ。

 そうしてゆっくりと休んでいる頃に、いきなりコボルトの群れが襲ってくるのだ。

 しかも倒しても低ランクモンスターなので、素材や魔石、討伐証明部位も安い。

 ギルムに来て冬越えの資金を貯めることが出来た冒険者にしてみれば、倒してわざわざ剥ぎ取りをするのは面倒だと思うくらいには。

 ……もっとも、冬越えの金を貯めることが出来なかった冒険者にしてみれば、コボルト程度であってもギルムの外に出てモンスターと戦わなくてもいいし、街中にモンスターが侵入したということでギルドから発せられる緊急依頼ということで報酬も幾らか上乗せされてるので、運が良いと思っている者もいるのだが。

 とはいえ、コボルトの侵入は増築工事の行われている場所で防いでいるとはいえ、街中にモンスターが侵入しているのは事実だ。

 それに対して運が良いなどとは表だって言える筈もないのだが。


「そうだな。それでもまぁ、人が住んでいる地区まではコボルトもやって来てないから、ギルムの住人で不満を抱いている者も少ないけど」


 ギルムの住人は、自分達が辺境に住んでいるという事実を理解している。

 全員が確実にそうだという訳ではないので、中にはコボルトが襲ってきているということに対して不満や不安を抱いてる者もいるのだが……そのような者は、大半がここ数年でギルムにやってきた者か、今回の増築工事の為にやって来た者だろう。

 辺境というのは、非常に希少な素材やそれを使ったマジックアイテム、それ以外にも様々な物を入手出来て、金を稼ぐという意味では他の村、街、都市よりも容易いが……それはあくまでも辺境という場所だからの話だ。

 言ってみれば、ハイリスク・ハイリターンの最たるものだろう。

 それを承知の上でギルムに住んでいる者が大半である以上、この状況で文句を言う筈もない。

 勿論、それはあくまでも増築工事現場付近でコボルトが全て倒されているからこそ、言えることなのだが。

 もしコボルトを倒しきれなかったりした場合、その辺を承知の上でも不満を抱く者は出てくるだろう。


「なるほど。最初は向こうに行こうかとも思ったんだけど、その心配はなかったようだからな。素直にこっちに来たんだが……正解だったらしいな」

「俺達にとっても、そうしてくれて助かるよ。おかげで、面倒な手続きとかはしなくてもすんだし。……よし、手続き終了だ。中に入ってもいいぞ」


 警備兵の言葉に、レイ達はギルムに入る。

 当然のことだが、正門付近に人の姿は少ない。

 それでも普段であれば何人かいてもおかしくはないのだが、今日は偶然なのか誰の姿もなかった。


(もしかして、コボルトの一件が関係してるのか?)


 ギルムに長年住んでいる住人であれば、今回のようなことはそこまで動揺するようなことではないかもしれないが、増築工事を含めて何らかの理由でギルムに来ているだけの者にしてみれば、モンスターに襲撃されるような場所からは一刻も早く逃げ出したいと思っても不思議ではない。

 もっとも、そのように感じたのは正門のすぐ側だけの話で、少し進めばそこにはレイにとって見慣れた光景が広がっている。


「レイ、悪いが私はダスカー殿に顔を出してくる。もっとも、すぐに面会出来るとは限らないが……」


 貴族派の者がギルムの増築工事に対して妙な真似をしないようという意味で派遣されているエレーナとしては、ギルムに戻ってきたのだから、この地を治めるダスカーには報告しておく必要があるのだろう。

 レイもそれは知っているので頷き……


「どうする? 俺も行った方がいいか?」

「いや、わざわざレイが来る必要はない。レイの件に関しては、私からダスカー殿に知らせておくよ」

「そうか? 悪いな、わざわざ」


 これが普通であれば、レイのことをダスカーに知らせる時に、何か妙なことを告げるのではないかと心配になってもおかしくはない。

 だが、その相手がエレーナであれば、そのようなことをする心配を抱く必要もなく、安心して頼める。


「気にしなくてもいい。その……私とレイの仲だろう」


 自分で言っていて微妙に照れくさくなったのか、頬を赤く染め、視線を逸らしながらそう告げる。

 そんなエレーナの様子に、言われたレイも微妙に照れくさくなったのか視線を逸らした。

 それで気が付いたのだが、いつもであればセトがいれば集まってくる子供達の姿が、明らかに少ない。


(正門前の時と同じく、これもコボルトの影響か? ……寧ろ、こんな状況でもセトと一緒に遊びたいと集まってきている者が多いのが、ある意味凄いけど)


 レイの視線の先では、老若男女関係なくその周囲にいた。

 ギルムのマスコット的な扱いを受けているセトだけに、暫くギルムにいなかったことを残念に思っていた者も多かったのだろう。


「グルルルルウ!」


 差し出された串焼きを食べ、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 この寒い中ではあっても……いや、寒い中だからこそか、焼きたての串焼きは極上の味を見せていた。

 そんな串焼きを見ていたレイは、ふとゲオルギマのことを思い出す。

 結局ゲオルギマが作ったラーメンは、レイの記憶にあったものとは違っていた。

 それでも十分に美味いといえる料理だったので、これから先は改良しながら完成度を高めていくと言っていた。

 言っていたのだが……レイが心配なのは、いずれギルムにやってきてラーメンを食わせて、美味いと言わせてみせると言われたことだ。

 あくまでも冗談っぽく言っていたように思うのだが、ゲオルギマの性格を考えると……いずれ、ひょっこりとギルムに姿を現してもおかしくはなかった。


(そうなったら、ケレベル公爵領の方で大きな騒動になりそうな気がしないでもないけど……まぁ、その辺は後で考えるとするか)


 面倒なことは置いておいて、と。そう考えつつ、レイは大勢に群がられているセトの方に近づいていくのだった。

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