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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1885/3865

1885話

 風魔鉱石を受け取ったレイだったが、そのすぐ後にリベルテの口から予想外の言葉が漏れる。


「レイ、君の象徴とも言える、炎の竜巻。それを見たいと思うんだが……見せて貰えないか?」

「……え?」


 まさかリベルテの口からそのような言葉が出るとは思っていなかったレイは、間の抜けたと表現してもいいような声が出た。

 実際、レイ以外にこの部屋にいた多くの者も、リベルテの突然の提案に驚きの表情を浮かべていたのだから、それが最初から予定されていた訳でないのは明らかだ。

 だが、レイとしては相手がエレーナの父親のリベルテであっても、この提案にはそう簡単に頷く訳にはいかない。

 火災旋風は、レイの奥の手の一つだ。

 炎帝の紅鎧とは違って知ってる者の数は多いが、火災旋風の場合は知っているからといってどうにか出来るような攻撃ではない。

 炎の竜巻が自由に動き回るのだから、個人で対処するのは不可能……とは言わないが、酷く難しい。

 それこそ異名持ちの冒険者や、ランクS冒険者といったような規格外の存在であれば、どうにか出来るかもしれないが。

 だからといって、容易く人目に晒していいものでないのは、間違いない。

 リベルテの要望に、レイは断ろうと口を開き掛け……だが、レイが言葉を発するよりも前に、リベルテが再び言葉を紡ぐ。


「勿論、報酬は支払おう。先程レイが収納した、風魔鉱石が入った木の樽。それと同じ物をもう一つ付ける。……どうだね?」


 予想外の……いや、破格と言ってもいいような報酬。

 リベルテの言葉に半ば反射的に頷こうとしたレイだったが、その報酬が高すぎるということで若干冷静になる。


「何で急にそんなことを? それに、ちょっと報酬が高すぎると思うんですけど」

「そうでもない、これは寧ろ適正な報酬だと思う。……いや、寧ろこういうのは本人だからこそ分からないのかもしれないな。レイが使う炎の竜巻を一目見るのであれば、それこそ私が支払うよりも高額な報酬を支払う者は幾らでもいるだろう」

「……そういうものですか?」

「うむ。それに、レイの炎の竜巻を見せるのは私だけではない。うちに仕えている騎士達や、何人かの貴族にも見せておきたい。それを考えれば、風魔鉱石を一樽というのは寧ろ安いと思うがね」

「なるほど。それが狙いですか」


 普通であれば、自分の切り札を見世物にされるというのは面白くない。

 だが、リベルテの言葉で大体何を考えているのかが分かったレイとしては、その言葉で寧ろリベルテの考えを幾らかは理解し、納得した。


(恐らく、貴族の中にはセイソール侯爵家もいるんだろうな)


 昨日の一件で、セイソール侯爵家は間違いなくケレベル公爵家に大きな借りを作ってしまっている。

 仮にも自分の所属している派閥を率いる者が治める都市で、セイソール侯爵家の兵力を動かしたのだ。

 場合によっては、セイソール侯爵家がケレベル公爵家に対して喧嘩を売ったと思われても、おかしくはない。

 その上で、火災旋風を見せつけるという威圧的な真似をするのだから、セイソール侯爵家が暫くの間……場合によっては数十年、ケレベル公爵家に頭が上がらなくなるのは確実だろう。

 この時、レイの気持ちは先程までとは違い、火災旋風を使ってもいいかという方に傾いていた。


(それに、風魔鉱石をもう一樽分貰えるのなら、火災旋風で一緒に使った時にどんな風になるのか……それを見ることも出来るんだよな)


 風魔鉱石の効果を試すにしても、別に一樽丸々使う必要はない。

 それこそ試しなのだから、一樽の半分……場合によっては四分の一でも構わないだろう。

 そう考え……やがて、決断する。


「分かりました。その件は引き受けます」

「そうか! それは助かる。私も、一度は自分の目で火災旋風を見ておきたかったからな」

「それで? いつやります? 俺もいつまでもアネシスにいられるわけではないんですけど」

「うむ。それでは今日これから……でどうだ?」


 リベルテの口から出たのは、レイにとっても完全に予想外の言葉。

 火災旋風を見せて欲しいと言ってくるのはともかく、まさか今日これからと言ってくるとはレイも全く思っていなかった。

 だが、今日このままやってくれるというのであれば、レイにとっても望むところだ。

 明日にはアネシスを発つという訳ではないが、それでも出来るだけ早いうちに火災旋風の件をしっかりと終わらせておいた方がいいと、そう判断した為だ。


「分かりました。じゃあ、今日これからということで」

「そうしてくれると助かる。……もっとも、これから呼ぶということになれば、暗くなってからということになりそうだが」

「俺はそれでも構いませんよ。というか、炎の竜巻だけに下手に明るい中でやるより、暗くなってからの方が派手でしょうし」


 レイが起きたのが、もう昼をかなり回った時間……午後三時くらい。

 そして今が午後四時前。

 そんな状況で、セイソール侯爵家やそれ以外にもまだアネシスに残っている貴族に連絡し、ケレベル公爵騎士団を集め、更にはアネシスの外に火災旋風が現れるというのを主要な者に周知する必要がある。

 騎士団や兵士達であれば集合を掛けた場合、すぐに集まってくるだろう。

 ……今日はそろそろ訓練や仕事が終わるといった思いを抱いている者も多いので、不満を抱いている者もいるだろうが。

 しかし、そんな騎士や兵士達と比べると、貴族は来いと言ったからといってすぐに集まれる訳ではない。

 それは、貴族派を率いているリベルテの命令であっても、だ。

 普通に呼んだ時に比べれば来るのも早いだろうが、貴族達にも自分でやるべき用事がある。

 特に現在まだアネシスに残っている貴族達は、他の貴族……もしくは商人といった者達と何らかの交渉をする為に残っている者も多く、現在ちょうどその交渉をしている最中という者もいるだろう。

 そのような貴族達に、すぐに来るようにと言っても、はいそうですかという訳にはいかない。

 もっとも、ケレベル公爵家に大きな借りを作ることになってしまった、セイソール侯爵家は例外だが。


「うむ。では、すぐに準備を整えよう。……貴族の方は、時間を決めて見に来ることが出来る者だけでいいと言えば構わんだろう」

「その辺は俺には分からないので、リベルテ様にお任せします」


 こうして、レイは予想外の場所で火災旋風を起こすことになるのだった。






 既に午後五時を回っている時間だが、この季節であれば当然のように太陽は落ちて月と星が夜空に浮かんでいる。

 そんな状況の中、レイはセトと共にアネシスから少し離れた場所に立っていた。

 当然ながら、アネシスの外にいるのはレイとセトだけではなく、少し離れた場所にはエレーナやアーラ、リベルテ……更には、アルカディアの姿まである。

 護衛としてケレベル公爵騎士団を率いるフィルマの姿まであり……それ以外にも騎士や兵士の姿があった。

 集まっているのは、当然だがケレベル公爵家の者達だけではない。

 セイソール侯爵家を始めとして、時間に都合がついた――もしくは無理矢理つけた――貴族達の姿もある。

 レイの切り札、もしくは代名詞と呼ばれている炎の竜巻を見ることが出来ると言われれば、それこそ可能な限りそれを見ようとするのは当然だった。


「いや、まさか炎の竜巻を直接自分の目で見ることが出来るとは思いませんでしたな」

「全く。所用があったとはいえ、アネシスに残っていて幸運でしたよ」

「それを考えると、さっさと自分の領地に戻った方々は気の毒でしたな」

「私など、知り合いとの交渉を半ば強引に纏めてここに来ました。……本来なら、もう少ししっかりと交渉したかったのですが」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それも経験じゃな」


 そのように、この場に来ることが出来た貴族達が、お互いに自分の幸運を喜び合う。

 交渉を強引に纏めたという貴族も、口では苦々しげなことを言いつつ、その表情にはこれから見ることが出来る火災旋風についての隠しきれない好奇心がある。

 そんな中で、一人の男が皆の前に出る。

 周囲に篝火があるからこそ、その人物が誰なのかというのはすぐに分かった。

 今回こうして大勢を集めた人物……リベルテ・ケレベル公爵だ。


「皆、急に呼んだというのに、よく集まってくれた。今回皆に集まって貰ったのは、レイ……深紅に私が支払った報酬を使って、炎の竜巻を使ってみるということで、それならばということで私も見せて貰おうと思い、どうせなら他の興味がある者達にも見て貰おうと思った為だ」


 そう告げるリベルテだったが、当然のようにその報酬というのが何の報酬なのかは、アネシスに残っていた貴族達であれば、昨夜起きた騒動については知っており、その一件についての報酬だろうと予想出来る。

 ……そうした中で、一人だけ笑みを浮かべつつも内心では非常に苦々しい思いを抱いている者がいたのだが、それが誰なのかは明白だった。

 その人物の周囲にいた貴族達も、その人物……ザスカル・セイソールからそっと距離を取る。

 ザスカルはそんな周囲の貴族の様子を見つつも、何を言うことも出来ない。

 実際、今回の一件でケレベル公爵に大きな……大きすぎる借りを作ってしまったのは間違いない。

 そうである以上、今の状況で自分が下手に何かを言えば、余計に不味いことになる可能性があった。

 リベルテはそんなザスカルの様子を一瞥し、再び声を上げる。


「さて。では、そろそろ暗くなってきて、炎の竜巻を見るのにも丁度良い頃合いとなった。……では、レイよ頼む!」


 そう告げるリベルテだったが、レイのいる場所は安全の為にリベルテのいる場所からかなり離れている。

 当然頼むと呼びかけても聞こえる筈はなく、兵士が持っていた松明を大きく振るい、レイに合図を出す。

 それから数秒……まず最初にそれを感じたのは、ある程度戦いの経験があるものだった。


「これは……風が出てきた?」


 今日はこの季節にしては珍しく、夜ではあっても雪も降っていなければ、雲も夜空にはなく、風もない。

 そんな状況だったのだが……次第に風が出てきたことに気がついたのだ。

 その風は次第に強くなっていき、やがて見て分かる程の竜巻になる。

 冬の夜、明かりがそこまでない状態であっても、その竜巻を竜巻だと理解出来るのだから、それがどれだけの大きさの竜巻なのかが分かるだろう。

 もっとも、そのような状況であっても竜巻を見ることが出来ない者もいたが……次の瞬間、竜巻がまるで鎧のように炎を纏ったのを見れば、多少目が悪くてもそれを確認することは出来た。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 貴族、騎士、兵士。

 その区別なく、姿を現した炎の竜巻を見て驚愕の声を上げる。

 ……驚愕の声を上げつつも、そこに恐怖がないのは、レイがこの状況でリベルテのいるここを攻撃するはずがないと、そう理解しているからだろう。

 事実、炎の竜巻はリベルテ達がいる場所に向かってくるようなことはなく、出現した場所から動かずにいた。

 その場にいた者達は、炎の竜巻に目を奪われていたが……やがて、その炎の竜巻は姿を変え始めた。


「何だ、この音は……」


 最初にそう疑問を口にしたのが誰だったのかは、分からない。

 だが、その声が発されてから少しして、次第に他の者も炎の竜巻から甲高い、キーンという音がしているのに気がつく。

 本来の炎の竜巻であれば、そのような音がすることはない。ないのだが……生憎と、この場にいる者で炎の竜巻を自分の目で見た者は殆どいない。

 また、ベスティア帝国との戦争の時に見たことがある者であっても、見た目のインパクトが強すぎて、以前もそのような音がしたのかどうかというのは、全く覚えていなかった。

 しかし……そのような者達であっても、次の瞬間に炎の竜巻に起きた変化は、明らかに初めて見るものであると断言出来た。

 何故なら、炎の竜巻のいたる場所から、風の刃のようなものが何本も、何本も、何本も生えていたのだから。

 竜巻が炎を纏っているからこそ、その風の刃を直接見るようなことが出来たのだろう。


「あれは、恐らく風魔鉱石の力かと」


 リベルテに視線を向けられたフィルマは、短くそう答える。

 イレギュラーな事態ではないという自分の予想を肯定して貰えたことに、リベルテは頷きを返す。

 そうして全員が見ている前で、やがて風の刃を無数に生やした炎の竜巻は、少しずつ動いていく。

 とはいえ、その動いた方向はリベルテ達がいない方……そして街道のない方だったので、それを見ている者達も特に動揺はしなかったが。

 ただ、炎の竜巻はかなりの大きさがあった以上、アネシスからも見えた訳で……一応リベルテが話を通してあるとはいえ、色々と騒動が起きてるのは間違いない筈だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 同じような表現の使いまわしが多い。全部の章とは言わないけど、いらいらする展開が多い。 [一言] つまらなくはない。だけど、めっちゃくちゃ面白いかと言われるとNOと言える。もっと高ランク…
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