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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1881/3865

1881話

「……あ、魔石」


 巨大なドラゴンの頭部が消えたのを見ていたレイだったが、ふと気がついてそう呟く。

 ガイスカはともかく、封印を解除しようとしたモンスター……と思しき存在の魔石は、ガイスカと共にエレーナが竜言語魔法によって生み出したドラゴンの頭部に呑み込まれ、既にここにはない。

 そのことに、今更ながら気がついたレイだったが……あの状況で他に何らかの攻撃手段があった訳ではないし、仕方がないと魔石を諦める。

 倒すのではなく封印するしかなかったモンスターと思われる存在の魔石ということで、レイとしては若干……いや、かなり期待していたのは間違いないのだが。


「すまない。だが、ここで光のブレスを放つ訳にもいかなかったのだ」

「あー……そうだな。いや、気にするな。俺が深炎でしっかりとあの肉の繭を完全に燃やしつくしていれば、エレーナの手を煩わせる必要もなかったんだし」


 レイとしては、今回の一件は自分の詰めの甘さが原因であると理解しているだけに、エレーナを責めるつもりはない。

 ……正確には、レイの詰めの甘さではなく、ガイスカの予想以上の生命力に出し抜かれたような形だったのだが。


「それより、ミスティリングの方はどうだ?」

「ん? ああ。……問題ないな」


 エレーナに言われ、レイはミスティリングからデスサイズを取り出す。

 これがあれば、デオトレスとの戦いでも随分と楽が出来た筈だったのだが……肝心な時に、それを使えないようでは、と。あの肉の繭がどのような能力を持っていたのかが、気になる。


(まさか、ミスティリングの効果を封じるとは思わなかったな。いや、それくらいのことが出来るからこそ、封印されていたのか?)


 そこまで考え、ふとレイは思い出す。

 空間を操る能力、と。

 そして、この空間もその能力によって作り出されたものだったのだ。

 それを作っていた者が死んでしまった今、この空間がいつまでも無事だとは限らない。


「エレーナ、早くここを出て、あの家に戻ろう。この空間を形成していたのが、あの肉の繭だったら……」


 そこまで言えば、エレーナにもレイが何を言いたいのか理解したのだろう。

 素早く頷き、自分達がこの空間に入ってきた時に通った通路に視線を向ける。

 瞬間……まるで、そのタイミングを待っていたかのように、ピシリといった音が周囲に響く。

 それは小さい音でありながら、それでもレイとエレーナがその音を聞き逃すといったことはなかった。


「行くぞ!」


 そう叫び、レイはエレーナの返事を待たずに走り出す。

 当然のように、エレーナもレイの後を追う。

 かなり広い空間ではあったが、レイとエレーナの身体能力があれば、その程度の距離は全く問題にはならない。

 ピシリ、ピシリと聞こえてくる空間の破壊される音を耳にしながら、レイとエレーナは通路の中に入る。

 当然のように、その通路もあの肉の繭の影響で空間を広げられていた以上、無事でいられるとは思えなかった。

 レイとエレーナは、そんな通路の中を全速力で走る。

 通路が狭いので、当然のように全速力で走るにも色々と不都合はあるのだが、それでもこのまま遅ければ空間の崩壊に巻き込まれる可能性がある以上、無理にでも走る必要があった。

 パリン、ピシピシ、ビキッ……そんな音が次々に聞こえてくる。

 それは、この空間が間違いなくそう遠くないうちに破壊されるというように思えるのだが、とにかく逃げ出すのを最優先としていた。

 幸いだったのは、レイにしろエレーナにしろ、その身体能力は人外と呼ぶべきものだったことだろう。

 通路の中を全速力で走る速度は、それこそ普通の者であればとてもではないが出せる速度ではなかった。

 だが、レイとエレーナはそれを全く気にした様子もなく走り続け……やがて、自分達が通路に入ってきた場所、すなわち書斎か何かだと思われる場所に続く隠し扉のあった場所を目にすることになる。

 隠し扉は開いたままだったので、改めて扉を開くといった真似をしなくても、そのまま走り抜けることが出来た。


「っ!? ……え? エレーナ様? レイ殿?」


 机にあった書類を読んでいたアーラは、突然隠し通路から飛び出てきたレイとエレーナに対し、半ば反射的にパワー・アクスを構えるが、すぐにそれが知っている二人だと理解し、構えを解く。

 だが、レイとエレーナはそんなアーラに向け、必死になって叫ぶ。


「アーラ、外に出ろ! 多分、この屋敷はもうすぐ崩れる!」

「レイの言う通りだ! 書類は適当に持て! 行くぞ!」


 そう告げ、レイとエレーナも執務机の上に置かれていた書類を持てるだけ適当に持って、書斎から飛び出る。

 ……普通であれば、いきなりこのようなことを言われてもすぐに信じるようなことは出来ないだろう。

 だが……アーラにとって、エレーナの言葉を信じないという選択肢は存在せず、すぐにパワー・アクスと書類を適当に手に取り、レイ達を追って書斎を飛び出す。

 レイもエレーナも、そんなアーラの様子を確認しなかったのは……やはり、アーラであればここで迷うようなことはないと、そう理解していたからだろう。

 アーラとエレーナを先導するように、レイは先頭を走る。

 この家の中に仕掛けてある罠が発動したら、それこそすぐにでも自分で対処するつもりでの行動だったのだが……


(罠が、ない?)


 廊下を走りながら、レイは疑問を抱く。

 あの書斎に辿り着くまでは、そこまで長い距離という訳ではなかったが、それこそ幾つもの罠が仕掛けられていた。

 そうである以上、家から脱出する時にも同じように無数の罠が発動するのだとばかり思っていたのだが……実際には、全く罠が発動するようなことはなく、何の問題もなく走ることが出来ている。

 手の中にある書類を走りながらもミスティリングの中に収納しつつ、レイは考え……やがて一つの結論に辿り着く。

 恐らく、この罠を次々に生み出す家というマジックアイテムを操作する、何かのキーアイテムのような代物はセレスタンが持っていたのだろうと。

 だが、そのセレスタンは激しい憎悪を抱いていたガイスカによって、持っていた全てを吸収されてしまった。

 もしかしたら、その時点であればガイスカに……いや、炭の塊の中に、この家にある無数の罠を操るキーアイテムのような何かがあった可能性はあるだろう。

 しかし、ガイスカの意思が残っていた炭の塊は、エレーナの竜言語魔法によって出現したドラゴンの頭部によって喰い殺されてしまった。

 つまり、今はそのキーアイテムと思しき物も既にこの世には存在していない。

 そもそも、あのドラゴンの頭によって喰い殺された場合、それはどこにいくのかすら、レイには分からないのだ。


(エレーナに聞いても……多分分からないんだろうな)


 ともあれ、レイの中ではセレスタンと共にキーアイテムが失われたからこそ、この家に仕掛けられている罠も発動しなくなったという風に結論づけられる。

 それはあくまでもレイの中での予想であって、実際には違う可能性もある。

 だが、取りあえずレイの中ではそうしておいた方が分かりやすいだろうと判断してのことだった。


「外に出るぞ!」


 元々、セレスタンが住んでいた家は、屋敷といった広さを持っている訳ではない。

 だからこそ、レイ達が本気で走れば、それこそ一分と経たないうちに外に出るようなことも出来る。

 しかし……そうしてレイ達が外に出ようとした瞬間、まるでそのタイミングを待っていたかのように、扉が開き何人かの兵士が姿を現す。

 一瞬、それはもしかしたらエレーナが連れてきたケレベル公爵家の兵士がやって来たのではないかと、そう思ったのだが……実際に家の中に入ってきたのは、セイソール侯爵家の兵士達。

 考えてみれば当然だろう。セイソール侯爵家の兵士達は、レイ達がこの家に入る前から、何とかして罠を突破してこの家に入ろうとしていたのだ。

 そんな中で、もしセレスタンが死んだことにより、罠が発動しなくなっていることに気がつけばどうなるのか……レイ達の視線の先にある光景が、その答えだった。


「っ!? 退け! 家の中に入ってくるな! この家はもうすぐどうにかなるぞ!」


 実際にどうなるのかは、レイにも分からない。分からないが……背後からピシピシ、ギシギシ、それ以外にも少し言いようがないような音が聞こえてくる。

 その上、聞こえてくる音はまるでレイ達を追ってくるかのように離れたり、遠くなったりすることがないのだ。

 にも関わらず、家の中に入ってきた兵士達は、自分達がセイソール侯爵家の兵士の中では最初にこの家の中に入ったということで浮かれているのか、レイの怒声を聞いても反応する様子はない。

 ……正確には、あの兵士達よりも前にこの家の中に入った兵士達はいたのだが、そのような者達は全員が罠に引っ掛かって脱出している。

 だが、レイは背後から聞こえ続けている破滅の音が次第に大きくなっていくのを感じ、このままここにいては絶対的に不味いと判断し……兵士達に何かを言ってもしょうがないと、その場を強行突破することにした。


「退けぇっ!」


 再度叫び、レイは扉の前に集まっている兵士達に向かって突っ込んでいく。

 当然そんな風に突っ込んでくるレイ達を見れば、兵士達も対応する必要がある。

 武器こそ持っていないが、レイは自分達に向かって突っ込んでくるのだ。

 そうである以上、このままではぶつかると判断し……だが、後ろから何人もの兵士達が来ている以上、扉から外に出ることは出来ない。

 そうなると、当然の話だがどうにかする必要があり、家の中に入り込んで何とか自分はレイの進行方向から避けようとする者……そして、何を思ったかレイを自分達に対する敵対行為だと判断して、長剣を構えようとする者もいた。

 もっとも、人が集まってろくに身動きが出来ない状況で腰の鞘から長剣を引き抜くなどといった真似が出来る筈もなく、結局は長剣を引き抜こうとしても引き抜けなかったのだが。

 そんな兵士達に向かって、レイは突っ込む。

 当然のように真っ直ぐ兵士達にぶつかっては兵士達に色々と被害が出るのだが、それ以外に方法がない。


(壁を壊してるような時間もないし……何より、この罠だらけの家だけに壁だって見た目より頑丈でもおかしくはない。……そして、本当にこの空間の崩壊と思われる現象はこの家の範囲内だけで終わるのか?)


 この家の中にあった空間で肉の繭と戦ったレイだったが、だからといって空間の崩壊と思われる現象が、この家の中だけで済むという保証はどこにもなかった。

 そうである以上、とにかく早くこの家を出て……そして敷地内からも出て、可能であればスラム街からも出るか、場合によってはアネシスから脱出するという選択肢も否定は出来なかった。

 もしこの家がもっと広く、屋敷と呼ぶべきような規模であれば、外に続く扉も広く、スレイプニルの靴を使うなりなんなりして、兵士達の頭の上を走り抜けることも出来ただろう。

 ……その場合、レイと同じくスレイプニルの靴を持っているエレーナはともかく、スレイプニルの靴を持っていないアーラをどうやって脱出させるかという問題もあったが。

 ともあれ、屋敷であればそのような真似が出来たのだが、この家はあくまでも普通よりは多少広いとはいえ、屋敷とは到底呼べない規模でしかない。

 だからこそ、玄関も普通の家と変わらず、兵士達の頭の上を通って家の外に逃げ出すといった方法も使えない。


(しょうがない、恨むなよ。それに俺に吹き飛ばされれば、結果としてこの家から出るんだから、助かる筈だ)


 そう決意し……レイはそのまま、肩から兵士の群れに向かって突っ込んでいく。

 レイの体勢を見れば、今からレイが何をしようとしているのかを悟るのは難しくはない。

 当然のように、真っ先にレイとぶつかることになる兵士の表情は、激しく引き攣る。

 更に不運だったことに、その男は自分に向かって突っ込んでくる相手がどのような人物なのかを知っていた。

 小柄な身体ではあるが、異名持ちの冒険者とまともにぶつかるのだ。

 当然のように、そのような人物に体当たりを受け……その上、自分の後ろにいる仲間の兵士達のことを考えれば、その間に挟まる自分がどれだけのダメージを受けるのか……それは、考えるまでもない出来事だろう。

 だが……もうレイは自分のすぐ前におり、今からどうこう出来るような状況ではない。

 今の男に出来るのは、とにかくレイに吹き飛ばされても出来るだけ怪我をしないように……いや、死なないように注意することだけだ。

 そして次の瞬間、レイとぶつかった兵士の意識は、そんな決意は何の役にも立たないと言われたかのように、あっさりと闇に落ちるのだった。

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