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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領

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1877/3908

1877話

 沈黙したまま薄らと笑みを浮かべるセレスタン。

 そんなセレスタンの様子に、レイはエレーナに視線を向ける。

 自分が聞きたいことは聞いたけど、お前はどうだという視線。

 もっとも、レイの目から見てセレスタンが自分を黒狼の仇として狙っているのは明らかであり、その辺の事情が……組織を率いている男と、腕が立つとはいえ一介の暗殺者の間にどんな関係があったのかというのは、レイには興味深かったが。

 特に黒狼は、レイと同じく日本出身だ。

 セレスタンがその辺りの事情を知っていたのかどうか……出来れば、それを聞きたいと思いもしたが、先程のやり取りの様子から考えると、とてもではないが素直に話すとは思えなかった。

 だからこそ、レイはエレーナに場所を譲ろうと思ったのだ。

 しかし、エレーナはレイのそんな視線に黙って首を横に振る。

 ここで何か話を聞こうとしても、恐らく……いや、間違いなくはぐらかされるだけだと、そう思ったのだろう。

 もしセレスタンがきちんと自分の問いに答えるというのであれば、それこそ聞いてみたいことは幾らでも存在したのだが。


「おや、もう聞きたいことはないのですか? 出来れば、もう少し話をしていたかったのですが」


 残念そうにセレスタンが呟き、その言葉で何故セレスタンが先程から自分の言葉に答えていたのかを、レイは理解する。


「時間稼ぎ、か」

「ええ、その通り」


 そう言った瞬間、今まで柔和な表情を浮かべていたセレスタンから、得体の知れない迫力を感じる。

 それこそ、今までの行動は仮面を被っていたのではないかと、そう思える程の様子で。


「私達にとっては残念なことに、この封印はまだ解けないんですよ。……全く、こちらの計算ならもう少し早く封印が解除される予定だったのですが……生け贄としたガイスカという男が引いているセイソール侯爵家の血というのは、もしかしたらそこまで濃くないのかもしれませんね。まぁ、直系ではあっても嫡子ではないという話ですから、それも関係しているのかもしれませんね」


 セレスタンが肉の繭を見る目は、人間ではなく何らかの材料を見る目に近い。


「ですが、まぁ……こうして見る限りでは、もう少しで封印は解除されるようですし。時間稼ぎは成功と見てもいいでしょうね」


 封印が解除される。

 その言葉を証明するかのように、肉の繭に絡みついているかのように見える血管のようなものは、脈動を強くしている。

 レイとエレーナがこの空間に出た時と比べても、明らかにその脈動は強い。

 強くなってるのは間違いないが……


「なるほど。時間稼ぎをして、封印の解除を待ちたかった訳だ。けど……それは逆に言えば、まだ封印が解けないということを意味すると思うんだが? それこそ、俺とエレーナを前にしたと考えれば、油断しすぎじゃないか?」


 そう、レイは告げる。

 肉の繭によって封印されているのが、どのような存在なのかはレイにも分からない。だが、こうしてわざわざ封印をするくらいである以上、間違いなく強いのだろう。

 だが……幾ら強い存在であっても、それが封印されている状況であってはその実力を発揮することは出来ない。

 つまり、今この状況でセレスタンが肉の繭を守る為には、セレスタンと執事、そしてデオトレスの三人だけでレイとエレーナという異名持ちの二人を相手にする必要があった。

 それは、客観的に見てとてもではないが無理だというのは間違いない。

 にも関わらず、セレスタンはレイの言葉を聞いても、特に動揺した様子もなく……笑みすら浮かべている。

 そんなセレスタンの様子が気になったレイだったが、レイの目から見てもセレスタンは強いようには見えない。

 その辺の普通の人間に比べれば身体を鍛えているようには思えるのだが、言ってみればその程度だ。

 デオトレスはそこそこの強さを持ち、執事はそんなデオトレスよりも身のこなしに関しては上だった。

 だが、三人の中では最強の執事であっても、それはあくまでも比較対象がデオトレス達であればの話だ。

 その程度の強さは、それこそレイやエレーナにとっては誤差の範囲に等しい。


(もしかして、実力を隠してるとか? いや、けど……こうして見る限りでは、とてもそうは思えないし)


 少なくても、レイの目から見てセレスタン達三人が自分の実力を隠しているようには思えない。

 であれば、そのような状況であってもこうして余裕を消していないというのは……ハッタリか、もしくは何らかの切り札があると見るべきだった。

 そしてミレアーナ王国第二の都市たるアネシスの裏の世界で最大規模の組織を率いている以上、前者という可能性は限りなく低いというのが、レイの考えだ。


(とはいえ……)


 セレスタン達が見ている前で、レイはミスティリングからデスサイズを取り出そうとし……


「え?」


 いつもであれば、右手首にあるミスティリングから取り出せる筈のデスサイズと黄昏の槍……いや、それ以外にもミスティリングの中に入っているあらゆる物を取り出すことが出来ない。


「おや、どうしました? 深紅の異名の代名詞たる大鎌を取り出さないのですか? それとも……取り出せないのですか?」


 そう告げるセレスタンの表情には、笑みが浮かんでいる。

 レイの身に何が起こっているのか、それを理解しているのだろう。

 ……レイは強いが、その強さには幾つもの理由がある。

 その理由の一つが、ミスティリング。

 どのような物であっても収納することが出来、また取り出すことも容易な、この世界でも殆ど確認されていない、本物のアイテムボックス。

 だが、そんなレイの強さの理由であるミスティリングが封じられれば……ましてや、武器もまだ手にしていない状況でそのようなことになればどうなのか。

 それだけで深紅の異名を持つレイの戦力が無力化されるという訳ではないが、魔法の発動体にして魔獣術のスキルを習得しているデスサイズがないというのは、間違いなく大きな戦力ダウンであるのは間違いなかった。

 しかし……レイは、自分の戦力が大幅にダウンしたと理解していても、その動揺は一瞬にして静められる。

 デスサイズや黄昏の槍、それ以外にも使い捨てとして使っている槍や、他にも様々な武器やマジックアイテムの類が封じられたのは痛い。

 それでも、目の前の三人を纏めて相手にしても勝つだけの自信はあったし、その上でエレーナもいるのだ。

 それだけに、とてもではないがこの戦いで負けるという考えはなかった。


(ミスティリングを封じられたのは痛いけど……この隠し通路の時からの空間の異常は、あの肉の繭が原因だって言ってたのを思えば、恐らく俺のミスティリングを封じたのも、あの肉の繭の筈だ。だとすれば、あの肉の繭をどうにかすれば……)


 ミスティリングの封印は解ける筈、と。

 レイは半ば直感的にではあったが、そう理解する。

 何らかの確証がある訳ではないのだが、それでも半ば確信すらしてしまうのは、それだけ脈動している肉の繭から力を感じる為か。


「ミスティリング……アイテムボックスを封じたのは、ちょっと驚いた。けど、そこからどうするんだ? 俺は武器を使えなくなったが、別に俺は武器がなくても戦えないという訳じゃない。それに……」


 そこで言葉を止めたレイに視線を向けられたエレーナは、腰の鞘からミラージュを引き抜く。

 連接剣として、鞭と長剣という二つの形態を持つミラージュは、エレーナの象徴でもある。

 レイの持つデスサイズとは、また違った扱いにくさを持つ特殊な武器ではあったが……エレーナは、そのミラージュを完璧に使いこなす。

 尚、噂話だけを聞いてレイに憧れ、デスサイズのような大鎌を使ってみようとした者は多かったが、エレーナの連接剣に関してはそのような者はいない……訳ではないが、本当に少ない。

 考えてみれば当然なのだが、大鎌というのは作ろうと思えばそこまで難しくはない。作りとしては、寧ろ単純であると言ってもいいだろう。

 だが、長剣と鞭という二つの姿を持つ連接剣に関しては、長剣ならともかく、鞭状にするのは酷く複雑な作りとなってしまう。

 そうである以上、試しで作るのも難しく……いや、寧ろ作れる鍛冶師の方が圧倒的に少ない。

 もしくは、無理矢理作ってろくに使えないようなガラクタになるか。

 ともあれ、持っている武器の特性からエレーナと一緒の武器を使おう! と、そう考える者は殆どいなかった。

 ……殆どという辺り、そのような状況であってもどうにか連接剣を使おうとしている者がいるというのを意味しているのだが。


「レイの武器を封じたのは、素直に驚こう。だが……私の武器を封じることが出来ない以上、レイが言いたいことは分かると思うが?」


 実際、エレーナだけであっても、肉の繭の近くにいる三人を倒すことはそこまで難しい訳ではない。

 当然向こうもそれを分かっているのだろうが、にも関わらず、特に悔しそうな様子を見せたりといった真似はしていなかった。

 エレーナの言葉に、セレスタンは笑みすら浮かべて口を開く。


「そうですね。今のままでは勝てないでしょう。ですが……別に私達は勝つ必要はないのですよ。あくまでも、封印が解けるまで時間を稼げればいいのですから。……デオトレス、契約を果たして貰いましょう」

「分かってる」


 先程の狂笑はどこにいったのか、デオトレスは真面目な表情を浮かべたまま、一歩前に出る。

 また、前に出たのはデオトレスだけではない。執事の老人もまた、デオトレスの横に並ぶように前に出た。

 その二人が何を考えているのかというのは、それこそレイとエレーナの前に立ち塞がったのを見れば、明らかだろう。

 封印が解けるまで、自分達が時間稼ぎをするという、決意に他ならない。


「お前達で、俺とエレーナを抑えておけると、本当にそう思っているのか?」


 そう言いつつ、レイはドラゴンローブに隠されている腰のベルトに装備している武器に思いを馳せる。

 魔力を流すことにより、十数秒から数十秒の間だけだが、鏃を作り出すことが出来るマジックアイテム、ネブラの瞳。

 デスサイズにしろ、黄昏の槍にしろ、基本的に長柄の武器を好むレイだけに、普段からそれらの武器はミスティリングに収納されている。

 だからこそ、現在レイが使える武器は腰のベルトに装備されているネブラの瞳だけだった。

 鏃を投擲するだけの武器なので、そこまでの威力はなく、基本的には牽制用の武器でしかない。

 だが、そのような武器であっても、レイの人間離れした身体能力を使って投擲をするとなれば、一撃必殺……とまではいかないが、それでもかなり凶悪な一撃となるのは確実だった。


「ほっほっほ。主にやれと言われれば、私の立場としてはやる必要がありますからね。それに……あまり侮らない方がよろしいかと」


 執事の男が、笑みを浮かべながら、そう告げてくる。

 幾らかの余裕があるその様子は、何らかの奥の手があるというのを臭わせている。

 デオトレスの方は、長剣を手に持ち、一切の表情が消えたかのようにレイとエレーナの二人に向けていた。


「さて、では始めようか」


 そう言ったのは、レイやエレーナ、デオトレス、執事の男ではなく……セレスタン。

 いつの間にか、セレスタンは近くにあった肉の繭にそっと手を伸ばしている。

 そして、次の瞬間……その肉の繭から、蠢いていた血管が二本、まるで鞭のように放たれる。

 それを見た瞬間、レイとエレーナはそれが自分達に対する攻撃ではないのかと疑ったのだが、肉の繭から伸びた血管が向かったのは……


『ぐ!』


 執事の男とデオトレスの口から、呻き声のようなものが漏れる。

 赤い血管が執事に、青い血管がデオトレスにそれぞれ突き刺さる。

 首の後ろという場所に突き刺さった血管は、今までよりもより大きく脈動していた。

 そんな姿に、レイとエレーナの二人は一瞬驚くが……次の瞬間、レイは一気に前に出る。

 レイに続き、エレーナもまたミラージュを手にし前に出た。

 血管を仲間に突き刺すというのは、一見すれば味方に攻撃をしたようにしか見えない。

 だが、セレスタンが今の状況でそのような真似をするとは思えず、つまりこの行為は味方に対する攻撃……ではなく、何らかの別の理由があるということを意味している筈だった。

 つまり……戦力の強化。

 日本で様々な漫画や小説を読んでいたレイだからこそ、その行動を先読み出来たのだろう。

 距離を縮めながら、レイはネブラの瞳を発動させて、牽制の意味も込めて次々に鏃を投擲する。

 指の動きだけで放たれた鏃は、デオトレスと執事の身体に次々と突き刺さり……このアネシスで起こるだろう、最後の戦いの幕が切って開けられたのだった。

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