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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1869/3865

1869話

「ぐおっ!」


 短い悲鳴を上げながら、ブルーイットが地面に倒れる。

 幸い寒くはあっても雪は降っていないので、地面に倒れても泥だらけになったりといったことにはならないのだが、それでも地面に倒れれば土で汚れるのは間違いなく。

 次期伯爵家当主になろうという人物とは思えない行為だったが、ブルーイットはそんなことは全く気にした様子もなく、立ち上がり、レイに向かって構える。

 ブルーイットと模擬戦をやることになったレイだったが、幾らブルーイットが自分の腕に自信があっても、エルジィンに来てから幾つもの……それこそ、普通の冒険者であれば一生に一度遭遇するかどうかといった戦いを何度となく体験してきたレイにしてみれば、その強さには大きな差がある。

 ブルーイットの強さは、それこそ街中での喧嘩程度であれば、常勝無敗と言ってもいい。

 だが、それはあくまでも街中や、場合によってはその辺の兵士や騎士を相手にしての戦いであり、レイを相手にしてとなると、当然実力の差が大きい。

 それを証明するかのように、今の模擬戦でもレイは己の武器たるデスサイズや黄昏の槍を持たず、素手でブルーイットの相手をしている。

 にも関わらず、ブルーイットはレイに一発も有効打を与えることも出来ず、何度となく地面に倒されているのだから。

 だが、ブルーイットの闘争心は一切衰えることはなく……それどころか、自分が手も足も出せないようなレイを相手にしているのが嬉しいのか、それこそ無邪気な笑みすら浮かべながらレイに立ち向かう。


「おらああああああっ!」


 一応、ブルーイットの身体の動かし方は、きちんとした系統だったものがある。

 つまりそれは、ブルーイットが我流で戦い方を覚えたという訳ではなく、誰かに師事していたということを意味していた。


(いやまぁ、ブルーイットを見てれば忘れるけど、これでも伯爵家の次期当主なんだし……鍛えるなら、当然相応の人物に師事するのは当然か)


 自分に向かって振るわれるブルーイットの拳を回避しながら考えるレイだったが、そういうレイは実際には槍の扱いを習ったことはなく、それこそ我流を実戦で磨いていった形だ。

 ましてや、デスサイズのような大鎌を使う方法を教えてくれるような相手は、まずいない。

 結果として、レイは二槍流を実戦の中で磨き上げていった。

 我流というのは、型にはまっていないだけに、きちんと系統だって鍛えた者にしてみれば予想外の攻撃を……それこそ定石とは違う攻撃をされることがあり、それに対応するのは型といったものを知っているからこそ難しい。

 勿論メリットだけではなく、デメリットも多い。

 それこそ我流で鍛えた者の多くは一定以上の強さを得ることは難しくなるといったように。

 正式な流派で行われている型というのは、それが最善にして最良の動きだからこそ、型として取り入れられているのだ。

 それを知らないだけで、戦いの中で生き残るのは難しい。

 もっとも、レイのようにその壁をあっさりと飛び越える――もしくは破壊する――者も多いのだが。

 ともあれ、我流には我流の、正式な流派には正式な流派のメリット、デメリットがそれぞれある。……当然正式な流派の方が、メリットは大きいのだが。

 そんな、何らかの正式な流派を修めていると思われるブルーイットの攻撃を、一発も当たることがないままに圧倒している辺り、レイの規格外さを表していた。


「ほら、攻撃だけに意識が集中しすぎていて、防御が疎かになっているぞ」


 そう言いながら、レイはブルーイットの攻撃にカウンターを合わせるように、軽く拳を突き出す。

 その一撃は決して強力な一撃という訳ではなく、ブルーイットの打たれ強さであれば、耐えるのも難しい話ではない。

 だが、ブルーイットにとっては、レイの一撃は意図的にダメージを与えないようにして、それでいながらブルーイットの防御の隙を突くかのようにして攻撃しているのだ。

 どれだけ自分が防御に意識を割いていないかということを、それこそ言葉ではなく態度で示されているような感じだった。

 それが分かるだけに、ブルーイットは余計に自分を不甲斐なく感じてしまう。

 それでも、レイが自分とは実力そのものが違うというのは理解しているので、ブルーイットは立ち上がる。

 ……それでいて、レイに指摘された防御に意識を割くのではなく、より攻撃に集中する辺りブルーイットらしいと言えるだろう。

 とはいえ、レイのような格上を相手にして、ブルーイットが今更多少防御に意識を向けたところで、一矢報いるのは無理というのも事実だ。

 明らかにレイがブルーイットよりも格上であっても、出来れば一方的にやられ続けるのではなく、レイに一撃を与えたいと、そう思ってしまうのは当然のことだろう。

 だが、そんなブルーイットの負けず嫌いな性格は、レイも当然読んでいる。

 何だかんだと、ブルーイットとの付き合いは長い……訳ではないが、戦いの中で一緒になったりしたこともあり、密度という点では明らかに他の貴族よりも濃かった。

 また、レイとブルーイットの気が合ったというのもあり、ブルーイットがどのような性格をしているのかは、レイにも大体理解出来ている。

 だからこそ、レイはブルーイットが防御の不備を指摘されても、そちらではなく攻撃に意識を集中してくるのだということを、十分に理解していた。


「はぁっ!」


 鋭い呼気と共に、ブルーイットの拳ではなく足がレイに向かって放たれる。

 レイの頭部を狙った蹴り。

 一般的に足の力は、腕の三倍近いと言われている。

 また、人によってはそれ以上であってもおかしくはない。

 それだけに、ブルーイットのような巨体を持つ蹴りの威力は間違いなく一級品であり、当たれば大抵の相手は一撃で意識を奪うことが出来るだろう。

 場合によっては、骨折なりなんなりといった大きなダメージを相手に与えることすら出来るかもしれない。

 だが……それは、あくまでも普通の場合の話であって、ブルーイットの相手をしているのがレイであれば、話は別だ。

 自分の頭部を狙って放たれた蹴りを、軽くしゃがむことで回避し……次の瞬間、レイは驚きに目を見開く。

 何故なら、自分の頭部を狙って放たれた筈の蹴りが、しゃがんだ自分を追ってきたからだ。

 それでも驚いたのは一瞬で、どのようにしてそのような真似をしたのか、レイはすぐに悟る。

 ブルーイットにとって不運だったのは、レイがヴィヘラという格闘の達人との模擬戦を幾度となく繰り返していたことだろう。

 その模擬戦の中で、ブルーイットが今やったような、蹴りの軌道を膝の関節を使うことによって強引に変えるというのは、何度か見たことがある。

 だからこそ、ブルーイットの今の蹴りにも即座に対応出来たのだ。

 しゃがんだ状態のまま、強引に地面を蹴ってその場から横に跳ぶ。

 レイが跳んだ一瞬後、今までレイの身体があった位置を、ブルーイットの蹴りが通りすぎていった。


「ちっ、これでも回避されるのかよ。俺の取っておきだってのに」


 しゃがんだ状態から立ち上がったレイに向かい、ブルーイットが不満そうに呟く。

 その言葉通り、今の空中で軌道が変わる蹴りというのは、ブルーイットにとっても奥の手だったのだろう。

 それを初見でレイが回避したのだから、ブルーイットにしてみればたまったものではないといったところか。


「ブルーイットにとっては奥の手であっても、他の者にとっては普通に使う技だったりするだろ? つまり、そういうことだ」


 レイの言いたいことを理解したのか、ブルーイットは微妙そうな表情になる。

 自分の奥の手が、実は普通の技だったと。そう言われたのだから当然だろう。

 もしレイが日本にいた時に格闘技に詳しければ、今のブルーイットの蹴りが、いわゆるブラジリアンキックと呼ばれている攻撃方法に似ていると理解出来たかもしれないが……残念ながら、レイは格闘技にそこまで興味はなかったので、その類の蹴りはヴィヘラの蹴りで初めて知った。

 もしくは、漫画か何かで出てきたことはあったかもしれないが……残念ながら、レイはそのことを覚えていなかった。


「そうか、……くそっ、今のは結構いい線だと思ったんだけどな。もう一工夫必要だったか」

「そうでもない。今のはレイだからこそ回避出来たが、初見の相手であれば回避するのは難しいだろうな」


 ブルーイットの言葉にそう告げたのは、レイ……ではなく、エレーナだ。

 ブルーイットは自分とレイの二人だけだと思っていた場所で、いきなり第三者の声がしたことに驚きを隠せなかった。

 だが、そんなブルーイットと違い、レイは模擬戦の途中でエレーナがやって来たのに気がついていたので、特に驚いた様子もなく口を開く。


「そうだな。言ってみれば、ブルーイットのあの蹴りは、ヴィヘラの蹴りよりも速度も切れもない。ただ、それでも初見なら回避するのは難しいだろうな」


 太ももの辺りを狙って放たれたと思った蹴りが、その軌道を途中で変更して胴体や頭部といった場所を狙うのだ。

 何も知らない者であれば、そう簡単に防ぐような真似は出来ないだろう。


「後は、蹴りに繋げる時の動きに若干の不慣れな様子が見えた。その辺も直していくといい。見た限り、ブルーイットの普段の攻撃方法は拳で、蹴りそのものにまだ慣れていないように見えたからな」

「ぐ……」


 レイとエレーナの二人から次々と駄目出しされるブルーイットは、反論する術を持たない。

 実際に二人の説明に納得出来ることが多かった、というのも、この場合はその理由になるのだろう。

 普段から拳での攻撃をメインにしているのも事実だし、そちらを重視して蹴りを使った戦い方そのものにはそこまで慣れていないというのも間違いなかった。

 落ち込んだ様子を見せるブルーイットに、レイは慰めというつもりではないが……と前置きしてから、口を開く。


「今はまだ未熟ということは、それは逆に言えばまだ発展の余地が残っているということでもある。そう考えれば、そこまで悔しく思わなくてもいいんじゃないか?」


 そんなレイの言葉は、ブルーイットにとっても予想外のものだったのだろう。

 一瞬虚を突かれたような表情を浮かべ……だが、次の瞬間には満面の笑みを浮かべる。


「そう言われれば、そうだな。俺はまだ強くなれる可能性が十分にあるということか。……なるほど」


 そう言い、ブルーイットは納得したように蹴りの軌道をどうするのか、もしくは蹴りに繋げる動きをどうすればスムーズに出来るのかといったことを試す。

 そんなブルーイットを横目に、レイはエレーナに視線を向け、若干緊張した様子で口を開く。


「それで? どうだった?」


 黒狼との仲介役といった、具体的な言葉は口にせず、曖昧な様子で尋ねる。

 だが、エレーナにしてみればそれで十分レイが何を聞きたいのかは理解出来た。

 小さく、だが確実に頷きを返す。


「少し手間取ったが、その辺りは問題なく情報を入手出来た。心配しないでくれ」

「そうか。……なら」


 エレーナの言葉に、レイはまだ色々と試している様子のブルーイットに声を掛ける。


「ブルーイット、悪いけど俺とエレーナはちょっと用事が出来た。模擬戦はここまででいいか?」

「え? あー……まぁ、しょうがないか。ここで邪魔をすれば、後で怒られそうだし」


 悪戯っぽく……いや、悪ガキっぽく笑ったブルーイットだったが、心の底からそう思って言ってる訳ではないのは明らかだった。

 恐らく自分には言えない何らかの事情があるのだろうと、そう思ってはいたのだが、それを直接口に出す訳にもいかないだろうと、そう判断しての言動。

 当然のようにレイもそんなブルーイットの思惑には気がついた。

 そもそも、ブルーイットには黒狼の一件で気分が落ち込んでいるところを見られているのだから、エレーナがやって来たからといって艶めいた出来事を連想するというのは少し無理がある。

 とはいえ、それはあくまでもレイだからこそ分かったことであり……エレーナは、そんなブルーイットの言葉を信じて勘違いし、薄らと頬を赤く染める。

 それでもブルーイットの言葉に言い返したりしなかった辺り、エレーナにとっても無駄な騒動にはしたくなかったのだろう。


「じゃあ、俺はここに残ってもう少し訓練していくよ。ああ、出来れば騎士か誰か貸してくれれば助かるんだが」

「好きにしろ」


 そもそも、同じ派閥ではあってもブルーイットの家は伯爵家で、とてもではないがケレベル公爵家と同等に渡り合えるものではない。

 だが、それを分かった上でもこうした態度をとれるのは、それこそブルーイットだからだろう。

 それと、ケレベル公爵家の客人のレイの知り合いだというのも、影響しているのは間違いない。

 ……そんなブルーイットの態度だが、エレーナは苦々しい思いを感じつつ、同時にどこか小気味よいものも感じるのだった。

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