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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1863/3865

1863話

 黒狼の指から伸びている爪は、少し前……それこそレイが肉まんを渡した時は、特に違和感がない普通の爪だった。

 少なくても、今のように短剣の刃の如き爪では決してない。

 肉まんを黒狼に渡した日から、また数日しか経っていない以上、それだけの時間で爪がここまで伸びるというのは、本来なら絶対に有り得ないことだった。


「黒狼、か。なるほどな!」


 こと、ここにいたればレイも黒狼を攻撃したくないなどとは言えない。

 ミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍といういつもの武器を取り出し、構える。

 幸いだったのは、黒狼が戦場として選んだのが広い空間であったことだろう。

 もしここが路地裏のような場所であれば、長柄の武器を好きなように使うといった真似は出来なかった筈だった。

 もっとも、黒狼がこのような広い場所を戦場に設定したのは、別にレイの為を思ってのことではない。

 黒狼の戦闘スタイルが、路地裏のような狭い場所よりもここの方が戦いやすかったからだ。

 黒狼は相変わらずの無言で再びその場から消え……次の瞬間には、レイから少し離れた場所に立っていた。


(転移? 個人で転移しているのか? いや、だが……転移にしては、何だか違和感がある。一体あれは……本当に転移なのか?)


 向き合うレイと黒狼を見ながら、エレーナは黒狼の行動に違和感を抱く。

 何をどのようにすれば、あのような行動が出来るのか。

 マジックアイテムを持っているのか、それとも別の何かか。

 レイは黒狼のこの能力がスキルであると知ってはいるが、それを他人に教えたことはない。

 だからこそ、エレーナも黒狼の行動に戸惑っているのだろう。

 それでも、エレーナはレイからこの戦いについては任せてくれと、手を出さないでくれと言われており、腰にある愛剣のミラージュに手を伸ばすようなことはしない。

 何より、エレーナが知ってる限りレイというのは最強の男だ。

 少なくても、エレーナはそう信じている。

 そんなレイが戦っているのだから、エレーナが出来るのはただレイの勝利を信じて見守ることだけだ。


「相変わらずお前のスキルは厄介だな。転移……いや、ただの転移にしてはどこか違和感がある。けど、それでも……」


 そこで言葉を切ったレイは、右手に持っているデスサイズを振るう。

 空気どころか、空間そのものを斬り裂くかのような一撃。

 今の状況では有利な筈の黒狼ですら、一瞬目を見開くようにして動きを止めるだけの迫力が、そこにはあった。


「俺の一撃に捕まれば、その時点でお前の負けは決まる。それを承知の上で掛かってくるのなら、受けて立つぞ」


 半ば脅しに近い一言。

 だが、当然のように腕の立つ暗殺者として名高い黒狼が、そんなレイの脅しに引っ掛かる訳もない。

 再び姿を消し、次の瞬間にはレイの後ろに姿を現すと、短剣の如き鋭さを持つ爪を振るう。


「そう来ると思ったよ!」


 鋭く叫びつつ、レイは背後からの一撃を回避しながらデスサイズを振るう。


「多連斬!」


 それは、デスサイズの持つスキルの一つにして、単純ながら極めて強力な効果を持つスキル。


「っ!?」


 黒狼はデスサイズの一撃を回避したが、多連斬は一度の攻撃で二度の攻撃を可能とするスキルだ。

 そう、例えば今回のように黒狼が紙一重といった回避をした場合、二度目の攻撃がその紙一重の差を埋めて、相手に斬撃を食らわせる。

 ……それでも、レイの持つデスサイズの危険性を、そして多連斬というスキルの凶悪さを本能的に察した黒狼は、その一撃で致命的な傷を負うことはなかった。

 顔に薄らとした傷が付くが、あくまでもそれだけだ。

 もっとも、黒狼と呼ばれている暗殺者に傷を付ける時点で、それは生半可な攻撃ではないのだが。

 黒狼も多連斬というスキルには驚いたのか、再びレイの前から姿を消して離れた場所に姿を現す。


(あの転移……転移か? ともあれ、転移がスキルだってのは分かったが、何の予備動作とかそういう準備もなく消えたり現れたりするってのは厄介だな)


 マジックアイテムを使っての転移であれば、そのマジックアイテムを使う為の動作なり何なりが必要となる。

 だが、黒狼が使っているスキルには、特に何らかの準備動作の類が存在しない。

 それこそ、本当に気がつけば黒狼はレイのすぐ後ろにいるのだから、一瞬の気も抜けない。

 高速で突っ込んでくる……といった真似をするのであれば、それこそ対応のしようはない訳ではない。

 レイは常人よりも鋭い五感を持っており、視覚でその姿を確認したり、触覚で空気の流れを感じたりといった真似が出来るのだから。

 だが高速で移動するのでも何でもなく、突然自分の後ろに現れるなどといった真似をされれば、そのようなことで察知するのは難しい。


(いや、触覚のおかげで黒狼が後ろで動いたのを感じられるから、対処出来てるんだから、全く役に立たないって訳じゃないんだけどな)


 何よりレイが黒狼を恐ろしいと思わせるのは、その殺気の使い方だ。

 黒狼が今日姿を現した時のように、ピンポイントでレイに殺気を叩きつけてきたかと思えば、今の戦いのように殺気を全く感じさせずにレイを狙ってくるといったこともする。

 とはいえ、黒狼にとっても自分の行動を先読みしたかのように即座に対応してくるレイの行動は、厄介以外のなにものでもない。

 レイが次にどのような行動をするのか。それを、黒狼もしっかりと見定める必要がある為だ。

 ここで下手な真似をしようものなら、それこそレイの持つ大鎌や槍によって、即座に致命的な一撃を食らってしまう。

 実際、レイの攻撃によって薄らとではあるが頬を斬られるといった怪我をしたのだから。


「さて、どうする? 最初に怪我をしたのは……軽傷ではあってもそっちだ。それでもまだ続けるか?」


 デスサイズと黄昏の槍という、いつもの二槍流で構えたレイは、挑発的な笑みを浮かべつつ、そう告げる。

 本来なら黒狼とは戦いたくなかったレイだったが、それでも向こうがこうして自分を殺しに来た以上、それを受けて立たないという理由はない。

 黒狼が何を考えているにしても、それで自分が殺されてやるという選択はレイには存在しないのだから。

 だが、このままやるか? と言われて、すぐに退くようであれば、黒狼もまたこのように昼間から襲い掛かったりといった真似はしない。

 レイの言葉に返したのは、ただでさえ短剣の如き鋭さを見せていた爪を、更に伸ばすといった行為だ。

 それは、どう考えても自分がここから退くというのではなく、それこそ今からでも戦いを再開すると、そう告げているように思えた。

 それどころか、黒狼の口からは鋭い牙が何本か伸びて、それをレイに向かって見せつけるようにしてくる。


「そうか。結局戦うのか。……まぁ、暗殺者と暗殺対象だと考えれば、この結果は当然かもしれないけどな。なら……俺もこれからは本気で、お前を殺す気でいくぞ」


 先程の多連斬も、まともに命中していれば黒狼は大きなダメージを受け、それこそ死んでいた可能性もあるだろう。

 だが、それでもレイはあの攻撃に殺意を込めてはおらず……殺さなくてもいいと、そう思っての行動でもあった。

 しかし、これからは違う。

 自分の命を狙いに来た相手に対し、本当の意味で戦いを挑もうとしているのだ。

 そうである以上、今度の攻撃は本格的に相手の命を奪おうと、そう考えての一撃を行うのは当然のことだった。


「ここでだと全力は出せないが、それでも……やれることは多いから、な!」


 叫び、レイは地を蹴って黒狼との距離を詰める。

 黒狼の、一瞬で移動するのとは違う普通の移動方法。

 だが、普通の移動方法だからといって、その速度が遅いかと言えば決してそんな訳ではない。

 それこそ、地面を蹴って移動するレイの姿は、目で追うのも難しい。

 とはいえ、黒狼も一流の使い手であるのは間違いない。

 自分に向かって突っ込んでくるレイの動きをしっかりとその目で確認出来ていたし、カウンターとして鋭い爪の一撃を叩き込もうとすら考えていた。


「させると思うか!」


 黒狼のそんな態度はレイにも見えている以上、向こうが狙っているのも殆ど直感的に理解出来た。

 自分の腕で攻撃をしてくるという格闘は、何と言ってもその速度が他の武器と比べて上だ。

 特に黒狼程の一流の使い手ともなれば、その一撃は極めて強力で素早いと言ってもいい。

 普通の者であれば到底回避出来ないだろうその攻撃。

 だが、レイは到底普通とは言えず、何より同じ格闘を主武器とするヴィヘラと、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに模擬戦を重ねてきたのだ。

 デスサイズの一撃を回避しつつ、懐の内側に入ってこようとした黒狼を、左手に持つ黄昏の槍で待ち受ける。

 間合いそのものは違うので、威力が最大限に発揮……という訳にはいかないが、それでも相手を吹き飛ばすには十分な威力。


「っ!?」


 そんな黄昏の槍の横薙ぎの一撃を、黒狼は俊敏に地に伏せることよって回避する。

 当然地に伏せた状況のままでいる筈もなく、頭の上を黄昏の槍が通りすぎた瞬間に、黒狼はその状態のまま地を蹴って前に出る。

 鋭い爪が狙うのは、レイの足。

 足下というのは迎撃をしにくい場所の一つ、黒狼も当然それを知っていた上での行動だろう。

 だからこそ、黒狼もそこを狙ったのだ。

 黒狼程ではないにしろ、レイの動きは非常に素早い。

 その動きを、足を攻撃することで妨害しようと、そう判断しての攻撃だったのだろう。

 だが……そんな黒狼の攻撃を察したレイは、殆ど反射的に地面を蹴って空中に跳ぶ。

 空中というのは身動きが出来ず、普通なら戦っている時に迂闊にとるべき行動ではない。

 しかし、それはあくまでも普通の場合の話であり、空中を蹴って移動出来るスレイプニルの靴を履いているレイにしてみれば、空中というのは自分の足場と変わらない場所だった。

 そのまま空中を蹴って黒狼との距離を取り、地面に着地した瞬間、デスサイズの石突きを地面に突き刺す。


「地形操作!」


 今のデスサイズが持つ地形操作のレベルは、四。

 自分を中心にして半径七十m以内の地面を、最大百五十cm、上げたり下げたりといった真似が出来る。

 それだけの高さを弄ることが出来るのであれば、黒狼のいる地面を一瞬にして沈め、黒狼を穴の中に入れるといった真似をするのも難しい話ではない。

 もっとも、穴の深さが百五十cmである以上、完全に黒狼の身体を地面に沈めるといった真似が出来る訳ではなかったが。

 それでも一瞬……いや、数秒黒狼の動きを止めるには十分な隙を作ることは可能で、そんな黒狼のいる穴に向かってデスサイズの石突きを地面から抜いたレイは走る。

 地面から伸びているのは、黒狼の首。

 勿論身体を埋めている訳ではないので、動こうと思えば容易に動くことは可能だった。

 だが、黒狼にとってもまさかいきなり地面が沈むなどというのは完全に予想外だったのか、自分に近づいてくるレイを見てもすぐに反応は出来ない。出来ないが……それでも、次の瞬間には黒狼の姿は穴の中から消えていた。

 それを見てレイは足を止め、鋭く視線を右斜め前方に向ける。

 そこでは、黒狼が警戒の視線を向けながらレイの方をじっと見ていた。

 今の攻撃は、黒狼にとっても完全に予想外だったのだろう。

 レイにそのような真似が出来るとは思っておらず、じっと隙を伺うような視線を向ける。


「どうした? 噂に名高い暗殺者の黒狼も、やっぱり正面から戦うとなると不利になるのか? 正直なところ、何を考えて正面から戦いを挑んできたのかは分からないけどな」


 そう告げるレイの言葉は、半ば挑発であると同時に純粋な疑問でもあった。

 普通であれば、暗殺者というのは黒狼のように堂々と戦いを挑んできたりはしない。

 それこそ普段の生活の中で、食べ物の中に毒を盛ったり……もしくはすれ違いざまに急所を狙うといったことや、寝ている場所を襲撃するといったことをするのが一般的な暗殺者だ。

 勿論、レイの能力ではそのどれもが難しい。

 だが、それは難しいというだけであって、絶対に不可能という訳ではない。

 少なくてもレイにしてみれば、このように正面から戦いを挑んでくるよりは勝率は高いと思えた。

 しかし、黒狼はそのような真似をせず堂々と正面からレイを倒しに……いや、殺しにきた。

 レイの実力を知らず、自分の力に過剰なまでに自信を持っている者であれば、そのような真似をしてもおかしくはないが、レイと相対しているのは黒狼だ。

 本気ではないとはいえ、軽くやり合ったことでお互いの実力も承知している筈だった。

 にも関わらず、何故こうして正面から戦いを挑んできたのか。それは、レイにも分からなかった。

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