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レジェンド  作者: 神無月 紅
魔熱病
185/3865

0185話

「見えたっ! バールの街だ!」


 セトの背の上で、視線の先に見えてきた地上の街を前にしてレイが思わず叫ぶ。

 結局昨夜は盗賊団が再度襲ってくるようなこともなく、セトの毛皮に包まれてゆっくりと休むことが出来た。

 そしてそのまま早朝に目を覚まし、まだ周囲が多少薄暗いままでも太陽が昇り始めていた為に明るくなってきていたので、レイとセトは軽く朝食を食べ終えた後は急いで飛び立ち、朝日が昇ってからそれ程経たないうちにバールの街に対する最後の中継地点である村の上空を通り過ぎ、まだ午前の早い内にとうとう目的のバールの街へと辿り着いたのだった。


「グルルゥ?」


 レイが喜んでいたので上機嫌だったセトだが、その視界の先。目的地であるバールの街の正門と思しき場所に数十人の兵士らしき人物達がいるのを視界に入れてどうするの? とばかりに鳴く。

 その鳴き声で街が封鎖されているのに気が付いたレイだったが、アウラーニ草の粉末を持ってきた以上は届けなければならないと判断する。


「セト、正門を封鎖している相手から少し離れた場所に降りてくれ。さすがに奴等の前に直接お前が降りたりしたら戦闘になりそうだからな」

「グルルゥッ!」


 レイの言葉に小さく鳴き、翼をはためかせて地上へと高度を落としていく。

 その様子に兵士達もセトに気が付いたのだろう。ざわめきながらもそれぞれが槍や剣を構えつつ警戒する。

 グリフォンのような高ランクモンスターを目にしつつも、それでも士気を落とさない様子に小さく笑みを浮かべつつ地上数mの位置から地面へと飛び降りたレイは大声で叫ぶ。


「俺はレイ! ギルムの街の冒険者だ! この街で流行している魔熱病の薬の材料となるアウラーニ草の粉末を持ってきた! 至急バールの街のギルドへ連絡を入れてくれ!」


 周囲へと響き渡るレイの声。

 だが、その言葉を聞いた兵士達は一瞬歓喜の表情を浮かべるものの、レイの見た目が15歳程度で貧弱な身体付きに見えた為。そしてアウラーニ草の粉末を持ってきたと言っている割には手ぶらであることに気が付き、仲間同士で困惑の視線を交わす。

 やがて兵士達の中から1人の男が進み出てレイの方へと近寄ってくる。

 20代程の若さだが不思議な落ち着きを放っているその男は、レイから5m程の位置で立ち止まって口を開く。


「俺はサザナス。あそこにいる兵士達の纏め役みたいなものをさせて貰っている。それで聞きたいんだが、アウラーニ草の粉末を持ってきたと言ってたがどこにあるんだ? 見た所手ぶらのようだが。いや、もちろん少しでもあればそれは助かるんだけどな。しかし、ギルムの街からわざわざここまで来たってことは、相応の量を持ってきているんじゃないのか?」


 サザナスのその言葉に、小さく頷くとミスティリングから木箱を取り出す。

 何も無い空間からいきなり現れたその木箱に、反射的に腰の剣へと手を伸ばすサザナス。だが、すぐにその木箱は自分達に危害を加えるような物では無いと知り、改めて木箱へと視線を向ける。

 その木箱の中には高さ5cm程の小瓶が大量に収められていた。

 そしてその小瓶の中には何か粉のような物が入っており……


「っ!?」


 そこまで見た瞬間、サザナスは目の前にある物が何なのかを理解する。


「こ、これは……もしかして……」

「そうだ。魔熱病の薬として使われるアウラーニ草の粉末だ」


 レイの言葉にサザナスだけではなく、それを聞いていた他の兵士達もざわめく。

 その理由としては、もちろん大量に存在するアウラーニ草の粉末に関してもだが、何よりもアイテムボックスの存在だろう。


「アイテムボックス……なるほど。確かにこれを見る限りでは本物のようだな」

「……本物?」


 サザナスの口から漏れた言葉を耳にし、思わず尋ね返すレイ。

 そんなレイに対して、サザナスは小さく頭を下げてくる。


「すまない。ちょっと試させて貰った。実はうちの街にあるギルドのマスターから君が……と言うよりも、ギルムの街のギルドから派遣された冒険者が来ることは聞いていたんだよ。だが、知っての通り現在このバールの街は本来流行する筈の無い魔熱病が爆発的に広がっている。どこから聞きつけたのか、それに興味を持った研究者達が何人か街に入れるようにと来ていてな。当然、そんな者達を街の中に入れるのは危険が大きいということでディアーロゴ様は却下してたんだが……」

「何でだ? 研究者なら魔熱病が流行した原因を特定出来るかもしれないだろうに」

「そうだな、本当にそれが目的なら構わないんだろうが」


 その言葉を聞き、何か複雑な事情があると悟ったのだろう。特にそれ以上は言及せずに話を変える。


「それで、俺は中に入ってもいいのか?」

「あ、ああ。……そっちのグリフォンは人を襲ったりはしないんだよな?」


 レイの後ろでじっと黙ったまま控えているセトへと視線を向け、恐る恐る尋ねるサザナス。


「グルゥ?」


 何? と首を傾げるセトだが、さすがに会ったばかりだとグリフォンという存在には脅威を覚えるのか、思わず1歩後退る。

 そんなサザナスに、ギルムの街に初めて入った当初の出来事を思い出しながらセトの首筋を撫でるレイ。


「問題は無い。下手なちょっかいを出してこなければ、こんな風に大人しいぞ」

「グルルルゥ」


 撫でられる気持ちよさに、機嫌良く喉を鳴らすセト。

 その様子を信じられないようなものを見るような目で眺めつつ、ギルムの街で使われているのと同様の従魔の首飾りを渡してくる。

 それを受け取りながら、レイもまたギルドカードを手渡して街に入る手続きは完了した。


「門を開けろ!」


 サザナスの言葉に従って兵士達が門を開け、封鎖されていたバールの街が開放される。


(……空から入ればこんな面倒なことをしなくても良かったんだがな。まぁ、その場合は俺が侵入者扱いになるか)


「では隊長。俺は一足先にギルドの方に行ってきます」

「ああ。セイス様もこのことを知ればきっと喜ぶだろう。……頼んだ」


 サザナスの言葉に兵士が小さく頷き、レイに先駆けて街の中へと入っていく。


「ギルドはこの大通りを真っ直ぐに進めば見えてくる。……魔熱病の影響で街の中も人の数が少なくなっているから、出来るだけ急いでギルドに向かってくれ。……最後になったが、この街に来てくれて感謝している」


 そう言い、深く頭を下げるサザナス。その部下達も、自分達の上司同様に深く頭を下げていた。

 家族や友人、あるいは恋人が魔熱病に倒れている者も多いのだろう。頭を下げている兵士達の数人からは涙がこぼれ落ちている。

 それが悲しみではなく、助かる希望が出て来た希望の涙であるのは誰が見ても明らかだった。


「俺に出来るのは、あくまでも薬の材料を調達しただけだ。これ以降は、この街の薬剤師や錬金術師に任せるしかない」

「それでもだ。薬の材料がなければそもそも薬は出来ない。……助かった」


 サザナスが感謝の言葉を述べ、再びバールの街の門は閉じられていく。

 封鎖されているこの街が開放される時は、魔熱病の患者がいなくなった時か……あるいは、魔熱病の患者全員が死亡した時か。サザナスはその理由が前者であることを祈りつつ、門が完全に閉じられるのを最後まで見ているのだった。






「……確かに人の数が目に見えて少ないな」


 大通りからバールの街並みを見渡し、呟くレイ。

 幸いゴーストタウンの如く人の姿が消えている訳では無いが、それでもその人数はギルムの街に比べると酷く少ない。

 その理由としては魔熱病が流行しているということもあるのだが、そもそも街の住人自体がギルムの街よりも少ないのだ。

 ギルムの街は辺境であるとは言っても、その辺境であるが故に取れるモンスターの素材等がある為に商人や冒険者、あるいは鍛冶師の類が自然と集まる。それに比べるとここはあくまでも田舎にある街でしかないのだから、人の数に差があるのは無理もない。

 その数少ない住人達はこの街では見覚えのないレイとセトの姿を見ると一様に驚き、次の瞬間には丁寧に頭を下げる。


(何だ?)


 その様子に内心で首を傾げるが、実は街で爆発的に流行している魔熱病の特効薬ともなる薬の材料を届けにグリフォンに乗ってギルムの街から冒険者が向かっているという情報は街中へと知らされていたのだ。これも、少しでもパニックを避ける為にディアーロゴが行ったことである。その為に、街の住人達は自分達の見知らぬ……そしてグリフォンを従魔としているレイの姿を見ても驚くよりもこれで助かるという喜びが勝っていたのだった。

 本来であればレイに直接感謝の言葉を述べたかったのだが、それもまた少しでも早く薬を作る為にディアーロゴによって禁止されていた為に遠くから頭を下げることしか出来なかったのだ。

 そんな事情を全く知らないレイは、住人の様子を不思議に思いつつもサザナスに教えられた通りに大通りを進んで行くと、やがて巨大な建物が見えてくる。冒険者ギルドと書かれている看板があるのを見て、小さく頷く。


「セト」

「グルゥ」


 それだけでレイが何を言いたいのか分かったのだろう。セトはギルムの街でレイがギルドに行っている時と同様に従魔用のスペースへと移動して寝転がる。

 ギルムの街でならセトが寝転がると子供を始めとした可愛いもの好きな大人達が寄ってくるのだが、バールの街ではそんなことはない。

 セト自身の知名度がないというのもあるが、それよりも最大の問題はやはり魔熱病だった。何しろ子供だけに魔力の小さい者が多く、街に住んでいる大半の子供が魔熱病に感染してしまっているのだから。

 そんなセトの頭を軽く撫で、そのままギルドの扉を開けて中へと入っていく。


「……なるほど」


 そうしてまず呟いたのはその言葉だった。

 本来であればギルド職員が忙しく働いており、酒場では幾人かの冒険者達が食事をとっている時間帯にも関わらず、ギルドの中には殆ど人影は無い。

 辛うじてカウンターにケニーよりも若干年上の受付嬢が1人おり、その奥に数人のギルド職員がいる程度だ。冒険者の姿に至っては1人もいない。

 もっとも、街が閉鎖されており食料の殆どが配給制に近くなっていれば酒場で酒を飲んだりも出来ないのだからしょうがないのだろうが。

 それでも受付嬢がギルドに入って来たレイへと向かって笑みを浮かべて頭を下げたのは、さすがにギルド職員と言うべきだろう。


「レイだ。ギルムの街からアウラーニ草の粉末、その他諸々の救援物資を持ってきた」


 ビクリ。レイのその言葉を聞いた瞬間に動きを止める受付嬢。それは同時に、カウンター内部にいた他のギルド職員も同様だった。


「ね、念の為にギルドカードを提示して貰えますか?」

「ああ」


 震える声でそう言ってくる受付嬢に頷き、ミスティリングからギルドカードを取り出す。


『おおっ!』


 目の前でアイテムボックスを使われ、自分達の聞いていた話が本当であったと歓声を上げるギルド職員達。

 その様子を見ながら、魔熱病のことを考えれば無理もないとギルドカードを受付嬢へと手渡すレイ。


「た、確かにギルムの街のギルド所属のランクD冒険者のレイさんです。確認しました」


 震える手で戻されるギルドカードを再びミスティリングへと収納し、改めて口を開くレイ。


「それで、持ってきた救援物資に関してはどこにおけばいいんだ? それなりの量だからどこか広い場所がいいと思うが」

「ちょっ、ちょっと待ってて下さい。今すぐにギルドマスターを呼んできますので!」


 受付嬢がそう叫ぶと、カウンター職員が急いで奥の方へと向かって行くが、レイはその背を呼び止める。


「待ってくれ。これをギルドマスターに渡して欲しい。ギルムの街のギルドマスターから、バールの街のギルドマスターへと宛てた手紙だ」


 ミスティリングから取り出した手紙を手渡すレイ。

 それを受け取ったギルド職員は、小さく頭を下げてカウンターの奥へと走っていく。


(ギルムの街のギルドと同じ構造だとしたら、あの向こうにギルドマスターの執務室があるんだろうな)


 内心でその背を見送りつつそう考え、バールの街の情報を少しでも得るチャンスとばかりに受付嬢へと視線を向ける。

 さすがに受付嬢と言うべきか、その容姿は平均以上に整っている。ギルムの街と違うのは受付嬢が1人だけしかいないということだった。

 これが魔熱病の為なのか、あるいはギルムの街のように辺境のど真ん中にある街だからではないのか。その違いはレイにとっては分からなかったが、それでもレイが情報を集めるべき相手がいるのは間違いが無かったのだから。


「魔熱病、とか言ったか。ギルムの街で聞いた話だと住人の4割程が感染していると聞いてるが、今はどのくらい広がっているんだ?」


 その質問が来るのは分かっていたのだろう。小さく首を振ってから口を開く。


「発症してる人はこのバールの街にいる人達のうち、6割程まで増えています」

「……そんなにか?」

「はい、残念ながら。この街にアウラーニ草の粉末を届けてくれたのなら知ってると思いますが、魔熱病はある一定以上の魔力がなければ発症しますので……」


 溜息を吐く受付嬢だったが、そこに言葉を挟んでくる者がいた。


「つまり今回の魔熱病はその一定ラインがかなり高かった訳だ」


 その言葉と共にカウンターの奥から現れたのは50代程の初老の男だ。このタイミングで姿を現す以上その男が誰なのかはレイにも容易に予想出来る。そしてその予想が正しかったことは、受付嬢の言葉が証明するのだった。


「ギルドマスター……」

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