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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1841/3865

1841話

 リベルテの挨拶でパーティーが始まり、皆がそれぞれに動き出す。

 貴族にとって、このパーティーというのはパーティーであってパーティーではない。

 正確には、パーティーであるのと同時に、政治の舞台でもある。

 普段滅多に会うことが出来ない相手と話し、情報を仕入れる。

 場合によっては、何らかの商取引が行われることも珍しくはない。

 それだけに、純粋にパーティーを楽しんでいる者はそこまで多くはなく、寧ろ皆が自分達の利益を出来るだけ大きくしようと動いていた。

 だが、そうして動いているのは殆どが貴族だけであり、そのような意味では貴族ではないレイはその辺を特に気にする必要もなく……


「よう、レイ。相変わらずここの料理は美味いな」


 エレーナと共に料理を味わっていると、不意にそんな声を掛けられる。

 それが誰の声なのかは、それこそレイにとっては考えるまでもなく明らかだ。

 そもそも、数時間前まで一緒にいた人物なのだから。


「そうだな。けど、ブルーイットの体格を考えれば、料理を食いすぎないようにした方がいいんじゃないか?」


 ブルーイットの巨体を見ながら、レイはそう言葉を返す。

 少し離れた場所で、先を越された! という表情をしている貴族も多い。

 当然ながら、ケレベル公爵令嬢にして、姫将軍の異名を持つエレーナや、深紅の異名を持つレイに話し掛けようとした者は大勢いた。

 大勢いたからこそ、お互いに牽制し合って話し掛けられず……結果として、レイとエレーナはゲオルギマの作った料理の味を楽しんでいたのだが……それをあっさりと破ったのが、ブルーイットだ。

 本来であれば、ブルーイットも貴族達の牽制に付き合う必要があった。

 爵位や利益、これまでの貸し借りといった具合に。

 だが、ブルーイットはそんなものは関係ないと、普通にレイに話し掛けた。

 この辺り、ブルーイットの貴族としての規格外さが現れているのだろう。

 もっとも、普通ならこのように慣例の類を無視すれば、後々面倒なことになる。

 それでも、ブルーイットはそんなのは関係ないと、レイに話し掛けたのだろう。

 何人かの貴族達が、ブルーイットに忌々しげな視線を向けるが、本人はそれを気にした様子はなくレイと料理についての話を続けていた。


「それにしても……こうして見る限りでは、やっぱりお前達はお似合いのような、お似合いではないような……微妙な感じだな」

「いや、それはどっちだよ」


 ブルーイットの言葉に若干の不満を抱き、レイはそう告げる。

 だが、そんなレイにエレーナは笑みを浮かべて口を開く。


「ふふっ、レイ。別に私達がお似合いかどうかというのは、そこまで気にする必要はない。それは、あくまでも他人の目から見てのものなのだからな。大事なのは、私達自身がどう思っているのかということだろう」

「……そう言われると、何だか納得出来るような、出来ないような、微妙な感じがする」


 そう言いつつ、レイは何らかの肉のローストを口に運ぶ。

 肉という点では、普段から高ランクモンスターの肉を食っているレイだが、そんなレイにしても、口に運んだ肉の味は格別だった。

 料理が得意な訳ではないレイにしてみれば、具体的にどのような手順でこの料理を作ったのかは分からない。分からないが……それでも間違いなく普通に焼いただけでないのは、肉の味を楽しんでいるレイにしてみれば明らかだった。

 肉そのものも非常に高い品質のものを使っているのは明らかだったが、それ以上に調理法に気を遣っているのだろう。


「美味いな、この肉」

「ああ」


 レイの呟きにブルーイットが同意したように頷き、そんな二人を、エレーナは興味深げな視線で見守っていた。

 そのような三人が楽しんでいる中で、不意に周囲で様子を窺っていたうちの貴族の一人が近づいてくる。

 それは、無言で行われていた牽制の中で最後まで勝ち残った貴族だ。


「エレーナ様、今年も一年よろしくお願いします。いや、それにしてもエレーナ様が着飾っている様子を見ると、思わず目を奪われてしまいますな」


 そう言ってきた貴族に対し、エレーナは小さく笑みを浮かべる。

 嫌そうにしているところが見られないのを考えると、この貴族はエレーナから見ても嫌な相手ではないのだろうと、隣で様子を見守っていたレイは判断した。

 事実、その貴族はエレーナの側にいたレイにも、笑みを浮かべながら話し掛ける。


「深紅のレイ殿ですね。私の領地はかなり遠くにあるので、残念ながら到着したのは模擬戦の後でしたが、それで模擬戦を見ていた部下からは、かなりの強さであるという話を聞いています。それに、あのグリフォンを従魔にしているとか」

「そう言って貰えると、こっちも頑張った甲斐がありましたね」

「ああ、口調は崩して構いませんよ。私も領地では冒険者の活動が活発なので、冒険者を相手にすることも慣れてますし」


 レイの言葉に、その貴族は笑みを浮かべながらそう言ってくる。

 レイも、普段であれば明らかに高い地位にいる相手――それで敵対的ではない相手――ならともかく、それ以外の相手であればそこまで丁寧な言葉遣いをしたりはしない。

 だが、今回は話が別だ。

 エレーナの父親たる、ケレベル公爵のリベルテが開催したパーティーである以上、ここで騒動を起こせばエレーナの父親たるリベルテの顔を潰すことになる。

 そんなことは、レイとしては出来れば避けたかった。

 リベルテがダスカーに勝るとも劣らぬだけの人物だというのは分かっているし、何よりエレーナの父親なのだ。

 そんな人物の顔に泥を塗るような真似はしたくないと思うのは当然だった。

 ましてや、リベルテはレイとエレーナとの関係を黙認という形ではあるが認めてくれているという点で、恩もある。

 勿論、リベルテが何の考えもなく……それこそ、ただエレーナがそう望んだから付き合いを認めた訳ではないのは、レイも理解している。

 エレーナは姫将軍の異名を持っているが、それと同時にケレベル公爵家の令嬢でもあり、当然のように本来なら本人の意思とは関係なく、ケレベル公爵家をより繁栄させる為の婚姻が行われても不思議ではなかった。

 そのような状況であるにも関わらず、リベルテはエレーナとレイの関係を認めたのだ。

 当然のように、そこには貴族派と中立派の関係を良好にするということや、何かあった時にエレーナを通してレイに協力を求められるという損得勘定もあるだろう。

 特に後者……レイに協力を求められるというのは、レイの力を十分に知っているリベルテとしては非常に心強い。

 セトとレイ。この一人と一匹が本気でその気になれば、それこそ小国程度であれば滅ぼすだけの力を持っていると、そう確信している為だ。

 それを思えば、レイとエレーナの関係を認めるのは、ケレベル公爵家や貴族派にとっては大きな利益となる。

 ……とはいえ、それはあくまでも理屈で考えた場合の話だけであって、感情で納得出来ない者は多い。

 特にそれはエレーナを狙っていた若い貴族に多く、そのような者達はレイに対して強い嫉妬を覚えている。

 当然だろう。エレーナは公爵家令嬢にして、姫将軍の異名を持ち、その上で一生に一度見られるかどうかといった美貌の持ち主なのだから。

 貴族の中には女慣れしている者も多いが、そのような人物であってもエレーナの前に立てばいつも通りの態度でいることは難しくなる。

 それが、今のように艶やかなパーティードレスを着ているとなれば、その思いは余計に強くなってもおかしくはなかった。


「なら、言葉は崩させて貰う。それにしても、冒険者の俺が言うのもなんだけど、貴族で冒険者と接することが多いというのは珍しいんじゃないか?」

「それは否定しません。ただ、うちの領地はギルムのような辺境程ではないにしろ、モンスターがそれなりに多く棲息している深く広大な森がありまして。その関係で、どうしても冒険者の方々とは会う機会が多くなるんですよ」

「へぇ」


 モンスターが多く棲息している、深く広大な森。

 その言葉に、魔獣術によって未知のモンスターの魔石を求めているレイは、強い興味を抱く。

 貴族の方も、レイが自分の言葉に興味を抱いたというのは分かったのか少しだけ気になった様子で口を開く。


「興味ありますか? もしあるのなら、一度私の領地に来てみて下さい。冒険者にとっては、暮らしやすいような街になっている筈ですよ」

「そうだな、機会があれば一度行ってみたいとは思うけど……今は色々と忙しいから、行くにしてもいつになるかは分からない」


 そう告げるレイの言葉は、若干残念そうな色がある。

 だが、実際に今のレイは非常に忙しい。

 今はこうしてケレベル公爵家の客人という扱いになってはいるが、それはあくまでも今だけだ。

 このパーティーが終わって少し経てば、ギルムに戻る予定になっている。

 そうしてギルムに戻れば、ギガント・タートルの解体が待っているのだ。

 ギガント・タートルの解体に関しては、本来ならレイが付き添う必要はないのだが、山の如き体躯を持つだけに、どうしても何かトラブルがあった時の為に、責任者はその場にいた方がいい。

 何かあった時に即座に判断を下せなければ、それだけ時間が無駄になるのだから。

 また、春になればギルムの増築作業が再び活性化することになり、ミスティリングを持っているレイを含め、紅蓮の翼の面々は忙しくなる。

 それでも忙しい日々ではレイ達がつらいだろうと、夏に海に行った時のように休みを貰ったりはするのだが。

 何かを説明した訳ではないが、それでもレイの表情から大体の事情は理解したのだろう。貴族の男は、少し残念そうにしながらもそれ以上無理に話を進めるような真似はしない。


「そうですか。残念ですが仕方がありませんね。ですが、余裕が出来たらいつか来てくれると嬉しいです」

「ああ。そうさせて貰うよ」


 レイとて、何も好きでこの貴族の領地にいかない訳ではない。

 未知のモンスターの魔石というのは、レイにとっても非常に興味深い代物なのだから。

 そんな中、その貴族の話に興味を示したのはレイだけではなく、一緒に話を聞いていたブルーイットもだった。


「ほう、興味深い話だな。一応聞くけど、ファンライル伯爵の領地には俺も行っていいのか?」

「え? ブルーイット殿、本気ですか?」


 貴族……ファンライル伯爵は、ブルーイットに驚きの視線を向ける。

 ブルーイットは、本人の性格だけを見れば、とてもではないがそのように思えないが、エグゾリス伯爵家の次期当主だ。

 それを知っているだけに、ファンライル伯爵はブルーイットが自分の街に来ると聞いても喜んでとはいかない。

 だが、ブルーイットはそんなファンライル伯爵に、獰猛な笑みを浮かべて頷く。


「そうだ。俺もいずれはエグゾリス伯爵家を継ぐことになるからな。そうである以上、俺としては出来るだけ力を付けておきたい。そうなると、やはり実戦を経験するのが一番いいからな」

「それは間違いありませんが……ですが、その、私としてはあまりお勧め出来かねますけど」

「そうだな。ブルーイットも少しは自分の立場というものを考えた方がいい」


 そう言ったのは、レイでもなければエレーナでもなく、別の人物だった。

 レイにとっては見覚えのない人物だったが、エレーナやブルーイット、ファンライル伯爵は別だったのだろう。


「ムータ男爵、君か」


 そう告げるファンライル伯爵の言葉には、親しみが強い。

 伯爵と男爵とそれなりに爵位に差はあるのだが、この二人の場合は爵位とは関係なく付き合いをしているのだろう。


「えーっと……」

「ああ、失礼。ついブルーイットが無茶なことを言っているのが聞こえたので、口を挟ませて貰った。エレーナ様、お久しぶりです。レイ殿、お会い出来て光栄だ。私はアズエル・ムータ男爵。ファンライル伯爵とは幼馴染みでね。こうして、今も気安い関係を築いている」

「レイだ。ギルムの冒険者で……まぁ、色々とあって、ここにこうしている」

「ふふっ、色々か。それは大変そうだね」


 そう笑うアズエルは、ファンライルと同じくらい……三十代半ばといった年齢に見える。

 もっとも、それはあくまでもレイが見てそれくらいと感じているだけで、エルフを始めとする長寿の者がいるこのエルジィンにおいて、見た目の年齢というのはあまり当てに出来ないものなのだが。


「それで、ムータ男爵。何で俺がファンライル伯爵の領地に行くのが駄目なんだよ。別にそれくらいは問題ないだろ? 何も、俺が怪我をしたらその責任を取れとか、そんな無茶は言うつもりはないんだし」


 不満そうに言うブルーイットに、アズエルは呆れの溜息を吐くのだった。

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