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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1829/3865

1829話

虹の軍勢も更新しています。

 黒狼の話を聞いた翌日……つまり、今年最後の日をレイはケレベル公爵邸の者達と迎えていた。

 レイがアネシスにやってきてからの食事は、大抵がエレーナやその家族達と食べていたのだが……年末の今日に限っては、ケレベル公爵邸で働いている中でも、参加出来る者全員が大広間で食事を楽しんでいた。


「いや、正直驚いた。てっきり、貴族は使用人達と一緒に食事はしないと言うのかと思ってたからな」

「ふふっ、そうですね。普段はいつもそうですよ。ただ、年末の今日だけは、旦那様が今年も一年無事にすごすことが出来たと、慰労の為にこのようなパーティーを開いてくれるんです」


 レイの言葉に、側にいたミランダが嬉しそうに笑みを浮かべながらそう告げる。


(慰労、か。忘年会みたいなものか? こうして見た感じでは、そこまで間違ってないようにも思えるし)


 周囲を見ながらそんな風に考えるレイだったが、パーティーに参加している者達は、皆が普段とは違ってかなり騒がしく話している。


「この屋敷って、こんなに人がいたんだな」

「それはそうですよ。この屋敷をきちんと手入れし、ケレベル公爵邸として相応しい場所として維持していくには、これだけの人数は必要です」


 そう告げるミランダだったが、百人を超える使用人がいても、今こうして屋敷を無事に維持出来ているのは、あくまでもこのケレベル公爵邸で働いている者達がベテランばかりだからだ。

 もし働いている者達の技量が低ければ、この数倍はいないと仕事をきちんと回すようなことは出来ないだろう。

 レイはその辺りの事情には全く気がついた様子がなかったが、ともあれ折角のパーティーなのだからと、近くにあった料理に手を伸ばす。

 忘年会の如きパーティーだけあって、この集まりはそこまで堅苦しいものではない。

 幾つも存在するテーブルの上には、ゲオルギマを始めとする料理人達が作った料理が色々と並んでおり、多くの者がそれに舌鼓を打つ。

 立食パーティーの形を取っているだけに、皆も気軽に友人達と話しては笑いあっている。

 これが使用人達の慰労の為のパーティーということで、リベルテやアルカディア、エレーナといったケレベル公爵一家もこのパーティーには参加しているが、やはり立場というものがあるのか、使用人達と一緒に騒ぐような真似はしていない。

 使用人達は立食パーティーなのだが、リベルテ達だけは離れた場所でテーブルに座って優雅に食事を楽しんでいる。

 いつもと違うところは、そのテーブルで使用人の中でも高い地位にいるのだろう者達と一緒に食事をしていることか。

 どこかかしこまった様子で、それでいながら非常に嬉しそうに食事をしている様子を見ていたレイだったが、ミランダはそんなレイに笑みを向ける。


「この一年で最も頑張ったと旦那様に判断された方は、ああして一緒に食事を出来るんです。……それだけに、競争率は高いんですけど」


 ミランダの説明に、レイは納得するのと同様に自分は特に何かをした訳ではないにも関わらず、毎日のように一緒のテーブルで食事をしているということに微妙な気分を抱く。

 もっとも、リベルテにしてみれば娘の恋人に等しい存在なのだから、共に食事を取ろうと考えるのは当然だった。

 ……レイが異名持ちの冒険者ではなく、その辺に幾らでもいるような無名の冒険者であれば、話は別だっただろうが。

 良くも悪くも、レイはここ数年で大きく名前を売った。

 それによって、今ではダスカーの懐刀といった風に見ている者は多い。

 レイ本人は全くそんなつもりはないのだが、実際にダスカーから様々な依頼を受けている以上、そう見られても仕方がないと思っているし、貴族からの無意味なちょっかいが減るのならそれもいいかという思いもあり、特に否定はしていないが。


「ふーん。俺にはちょっと分からない感覚だけど、こうして見る限りではケレベル公爵と一緒に食事をしている相手が喜んでいるのは間違いないな」


 正確には喜んでいるというより、誇りに思っているという表現の方が正しいのだろう。

 レイにしてみれば、言葉にした通りあまり理解出来ない感覚ではあったが、それでも喜んでいる相手が興醒めするようなことをわざわざ言う必要がないだろうと考え、それ以上はこの件に何か言うのを止める。

 ミランダもまた、有能なメイドとしてレイがどのようなことを考えているのかは大体理解し、これ以上この件についての話題は避けた方がいいだろうと、セトについての話になる。

 そうなれば、レイもまた特に口を噤む必要はないので、セトについての話を面白おかしく話す。


「ふふっ、それは本当ですか?」

「ああ。セトを可愛がる……愛でる相手はかなりいるんだけど、そのミレイヌやヨハンナは格別でな。特にミレイヌは、セトに関わるまでは腕利きで美人で出来る女冒険者って風に思われてたんだけど……今ではそこに、セト好きというのがついている」


 とはいえ、それは決して悪いことだけではない。

 元々ミレイヌは外見だけならクールビューティーと呼んでも決して間違いではない相手だ。

 それだけに、近寄りがたいと思っていた者も多かったのだが……セトとのやり取りが知られるにつれ、その辺りについては周囲の見る目が変わっていった。

 話し掛けやすい相手だと認識されたのだ。

 もっとも、中にはそんなミレイヌを侮るような態度を取るような者もいたが、例えセト好きであっても、ミレイヌの腕が落ちた訳ではない。

 結果として、馬鹿な真似をした者達は、後悔することになる。


「何となく私とも気が合いそうな人ですね」

「だろうな。セト好きって点で、ミレイヌも友好的に接してくれると思う。……ヨハンナを相手にした時は別だけど」


 そうして話をしていたレイとミランダだったが、そんな中でレイは一人の人物が自分達に近づいてくるのに気がつく。

 もっとも、それは見知らぬ人物という訳ではない。

 ケレベル公爵騎士団の中では、恐らく最も仲の良いレオダニスだったのだから。

 だが、そのレオダニスは、現在これでもかと言わんばかりに不満そうな視線をレイに向けている。

 何故そのような視線を向けられるのか分からないレイとしては、様子を見る為に取りあえず声を掛けることにした。


「どうした、レオダニス。俺に何か用か?」

「……いや、違う。ちょっとミランダと話そうと思っただけだ。そうしたら、レイがミランダと一緒にいたからな」

「あー……なるほど」


 そんなレオダニスの態度を見れば、レイも何故レオダニスが不機嫌なのかを理解する。

 レオダニスにとって、ミランダは好意を寄せている相手だ。

 その好意が友人間のものではなく、男女間の好意であるというのも、レイは理解している。


(嫉妬か)


 そう、レオダニスはミランダがレイと楽しそうに話しているのを見て、嫉妬を抱いたのだろう。

 その辺りの感情に疎いレイであっても、レオダニスが何を思っているかくらいは理解出来る。

 そして、レイはミランダに顔を向け、口を開く。


「俺はもういいから、レオダニスと一緒にパーティーを回ってくるといい」

「いいんですか?」


 ミランダの仕事は、あくまでもレイの担当だ。

 もしレイがいない時に何か妙なことになったりしたら、それは色々と不味いことになりかねない。

 ただでさえ、ミランダから見てレイという人物は貴族としての常識を身につけているようには思えないのだから。

 とはいえ、レイは別に貴族という訳ではないのだから、その常識を身につけてなくてもおかしくはないのだが。


「ああ。このパーティーで俺に妙な真似をする奴は……多分、いないだろ」


 レイの立場は、ケレベル公爵たるリベルテの客人というものだ。

 そんなレイを相手に馬鹿な真似をしようものなら、それこそ比喩ではなく物理的な意味で首が飛びかねない。

 ケレベル公爵家に仕える者で、そのような真似をする者がいるとは、レイには思えなかった。


(まぁ、黒狼が何かを仕掛けてくる可能性は……いや、いっそのことこっちから誘ってみるか? 黒狼がこっちの誘いに乗るかどうかは分からないが、それでもやらないよりはやった方がいいだろうし)


 ふとした思いつきではあったが、黒狼という不安要素をいつまでも先延ばしにしたくはない。

 ここで片付けることが出来るのであれば、それが最善なのだ。

 そう判断し……レイはミランダに向けて口を開く。


「ほら、俺は大丈夫だからレオダニスと一緒にパーティーを見て回ってこいよ。ゲオルギマ達が色々と手の込んだ料理を作ってくれてるんだから、それを見て回らないって選択肢はないぞ?」

「え? あ、はい。……分かりました。では、お言葉に甘えてそうさせて貰います。行きましょうか、レオダニス」

「ああ。……本当にいいんだな?」

「問題ない。楽しんできてくれ」


 ミランダに促されたレオダニスは、それでも一応念の為といった様子でレイに確認する。

 もしかしたら、レオダニスはレイの考え、もしくは思いつきを何らかの形で察知したのかもしれないが、それはあくまでも意識の外で何かを感じたにすぎず、結局レイの言葉に素直に従う。


「分かった。じゃあ行ってくる」


 レイの態度に若干の疑問を抱きながらも、結局レオダニスはミランダと共にレイの前から立ち去る。

 何度かレオダニスがレイを気にするように後ろを振り向いたりもしたが、それでもやがて好意を抱いている相手と一緒にパーティーを楽しむといった誘惑に抗うことは出来ず、そちらに意識を集中する。

 レイはそんな二人の様子を見て……ふと視線を感じ、そちらを振り向く。

 もっとも、その視線は黒狼のように薄気味の悪い視線ではなく、自分を案じる視線……リベルテやアルカディアと共に食事をしているエレーナのものだったが。

 エレーナが何を心配しているのか、それは当然のようにレイも分かっている。

 そもそも、黒狼についての情報をレイに教えたのはエレーナなのだから、レイの行動を予想してもおかしくはないのだが。

 心配そうな視線を向けてきたエレーナに、自分は大丈夫だと頷いてから、レイはそっとパーティー会場を立ち去るのだった。






「さて、鬼が出るか蛇が出るか。……黒狼なんだから、狼が出るって表現の方が相応しいのか?」


 そんな風に言いつつ、レイはパーティー会場から少し離れた場所にあるベランダで夜空を見上げる。

 建物の中からは、微かにパーティー会場から聞こえてくる歓声や、何がどうなったのか悲鳴のような声すら聞こえてきた。

 とはいえ、その悲鳴も本格的な悲鳴という訳ではなく、どこか面白がっているような悲鳴なので、レイも特に助けに行くような必要性は感じなかった。

 冬の夜にベランダに出ているのだから、本来なら身の凍えるような寒さを感じてもおかしくはない。

 だが、レイの場合は簡易エアコンの機能があるドラゴンローブを着ているので、そのような心配はする必要がない。

 冬の澄んだ空気の中で、普段よりも綺麗に見える星空にじっと視線を向ける……そんな行為をしながら、レイは黒狼が姿を現すのを待つ。

 もしレイがエレーナから聞いた黒狼の実力が事実であれば、それこそ今のような状況であっても、この場に姿を現しても不思議はない。

 だからこそ、こうやって黒狼が姿を現すのを待っているのだ。


「とはいえ、年末だ。黒狼も新年の準備で忙しいのかもしれないな。……くくっ」


 自分で口に出しながらも、レイは笑いを我慢出来ずに笑ってしまう。

 レイが以前見た、黒狼と思える人物……その人物が日常生活をしているところを全く想像出来なかったからだ。

 ましてや、年末の準備をするなどといった真似をしている光景は、日常生活以上に想像出来ない。


(年越し蕎麦とか作って……いや、そもそも蕎麦がないし、そういう風習もないのか)


 レイが知っている限りでは、このエルジィンという世界で年越し蕎麦のように、年越しに食べるような料理はない。

 正確にはあるのかもしれないので、レイが知っている限り……ギルムやアネシスといった場所では、そのような料理はないと表現すべきか。

 その代わりに、このような年越しのパーティーが開かれるのは珍しくもないのだが。


(年越しのパーティーがあって、新年のパーティーがある。……色々と大変そうだな。特に、パーティーの料理を作るゲオルギマ達なんかは、ラーメンの研究をしているような余裕なんてないだろうに)


 そんな風に思った時だった。レイが、以前感じたのと同じ視線……感情を感じさせない、観察するような視線を感じたのは。


「……来たか。出てこいよ」


 呟くレイの声が聞こえたのか、不意にベランダの屋根の上に気配が出現するのだった。

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