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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1828/3865

1828話

 周囲に鳴り響く音楽は、そこまで豪華なものではないが、それでも間違いなく素人のレベルを超越していた。

 そんな音楽の鳴り響く中、レイはエレーナと共に踊り続け……やがて、その音楽が終わる。

 レイがエレーナから踊りを習い始めてから、まだ数日。それだけの時間しか経っていないにも関わらず、レイは持ち前の運動神経で既に熟練者と呼ぶに相応しいだけの踊りの技術を習得していた。

 ……もっとも、レイが覚えたのはあくまでも踊りだけであって、それ以外のパーティーにおけるマナーの類については、最低限しか覚えていなかったが。

 もしレイが貴族であれば、そんな行為に怒られもしただろう。

 だが、レイはあくまでも冒険者でしかなく、そこまでマナーの類を細かく見られることはない。

 とはいえ、あまりに酷ければ貴族達に馬鹿にされるのだが。


「うむ。踊りに関しては、私からはもう何も言うべきことはないな。素晴らしい」


 エレーナが、レイの顔を見て満足そうに笑みを浮かべる。

 レイもまた、そんなエレーナの言葉に頷く。

 何だかんだと、エレーナとのダンスの練習はレイにとっても楽しかった。


「パーティーが明後日となると、合格を貰ったのがギリギリだったけどな」

「ふふっ、私と踊るのだからそちらは完璧にしておかないとな」


 嬉しそうに笑うエレーナだったが、やがて少しだけすまなさそうに口を開く。


「結局、レイを面倒に巻き込んでしまったな」

「あの男のことか」


 エレーナの言葉にレイが思い出したのは、模擬戦の時に起きた騒動で姿を現した男。

 結局あの騒動から、あの男は何も行動を起こしてはいない。

 今はまだ行動を起こすつもりはないのか、もしくは何か別の理由があるのか。

 その辺の事情はレイにも分からなかったが、動きを見せないというのは不気味なところがあった。


「うむ。一応ケレベル公爵家の情報網を使って動いてはいるのだが……」


 情報は集まっていないと、そう告げるエレーナに、レイは気にするなと首を横に振る。


「情報を集めている者達にとって、今の状況はかなり忙しいんだろ。なら、手が回らなくてもしょうがない」


 貴族派の貴族が次々と集まってきているアネシスは、当然のように何かをしでかそうと思うような者達にとっては絶好の場所だ。

 であれば、そちらを重要視するのは当然だった。

 このような状況で大きな騒動が起きれば、それはケレベル公爵にとって面子を潰される形となる。

 だからこそ、ケレベル公爵に仕える裏の存在……ギルムでいう草原の狼のような者達はかなりの忙しさで動き回っていた。

 そのような事情を知っているからこそ、レイはエレーナを責めない。

 ……また、レイが見た男の不気味さを考えれば、下手に諜報員達が男と接触するようなことになれば、命を落とすといったことになりかねない。

 そのような不気味さを持つ男だったのだから、今の状況は決して悪いものではないというのが、レイの考えだった。

 レイの言葉に、エレーナは少しだけ気を取り直す。


「レイにそう言って貰えると、こちらとしても助かるよ。……とはいえ、実際に情報を集めようとしても一切の情報がないということで、恐らく……という情報はある」

「情報を集めようとしても集められないからこその情報?」


 エレーナの言っている意味が分からず、疑問を抱くレイ。

 だが、そんなレイに対し、エレーナは何かを言い掛けようとして……ふと、その動きを止める。

 エレーナの視線が向けられたのは、少し前までレイとエレーナのダンスの音楽を演奏していた者達だ。

 ケレベル公爵家お抱えの演奏家達だが、だからといってこれから話す内容を迂闊に話すような真似も出来ない。


「少し場所を移そうか。ここで話をするよりも、そちらの方がいいからな」

「エレーナがそう言うのなら、俺は別に構わないけど」


 エレーナの言葉に特に異論がなかったレイは、そのままエレーナの誘いに乗って部屋を移動する。

 演奏家達は特に何も言わずにレイ達を見送るも……二人の姿が消えると、小さく言葉を交わす。


「なあ、あの二人って……やっぱりそういう関係なんだと思うか? 正直なところ、ダンスを踊っている光景を見た限りでは、間違いなくそんな風に見えたんだけど」

「そうよね、私もそうだと思うわ。けど……エレーナ様って公爵令嬢でしょ? それだと身分違いの恋になるんじゃない? きゃーっ!」

「つってもなぁ。あっちの男は、この前の祭りで模擬戦をやって全勝したレイだぞ? 結局別れると思うけどな」


 演奏家の一人がそう言う。

 レイに若干ながらも敵意を抱いているのは、自分が口にした模擬戦の賭けで負けたからだろう。

 大金を賭けていた訳ではないが、それでも損をするのが面白くないのは当然だった。

 もっとも、他の者達もそれを知ってるので、男に向ける視線は冷たい。

 特にレイとエレーナの恋愛関係を想像――もしくは妄想――していた女は、外の気温よりも低い温度の視線を男に向けている。

 そんな周囲に視線を向けられた男は、色々と言いたいことはあったが……結局それ以上は何も言わず、視線を逸らすのだった。






 演奏家達がレイとエレーナの関係について話している頃、その二人は先程ダンスの練習をしていた部屋から少し離れた場所にある部屋にいた。

 万が一、億が一にも、これからの話を演奏家達に……そして第三者に知られる訳にはいかなかった為だ。

 そのまま、お互いに特に何を喋るではなく、それこそつい先程までのダンスの時に流れていた空気が嘘のような沈黙が部屋の中を満たす。

 エレーナは数秒どう話すか迷った様子だったが、やがて意を決したかのように口を開く。


「実は、数年前からアネシスでは一人の暗殺者が活動している。その男……いや、女かもしれんが、ともかくその暗殺者がどこからやって来たのかは、全く分かっていない。もしかしたら、どこからかやって来た訳でもなく、アネシスの出身という可能性すらある」

「……それが、俺が見た奴だと? だとすれば、女ではないのは確実だな。いやまぁ、無理に体型を調節している可能性もあるから、一概には言えないけけどな」


 そう言いつつも、レイは自分が見た相手は間違いなく男だと確信していた。

 特に何か決定的な証拠がある訳ではないのだが、そう思えたのだ。


「ああ。もしレイが見た相手が、その暗殺者……黒狼であればの話だがな」

「黒狼。それがあいつの名前か」


 レイが見た相手が、黒狼とは限らないのだが、レイはそう言い切る。

 そんなレイの様子に、エレーナもこれ以上は言っても無駄だと理解したのだろう。レイが見た相手に関しては何も言わず、説明を続ける。


「現在のところ分かっているのは、強いということだけだ。少なくても、今のところ黒狼と戦って生き延びたという者は……数人しかいない」

「いや、数人でもいたら、黒狼ってのがどんな奴なのかは分かるんじゃないか? それこそ、例えば外見とか」

「暗殺者だぞ? 生憎と顔を露わにはしていないらしいし、言葉も交わしてないから男か女かも分からない」

「あー……なるほど」


 そう言われれば、レイも納得する。

 暗殺者が顔を露わにしていれば、それだけ情報が広まりやすくなるのだから。

 普通なら、そのような真似をする筈ない。


(俺が見たあいつは、とてもじゃないけど普通とは言えないような奴だったけどな)


 あの感情の存在しないかのような観察する視線と、得体の知れない雰囲気。

 とてもではないが、普通と呼ぶことは出来ないような相手だった。


「けど、それでも俺は、俺が会ったあの男がその黒狼って奴だと思う」


 何かの証拠がある訳でもないが、レイはそう言い切る。

 エレーナも、レイの勘は当てになると理解しているのか、その言葉に異を唱えることはない。

 もっとも、それはレイの言葉を完全に信じているから……という訳ではなく、実際にレイが会った人物が黒狼であると認識した方が色々と動きやすいからというのもあるのだが。

 何をするにしても、敵の正体が不明なままでは色々とやりにくいのだ。

 であれば、それが間違いなく強敵であっても、黒狼であると仮定しておいた方がいい。

 何より、下手に過小評価するよりは、過大評価の方がいざという時に行動を鈍らせないと知っているのも大きい。


「レイがそう言うのであれば、そう認識した方がいいのだろう。実際、その相手を見たのはレイだけ……いや、レイとセトだけである以上、頼りになる感覚はレイのものだけだしな。だが、気をつけろ。もし本当にレイが見たのが黒狼であるのなら……」

「分かっている。とはいえ、黒狼ってのは暗殺者なんだろ? 正面から戦えば、負けるつもりはないけどな」


 そう言うレイだったが、相手が暗殺者という時点で正面から戦うというのは基本的には有り得ない。

 暗殺者というのは、日常生活を送っている相手の隙を突いてことをなす者達なのだから。


「暗殺者とまともに戦うという考えは捨てた方がいい。あの連中は非常に厄介だからな」

「……経験済みっぽい言い方だな」

「うむ。こう見えて、私は今まで何度も暗殺者を返り討ちにしている」


 少しだけ自信に満ちた表情で告げるエレーナだったが、普通なら暗殺者に狙われたことがあるというのは、到底自慢出来ることではない。


(もっとも、姫将軍と呼ばれているエレーナだ。どこかの誰かにとっては、邪魔になる相手だったりしただろうな)


 そんなレイの考えを読んだかのように、エレーナは言葉を続ける。


「ともあれ、私は今まで何人かの暗殺者に狙われたことがあるが、正面から攻撃を仕掛けてくるといったものをする相手はいなかったな」

「具体的にはどういう手段が多かった?」

「食事に毒を入れようとしたり、水浴びをしている時に襲いかかってきた者もいれば、就寝中を襲ってきた相手もいるな。少し変わったところでは、兵士として戦争に参加し、私の不意を突いて毒針を飛ばそうとした者もいる」

「……うわぁ、って言葉しか思いつかないな。俺が思っていたよりも、随分と暗殺者に襲われているんだな」


 暗殺者に襲われたと言われても、そこまでとは思わなかったレイは、心の底から嫌そうな表情を浮かべる。

 だが、そんなレイの様子とは裏腹に、エレーナは特に気にした風もなく頷きを返す。


「私の立場上、それは仕方がない。それに以前ならともかく、今の私はその辺の暗殺者がどうこうするようなことは出来ないからな」


 エレーナの言葉には強い説得力があり、納得せざるを得ない。

 エンシェントドラゴンの魔石を継承した今のエレーナは、言ってしまえばただの人間ではなく、人間以上の存在になったのと等しいのだから。

 それこそ、一流と呼ばれている暗殺者であっても実力不足と言ってもいい。

 一流を超えた一流……超一流とでも呼ぶべき者達であれば、エレーナともまともにやり合えるだろうが、そのような暗殺者は当然のように少ない。

 ……そんな中で、黒狼と呼ばれる暗殺者がその超一流と呼ぶべき実力を持っているのは、一種の皮肉のようにもエレーナには感じられた。


「俺の場合は、そういう細かいところにはあまり気が利かないけど……セトが一緒にいれば、大抵はどうにかなりそうな感じがするな」

「セトがいれば、その辺は心配しなくてもいいのは、間違いないな」


 エレーナも、セトと一緒にすごした時間はそれなりに長い。

 それだけに、セトがどれだけ頼りになるのかというのは、それこそ心の底から理解していた。


「とはいえ、野営をしている時であればまだしも、街中ではセトと一緒にいる訳にもいかないだろう? それこそ、宿屋ではセトは厩舎にいるしな」

「セトなら、厩舎からでも俺の危機を察知とかしそうだけどな」


 何気なく呟かれたレイの言葉だったが、レイとセトの繋がりを知っているエレーナにしてみれば、冗談だとは思えない。

 実際に、レイとセトは魔獣術で繋がっている。

 もしどちらかが危機に陥った場合、お互いがそれを感じてもおかしくはないのだ。


「それでもだ。レイに何かあれば、私だけではない。マリーナやヴィヘラも悲しむのだぞ」

「……分かってる。俺だって、そう簡単に殺されたりはしないさ。それに、俺を狙ってるのは黒狼なんだろ? なら、恐らく真っ正面から攻撃をしてくると思うんだが」


 色々と暗殺者について聞かされたレイだったが、あの資材置き場で遭遇した黒狼と思しき相手のことを考えれば、恐らく戦う時は真っ正面からの戦いになるのだろうという予想があった。

 何の根拠もない予想ではあったが、恐らく間違いないだろうとレイは思っている。

 そして、実際に正面からの戦いになってしまえば、間違いなく自分は負けないという自信もあった。

 事実、レイはそう言っても問題のないだけの結果を見せてきたので、エレーナもそのことだけは認めざるを得ない。

 もっとも、だからといって黒狼に狙われている可能性の高いレイを心配するなというのは無理だったのだが。


「それにしても、その黒狼とやらが俺を狙ってるってことは、誰かがその黒狼に接触したってことだよな? なのに、ケレベル公爵家の者達ではそういう連中に接触出来ないのか?」

「残念ながらな。それも黒狼の力なのか何なのか、探りを入れようとして黒狼と接触しようとした者は最終的に誰も接触出来なかった。……殺されなかったのは、せめてもの救いといったところか」

 

 ケレベル公爵家に仕えている者が死なないですんだという喜びと、相手にもされていないという悔しさに、エレーナは複雑な表情を浮かべるのだった。

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