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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1820/3865

1820話

 俺を見ている奴がいる。

 そう言ったレイの言葉に、ブルーイットは視線を鋭くして周囲を見回す。

 ……普段はそこまで厳しい表情を浮かべることがないブルーイットだったが、今の表情は敵対すべき相手に向ける、鋭い視線だ。

 それこそ、今のブルーイットを見れば、子供は泣き出すのではないかと思える程に。

 だが、ブルーイットがそんな表情になるのも、仕方がないだろう。

 元々自分の力には自信のあったブルーイットだったが、レイに言われるまで自分が見られているということに全く気が付かなかったのだから。

 もし今の状況で自分がその視線の主に襲われていたら、対応出来なかった可能性が高い。

 だからこそ、周囲を見るブルーイットの視線は鋭くなったのだ。


「安心しろ。この視線は模擬戦の前にも感じた奴だ。つまり、この視線の主はお前じゃなくて俺に興味を持っているんだろう」


 そう言いながらも、相変わらず敵意の類を全く感じさせない不気味な視線にレイは微かに眉を顰める。

 これで殺気なりなんなりを感じさせる視線であれば、レイもそういう敵なのだろうと理解は出来る。

 だが、現在向けられている視線は、その手の感情が何も存在しない。

 それこそ、ただ視線を向けられているだけといった、そんな感じだ。


「……大丈夫なのか?」


 自分と敵対する相手ではないと知らされ、若干の安堵をしたブルーイットだったが、その視線がレイに向けられていると知れば、そう簡単に喜ぶようなことは出来ない。

 レイが自分よりも強いというのは知っているが、だからといって自分では視線に気が付かない相手をどうにか出来るのかと言われれば、分からない為だ。


(俺に気が付かない視線にレイもセトも気が付いたんだから、最悪でも互角……ってことになるのかもしれないがな)


 ブルーイットも自分の強さには相応の自信がある。

 それこそ、貴族として戦場の最前線で戦うことにより、多くの戦いを潜り抜けてきたし、レイと出会った時のように街中で喧嘩をすることも珍しくない。

 冒険者になったばかりの男よりは確実に強いし、ベテラン冒険者を相手にしても勝てる見込みはあり、一流と呼ばれている冒険者と戦ってもそう簡単に負けることはないと、そう思っていた。

 そんな自分が気が付かなかった視線ともなれば、その視線を向けてきた相手は間違いなく自分よりも強いのだ。


「取りあえず大丈夫だとは思いたいな。具体的にどんな奴があの視線の主なのかは分からないけど、俺だってどんな相手でもそう簡単に負けるつもりはないし」


 気楽に言うレイだったが、実際もし本当にどうしようもない相手だった場合、最悪セトに乗って逃げ出すという選択肢も存在する。

 もしくは、セトに乗って上空から一方的に攻撃するという方法もあるだろう。


(俺とセトが一緒にいれば、この視線の主だろうがなんだろうが、負けるといったことはまずないだろ)


 そんな風に思いつつ、レイは残っていたスープの味を楽しむ。


「グルゥ!」


 レイとは違い、セトは既にスープを食べ終わっており、お代わりと要求するだけの余裕があった。

 もっとも、レイはそんなセトの要求を理解しつつも、お代わりはさせなかったが。


「これから他の屋台も回るんだから、その辺にしておけ。腹一杯……には、ならないだろうけど」


 レイもかなり食べる方だったが、元々の身体の大きさが違うセトは、当然レイ以上によく食べる。

 少なくても、腹一杯になってこれ以上食べられないといったことには、まずならない。

 レイもそれは理解していたが、このままスープの屋台の前に自分達が長いこといると、周囲からの視線がもの凄いことになりそうだった。


「グルゥ……」


 レイの言葉に残念そうに喉を鳴らすセト。

 丁度そのタイミングでブルーイットもスープを食べ終わる。


「さて、どうする? 次はどの屋台に行くかだが」


 ブルーイットの口から出たのは、レイにとっても予想外の言葉だった。

 てっきり、ここで自分と別行動をするのではないかと、そう思っていたからだ。


「いいのか? あの視線の主にお前も目を付けられる可能性があるけど」

「ああ、構わん。どのみちレイと一緒にいるところは既に見られている筈だ。そうである以上、ここでレイと離れて行動した方が危ないだろう」

「それは、否定出来ないな」


 ブルーイットの言葉に頷きつつも、恐らくあの視線の主はブルーイットを襲うような真似はしないだろうというのがレイの予想だった。


(もし狙うのだとすれば、俺を誘い出すための人質としてか? いや、けど俺を狙ってるのは恐らくガイスカの筈だ。そうなれば、貴族を襲うような真似は……しそうだな)


 スカーレイ伯爵家の三女たるアーラに対してすら、見下したような視線を向け、言葉を発していたのだから。

 とはいえ、今回狙ってるのはガイスカではなく、ガイスカの部下……もしくはガイスカの雇った相手だろう。

 であれば、関係のないブルーイットが狙われる可能性は少ないと、そうレイは判断した。

 だからこそ、このまま自分と一緒に行動すれば、視線の主の行動に巻き込んでしまうのではないかと懸念する。


「ほら、行くぞレイ。それにセトも。向こうの屋台から香ばしい匂いがしてくるから、次はあの屋台だ!」


 ブルーイットはそう言いながら、レイを引っ張って食欲を刺激する香りが漂ってくる屋台に向かって歩き出す。

 そんなブルーイットに何かを言おうとしたレイだったが、笑みを浮かべている顔を見て、何となく何か言うのが馬鹿らしくなる。


「分かった。分かったから、ちょっと待て。まずはスープの食器を返す必要があるだろ」


 スープの値段の差額くらいなら、それこそ無視してもいいだけの金額をレイは持っている。

 特にミランダから受け取った金額を考えれば、それこそ屋台で売っているスープの鍋を中身ごと買っても問題ないだけの金額はある。

 スープを楽しみにしている者も多いので、そのような真似をするつもりはなかったが。

 早く次の屋台に向かいたいというブルーイットを抑えつつ、食器分の金額を返して貰い、別の屋台に向かう。

 ブルーイットの側では、セトまでもが一緒に早く次の屋台に行こうと喉を鳴らしていた。

 そうして一人と一匹に引っ張られるようにしながら、レイは次の屋台に向かう。

 香ばしく食欲を刺激する匂いに、レイの興味も向けられる。


(魚? 珍しいな)


 屋台に用意されているのは、レイも見たことのない魚。

 若干鯉に似ているような気もしたが、細かいところは色々と違う。

 屋台の店主は、その魚を綺麗に包丁で捌いては何かの植物の葉に調味料と共に包み、そのまま炭火の上で焼く。

 たったそれだけの調理法ではあったのだが、周囲には食欲を刺激する香りが漂う。


(何だろうな。具体的にどういう匂いってのは表現出来ないけど、それでもこの匂いを嗅いでるだけで腹が減ってくるのは間違いない)


 だが、そんな食欲を刺激する香りにも関わらず、屋台に並んでいる客の数は少ない。

 いない訳ではないのだが、先程のスープの屋台に比べると、明らかにその行列は少なかった。


「あんなに美味そうなのに、何で客の数が少ないんだ?」

「ん? ああ、レイは知らないのか。あの魚はジョルフって魚で、結構な高級魚なんだよ。その身を包んでいる葉も、この季節に採るのは大変な香草の葉だしな。それを使ってるんだから、どうしても一個辺りの値段は高くなる訳だ」

「ジョルフ……聞いたことがない魚だな」

「まぁ、だろうな。住んでいる場所がそこまで多くないって話だし、春と夏の間は冬眠……って言い方は変だが、とにかくそんな感じで基本的に秋と冬しか動かない、妙な魚なんだよ」

「……それは普通に変な魚だな」


 レイが知ってる限りでは、魚というのは春や夏に活発になるものが多い。

 いや、秋や冬が旬の魚も多いので、一概にはそう言えないのだが。

 特にレイが好きなハタハタを始めとした魚は、まさに冬が旬と呼ぶに相応しい。

 だが……そのような魚であっても、春や夏に冬眠するようなことはない。

 少なくても、レイが知ってる限りでそのような魚はいない筈だった。

 ましてや、見た目は鯉に近い姿をしているだけに、余計に違和感を抱く。


「だろ? だから、獲れる量も少ない。綺麗で、それなりに深い川じゃないといないしな。そんな訳で、肉とかに比べると高いんだよ。……もっとも、それでもこうして並んでいるのを見れば分かる通り、買えないって値段じゃないけど」


 その言葉に興味を惹かれ、レイはセトと共に行列の最後尾に並ぶ。

 当然のようにそこでもレイとセトは目立つ。

 特にレイの前に並んでいた二人の男女は、後ろにセトが……グリフォンがいるということで、かなり怖がってすらいる。

 一瞬そんな相手に何かを言おうとかと思ったレイだったが、ここでレイが何を言ってもすぐに緊張しなくなる訳ではないし、なにより目の前の男女とはこの行列に並んでいるだけの付き合いだ。

 そうである以上、ここで何かを言って余計に緊張させるよりも、今は大人しくしておいた方がいいだろうと判断し、そのままレイはブルーイットとの話を続ける。


「それで、レイがこうしてここにいるってことは、やっぱり新年のパーティーにも出席するんだよな?」

「そうだな。その為にわざわざサイズを測って服を作ったんだし。……パーティーに参加すれば、間違いなく騒動が起きると思うんだけどな」


 ガイスカの件もあるが、問題なのはそれだけではない。

 貴族派の中には、自分のことを気にくわない貴族が他にも多くいるというのもレイは容易に想像出来る。


「言っておくが、レイを目障りに思ってるのは貴族派だけじゃねえぞ」

「何?」

「考えてみろ。中立派のレイが貴族派と仲良くしているのを見て、面白くないと思うのは誰だ?」

「……国王派、か?」

「そうだな。それに、他にも三大派閥以外の貴族もいる」


 そう言われたレイは、意外そうな表情を浮かべる。

 今まで会ってきた貴族は、その全てが三大派閥の貴族だった。

 もしくはそれ以外の貴族もいたのかもしれないが、レイはそう認識していない。

 

「そう言われてみれば、そうなんだよな。別に三大派閥に所属している貴族以外にも、貴族はいるのか」

「当然だろ。……っと、それよりほら。俺達の番だぞ」


 貴族について話している間にも列は進み、やがてレイ達の番になる。

 ブルーイットが言っていた通り、他の屋台に比べれば少し高めの料金を要求されたレイだったが、取りあえず金は賭けで勝った分が大量にあるので、三十個程纏めて購入した。

 買い占めるといった真似をしなかったのは、レイ達の後ろにもまだ列があった為だ。

 ここで自分が買い占めるような真似をした場合、恐らく……いや、ほぼ間違いなく列に並んでいる者達が不満に思うといったことが予想出来たからだろう。

 そうして多めに購入した後でその場から離れる。

 スープの屋台とは違い、ここでは食器を返すといった真似をする必要はない。

 なので、レイ達は屋台から少し離れた場所で、料理を堪能することにする。

 もっとも、セトやブルーイットといった、どうやっても目立つ存在がいる以上は多少離れても人々の視線から逃れるような真似は出来ないだろうが。

 それでも若干ではあっても視線の数が減ったことに安堵しながら、レイはセトに料理を与えてから、自分も早速手に持っていた料理を口に運ぶ。

 まず最初に口の中に広がったのは、青紫蘇に似た清涼感のある香りが口の中に広がる。

 次にジョルフの柔らかく脂ののった白身の味がレイの舌を楽しませた。

 ジョルフの身の味を十分に楽しませる為だろう。青紫蘇のような香草にジョルフと一緒に入れられている調味料は、そこまで強い自己主張をしていない。

 ジョルフの味を引き立たせる料理を味わいつつ、レイは一口で食べ終わったセトにお代わりとしてもう数個渡し……その料理を堪能する。


「ジョルフってのは、川の魚なんだろ? それでこんなに脂がのっていて、その上泥臭くないってのは……凄いな」

「ああ。多分、しっかりと泥抜きをしたんだろうな。……何でそんなに驚いてるんだよ」


 泥抜きとブルーイットが言った瞬間に、レイから驚きの視線を向けられたことが意外だったのか、若干不満そうにレイに視線を返す。


「いや、仮にも貴族のブルーイットが、泥抜きとかそういうのを知ってるとは思わなかったからな」


 レイの場合は、日本に住んでいた時に川や沼で自分が魚を獲ることもあったし、父親が獲ったり、もしくは知り合いが獲ったのを分けてくれるということがあった。

 だからこそ、泥抜きという行為を知っていたのだが……まさか、貴族のブルーイットがそんな行為を知っているというのは驚きだったのだろう。

 若干話を誤魔化しながらもそう告げるレイに、ブルーイットは得意げな笑みを浮かべる。


「俺は日頃から街中に出てるからな。そのくらいの常識は当然知ってるんだよ」

「……貴族の次期当主がやるべきことじゃないと思うんだが」


 そう言いながらも、レイは笑みを浮かべつつ、セトやブルーイットと共にジョルフの料理を味わうのだった。

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