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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1816/3865

1816話

 真っ直ぐに突き出される、黄昏の槍。

 エグソリスはその一撃を魔剣で受け流しつつ、前に進む。

 受け流しながら間合いを詰めるというのは、それ程難しい技術ではない。

 だが、それはあくまでも普通の敵を相手にしての話だ。

 レイの突き出す黄昏の槍の一撃は、それこそ空気どころか空間そのものを貫くかのような鋭さを持つ。

 それをすぐ間近で感じるというのは、それこそ普通なら到底無理な出来事だ。

 だが、氷刃の異名を持つエグソリスはそれをやる。

 それも決死の覚悟で……という訳ではなく、普通に出来ることのようにだ。

 そうして黄昏の槍に沿って間合いを詰めるエグソリスだったが、次の瞬間には自分の左側から聞こえてきた風切り音を聞き取り、レイから離れるように跳躍する。

 一瞬前までエグソリスの身体があった場所をレイの振るったデスサイズが通りすぎていった。

 だが、次の瞬間には、通りすぎた筈のデスサイズが再びエグゾリスを襲い……エグゾリスは半ば反射的にそれを魔剣で受け止めるも、次の瞬間には吹き飛ばされ……それでも空中で身を捻って舞台に着地する。


「ちっ、何でその大鎌をそんな簡単に動かせるんだよ」


 エグソリスから見れば、その大鎌は明らかにレイが気楽に動かせるような代物ではない。

 実際に柄の部分で殴られそうになったのを魔剣で防いだからこそ、それが分かっていた。

 武器としては信じられない程に、圧倒的な重量。

 その一撃を防ぎはしたエグソリスだったが、それは直撃を防いだというだけで、振るわれたその一撃の威力を完全に防ぎきった訳ではない。

 舞台の中央から端……十m近くも吹き飛ばされたのだ。

 もっともエグソリスだからこそ、その程度でどうにかなったのだが。

 もしこれが今までレイと模擬戦をしてきた者達であれば、間違いなく舞台の外まで吹き飛ばされて負けていただろう。

 それ程の重量を持つ武器を、ああも気軽に取り扱っているのは、エグソリスの目から見ても異常としか言いようがない。

 少なくても、エグソリスは自分があの重量の武器を持って同じように扱えるかと言われれば、断じて否と答えるだろう。

 そんな、理不尽だと言わんばかりの視線を向けられたレイだったが、本人は特に気にした様子もなくデスサイズを片手で振るう。


「そう言われてもな。出来るからこそ出来るとしか言いようがない」


 正確には、レイとセトだけが百kg程もある重量を殆ど感じさせないというデスサイズが持つマジックアイテムとしての能力なのだが……わざわざそれを教えるようなことをするつもりは、レイにはない。

 どのようなマジックアイテムを揃えるのかも、冒険者としての資質の一つなのだから。

 ……もっとも、デスサイズは魔獣術でセトと共に生み出されたという、他に例を見ないような経緯でこの世に現れたマジックアイテムだ。

 エグソリスも、まさかデスサイズがそのようにして誕生したとは思ってもいないだろう。

 ともあれ、エグソリスもレイが本当にどうやってデスサイズのようなマジックアイテムを入手したのかといったことは、教えると思ってはいない。

 今必要なのは、次にどう攻めるのか……そして、レイの攻撃をどうやって回避するのかといったことだ。


「そうかい。なら、この模擬戦が終わった後で、勝利のご褒美に聞かせて貰おうか」

「それは無理だろ。勝利するのは俺なんだから」

「ほう、俺も勝つのは自分だと思ってるんだけどな」

「そう言いたい気持ちは分かるけど……今のところの流れを見る限り、俺の方が有利だと思うけど?」

「今は、そうかもしれないな。けど……勝負ってのは、結局最後まで立っていた方が勝ちなんだ……ぜ!」


 言いながらエグソリスは魔剣の能力によって生み出した氷柱をレイに向かって投擲する。

 射られた矢よりも速い氷柱だったが、レイが振るうデスサイズと黄昏の槍はその速度よりも尚速い。

 次々に氷は破壊されていくが、エグソリスにとってそれは計算のうちだ。

 仮にも……いや、実力的にも十分に異名持ちと呼ぶに相応しい実力を持つレイだけに、この程度の攻撃で効果があるとは到底思えなかった。

 だが、放たれた氷柱によって一瞬でもレイの視界を遮ることが出来れば、それで今回の攻撃は役目を果たす。

 そうして、実際に氷柱に身を隠すようにしながらレイとの間合いを詰め、再び魔力を流して魔剣を起動させる。

 ただし、今度行うのは複数の氷柱を放つといったような分かりやすい攻撃ではない。


(受け止めろ、この一撃。その時、お前は間違いなく驚く筈)


 魔剣の一撃を通して相手の武器に冷気を通し、冷たさを感じさせる。

 本気で攻撃をすれば、斬り裂いた場所から更に氷による攻撃を行うといった真似も出来る――というか、それがエグソリスにとっての常套手段だった――のだが、今回はあくまでも模擬戦だ。

 なので、次善の策として相手を冷たさで驚かせるといった手段を取ることにした。

 とはいえ、その手段もエグソリスにとっては初めて使うといったものではなく、使い慣れた手段だ。

 人間、誰しもいきなり自分の握っている武器が冷たくなれば、一瞬……場合によっては数秒、動きが止まる。

 普段であれば、そのくらいはどうということもないのだが、こうして戦っている時の一瞬というのは非常に大きい。

 それこそ、その一瞬で勝負がついてもおかしくないくらいには。

 だからこそ、相手に致命傷を負わせないで勝つには十分な隙を作ることが出来ると、エグソリスはそう思っていたのだが……


「ぐがぁっ!」


 振るわれた魔剣が、レイの持つ黄昏の槍によって受け止められたと思った次の瞬間には激しい衝撃を受け、気が付けばエグソリスは空中を吹き飛んでいた。

 そのまま吹き飛んでいき……それでも舞台の端に着地することに成功したのは、氷刃の異名を持つエグソリスだからだろう。

 もしこれが普通の冒険者であれば、間違いなく着地出来ずに、そのまま地面に崩れ落ちていた筈だ。

 だが……それでも、エグソリスは舞台の端に着地するのが限界で……次の瞬間には地面に膝を突き、その動きによって身体が微かにではあるが舞台の外に出る。


「そこまで! 勝者レイ!」

「なっ!?」


 一瞬で倒れた状態から立ち上がったエグソリスだったが、そうして体勢を立て直した瞬間に司会の男の声が響き、驚きの声を上げる。

 何故だ。エグソリスはそう叫ぼうとし……だが膝を突いたときの動きで、身体が……正確には膝を突いた方の足が舞台から出ていることに気が付く。

 地面に倒されるのと、舞台から出ると負け。

 そういうルールだったことを思い出し、自分の中にある感情を落ち着かせるように大きく息を吐く。


「俺の負け……か」

「ああ。そして、俺の勝ちだ」

「……いい勝負だったと、そう思ってもいいのか?」


 レイの言葉に、エグソリスは立ち上がりながら尋ねる。

 そんなエグゾリスの様子を見ながら、レイは頷きを返す。


「そうだな。こっちも模擬戦としては十分に楽しめたのは間違いない」

「そうか。……なら、それでよかったと、そう思っておこう」


 レイの言葉に納得してそう告げるエグソリスを見ながら、レイはそれ以上何も言わない。


(強かったのは間違いない。けど……疾風の異名を持つレリューと比べると間違いなく格下だな。もっとも、これは模擬戦だ。実戦ではない以上、向こうも色々と力を隠していてもおかしくはないが)


 レイが思い出したのは、少し前に一緒にダンジョンを攻略した疾風の異名を持つ冒険者、レリュー。

 同じ異名持ちであっても、その実力にはどうしても差がついてしまう。

 そうである以上、レイが少しだけそのことを残念に思っても仕方がなかったのだろう。

 もっとも、本当の実力を発揮していないという意味では、レイもまた同様だったのだが。


「激闘! あまりに激闘でした! 氷刃のエグソリスが放つ氷柱は、いっそ幻惑的とすら言っても構わなかったでしょう! そして放たれた氷柱に……いえ、魔剣の能力に対応したレイも、異名持ちの実力をしっかりと示しています!」


 司会の男の声が周囲に響き、観客達がそれに同意するように頷いていた。

 ……そんな中で嫌そうな表情を浮かべているのは、次にレイと模擬戦をする者達だ。

 レイとエグソリスとの模擬戦がこれだけ派手な戦いだったのだ。

 そうなれば、当然次の模擬戦でも今と同じような派手な戦いを希望するだろう。

 だが、先程の戦いは異名持ちだからこそ出来たことであって、ランクC冒険者の自分達に同じような戦いが出来るとは、到底思えなかった。

 エグソリスよりも前に戦った者達が羨ましいと、心の底から思ってしまう。

 そんな風に思っている冒険者達の横を、模擬戦が終わってレイとの話を終えたエグソリスが通り掛かる。


「お前達が次か。……まぁ、相手は異名持ちだ。修行を付けて貰うようなつもりで戦いを挑めばいい」


 そう言ってくるエグソリスに、冒険者達はあそこまで派手な戦いをしなくても良かったのにという不満を抱くも、それを口に出すことはしない。

 結局のところ、自分達の実力不足が原因で現在のようなことになってしまっているのだから。


「行くぞ」


 冒険者の一人が小さく呟き、他の者達もそれぞれ武器を手にして舞台を進む。

 そうして舞台でレイと向かい合うと……不思議なことに、自分の中にあった焦燥がなくなっているのを感じた。


(もしかして、さっきの氷刃の言葉はこれを見越してのものだったのかもしれないな)


 男が……そして周囲にいる仲間達が感じているのは、レイという異名持ちを前に自分の力を試せるのだということ。

 先程エグソリスが口にしたように、異名持ちから修行を付けて貰うのだと、そう思えてしまう。

 実際、異名持ちを相手に訓練をして貰えるというのは非常に幸運なことで、普通であればそう簡単に行って貰えるようなことではない。

 指名依頼のような真似をすれば話は別だが、そうなればそうなったで、訓練をして貰う為に大量の報酬が必要となる。

 それを考えれば、この依頼は貴族から金を貰って異名持ちと模擬戦を行えるのだから、自分達にとって得しか存在しないのだ。


「次に出て来たのは……おっと、実力には定評のあるランクCパーティー、月光の刃だ! これは期待できそうだぞ!」


 司会の男の言葉を聞きながら、冒険者の男……月光の刃のリーダーをしている男は、内心で少し無理矢理すぎるなと思う。

 自分達も実力は決して低いとは思っていない。

 それは、ランクCパーティーという現状が示している。

 だが……それでも、エグソリスと同様の、もしくはそれ以上の戦いを見せることが出来るかと言われれば、とてもではないが頷くことは出来ない。

 そう思いつつ、それでも異名持ちとの模擬戦を楽しみにしている自分がいることに気が付く。

 先程までとは全く違う気分を抱いている自分に、若干の驚きを抱く。

 自分達がレイに勝てるとは思っていないが、精一杯戦って自分達の実力を十分に発揮してやろうという気分にはなれた。


「では、模擬戦……始め!」


 その言葉と共に月光の刃の者達は行動に出る。

 これまでのレイの対応を見る限り、相手に先手を譲るといった行動をすることが多い。

 侮られているという思いはあるが、お互いの間にある実力差を考えればそれも当然だろうとすぐに納得する。

 寧ろ、レイが模擬戦開始から一気に攻撃をしてくるようなことをすれば、間違いなく自分達は何も出来ずに一方的に蹂躙されることになるだろうという思いがあった。

 同じパーティーを組んで数年が経つだけに、特に指示を出さずともそれぞれが自分のやるべきことを理解している。

 短剣を持つ男とハルバードを持つ男の二人が前に出て、残る二人は後方から弓を引く。

 当然のように射られた矢は、仲間達にぶつからないような軌道を描いている。

 だが……レイはそんな矢をあっさりとデスサイズで斬り落とすと、自分との間合いを詰めてくる敵に対処する。


(弓はともかく、槍と短剣……槍と長剣って組み合わせもあったけど、これが流行ってるのか?)


 そんな風に思いつつ、レイはハルバードの一撃を黄昏の槍で弾き、短剣の一撃は身体を少し動かすことで回避する。

 とはいえ、ハルバードを弾かれた男はともかく、短剣を持っている男の方はあっさりと攻撃を回避されただけなので、次の行動に繋げるのはそう難しい話ではない。

 即座に男は次の行動に繋げ、レイに向かって攻撃をしようとし……


「ぐぼっ!」


 動き出そうとした瞬間、デスサイズの石突きで胴体を殴り飛ばされる。

 返す刃――正確には柄の部分だが――でハルバードを持っている男も同様に殴り飛ばし、その隙を突くかのように射られた二本の矢は黄昏の槍で両方とも叩き落とす。

 ほぼ同時に射られた矢だったのだが、左手で黄昏の槍を持つレイはそれをほぼ同時に対処することに成功し……そのまま弓を武器としている二人との間合いを詰め、デスサイズと黄昏の槍をそれぞれに突きつけて模擬戦は終了するのだった。

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