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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1815/3865

1815話

「ぐはぁっ!」


 レイの振るったデスサイズの一閃――それでも刃ではなく柄の部分だが――により、数人の兵士が纏めて吹き飛ばされる。

 その兵士達も貴族に仕えているということで、相応の力は持っていたのだろうが……それでもレイから見れば、結局のところはこれまで戦ってきた者達とそう大差があるようには思えない。


(そういう意味では、二番目に戦った騎士達が今のところは一番強かったな)


 事実、騎士達との戦いの決着には数分を要し、今まで戦った中では一番強かったのだから。

 最初は実力の弱い順に模擬戦を行うのかとばかり思っていたレイだったが、実際には違った。

 あの騎士達以上の強さを持つ者は、今のところ出て来ないのだから。


(個人で騎士よりも強いってのはいるけど)


 今回雇われたのだろう冒険者の中でも、腕利きと呼ぶに相応しい者は何人かおり、その者達の強さは間違いなく騎士……レレメーラ伯爵家に仕えている騎士より上だった。

 だが、結局はレイから見ても特に問題のない程度の強さしかなく、それこそ質で量を凌駕するといったレベルには達していない。

 また、騎士達と違って普段パーティーを組んでいる仲間と一緒でもなかったらしく、連携に関しても決して上手いとは言えなかった。

 もしそれらの冒険者が騎士と戦えば、一対一なら勝てるが集団での戦闘では騎士達の圧勝。

 そんな強さだったのだ。


「これは、凄い! 文字通りの一蹴! だが、レイのあの小さな身体の、どこに五人の男達を一撃で纏めて吹き飛ばすだけの膂力があるのでしょうか!?」


 司会の男の煽るような言葉に、観客達は歓声を上げる。

 とはいえ、その歓声の中には賭けに負けた者の嘆きの声も混ざっており、必ずしも全員がレイを応援するといった声ではないのだが。

 最初は模擬戦だということで色々と相手にも見せ場のようなものを作る必要があるのでは? と思っていたレイだったが、同じような相手との戦闘を何度も繰り返すことによって、そのような思いも今は大分薄れた。

 デスサイズと黄昏の槍を手にするレイの前に、次の模擬戦の相手が現れ……司会の男の声と共に、レイは自分に向かって駆け出してくる男達に自分から進み出るのだった。






 レイが模擬戦の相手を次々に倒す……蹂躙するといった行為を見ている貴族達には、様々な反応をしている者がいた。

 聞こえてきた噂話が真実だったのかと納得する者や、自分に仕えている兵士や騎士を倒したことに不愉快な思いを抱く者、純粋にレイの強さに喝采を送る者や、レイのような小柄な人物が何故これだけの力を持っているのかといった疑問を抱く者もいる。

 そんな中で満足そうにレイの圧倒的な強さを見ているのは、ケレベル公爵たるリベルテとその娘のエレーナだろう。

 尚、リベルテの妻にしてエレーナの母たるアルカディアの姿は、ここにはない。

 今年も終わるということで、新年のパーティーに参加する為に続々とやって来ている貴族の妻や娘とのお茶会を開いている為だ。

 勿論、深紅の異名を持つレイの強さを見ることが出来るということで、お茶会を放り出してこちらにやってきている者もいるのだが。


「嘘だろ……何だよ今の。いや、今のだけじゃなくて、これまでのも含めて……冒険者ってのは、こんなに強いのか?」

「あら、冒険者全員が強い訳じゃないのは、それこそ彼が証明してくれてるじゃない。今まで倒された模擬戦の相手の中には、結構な数の冒険者が含まれていたでしょ? 冒険者だからといって、その強さは様々なんでしょ」

「くそっ、不甲斐ない。明日からはより厳しい訓練をさせる必要があるな」

「うちもそう思ってますよ。どうです? よければ、今度合同訓練でも。その方が兵士や騎士達にとっても励みになるでしょうし」

「深紅のレイ、か。……ケレベル公爵があのような力を持つ者と友好的な関係にあるのはいいのだが……姫将軍の件といい、少し力が集まりすぎではないか? このままでは、国王派に強く警戒されかねない」

「その懸念も分かる。だが、国王派の中にはランクS冒険者を始めとして、異名持ちの者が多数いるのであろう? であれば、そこまで気にするようなことはないと思うが」

「そう言えば知っていますか? 国王派のモルトレン伯爵が、異名持ちの冒険者を仕官させることに成功したとか」

「何と。それは本当ですか?」

「ええ、うちの情報網に引っ掛かりました。……貴族派が中立派と関係を強化しているということもあって、国王派にも焦りがあるのでしょうな」


 それぞれが近くにいる者達と話をしている中、ガイスカのみは憎悪の籠もった視線でレイを睨み付けている。

 元々レイがどれだけの強さを持っているのかというのを、実際に確認する意味もあってこの模擬戦が行われたのだから、今の展開は全く問題がない。いや、寧ろガイスカにとっては最善の結果ですらあった。

 それでも不愉快な思いを抱いてしまうのは、やはりレイという存在が気にくわないからだろう。

 分かってはいるのだが、それでも憎んでいるレイが他の貴族達に褒められている光景を目にすれば、愉快な思いは抱けない。


(くそっ、黒狼だったか? そいつは本当にここに来て、レイの実力を見定めているんだろうな!)


 決して少なくない……どころか、実家に知られれば間違いなく問題になるだろう金額を、既にガイスカは支払っている。

 勿論全額を支払ったわけではないが、それでも現在のガイスカにとっては限界以上に頑張って捻出した金額だ。

 セイソール侯爵家がアネシスに持っている屋敷……それこそ現在ガイスカが住んでいる屋敷も、仲介役の男に頼んで担保として金額を借りている。

 他にも様々なものを担保としたり、売ったりといった真似をして報酬を用意している。

 もしレイの暗殺が成功した場合、残りの金額も当然支払う必要があるのだが……ガイスカはその辺りは半ば楽観視していた。

 レイの持つマジックアイテムを売れば、それこそ黒狼に支払った金額は余裕で取り戻せるだろうと判断していた為だ。


(そう思えば、こうしてレイが持つマジックアイテムを見せつけるようにしているのは、俺に大きな利益をもたらす為だと、そう思えばいいか。ふんっ、なら精々俺の為に活躍して貰うとするか)


 苛立ち混じりだったガイスカの視線が、若干治まる。

 そうしながらレイの戦いを見ていたガイスカだったが、次々に倒されていく者達を見れば、不甲斐ないと思うのは止められない。


(いや、寧ろ黒狼がこの戦いを見ても、レイの実力を本当に理解出来るのか?)

 

 ガイスカはレイが戦っている光景から、明らかに全力ではないと理解していた。

 それどころか、あからさまに手抜きをしていると。そう思ってすらいる。

 そうである以上、もし黒狼がレイを狙うにしても、レイの実力がこの程度だと認識した結果、暗殺が失敗するのではないか。

 そんな思いすら、抱いてしまう。


「ガイスカ、どうした? 何だかあまり集中してないみたいだけど」


 ガイスカの様子を疑問に思ったのか、少し離れた場所に座っていた男がそう尋ねる。

 男爵家という爵位の低い相手からの言葉だったが、ガイスカは心の中にある嘲りの感情を隠しながら、言葉を返す。


「ああ。ちょっとな。俺が知っている深紅ってのは、もっと強かった筈だ。その割にそこまで派手な戦いがないから、それを疑問に思っていただけだ」

「あー……それはな。戦ってる相手が弱すぎるんだろうな。本当にレイの実力を発揮させるのなら、相手にも相応の……お、ほら見ろ。噂をすれば何とやらだ。氷刃のおでましだぞ」


 その言葉に、ガイスカは改めて舞台に視線を向ける。

 そこに立っているのは、一人の男。

 年齢は二十代後半から三十代前半といったところか。

 動きやすいようにかモンスターの革を使ったレザーアーマーを身に纏い、手にしているのは水色の刀身という、珍しい長剣。

 だが、ガイスカはその水色の刀身を持つ長剣が魔剣であると知っている。

 それこそ、異名の通り氷を操る能力を持つ魔剣。

 氷刃という異名も、当然のようにその手に持つ魔剣から来ているものだ。


「これはちょっと面白くなりそうだな」


 そう告げたガイスカだったが、言葉通りの意味で戦いを楽しみにしている訳ではない。

 今までは明らかに手加減をして戦っていたレイだったが、異名持ちを相手にするのであれば、あからさまに手加減をしているような余裕などはないだろうという判断からの言葉だ。


(黒狼の奴も、この戦いを見逃すような真似はしないだろうな? ……腕利きだという話だし、そんな馬鹿な話はないか)


 視線の先の舞台で何かを語り合っている氷刃とレイの二人を見ながら、ガイスカはようやく訪れたのだろうレイの本気を見逃さないように意識を集中するのだった。






「まさか、あの深紅とこんな場所で戦えるとは思ってなかったな。まぁ、模擬戦だが……俺達が本気で戦えば、この舞台どころかアネシスにも被害が出るかもしれない。そういう意味では、模擬戦でよかったよな」

「そうだな。俺も氷刃のエグソリスと戦うことになるとは思っていなかったな」


 話し掛けてくるエグソリスのことを、レイも当然のように知っていた。

 今回の模擬戦で多くの冒険者が雇われているという話を聞いた時、当然のようにその冒険者の中には異名持ちがいてもおかしくはないと、そう判断した為だ。

 レイも異名持ちである以上、そんなレイと模擬戦が成立するような互角の勝負をする為には対戦相手として異名持ちを選ぶというのは、当然の話だろう。

 もっとも、冬で長期休暇に入ったばかりの異名持ちを雇うとなると、当然のようにそこには大きな報酬が必要となる。

 少なくても、今までレイが模擬戦で戦ってきたような冒険者とは比べものにならないだけの報酬が。


(そういう意味では、この氷刃を雇ったのは……上手い具合にやったもんだな)


 レイが集めた情報によると、氷刃という人物はかなり酔狂な性格をしているということだった。

 それこそ、興味のある依頼であれば報酬が安くても引き受けることがあるし、それとは逆に気に入らない依頼であれば報酬が幾ら高くても引き受けることはないという、そんな性格。

 そんな相手を前にして、レイは今までと同じようにデスサイズと黄昏の槍を手にする。


「新進気鋭……というのは、レイが異名を得てから結構な時間が経っているし、そう言えないとは思うが、ともあれ新しい異名持ちと戦えるというのは俺にとっても嬉しい限りだ」

「俺も異名持ちと戦えるのは、悪くない気分だな」

「そうか? 取りあえず失望はさせないように頑張らせて貰うよ」


 そう言い、エグソリスは魔剣を軽く振るう。

 その魔剣の軌跡に沿うようにして、氷の槍……いや、もっと短く氷柱と呼ぶべきか。その氷柱が舞台に突き刺さる。


(あれが魔剣の能力か。……もっとも、他にも魔剣の能力があってもおかしくはないけどな。とはいえ、魔剣の能力を最大限に発揮すれば、模擬戦ですまなくなると思うんだが。……まぁ、いいか)


 本来なら、自分が死ぬかもしれないということをあっさり認めるのはおかしい。

 だが、レイはエグソリスとの模擬戦でも自分が負けるとは考えておらず、だからこそ魔剣の能力を自由に使ってもいいだろうと判断した。

 そうして二人の会話が終わったと理解したのだろう。司会の男は、観客達の期待を煽るように口を開く。


「さて、今度の模擬戦は異名持ち同士の戦いとなります。今までの模擬戦とは、また違った一戦となるでしょう。皆さん、異名持ち同士の戦いを見逃さないようにして下さい。……では、模擬戦開始!」


 司会の男の言葉が響くと同時に、レイとエグソリスの二人は一気に前に出る。

 お互いの距離が縮まったところで、最初に攻撃を仕掛けたのはレイ。

 魔剣を持つエグソリスと違い、レイの持つ武器は大鎌と槍と、両方が長柄の武器だ。

 そうである以上、ここでレイが先手を取るのは当然だった。

 真っ先に放たれたのはデスサイズによる一撃。

 命を刈り取るかの如き一撃を、エグソリスは姿勢を低くすることで回避しながら、レイとの間合いを詰めようとし……だが次の瞬間、素早く横に跳んだ。

 エグソリスの身体が一瞬前にあった場所を、レイが左手で持っていた黄昏の槍が貫く。

 残像すら見えてもおかしくはない一撃だったが、エグソリスにとっては十分に対処出来る攻撃だったのだろう。

 だが……一旦レイと距離を取ったエグソリスは、魔剣を手に微かに眉を顰める。


「厄介だな。ただでさえ間合いの長い武器を持っているのに、それを二本同時に使うとか」

「そう言って貰えるのは、俺にとっては褒め言葉だよ。何しろ二槍流なんて俺以外に殆ど使い手を見たことがないし、ほぼ我流に等しいからな」


 そう言い、レイは得意げな笑みを浮かべるのだった。

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