1814話
今回のレイと貴族達が用意した者達によって行われる模擬戦は、色々な意味で変則的と言えた。
そもそもの話、一度ではなく何度も繰り返して模擬戦を行うというのが模擬戦としてはおかしい。
勿論多数を相手にして行われるような模擬戦もあるが、今回集まった人数を考えれば、それはちょっと度を超していた。
とはいえ、深紅の異名を持つレイと模擬戦をするだけの実力がある者はそう多くはなく、しっかりとレイの実力を確認する為の模擬戦だと言われれば、納得する者も多い。
本来ならレイが文句を言ってもいいのだが、今回の一件ではリベルテから風魔鉱石を報酬として貰うことになっており、それを考えれば大勢と模擬戦をやるのも別に不満はなかった。
また、アネシスに来てから特にやるべきことがなく、若干暇を持てあましていた……というのも大きい。
とはいえ、暇であっても服のために身体の採寸をするのは出来ればもう遠慮したいというのが、レイの正直な気持ちだったが。
「では、これから模擬戦の一戦目を始めたいと思います! 深紅のレイと戦うのは……まずは、この十人!」
そう言い、司会の男はレイと向き合っている冒険者達に手を向ける。
かなりオーバーな行為だったが、異名持ちの模擬戦が見ることが出来るといったことや、このお祭り騒ぎに気分が高揚している観客達は、そんな司会の行為にも歓声を上げる。
「異名持ちとの模擬戦をやってみたい。そのような冒険者の方々です! 自分の未熟は知っているが、それでも現在の自分の力でどこまで異名持ち冒険者と渡り合えるか! 冒険者としては一人前とされている、ランクCとDの冒険者達が、どこまで食い下がれるか!」
司会の男の言葉に、これからレイと模擬戦をする者達の何人かは不愉快な表情を浮かべる。
自分達がレイと戦っても勝てるとは思っていないが、それでも負けることを前提としてそのようなことを言われるのは面白くないのだろう。
「ほら、落ち着けって。悔しかったら、模擬戦でいいところを見せればいいだろ?」
不愉快そうにしていた男の知り合いなのか、近くにいた男がそう告げる。
その声で不愉快だった男も我に返り、他の面々もいつでも模擬戦を行える状態になった。
そんな動きを確認し……司会の男はレイに視線を向ける。
未だに手ぶらだったレイは、そんな司会の男の視線にミスティリングの中から、デスサイズと黄昏の槍を取り出す。
巨大な大鎌と深紅の槍。
レイの戦いを見たことがある者であれば、そんなレイの姿を見ても驚かなかっただろうが、この場にいる者達は、その殆どがレイの武器を自分の目で見るのは初めてだ。
そうであるが故に、レイのような小柄な人物が大鎌と槍を両方とも片手で持っているということが信じられず、強いざわめきが起こる。
特に冒険者達にしてみれば、自分達が実際に武器を持っている分、レイの持っているのがどれだけの重さなのかという予想が出来てしまう。
自分達でも、片手で持つことは出来るかもしれないが、それを自由自在に扱うといった真似はまず出来ない。
そのことにより、レイという存在を自分達の理解の範囲外の者だと認識してしまう。
実際には黄昏の槍はともかく、デスサイズはレイとセトに限っては殆ど重量を感じさせないという特殊な能力を持っているので、レイにとっては全く重いということはないのだが。
「おおっと、深紅のレイが取り出したのは、巨大な鎌と赤い槍です! 深紅のレイの武器として有名な大鎌と、素人の私の目から見ても業物と理解出来る槍。本来なら、この手の武器はどちらも両手で持つのが一般的な、いわゆる長物と呼ばれているのですが……何と、レイはその長物二つをそれぞれ片手で操ることが出来ます! 一応ルールの確認として、地面に転んだら負けたと見なします。本来ならそこからも戦闘は続くのでしょうが、今回は人数が多いのでそのようなルールとなっています! また、舞台から出ても負けとなります!」
司会の男の言葉に、観客達は戸惑いと驚きの声を上げる。
ルールの件はともかく、とてもではないがレイが大鎌と槍の両方を一緒に使うような真似が出来るとは思えなかったからだ。
だが、実際にそれを手にして苦もなく立っているのを見れば、レイがその二つの武器を同時に扱えるというのは、ほぼ間違いないだろうと思えた。
ドラゴンローブのフードを被っているので、実際にはどのような表情をしているのかというのは分からないが。
ともあれ、自分達ですら容易に扱うことの出来ない武器を手にしたレイの姿に、冒険者達は一瞬怖じ気づく。
それでもすぐに気合いを入れ直したのは、これが模擬戦であると理解しているからだろう。
「行くぞ! 相手は異名持ちの冒険者だ。報酬を貰ってそんな相手と模擬戦が出来るのだから、俺達にとっては願ったり叶ったりの筈だろう!」
そう叫び、長剣を持った冒険者が真っ先に走り出す。
そんな一人を追うように、他の者達もまた一斉に走り出した。
十人の人間が……それも荒事を得意とするような者が一斉に走り出すというのは、それだけで強い迫力がある。
事実、観客としてやって来た者達はそんな冒険者達の迫力に息を呑んでいたのだから。
だが……その突撃を受ける立場のレイは、全く緊張した様子もなく、自分に向かってくる冒険者達を待ち受けていた。
普段から盗賊狩りといった真似をすることの多いレイだけに、一度に多数を相手にする行為は慣れている。
本来なら、自分から一気に前に出て自分に向かってくる冒険者達を攻撃するというのが最善なのだが、これが模擬戦である以上は相手にも見せ場は必要だと判断し、その場から動かずに相手を待ち受ける。
貴族達の何人かが、自分に向かってくる冒険者を見ても一切動く様子のないレイを見て、怯えているのだろうと侮りの視線を向ける者もいたのだが……レイは当然のように、そんな視線は一切気にしていない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
真っ先にレイに攻撃をしてきたのは、当然と言うべきか、最初に走り出した長剣を持った男。
そのすぐ後ろには、槍を手にした女の姿もあり、更にその背後や横には他の冒険者達の姿もあった。
レイはそんな相手の行動を待ち受け……最初に先頭を走ってきた男の長剣の一撃を、左手に持つ黄昏の槍で受け止め、そのまま受け流す。
十分に体重が乗った一撃だったのだが、その一撃は黄昏の槍の柄に沿った形で受け流され、だからこそ男はバランスを崩し……そのまま右手で持っていたデスサイズの石突きで足を掬われてその場で転ぶ。
男も冒険者だけあって、転ぶ時に頭をぶつけないという最低限の防御だけはどうにかすることが出来たが、それでも身体を地面にぶつけた衝撃もあり、数十秒は動き回ることが出来ないだろう。
ひとまずレイはその男からは意識を外し、男のすぐ後ろから来ていた槍を持った女に対処する。
真っ直ぐに放たれた突きは、それなりの速度と鋭さを持つ。
だが、逆に言えばそれなりといった程度でしかなく、レイにとっては回避するのは難しくない。
身体を少し動かすだけで槍を回避し、先程の長剣の一撃を受け流した黄昏の槍を使って槍の柄を絡め取り、次の瞬間女の持っていた槍は空中に弾き飛ばされていた。
一瞬にして手の中の槍がなくなり呆然としている女の足を、こちらもまた先程の男同様にデスサイズの石突きの部分を振るって転ばせる。
しかし、ここからは先程とは違う。
女の足を払ったデスサイズの動きをその場では止めず、女と戦っていたレイに向かって横から襲いかかる二人の足を払った。
二人がほぼ同時に足を払われて地面に倒れ、次に襲いかかってきた相手に向かってレイは黄昏の槍を振るう。
そうして次々に足を払われて、冒険者達は地面に倒れていく。
何人かは足に怪我をしている者もいるだろうが、それでも折れるまでいっている者はいない。
最終的に残ったのは、弓を持っているエルフが一人。
本来なら仲間――偶然一緒のチームになっただけだったが――がレイと戦っている隙を突き、鏃を潰した矢を射る筈だった。
だが、実際に模擬戦が行われてみれば、一方的にレイにやられてしまうだけの展開となってしまい、矢を射るような余裕は全く存在しなかった。
「さて……どうする? 残るはお前だけだけど……俺とやり合うつもりはあるか?」
「……ある。折角の異名持ちとの模擬戦なのだ。そうである以上、ここで戦わなければ何の為にここにいるのかが、分からん」
その言葉と共に、エルフの手から矢が射られる。
真っ直ぐレイに向かってきたその矢は、次の瞬間にはデスサイズによってあっさりと斬り落とされた。
二つになって地面に転がる矢を一瞥すると、レイはそのまま前に……エルフの男に向かって歩き出す。
今の矢を防がれてしまうのであれば、勝ち目はないと判断したのだろう。エルフは弓を捨て、腰の短剣を引き抜く。
「来い」
レイがそう告げると同時に、エルフは一気に前に出た。
だが、本来の武器が弓なだけに、どうしても短剣には力を入れていないのだろう。その踏み込みは、最初にレイに向かってきた長剣の男に比べれば一段……いや、二段は落ちる。
若干期待外れだったか? そう思わないでもなかったレイだったが、エルフとの間合いが詰まってくると……次の瞬間、一気に速度を増した。
(なるほど)
最初に遅く行動し、目の前でいきなり速度を変える。
やっていることは単純だったが、実際にいきなり目の前でそのようなことをやられれば当然ながら戸惑う。
とはいえ、それはあくまでも普通の冒険者の場合だ。突然速度を変えるような真似をしても、レイにしてみればそこまで驚くようなことではない。
結局エルフはデスサイズの石突きによって足を掬われて転び……一戦目の模擬戦はレイの完勝となる。
「そこまで! 一戦目はレイの勝利です!」
司会の男がそう告げると同時に、少なくない数の観客達が絶望の声を上げていた。
レイがどれだけの実力があると分からず、一戦目の模擬戦でレイの負けに賭けていた者達だろう。
とはいえ、普通なら十人を相手に一人でどうにかするというのは至難の技なので、大きな失敗という訳でもない。
レイという男がどれだけの強さを持っているのか……それを知る者は、真っ先に賭けに負けなかったこともあって喜びの声を上げていた。
「ふぅ」
小さく息を吐きながら、レイは周囲を見回す。
そこでは、冒険者達が起き上がって去っていく様子が見える。
中には立てないくらいに足を怪我した者もいたが、そのような者達は舞台の側で警備をしている警備兵達が肩を貸して連れていく。
(少しやりすぎたか? けど、ポーションとか回復魔法を使える奴がいるって話だったから、問題ないよな?)
舞台から去る冒険者達をレイが見送っていると、司会の男が口を開く。
「いや、凄い! まさに電光石火! 相手は十人いたというのに、レイはたった一人で圧倒しました! さすが深紅の異名を持つだけのことはあります!」
その言葉に、観客達のテンションも上がっていく。
司会の男の煽り方が上手いのだろう。
「ですが……で・す・が! 次の対戦相手は、今の冒険者とはちょっと違います。何故なら、レレメーラ伯爵家に仕えている騎士達だからです!」
貴族に仕えている騎士と聞き、観客達の視線が舞台に向けられる。
そこに上がったのは、五人。
人数では先程の冒険者達の半分でしかないが、それだけ精鋭揃いということなのだろう。
(普通に考えて、前に出た奴よりも弱い奴を揃える必要はないしな)
レイが自分達を見ていることに気が付いたのだろう。何人かの騎士が、闘志を宿した眼でレイを見てくる。
五人の鎧はお揃いのもので、それぞれ騎士であるということを見せつけていた。
「では、お互い準備も良いようですし……模擬戦二戦目、始め!」
司会の男の言葉に、騎士達は真っ直ぐにレイに向かって突っ込んでくる。
ただし、先程の冒険者達と違うのは全員が自分のやるべきことを理解し、言葉に出さなくても全員がそれぞれに自分の役割をこなそうとしていることだろう。
長剣が二人、槍が二人、鎚が一人。
最後の鎚を持っている男は力自慢らしく、身長は二m近い。
その巨体から繰り出される鎚の一撃は、それこそまともに当たれば模擬戦であっても容易に人を殺してしまうのではないかと思える程だ。
(もしかして、俺を殺そうと思っている貴族の手の者か? ……けど、殺気は感じないしな)
騎士達の眼に映っているのは、殺気ではなく闘志。
レイという強敵を相手に、自分の力がどこまで通じるのかを試してみたいと、そう思っている様子だ。
(なら……まずは、一当てしてみるか)
そう判断し、レイはデスサイズと黄昏の槍を手に、一歩踏み出すのだった。