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レジェンド  作者: 神無月 紅
魔熱病
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0181話

「ふふっ、急に呼び出してご免なさいね。でもちょっと貴方の力を借りたい事態が起きてしまったのよ」


 艶然と微笑む目の前の存在に、レイは思わず息を呑んだ。

 褐色の肌に尖った耳。そして銀色の髪が背中へと掛かっている。その身を包んでいるのは、まるでパーティの時に着るようなイブニングドレス。執務机で何らかの書類を見ていた為に自然とレイよりも低い位置にその身体はあり、大きく盛り上がっている胸によって作られた深い谷間がこれでもかとばかりに自己主張をしていた。その滑らかな褐色の肌といかにも柔らかそうな双丘は、まるで蜜を出して虫を惹き付けるかのように男の視線を吸い寄せるのだろう。ダークエルフであるだけに正確な年齢はレイにも分からないが、人間としての外見年齢を考えると20代半ばといった女として円熟した色気を発していた。


「っ!?」


 だが、その魅惑の谷間へと視線を向けそうになったレイは一瞬だけ脳裏にエレーナの目の笑っていない笑みが浮かび、すぐに首を振って蠱惑的な谷間から視線を逸らす。

 ダークエルフの女もレイから感じられる強大な魔力に一瞬だけ驚きの表情を浮かべるが、すぐにその驚きを消し去り笑みを浮かべて口を開く。


「初めましてね。貴方の評判は色々と聞いているわ。私はギルムの街の冒険者ギルドでギルドマスターをしているマリーナ・アリアンサよ。それと貴方が気が付いたようにダークエルフでもあるわ。よろしくね」


 改めて名乗られ、ようやくギルドマスターであるマリーナの顔へと目を向けるレイ。

 その顔は美しく整えられており、切れ長の目からはエルフ族特有だろう深い英知をレイに感じさせた。

 ダークエルフ。それは元々はエルフと祖を同じくする亜人種族ではあるのだが、より戦闘に特化していった種族でもある。その結果精霊からの祝福が失われ、本来は白い肌と黄金の髪を持つはずのエルフと比べて褐色の肌と銀の髪へ変化したとされている。

 とは言っても、別にエルフとダークエルフの仲が険悪というようなことはない。数えるのも馬鹿らしい程の大昔。それこそゼパイルが生きていた時代と比べても遙か昔には種族的に敵対していたのだが、今となっては既に遺恨の類も無く普通に付き合っている。いや、人間とエルフと比べると寿命が同じ分だけより親しいと言えるだろう。

 そんな、人間と比べると遥かに長い寿命と類い希なる魔力や戦闘力を持つダークエルフのマリーナに微笑まれ、小さく頷き口を開くレイ。


「レイです。ここのギルドではランクD冒険者として登録させて貰ってます。……それで、早速ですが俺に用件とは?」


 さすがにギルドマスターと言う、1つの組織の長に対してはいつもの口調で話すのではなく、慣れない言葉使いで話すレイ。

 そんなレイの言葉を聞いた瞬間、マリーナの口元からこれまで薄らと浮かべられていた笑みが消し去られてレノラの方へと視線が向けられる。


「レノラ、ここはもういいわ。下も今回の件で色々と忙しくなっているでしょうし、そっちの方をお願い」

「分かりました。では、失礼します」


 マリーナの言葉に小さく頭を下げて部屋を出て行くレノラ。

 それを見送り、扉が閉められるとマリーナがレイへと深緑の瞳を向けながら口を開く。


「ギルドは他のギルドとマジックアイテムによって連絡を取り合っている。これは知ってるかしら?」

「はい。この街に来た時に賞金首関連でその辺の説明を聞いた覚えがあります」

「それなら話は早いわ。実は、とある街のギルドからうちのギルドに救助要請が来たのよ。それも緊急にと」

「……その街はこのギルムの街から近いとかですか?」


 この時レイの頭にあったのは、その街がモンスターの集団か何か――それこそ以前戦ったようなオークの集落のようなモンスター達――に襲撃されたのではないかということだった。それなら辺境でモンスターの脅威がすぐ近くにあるが故に精鋭揃いと言ってもいいギルムの街の冒険者を派遣するのは分からないでもないからだ。

 だがレイのその問いに、マリーナは小さく首を振る。


「いえ、遠いわ。旅慣れた冒険者が限界まで急いでも片道10日程度は掛かるくらいに」

「……そんな遠くにある街がわざわざここに救援を?」

「ええ。それも、そのギルドのある街は貴族派の貴族が領主をしている場所よ。本来なら中立派の、それも中心人物でもあるラルクス辺境伯が治めているギルドに救援要請はまず送ってこない筈なんだけど」


 マリーナのその言葉に、ピクリと頬を動かすレイ。

 以前聞いた説明によると、ギルドは基本的に権力の類とは無縁だとなっていたからだ。


「ギルドは国から独立している組織だと聞いていますが」


 そんな質問をされるのは分かっていたのだろう。マリーナは戸惑うことなく言葉を返す。


「確かにそうよ。ギルドとギルドの間なら何の問題も無い……とまでは言わないけど、そこまで大袈裟なことにはならないでしょう。けど今回はちょっと事情が違うわ。何しろ領主代理の意向を受けての救援要請ですもの」

「……いいんですか、それ? あくまでも領主の代理であって領主本人では無いのでは?」

「それ程に切羽詰まってるのよ。もちろんこの件についてはラルクス辺境伯に連絡を取って至急応えるようにとの指示も貰っているわ」

「そこまで切羽詰まっているのか。……ですか。何が起きているのか、と聞いてもいいですか?」

「勿論よ。と言うか、聞いて貰わないとどうしようもないわ。今回の件にはどうしても貴方の協力が必要なのだから。それに、無理をして丁寧に喋る必要はないわ。他のギルドマスターはどうか知らないけど、私はそう言うのを気にしない質だから、いつも通りに喋って頂戴」

「……助かる。では、そうさせて貰おう」


 やはり無理をした言葉使いだったのだろう。安堵したように頷くレイ。

 そんなレイを見ながらマリーナが取り出したのは、高さ5cm程の小瓶だった。中には何か粉のようなものが入っている。


「これは?」

「アウラーニ草と呼ばれる一種の薬草の粉末よ。とある疫病の薬として使われる材料で、魔力の強い土地にしか生えないという特徴を持っているわ」

「……疫病?」

「そう、疫病。本来なら一年中を通して長袖の服を着なくてもいいような、暖かくて湿気の多い地域でしか発生しないはずの病、魔熱病。それが何故か冬も近いこの時期にバールという街で爆発的に広まったらしいわ」

「魔熱病?」


 その言葉を聞き、ゼパイルの知識を検索するレイ。

 幸い魔熱病についてはゼパイルの生きていた時から存在していた病気らしく、その概要を知るのは難しくはなかった。

 いわゆる熱病の1つであり、一定以下の魔力しか無い者が発症する疫病。逆に言えばある程度の魔力があれば発症の心配は無い。

 ただしその一定のボーダーラインは周囲の環境によって変わる為、どこかの一地域で流行した時には無事であっても他の地域で流行した時には感染する可能性がある。基本的には熱帯の地域でのみ見られる病。

 感染後は患者の魔力が時間と共に徐々に減っていき、魔力が無くなった時に死亡する致死率が非常に高い病。この症状については恐らく本来であれば発症してからすぐ死ぬのを魔力を使って抵抗していると思われる。

 特効薬としてアウラーニ草と呼ばれる薬草の粉末を主とした薬があり、それを使えば一晩程度で回復する。

 また潜伏期間は1週間程度であり、その期間を過ぎても発症しない場合はその者の魔力により魔熱病の元となる存在は消滅する。

 それらの内容をゼパイルの知識から引き出して理解したレイは小さく眉を顰めた。


「確かにこの時期に……と言うよりも、この辺一帯で魔熱病が流行するというのは普通なら有り得ないな」

「ええ。だからこそ、と言うべきかしら。バールの街にはアウラーニ草の粉末は常備されていなかったのはしょうがないのよ」

「だが、それが何らかの理由で魔熱病が流行した訳だ」

「そう。そして、バールの街から一番近くにある魔力の高い土地がこのギルムの街な訳」

「魔の森、か」


 マリーナの言葉を聞いた時にレイの脳裏を過ぎったのは、ガメリオンの肉を求めて向かった草原だった。

 冬になっても枯れないあの草原も、ハスタの話によれば魔の森の影響を受けているからだ。


「正解。そういう訳で、幸いにしてこの街にはアウラーニ草の粉末はある程度の量があったの。基本的には魔熱病の薬として使われるけど、錬金術の素材として使えないこともない、ということでね」


 マリーナが持っている小瓶へと視線を向け、小さく頷く。自分がギルドマスターでもあるマリーナに呼び出された理由が分かったからだ。


「なるほど、それでセトを一緒に連れてこいと言ってた訳だ。……ようは、俺がそのアウラーニ草の粉末をバールの街まで運べばいいんだな?」

「そうなるわね。幸い貴方にはアイテムボックスがあるからどれだけの荷物を持っても全く苦にならない。さらにはグリフォンを従魔としている為に移動速度もこの街にいる誰よりも早いでしょうし」

「一つ聞きたい。これは指名依頼になるのか?」

「ええ、もちろん」

「なら報酬は期待してもいいのか?」


 そんなレイの言葉を、まるで予想していたかのように視線を執務室の壁へと向ける。

 その視線の先には壁に飾られている1本の槍が存在していた。

 柄の部分も、そして刃の部分も濃い緑。深緑とでも表現すべき色に染められている槍だ。


「……ただの槍じゃ、ない?」


 魔力を感じ取る能力の無いレイだが、それでもその槍には惹き付けられるものがあった。だが不思議なのは、それ程の一品であるというのにこの部屋に入ってからマリーナに示されるまで気が付けなかったことだ。

 そんなレイの様子に、マリーナは薄く笑みを浮かべて頷く。


「正解。あの槍はマジックアイテムよ。それもかなり強力な。レイ、貴方が普通に戦う時は大鎌のマジックアイテムを使うと聞いてるけど、遠距離では槍を投げて使うんでしょう? そんな貴方にはこれ以上ない程に相性がいい槍だと思うわよ?」

「具体的には?」

「ちょっと待ってて。説明するよりも実際にその目で見た方が早いと思うから」


 笑みを浮かべつつ椅子から腰を上げ、壁まで移動してその槍を手に取る。

 尚、マリーナの着ているイブニングドレスは背中も大胆に露出しており、褐色の肌の艶めかしい曲線をこれでもかとばかりに自己主張していた。

 若干目のやり場に困っているレイだったが、それには構わず槍へと手を伸ばすマリーナ。

 まるで何か軽い物でも持ち上げるかのように槍を手に取り軽く振るう。

 ブンッ、と言う空気を斬り裂く音が周囲へと響き渡り、その音が槍がそれなりの重量を持っている事実を証明していた。


(通常の槍なら大体5kg程度だが……さすがに戦闘に特化したダークエルフという訳か。その重さの槍をあの細腕で難なく振り回せるとはな)


 内心で密かに感心しつつ、マリーナの行動を眺める。


「いい? 良く見ててね」


 呟き、両手で槍を持ち魔力を流しながら素早く突き出す。

 突きの速度そのものはそれ程速くは無かったが、それはレイへと槍の効果を見せようとした為だったのだろう。


「……何?」


 槍の穂先を見て思わず声を上げるレイ。

 その視線の先では、空中を貫いた穂先から鋭い棘の生えている茨が幾本も伸びていたのだ。数秒程空中をウネウネと動き回った後、まるで今まで見ていたのが幻だったかのようにその姿を消す。

 さすがに驚きの表情を浮かべるレイに、マリーナは小さく笑みを浮かべながら槍の説明をする。


「このマジックアイテムの名前は茨の槍。見ての通り魔力を通すと穂先から茨が伸びて敵を拘束する能力を持っているの。今回は分かりやすく見せたけど、通常は穂先が何かに刺さった後に発動して、敵を茨で拘束するわ。注意して欲しいのが、あくまでも出来るのは拘束だってこと。例えば穂先を敵の体内に刺したまま茨を生み出しても、敵の体内を攻撃するとかは出来ないわ。……ただ、拘束している時に棘で皮膚を傷つけるというのは出来るんだけど」

「その茨を発生させるのは実際に槍を握っていないと出来ないのか? 例えば、俺が使ってるように槍を投げて敵に刺さった後に茨を生み出すといった感じに」

「勿論出来るわよ。そうでなきゃ貴方の報酬にピッタリとは言えないでしょう? それと槍に込められた魔力の量で茨が現れている時間が変化するから、その辺は実際に使って見て慣れるしか無いわね」


 マリーナのその答えに、笑みを浮かべるレイ。

 槍を投げて刺さった相手をその場に茨で拘束するというのは、レイにとってはかなり嬉しいマジックアイテムだったからだ。


(確かにこれだけの効果を持つマジックアイテムなら十分以上の報酬だな。ある程度以上の魔力があれば魔熱病は発症しないらしいからその辺も安全だろう。……いや、一応聞いておいた方がいいか)


 茨の槍へと視線を向けてから、改めてマリーナへと視線を向けるレイ。


「バールの街で流行ってる魔熱病だが、その街の住民は全員感染しているのか?」

「いえ、感染しているのは魔力の低い者達だけよ。具体的には街の住民の4割程。……ただし、これは今の所はという言葉が付くけどね」


(街の住民の4割。魔力の低い者達だけが感染しているというのは俺の知識にある情報と変わらずか。そうなると俺が感染する確率はかなり低い。そしてその後1週間程向こうにいて魔熱病の元。まぁ病原菌なんだろうが、それが死滅するのを待ってから戻って来ればいいか)


 内心で呟き、再びマジックアイテムの方へと視線を向けてから小さく頷く。


「分かった。この依頼、受けさせて貰おう」

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― 新着の感想 ―
[一言] この作品、「◯◯とでも表現すべき」とか「◯◯とも“言われる/呼ばれる”程の」って表現がよく出てくるよね。 頻繁に出てくる。
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