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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領

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1807/3905

1807話

 ガイスカは、渋々とではあるがデオトレスの提案を受けた。

 レイを殺したいくらい憎んでいるガイスカだったが、そもそも戦力となる捨て駒の冒険者を集めることが出来ないというのは、致命的だった。

 いや、本当に人を集めるだけであれば、低ランク冒険者や街のチンピラ、裏の組織の人間といった者達を集めることは出来ただろう。

 だが、レイに対して消耗戦を行うのであっても、雑魚すぎては意味がないのだ。

 ある程度は戦えるだけの力を持った相手でなければ、今回は意味がない。

 結局、まずはレイが具体的にどれだけの力を持っているのかを確認するという風に自分を納得させたのだが、それもまたガイスカにとっては面白い出来事ではなかった。

 とはいえ、ガイスカも集める者の中には刺客として何人か含めることで、無理矢理に自分を納得させる。

 そうしてどうするべきなのかを決めれば、次はそれを実現する為に動く必要が出てきた。

 現在のレイは、あくまでもケレベル公爵の客人という立場だ。

 そんな人物を模擬戦に引っ張り出す以上、当然ながらガイスカの独断で出来る筈もない。

 まずはケレベル公爵に話を通す必要があり……だが、リベルテはケレベル公爵として年末の忙しい時期で、そう簡単に面会は出来ない。

 師走という言葉はエルジィンにはないが、どの世界であっても年末が忙しくなるのは同じなのだろう。

 なので、ガイスカがまずやるべきことは、根回しだった。

 とはいえ、ガイスカの立場はセイソール侯爵家の血を引く者ではあっても、結局のところ長男でもなければ、その予備たる次男でもない。

 なので、知り合いの家の当主や次期当主といった力ある者には声を掛けることは出来ず、自分と同じような立場にいる者に対して声を掛けるのが精一杯だった。


「深紅? あの深紅の戦いが見られるのか?」

「ああ。俺がエレーナに挨拶をしに行った時、偶然会うことがあってな。それでちょっと話をしたんだよ」


 それは、嘘を言っている訳でもなければ、当然のように真実でもない。

 事実、ガイスカがエレーナに挨拶をしに行った時に、その場でレイと顔を合わせたのは間違いのない事実なのだから。

 言わなかったのは、レイとガイスカが非常に険悪な仲になったということ。

 この場にいる何人かは、ガイスカに訝しげな視線を向ける。

 ガイスカの性格を知っていれば、冒険者と……それも貴族に対しても容赦をするようなことがないと噂されているレイと、血筋こそが全てを決めるのだと考えているガイスカの相性は最悪だと判断するのも当然だろう。

 ……そこまで認識出来ず、単純にガイスカの説明に納得しているような者もいるが……そもそも、この集まりはガイスカと同じような立場――決して家を継げない者達――の集まりである以上、生まれた時から貴族としての環境で育ってきたが故に、思慮の浅い者も多い。

 だからこそ、ガイスカの言葉にもあっさりと納得してしまう者もいるのだろう。


「それで、深紅のレイを知ってるってのは分かったけど、それでどうするんだ? エレーナ様の客人としているのであれば、気軽にこの場に呼び出すことも出来ないだろう?」

「そうだな。ただ……俺が見たレイという人物は、とてもじゃないが強いようには見えなかった。いや、寧ろ見掛けだけで考えれば弱そうにすら見えた」


 ガイスカの口から出た言葉に、それを聞いていた者達は信じられないといった表情を浮かべる。

 当然だろう。深紅の異名を持つレイは、その高い戦闘力で名を馳せているのだ。

 そのような人物が、見掛けだけではあっても弱いと言われてすぐに納得出来る筈もない。


「あー……それはあれじゃないか? 外見と実際の実力が一致してないっていう感じで……」

「だろうな。俺もそう思う。だから、ちょっとその強さを見てみたいとは思わないか?」

「見てみたいって……どうするのよ? まさか、私達が深紅と戦うの? 嫌よ、そんなの」


 集まっている者の中で、女が心の底から嫌そうに告げる。

 この女に限らず、ここにいる者の多くは特に身体を鍛えたりしている訳ではない。

 運動不足にならない程度に身体を動かしはしているが、それこそある程度経験を積んだ冒険者を相手にした場合、まず間違いなく勝つことは出来ないだろう。

 そのような者達が幾ら集まったところで、異名持ちの冒険者を相手にしてどうにか出来る筈がなかった。


「当然だろう。別に俺だってそんなことを考えてはいない。それに、結局のところ相手は冒険者だ。高貴な血を引く俺達が、わざわざ相手をする必要はない。今回の目的は、あくまでもレイがどれだけの強さを持っているのか……その外見とは違ってきちんと強いのかを見せて貰えればいいんだ」

「つまり、部下を出せばいいってことね」


 自分が戦いたくないと言っている女の言葉に、ガイスカはその通りと頷く。


「けど、俺は新年のパーティーに参加する準備を整える為に、こうしてやってきたんだ。護衛も連れて来てるけど、人数は少ないぞ?」


 そう言ったのは、男爵家の三男。

 立場としてはガイスカと同じようなものだが、爵位でいえば男爵家と侯爵家では大きく違う。

 そのような相手に対等な口を利かれるのは、当然ガイスカにとっては面白くはない。

 だが、現在はそのような相手であっても必要である以上、我慢するしかなかった。

 目の前の男と、レイ。

 どちらの方に対し苛立ちを覚えているのかと言われれば、それは絶対的に後者だ。

 そうである以上、ガイスカは男の言葉に笑みすら浮かべて口を開く。

 ……心の中では、男の無能さに嘲笑を浮かべていたが。


「そういう場合は、冒険者を雇えばいい。今は冬で、殆どの冒険者は仕事をせずに休んでいる。そういう連中に話を持っていけば、多分喜んで参加する者もいる筈だ」

「そうかぁ? 俺だったらそんな依頼は受けねえけどな」

「それは、俺達が貴族だからだ。冒険者のような下民は、その辺りのことを考えられないのさ。何より、自分の力がレイに……異名持ちの冒険者に通用するかどうかを確かめてみたいと思っている筈だ。いや、そこまでいかなくても、異名持ちの冒険者と模擬戦が出来ると思えば、自分から望んで参加するさ」


 自慢げにそう告げるガイスカだったが、実際にそれはガイスカが考えた内容ではなく、デオトレスが考えた内容だ。

 もっとも、部下の意見を採用したのはガイスカなのだから、自信満々で告げるのも間違いではないのかもしれないが。


「冒険者か。そうか、その手があったな」


 ガイスカの言葉に、男爵家の三男が納得したように呟く。

 他にも何人か部下を連れて来ていない者がおり、その者達は嬉しげに笑みを浮かべていた。


「ともあれ、模擬戦をやりたいとケレベル公爵に話を通す必要があるな」


 皆の意見がレイとの模擬戦をやるということで固まったところで、ガイスカはそう告げる。

 そう、今回目の前にいる者達にこの話を持って来たのは、それが最大の理由だった。

 セイソール侯爵家の血を引く者であるとはいえ、自分は結局セイソール侯爵家の当主でも、ましてや次期当主という訳でもない。

 そうである以上、ケレベル公爵という人物に自分だけでレイの実力を見る為に模擬戦をやるようにと提言しても、それは簡単に却下される可能性が高かった。  

 だからこそ、こうして大勢に話を通す必要があったのだ。

 自分だけであればあっさりと却下される案であっても、こうして大人数でケレベル公爵に提案をするのであれば、向こうもそれを問答無用で却下は出来ないだろうと。


「この中で、もうアネシスに家族……家の当主だったり、責任者だったりが来てるのはどれくらいいる?」


 そう尋ねるガイスカの言葉に、何人かの男女が自分の兄や両親はもうアネシスに到着していると告げる。

 ガイスカが予想していたよりは若干少なかったが、新年を迎えるまではまだ十日近くもあるのだから、それを考えればおかしな話ではないだろう。

 もう数日経てば、アネシスにやってくる貴族の数は急激に増えていくのだろうが。

 だが、今はその数日が大きい。

 その時間が、今は何よりも大事だった。

 レイの力を確認するのは、出来るだけ早い方がいい。……正確には、その力を確認するのはデオトレスなのだが。

 ともあれ、ここでその力を確認して報復行動をする為の材料とするのが目的なのだから、色々と急ぐ必要があった。


「分かった。なら、いる奴だけでいいから、ケレベル公爵にレイの力を見たいから模擬戦を行うように動いてくれと言ってくれ。多分、殆どがそれを引き受けると思う」


 そう告げるガイスカだったが、それは別に何の根拠もなく言っている訳ではない。

 貴族派において、深紅のレイという人物は色々な意味で……それこそ、良い意味でも悪い意味でも注目を浴びている人物なのだ。

 その強さを人伝に聞いたことはあるが、直接自分の目で見たことはないという者も多い筈だった。

 そうである以上、その戦いを見ることが出来る絶好の機会を見逃すような真似はしないだろうというのが、ガイスカとデオトレスの予想だった。


「深紅のレイって、グリフォンを従魔にしてるんでしょ? そっちも模擬戦の時に見ることが出来るかしら」

「どうだろうな。ただ、噂で聞いた話だとかなり人懐っこいんだろ? そういうグリフォンに触ったり出来るのなら、ちょっと楽しみだな」

「そう言えば、グリフォンの素材ってのはかなり高額で取引してるんだろ? ちょっと小遣い稼ぎをさせてくれないかな」

「おいおい、馬鹿な発言は止めろよ。相手は貴族が相手でもそれを考えられないような奴だぞ? 俺は下手にそんな奴に手出しするのはごめんだな。ああ、でもその実力を見てみたいから、模擬戦に関しては賛成する」


 それぞれに好き勝手なことを言っている者達を見ながら、ガイスカは口を開く。


「じゃあ、話しているところを悪いが、それぞれ早速動いてくれ。俺はケレベル公爵に会って、大勢がレイの模擬戦を見たいと思っていると伝えてくる。お前達の方でも、さっき言ったようにケレベル公爵に要望を話せる奴がいたら、そちら経由でよろしく頼む」


 出来ればガイスカももう少しここで話をしていたかった。

 自分のような立場の者が、何故わざわざ出歩いてこのような根回しをしなければならないのか。

 そのことを不満に思うのは間違いなかったが、同時に自分でなければこのようなことが出来ないのだろうという優越感に近いものもある。

 自分の手足となって働く者達だと考えれば、多少の苛立ちもすぐに消えた。

 その場にいる者達と短く言葉を交わし、ガイスカは部屋を出る。

 そうして集まっていた者の屋敷からも出て、馬車に乗り込む。


「お疲れ様です、坊ちゃん。首尾の方はどうでした?」


 馬車の中で待っていたデオトレスの言葉に、ふんっと鼻を鳴らす。


「俺が自分で動いたんだ。当然上手くいったさ。だが……結局あの連中はあの下賤の者の力を見物したいだけだ。本気で人数を集めるかどうかは、分からないぞ?」

「そちらは、こっちで動くしかないでしょうね。そもそも、坊ちゃんの知り合いに根回しをして貰ったのは、他の者達に動いて貰ってレイを模擬戦の場に引っ張り出すのが目的ですから」


 ここで先程会っていた者達を友人ではなく知り合いと表現したのは、デオトレスのファインプレーと言えた。

 もしここで友人と表現していれば、間違いなくガイスカはデオトレスに不満を持っただろう。

 何故なら、あの場には男爵や子爵といった、爵位の低い者達の関係者も多く集まっていたのだから。

 血筋こそが全てだと判断しているガイスカにとって、そのような相手は友人ではない。

 良く言って知人といった認識だろう。

 もしデオトレスが友人と言っていれば、間違いなくガイスカはデオトレスに向けて怒りを抱いていた筈だ。


「ふんっ、あのような連中でも使いこなすのが出来る男の条件だからな。……ともあれ、後はやはり冒険者か?」

「そうですね。暗殺ということではなく、レイと模擬戦を行えると知れば、間違いなく大勢の冒険者がやってくるでしょう」

「分かっている。俺もそうやって連中を嗾けたからな。……だが、それで本当にいいのか?」


 レイに恥を掻かされたガイスカだったが、同時にレイの持つ得体のしれない――自分には理解出来ない――力を近くで感じている。

 それだけに、その辺の冒険者を雇うだけでいいのかと、そんな不安を抱くのは当然だった。

 出来れば、この模擬戦のうちにレイの息の根を止めたい。

 そう思ってしまうのは、ガイスカの性格を考えれば当然だろう。

 知り合いを巻き込んで、まずはレイの能力が具体的にどれくらいのものなのかを調べようとしていたのだが……それでも、どうしてもレイに対する苛立ちは消しきれない。


「暗殺者を紛れ込ませることは可能か?」


 結局ガイスカは、デオトレスに向かってそう尋ねる。

 その問いを聞いたデオトレスは一瞬驚きを浮かべたものの……次の瞬間には満面の笑みを浮かべて、頷きを返すのだった。

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