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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1790/3865

1790話

 レイとメイドがセトやイエロと戯れている頃、エレーナはテレスの訪問を受けていた。


「エレーナ様、ご機嫌麗しゅう。相変わらずお美しいようで何よりです」

「ふっ、そう言って貰えるのは嬉しいな。テレスも、以前見た時に比べると随分と美しくなったと思うが?」

「あら、エレーナ様にそう言って貰えると嬉しいですね。……アーラは……まぁ、変わりないようですけど」


 そんなテレスの言葉に、エレーナの側に座っていたアーラの表情がヒクリと歪む。


「そう? こう見えて私もギルムで色々と仕事をしてきたんだけど」

「そうなの? でも……やっぱり……ねぇ?」

「……何を言いたいのか分からないけど、喧嘩を売ってるなら言い値で買うわよ?」

「あら怖い」


 そう言いながら、テレスは自分の前にある紅茶を口に運び……だが、その動きは次の瞬間にまるで時が止まったかのようにピタリと止まる。

 そして数秒し、まるでギギギという擬音が相応しい動きでアーラに視線を向ける。

 テレスの前にある紅茶を淹れたのが誰なのか、それは考えるまでもなかったからだ。


「大変美味しいお茶ね」

「そうでしょう? テレスの為に特製の茶葉を用意して、特別な淹れ方で淹れたんだもの。喜んで貰えて何よりだわ」


 うふふ、と。

 アーラは普段なら絶対にしない笑い方をしながら、自分の紅茶を飲む。

 勿論、アーラが自分で飲む紅茶はテレスの紅茶とは違って美味しく淹れた紅茶だ。

 特に渋みもなく、口の中一杯に芳醇な香りが広がる。

 ケレベル公爵家でエレーナが飲む為に使っている茶葉だけあって、その紅茶はかなり高級な茶葉だ。

 そんな茶葉の味と香りを十分に楽しむ様子は、アーラが仮にも貴族であるということを何よりも示していた。


「相変わらずお前達二人は仲が良いな」


 そんな二人の様子を、エレーナが笑みを浮かべて眺めていた。

 そのように言われた二人は、即座にエレーナに向かって抗議の視線を向ける。

 だが、そんな視線を向けられた本人は、特に気にした様子もなく紅茶の味を楽しんでいた。

 この件でこれ以上何を言っても自分に不利なだけだと悟ったテレスは、話を誤魔化す為に話題を変える。


「そう言えばエレーナ様。ギルムの方はいかがでしたか? 聞いた話によると、現在は増築工事をしていて、かなり人が多くなっているということでしたが」

「うん? そうだな。私が見た限りでは結構な人の多さだった。……ただ、人が多いということは、当然ながら良からぬことを考えているような者も増えるのか、ギルムの人間は色々と苦労していたようだな」

「そうでしょうね。うちの領地でも人が集まると騒動が多くなるという話は聞いてますし。でも、人が多いということであれば、それこそケレベル公爵領はその典型なのでは? アネシスはミレアーナ王国第二の都市とまで言われてますし」


 テレスのその言葉は、嘘偽りなく真実だった。

 ケレベル公爵の本拠地であるこのアネシスは、間違いなくミレアーナ王国の中でも王都に次ぐ規模を持つ都市だ。

 アネシスに次ぐ都市は他に幾つもあるが、アネシスを追い抜けそうな規模となれば……


「ギルムがいずれアネシスを追い抜くかもしれんな」

「……え? 本気で言ってます?」

「テレス、エレーナ様に失礼だぞ」

「あら、失礼」


 アーラの言葉にそう謝るテレスだったが、その考えは全く変わっていない。

 現在増築工事中のギルムだったが、その規模がアネシスを追い抜くとは到底思えなかったからだ。

 テレスは自分の目で直接ギルムを見たことがないので、あくまでも自分が集めた情報からそう判断したのだったが、その判断が間違いだったとは到底思えない。

 だが、美の女神と呼んでもおかしくないエレーナは、そんなテレスの様子など全く気にした様子もなく、ギルムがいずれアネシスを追い抜く可能性が高いと、そう判断していたのだ。


「エレーナ様、ギルムは大きくなるだけの潜在能力はあると思います。けど、結局のところ辺境にある街……いえ、都市になるんでしたか。ともあれ辺境にある場所です。そうなれば、どうしても限られた人しか行くことは出来ず、どうしてもアネシスに比べれば不利だと思うんですけど」

「そうかもしれんな。だが、私の予想が正しければ……ギルムは間違いなくこれから発展する。それこそ、迷宮都市の如くな」


 ダンジョンを中心に発展した迷宮都市。

 そんな迷宮都市は、ミレアーナ王国の中だけでも幾つかあり、そのどれもがその辺の街や都市とは比較にならない程の繁栄を得ている。

 もっとも、それはダンジョンを都市の中に有するということであり、場合によってはダンジョンからモンスターが出てくるという可能性もあるのだ。

 そうである以上、迷宮都市の繁栄は危険と隣り合わせ……ハイリスクハイリターンと言ってもいいのだが。

 その点、ギルムは辺境であるという強みがある。

 テレスが言ってるように、辺境だからこそそこに辿り着ける者は少ないし、危険を忌避する者にとっては最悪の場所なのは間違いない。

 だが、それでも辺境にしか存在しない素材やモンスター、食材……様々な物がある。

 一定以上の実力、もしくは運が必須となるのは間違いないが、間違いなく普通の街や都市にいる冒険者や商人に比べれば稼ぎは大きい。


「あ、そう言えばエレーナ様。唯一ということであれば……国王派の貴族が巨大な闘技場を作ろうとしているらしいですけど、知ってますか?」


 テレスがメイドの情報網で得た話題を口にする。

 このままギルムについての話題を続ければ、アーラに色々と言われそうだと、そう判断したのだろう。


「立派な闘技場? 闘技場の類はベスティア帝国程に立派ではなくても、幾つかあったと思うが……」


 この辺りで闘技場と言われ、最初に思い浮かぶのは当然のようにベスティア帝国だろう。

 古代魔法文明の遺跡を利用して作り上げられたその闘技場は戦っている者が本来なら死ぬ程のダメージを受けても、実際には死ななくて済むという、非常に高度な機能がついていた。


「ベスティア帝国の闘技場に、機能はまだしも規模だけは負けないような、そんな闘技場を作ろうという計画があるらしいですよ」

「闘技場は色々と使い道はあるから、一概には悪いと言えないだろうが……それでも建設には相当の時間が掛かるのではないか?」

「そうですね。……ちなみにその闘技場、都市の一区画を広げてそこに作るらしいですよ」


 テレスの言葉に、その闘技場を作ろうとしている者の狙いが理解出来た。


「つまり、中立派のダスカー殿が治めるギルムが大規模な増築工事をして、ミレアーナ王国でかなりの噂になっているから……それに対抗して、ということか?」

「そのような一面もあるでしょうね。勿論一番に対抗する相手は、やっぱりベスティア帝国でしょうけど」


 ベスティア帝国と中立派への対抗心からその工事が行われると聞き、エレーナは……そしてアーラも、若干ながら呆れの表情を浮かべる。


「何と言えばいいのだろうな。……いや、私が言うべきことではないのだが」

「エレーナ様の気持ちも分かりますけど、実際その都市の周辺では雪が降っているにも関わらず、かなり大きな動きがあるらしいですよ? 何でも、冬の間も工事を続けるとか」

「ギルムでなければ、冬のモンスターという相手を気にしなくても構わない以上、注意すべきは雪だけだが……それでも雪が降る中で増築工事をするのは大変そうだな」


 雪の中で行動するというのは、驚く程に体力を消耗する。

 それでいながら身体も冷え、病気になる可能性が高くなってしまうのだ。

 また、雪そのものも視界を遮ったり、歩いている途中で足を滑らせたりといったことになりかねない。

 ……だからこそ、ギルムでは冬の間は安全を確認出来る場所だけで工事を進め、大部分の工事は中断されているのだ。


「一応聞くが、それは国王派として動いているのか? それとも、その貴族が?」

「後者ですね。正確には、その貴族と知り合いの貴族達が資金を出して……ということです」

「随分と裕福なことだ」


 そう言いながらも、エレーナの視線は憂いを帯びる。

 ベスティア帝国の首都にある闘技場に負けないだけの巨大な闘技場を作る。

 言葉だけで言えば簡単なことだが、実際にそのような闘技場を建てる為にはどれだけの資金が必要となるかを想像した為だ。

 そして、貴族達がその資金を出すと言っても……それを実際に負担するのは、その貴族達が有している領地だろう。

 つまり、税収だ。

 闘技場の建築に関わっている貴族が、自分の有する財産から金を出していないとは、エレーナも思わない。

 だが、貴族の中には自分の資金を減らすことを恐れ、住民から搾取してその金額を用意しようと思う者も少なからずいる筈だった。

 そして搾取が厳しくなれば、当然のように住民も黙ってはおらず……最悪、反乱ということになる可能性は否定出来ない。

 貴族派のエレーナとしては、国王派の貴族がそのような事態になっても困りはしないが……あくまでも、それは国王派と貴族派として見た場合にすぎない。

 ミレアーナ王国として見た場合は、国王派の貴族の領地で反乱が起きるようなことになれば、間違いなく国としての損失となる。

 幸い今はベスティア帝国を含めてどこの国とも戦争をしていないので、大きな問題にはならないが……ベスティア帝国の皇帝は、基本的に領土欲が高く、海を求めているというのは一般的に知られていることだ。

 場合によっては、それこそミレアーナ王国の国力や軍事力が落ちたと判断して、再び戦争を挑んでくるという可能性も決して否定出来ない。


(ヴィヘラの父親だと考えれば、好戦的な理由にも納得は出来るしな)


 食欲、睡眠欲、性欲……それに続く戦闘欲を持っているヴィヘラを知っているだけに、エレーナはベスティア帝国の好戦さに寧ろ納得してしまう。


「エレーナ様? どうかしましたか?」

「いや、闘技場がそこまで大々的なものとなると、完成したらお披露目も盛大にやるのだろうと思ってな」


 ヴィヘラのことを考えていたというのを誤魔化し、エレーナはそう告げる。

 そんなエレーナの様子に、テレスは特に気が付いた様子もなく頷きを返す。


「そうですね。そういう場所に男の人と一緒にいったら、その人は自分のパートナーという風に認識されそうですけど」

「……そうだな」


 テレスの言葉にエレーナはとある人物の姿を思い浮かべるが、それが誰なのかはエレーナの性格を考えれば明らかだった。

 そして、当然レイのことを知っているテレスが、こんな絶好の機会を見逃す筈もない。


「あら、エレーナ様にはどなたかパートナー候補に当てがあるんですか? 羨ましいですね。エレーナ様程の方のパートナーとなると、それはそれは素晴らしい方なのでしょうか……」


 その言葉に、テレスはエレーナがレイについて誤魔化すだろうと、そう思っていた。

 だがそんなテレスの予想に反して、エレーナは艶然とした笑みを浮かべる。

 言葉には出していないが、それだけでエレーナが自分のパートナーと考えられる相手をどう思っているのかは、明らかだった。

 普段は凜々しく、姫将軍の異名で呼ばれるエレーナが、今は女の顔をしていたのだから。


「そう言えば、今日エレーナ様に会う途中で冒険者らしい人と会ったんですけど……あれは一体誰なんでしょうね?」


 テレスのその言葉に、エレーナは誰のことを言っているのかがすぐに理解出来た。

 同時に、先程までの言葉の意味もしっかりと理解出来る。

 数秒前まで浮かべていた女としての表情から一変し、呆れの表情でテレスを見るエレーナ。

 そんな視線を向けられたテレスも、視線の意味はしっかりと理解してるのだろう。満面の笑みを浮かべてエレーナを見返していた。


「エレーナ様、深紅だったかしら。その人の件で色々と不愉快に思っている人もいるみたいですし、気をつけた方がいいと思うわよ?」

「だろうな」


 テレスの言葉に頷くものの、その表情に危機感の類は存在しない。

 もしレイを気にくわない貴族が何をしようとも、それは全く意味のない……いや、レイに絡んだ方が最悪の結果となるようなことになるのは確実だと、そう理解していたからだ。


(レイに絡んだ貴族を理由として、何か妙なことを企むような者もいるかもしれないが……そのような者がいた場合は、こちらも相応の態度をとる必要があるだろうな)


 レイの存在は、既にケレベル公爵夫妻に半ば黙認されている状況だ。

 明確に言葉に出された訳ではないが、エレーナはそう認識していた。

 それだけに、もしレイに何かしようものなら、その者にとって最悪の結果となることになるのは間違いない。


「何があっても、その者が自分で選んだ結果だ。恐らく本望となるだろう」


 そう言い、エレーナは紅茶を口に運ぶのだった。

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