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レジェンド  作者: 神無月 紅
ケレベル公爵領
1780/3865

1780話

 エレーナの帰還と、深紅の異名を持つレイの来訪。

 その報告は、当然のようにアネシスにいる貴族達にも素早く伝わる。

 ケレベル公爵の本拠地たるアネシスでは、貴族派の屋敷……どころか、国王派や中立派の貴族も屋敷を用意している者も多い。

 それはギルムにもさまざまな貴族の屋敷があるのと同様で、少しでも何らかの情報を得る為のものだ。

 まだ年が明けるまでにはそれなりに時間があるのだが、何らかの理由……他の貴族との話し合いや知り合い以外の貴族と繋がりを作る為に、まだ年明けまで時間があるにも関わらず、既にアネシスにやって来ている貴族もいる。

 そのような貴族は当然ケレベル公爵家についての情報を集める者も多く、エレーナを自分や自分の息子の結婚相手にと狙っている者も決して少なくはない。

 ……もっとも、エレーナを結婚相手にと考えている貴族は、国王派にも多いのだが。

 エレーナは姫将軍として貴族の中でも象徴的な存在となっている。

 本人も非常に有能で美しい。

 そのような存在を国王派の貴族が妻とすることが出来れば、間違いなく貴族派の勢力は落ちる。

 勿論、貴族派はエレーナだけで今の大きさになっている訳ではないので、エレーナがいなくなったからといって、瓦解するといったことはまずないのだが、それでも影響力が下がるのは間違いなかった。

 尚、中立派の貴族もアネシスには相応にいるのだが、そちらではエレーナを妻に……とそう望んでいる者は、少なくても表向きはいない。

 もっとも、そのようなことが出来るのは、あくまでも中立派が国王派や貴族派に比べれば小さい派閥だからだろう。

 小さい派閥だからこそ、率いるダスカーの強いカリスマ性によって一致団結するといった形になっているのだ。

 とはいえ、国王派や貴族派に比べて小さいが、中立派も三大派閥と呼ばれる派閥の一つだ。

 その辺の有象無象の貴族達が集まっている集団よりは、圧倒的にその規模は大きい。

 であれば、当然ながらダスカーに不服を抱くような者も皆無という訳ではないのだが。

 ともあれ、様々な貴族がアネシスに集まっている以上、エレーナの帰還とレイの来訪を知った貴族達はそれぞれに受け止め、行動を始める。


「ふざけるなっ! 異名持ちとはいえ、たかが冒険者風情がエレーナと一緒に行動しているだと! 冗談も休み休み言え!」


 男は叫び、ワインの入っていたグラスを力任せに報告を持って来た男に向かって投げつける。

 ガラスで出来たそのグラスは、男の顔に当たると当然のように割れて周囲に酒と……そしてガラスの破片で切った男の血が床に落ちる。

 それでも、男は微動だにせず自分が仕える主人に不満を言う様子はない。

 男の視線に気圧されたのか、ワインの入ったグラスを投げつけた貴族の男は、不満を表情に出したままではあったが椅子に座り直す。


「ったく、父上からエレーナと近づくように言われて来たってのに……エレーナもエレーナだ。貴族派の貴族なら、冒険者のような野良犬風情と関わるよりも、他の貴族と関わる方が優先だろうに」


 目の前にいる男が顔から血を流しているのだが、不満を口にしている男がそれを気にしている様子はない。

 それどころか、男がそこにいるのだとは思えない様子で新しいグラスに真っ赤なワインを注ぐと口に運ぶ。

 そうして口の中一杯に広がる芳醇なワインの味に、男の中にあった苛立ちも若干収まったのだろう。

 男は、改めてこれからどうするべきかを考え……すぐに笑みを浮かべる。

 ただしその笑みは、嗜虐的な笑みだ。


「そうだな、幾ら深紅とかいう異名を持っていても、結局のところはただの冒険者風情でしかないんだ。なら、俺のエレーナとの間に割って入るような真似をしたことを後悔して貰うのが一番いいか。聞いた話だと、グリフォンを従魔にしてるらしいしな。いや、それともアイテムボックスを献上させる方がいいか?」


 呟きながら、男は他の貴族が……いや、王族ですら得ようとしても得られない物を自分が手に入れた時のことを想像している。

 だが……それは男が想像して悦に浸るのであればまだしも、実際にそれを行おうとした場合は最悪の結果をもたらす。

 それが分かっているからこそ、顔から血とワインの雫を垂らしている男は口を開く。


「おやめ下さい、ガイスカ様。深紅は貴族を相手にしても実力行使を躊躇う者ではないと聞き及んでおります。ここでセイソール侯爵家の名に傷を付けるような真似をすれば……」

「黙れ」


 未来の想像――正確には妄想と呼ぶべきだが――を邪魔した男の忠告が不愉快だったのか、ガイスカは目の前の男を睨み付ける。


「何を言ってるんだ、お前は。私はセイソール侯爵家の者だぞ? そんな私を、冒険者風情がどうにか出来ると思うのか?」


 冒険者如きが、自分に傷を付けるような真似は出来る筈がない。いや、許される筈がない。

 そう告げるガイスカに、男は首を横に振る。

 ……その際、血やワインの雫も周囲に散ったのだが、男はそれを気にするよりも前にやるべきことがあった。

 レイにちょっかいを出そうとしている、ガイスカを止めるという仕事が。

 今まではずっと皆に頭を下げられ、敬われて生きてきたガイスカだけに、異名持ちとはいえ冒険者が自分に危害を加えるなどとは思ってもいないのだろう。

 ガイスカの常識から考えれば、それは間違いない。間違いないのだが……それは、あくまでもガイスカの持つ狭い世界の中だけの話だ。

 世界には、ガイスカが想像出来ないようなことは幾らでもある。

 そして、深紅の異名を持つレイもまた、そんなガイスカの想像の埒外にある存在なのは間違いなかった。


「イマーヘン侯爵家の次期当主となる筈だった、ルノジス様のことを覚えていますか?」

「イマーヘン侯爵家の……?」


 ガイスカが何故突然その名前が出てくるのかと、疑問を抱く。

 イマーヘン侯爵家というのは、セイソール侯爵家と同じく貴族派に所属する貴族だ。

 同じ侯爵家ということもあり、お互いに強いライバル心を抱いている。

 それは少し間違えば敵愾心に変わってもおかしくないくらいの激しいライバル心で、それだけにガイスカもイマーヘン侯爵家については知っていた。

 もっとも、次期当主のルノジスに比べて、ガイスカは侯爵家の息子とはいえ四男だ。

 長兄と四男では、同じ侯爵家という爵位ではあっても、地位は大きく違ってくる。

 これがまだ次男であれば、長男に何かあった時の為の予備という扱いでそれなりに重要視されるのだが、これが四男ともなれば……長男の予備の予備の予備という存在となってしまう。

 そのような立場である以上、ルノジスとは会話をしたのは数える程度だ。

 自信に満ちた印象を受ける男の顔を思い出したガイスカは、何故ここでその名前が出てくる? と疑問を抱く。

 そして疑問は、当然ながら目の前でそのルノジスの名前を出した男に向けられた。


「何故、ここでルノジスの名前が出てくる?」

「何年か前に起きた、ベスティア帝国との戦争を覚えておられますか?」

「当然だろう。あの戦争で、我が国はベスティア帝国よりも格上だということがはっきりしたのだからな」


 今まで幾度となく争ってきた国に自国が勝ったということは、ガイスカにとっても喜ぶべきことだった。

 結局あの蛮族共は、自分達よりも格下なのだと。

 それが明確になった戦争だったのだから。

 ……それでいながら、その戦争に勝利した最大の要因たるレイという存在について殆ど知りもしないのは、結局のところガイスカにとって冒険者というのは下賤の者でしかないという認識だからだろう。


「ルノジス様がイマーヘン侯爵家の次期当主の座から零れ落ちたのは、深紅のレイが影響しています」

「……何? 詳しく話せ」

「は。戦場にてルノジス様はレイと問題を起こし、その結果としてレイの手によって腕を切断されるという怪我を負いました」


 その言葉に、ガイスカは一瞬何を言われたのか分からなかった。

 ガイスカの常識で考えれば、貴族が……それも侯爵家次期当主ともあろう者が、冒険者風情に傷を付けられるなどということはあってはならないことなのだ。

 それもかすり傷どころか、腕を切断されるなどという大怪我を。


「それは事実なのか?」

「はい。それにより、レイは例え相手が貴族であっても、躊躇も容赦もしないと。そのように認識されるようになりました」

「……不愉快だな」


 侯爵家の血筋を引いていることに誇りを持っているガイスカにとって、貴族を尊重しないなどというレイの存在は不愉快な相手でしかなかった。

 もっとも、侯爵家の次期当主ですら、簡単に腕を切断するような真似をするのだ。

 侯爵家の四男という立場にある自分に対しても、躊躇することなく手を上げるのだろうことは、容易に予想出来る。

 それがまた苛立たしく、ガイスカはテーブルの上にある料理がレイの顔であるかのように、忌々しげに睨み付けるのだった。






「へぇ……あのエレーナ様に男の影、ね。その人って格好良いの? 深紅の異名持ちの冒険者なんでしょ?」


 ガイスカのいるセイソール侯爵家の屋敷から少し離れた場所にある、ミュルズ伯爵家の屋敷。

 その屋敷を任されている、ミュルズ伯爵の次女テレス・ミュルズは紅茶を飲みながら情報を持って来た相手に尋ねる。


「メアリーから聞いた話によると、小柄な男の子だということでしたけど」

「男の子? でも、エレーナ様と一緒に来たのは異名持ちの冒険者なのだから、その表現はおかしくない?」

「そうですね。男の子というのは少し大袈裟かもしれませんが……小柄なのは間違いないかと」


 メイド同士のネットワークというのは、情報が早い。

 例えそれが別の家に仕えているメイドであっても、場合によっては当主が知るよりも先に情報を得ていることがあるくらいだ。

 テレスはそれに目を付け、アネシスの屋敷で働いているメイドには積極的に他の家のメイドと交流するように指示していた。

 その結果、比較的早く情報を入手出来るようになったのは、テレスの手柄だろう。

 ……もっとも、その情報源がメイドの口コミである以上、デマや願望が混ざっていたりもするのだが。


「では、明日にでもエレーナ様に会いにいってみましょうか。深紅のレイという人も直接自分の目で見てみたいですし」

「お嬢様も物好きですね。……いえ、このことを知ったら興味を持つような人は大勢いるでしょうけど」


 貴族派の貴族にとって……いや、貴族派以外の貴族にとっても、姫将軍の異名を持つエレーナは大きな意味を持つ人物だ。

 そのような人物が男を連れて戻ってきたのだから、それに興味を抱かない者の方が少ない。

 その興味が、好意的なのか悪意的なのかはまた別として。

 メイドはそんなテレスの言葉に笑みを浮かベながらそう言うが、ふと首を傾げる。


「ですが、お嬢様。エレーナ様が帰ってきたとなれば、当然面会を希望する人は増えるでしょう。そうなると、お嬢様でもそう簡単に会うことは出来ないと思うのですが……」

「その辺は……そうね、アーラにでも会えば何とかなると思うわ。それに、別に私一人でエレーナ様に会うとは言っていないし。何人かお友達を誘いましょう」


 楽しそうに……それはそれは心の底から楽しそうに、テレスは微笑むのだった。






「何? あの深紅のレイか? ……なるほど、そう言えば最近は貴族派と中立派が接近していたな」


 エレーナの帰還とレイが同行してきたとの情報に、国王派の貴族にしてミューゼイ男爵家の次男たるラニグス・ミューゼイは納得したように頷いた。

 そんなラニグスの言葉に、情報を持って来た騎士の男は首を傾げる。


「そうですか? 私が以前見た時には、貴族派の貴族が中立派の貴族に難癖を付けていましたが。……もっとも、ラルクス辺境伯が姿を現したら、すぐに逃げていきましたけど」

「まぁ、貴族派は国王派程ではないにしろ、大きいしな。特権意識だけを持っている馬鹿な貴族も多い。だが、上の方……少なくてもケレベル公爵は本気で中立派と手を組もうとしている筈だ。その証拠に、愛娘を増築工事中のギルムに向かわせていたのだからな」


 国王派にも、当然のように貴族派の貴族がギルムの増築を面白く思わず、それを妨害しようとしていた者がいるという情報は入っている。

 ミレアーナ王国の最大派閥にして、国王という権力の頂点に位置する存在を指導者として掲げている国王派は、当然のように諜報能力も非常に高い。

 だからこそ、今ラニグスが口にしたような情報も入手していたのだ。


「上、ですか。今回の一件、厄介なことにならないといいのですが」

「どうだろうな。国王派は間違いなく最大派閥だ。それだけに、好き勝手に動いている奴も多いし、国王陛下の覚えを良くして貰おうと考えている者も決して少なくない」


 ラニグスの言葉に、騎士の男は嫌そうな表情を浮かべる。


「ラニグス様がそういうことを言うと、大抵騒動になるんですよね」

「俺のせいにされてもな。……とにかく、深紅のレイが今ここに来たということは、新年のパーティーに参加するのは間違いないだろう。そうなれば、恐らく……いや、間違いなく何らかの騒動が起きるのは確実だろうな」

「だから、そういうことを言わないで下さいよ」


 騎士の男は、これから起こる面倒を想像して溜息を吐くのだった。

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[一言] ガイカス→男のカス あっ…ガイスカですかそうですか
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