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レジェンド  作者: 神無月 紅
騒がしい秋と冬
1775/3865

1775話

 意識を失った女を前にして、レイは周囲の気配を探る。

 そんなレイと共にセトも周囲の気配を探るが……既に周囲に気配はない。

 いや、正確にはギルムの住人の気配なら幾らでもあるのだが、自分達に敵意や殺意を持っている気配は既に存在しないと言うべきか。

 デスサイズを手に、また女が狙われた瞬間にはすぐにでも反応出来るようにしながらその場で待機していると、やがて複数の足音が聞こえてきた。

 もっとも、その足音を聞いたレイは緊張するのではなく、寧ろ安堵したのだが。

 もし気絶している女を続けて狙うのであれば、それこそ今のように大勢が走ってくるような真似はしないだろう。

 そうである以上、この足音がどのような者の足音なのかは考えるまでもなく明らかだった。


「動くな!」


 路地裏に入ってくるなり、叫ぶ警備兵。

 そう、近づいてきていた足音は、レイが予想した通り警備兵のものだった。

 警備兵の方も、女が襲われていると叫び声が上がってやってきてみれば、そこにいたのはレイとセトだったことに驚いたのだろう。

 叫んだ警備兵は、驚きながらも口を開く。


「レイ……だよな? さっきの叫び声はレイのことを言ってたのか?」

「ああ、その通りだ。もっとも、あの声は俺の気を引いてこの女を殺そうとしたのだろう奴の仕業だろうが」


 そう言いながら、レイはデスサイズをミスティリングの中に収納しつつ、地面に落ちている短剣の残骸に視線を向ける。

 刀身が綺麗に切断されているその短剣は、警備兵の表情を厳しくするには十分だった。


「どうなっているのか、詳しい説明を聞かせてくれるか?」

「そうだな。俺もそれは構わないけど、いつまでもここにいるのは、この女の身を考えると危ない。詰め所に行って話さないか? この女の治療もしないといけないだろうし」


 女を気絶させたのはレイなのだが、本人は全く気にした様子もなく告げる。

 だからこそ、警備兵達も女が気絶しているのは短剣の持ち主がやったのだろうと判断し、気絶した女を連れて路地裏を出る。

 ……警備兵が複数路地裏の中に入っていったのだから当然だったが、路地裏から出たレイが見たのは、何があったのかと物見高い者達が大勢集まっていた光景だ。


(もしかしたら、この中にさっきの短剣を投げた奴も混ざってるとか……有り得るか。とはいえ、それを見つけ出すのも大変だしな。向こうが尻尾を出すのを期待するしかないか)


 そう考えながらも、レイは恐らく現状ではそのような真似はしないだろうという予想があった。

 

「じゃあ、レイ。悪いんだけど事情を聞きたいから詰め所まで頼む」


 周囲にいる者達を眺めていたレイは、警備兵の言葉に頷きを返す。

 尚、そんなレイの姿を見ても、見物客達は驚くよりもまたかと思っている者の方が多い。

 何故なら、ここ数日レイが何か悪さをしている者を捕らえるといったことをするのは、何度も行われている。

 だからこそ、レイが警備兵と一緒に詰め所の方に向かってもこれまでと同じようなことが起こったのかと思う者の方が多い。

 いつもと少し違うのは、警備兵達が来るよりも前に叫び声が周囲に響いたことか。

 ただし、その叫び声がレイのことを言っていると誰も思わないのは……レイの普段の態度からか。

 絡んできた相手や悪人といった相手には容赦しないレイだったが、善良な住人に対しては手を上げるようなことは基本的にしない。

 ギルムの住人もそれを知ってるからこそ、こうしてレイを見てもレイが何か犯罪行為を犯したとは思わないのだろう。


「ん? なぁ、おい。あの女は一体なんだ? 結構美人……いや、可愛いけど」


 警備兵が運んでいる女に、見物客の何人かが気が付く。

 一人がその存在に気が付いて口に出せば、他の者達も当然のようにその存在に気が付き、誰なのかと噂する。

 美人ではなく可愛いと呼ぶに相応しい容姿をした女。

 ……その女が、セトを剥製にしようと考えていたと、予想出来る者はそういないだろう。

 もっとも、見物客の中に混ざっている冒険者の中には、女がそれなりに出来ると見抜いた者もいたが。

 そして……路地裏からセトが出て来たのを見て、残念そうな表情を浮かべる者が何人か。

 出来ればセトを愛でたいところなのだが、レイが警備兵の詰め所に向かうということは当然セトもそれについていく訳で、セトを愛でることが出来ないと残念に思っているのだ。

 中には警備兵の詰め所の近くで待っているセトを愛でるといったことを考えている者もいるのだが。

 ともあれ、レイ達はそんな様々な視線を向けられつつ警備兵の詰め所に向かうのだった。






 警備兵の詰め所の中、レイはここ何日かで何度も見ている警備兵と話していた。

 その光景は非常に和やかで、レイの前にはお茶の入ったコップすら置かれている。

 とてもではないが事情聴取と言われて想像するような光景ではなく、どちらかといえば談笑していると表現するのが相応しい。

 もっとも、雰囲気は和やかだったが、話されている内容は決して穏やかなものではなかったのだが。


「それで、投擲された短剣を俺が防いだ訳だ。短剣の残骸は回収したんだよな?」

「ああ。ただ、あの短剣そのものは、そこまで珍しい物じゃないな。投擲用に作られている短剣ではあるが、あくまでもそれだけだ。腕のある職人が作った……とかだったら、ある程度製造場所も特定出来るかもしれないが……」


 そこまで腕の良い職人の作品ではないから、その辺りを追跡するのは難しい。

 そう警備兵が続ける。


「そうなると、あの女の目が覚めてから情報を聞き出す必要があるんだけど……どうだ?」


 レイの言葉に、視線を向けられた警備兵は首を横に振る。


「まだ目を覚ます様子はない。レイが言う通り、ベッドに縛り付けて動けないようにした上で見張りを付けてるが……」


 見張りを付けているというところで言葉を濁したのは、女の寝顔をじっと見続けろと部下に命令したところ、別の部下……女の部下から冷たい視線を向けられたからだろう。

 女の寝顔をじっと見るというのは、趣味が悪いと。

 とはいえ、その女の警備兵はそこまで強い訳ではなく、もし医務室のベッドで気絶している女が目覚めて暴れ出した場合、止められるとは思えなかった。

 結果的に最初に命令した部下にそのまま命令を遂行するように言ったのだが……女の部下の冷たい視線は、命じた警備兵も、命じられた警備兵の心も鋭い刃で穿っていた。

 ともあれ、気絶しているだけに無理に起こすといった真似も出来ず、警備兵としては自然と目を覚ますのを待つしかない。


「それにしても、今更ギルムでレイにちょっかいを出そうとする奴がいるなんてな。どんな命知らずだ?」

「多分、あの赤い布の連中に関係あると思うんだけどな」

「あー……お前が最近探してるっていう。正直、あの連中の相手をレイにして貰って、こっちとしては助かってるよ」


 増築工事の為に例年よりもギルムに残っている者が多い為に、当然のように様々なトラブルも多くなる。

 その為、警備隊の手は現状ではかなり足りないのだ。

 それこそ、増築工事の大半が現在は止まっているにも関わらず、未だに冒険者達を見回りの補助という形で雇っているくらいには。

 仕事が減少し、増築工事の為にギルムに来ていた者達もかなりの数が既にギルムを出ていった。

 にも関わらずこれだけ忙しいのは、仕事がなくなったからこそ、昼間から人が街中に溢れるようになった為だ。

 そのような警備兵にとって、赤い布を巻いてる者達限定ではあっても、犯罪行為をしている相手を見つけては捕らえてくれるレイという存在は、非常にありがたかった。

 ギルドに依頼しておらず、レイが自分からやっていることなので、報酬が必要ないというのも警備兵にとっては嬉しい。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、結局捕まえられるのは雑魚ばっかりなんだよな」

「犯罪行為をしているのが、末端……レイの言う雑魚なんだから、そういう奴を追っても当然それは雑魚ばかりになるだろ」

「分かってるんだけどな。だからこそ、あの女には期待してるんだし」


 結局そこに戻ってしまう。

 そして女の意識が戻るまでは特にやることもないので、こうして話をしているのだが……ふと、レイが気が付く。


「いや、警備兵は忙しいんじゃないのか? こうして俺の相手をしててもいいのか?」

「ああ。だから、お前の相手をしてるのは俺だけで、医務室の方にも一人だけ残して、他の連中は仕事に向かわせただろ?」

「……それでお前はこうして俺とゆっくりしてる訳か」


 若干呆れ気味にレイが告げると、警備兵はそんなレイの言葉に寧ろ胸を張って笑みを浮かべる。


「これが俺の仕事だからな。それに……」


 更に何かを言おうとした警備兵だったが、それを言うよりも前に扉がノックされる。

 

「ちょっといいかい。医務室の女が目を覚ましたよ。今はロモロが見てるけど、出来るだけ早く来て欲しいそうだ」


 そう言ったのは、四十代程の男。

 この詰め所の医務室を任されている医者だ。

 そしてロモロというのは、気絶した女を見張らせていた……そして現在詰め所にはいない、女の部下から冷たい視線を向けられた男。


「目が覚めたか。なら、行くか。レイも行くよな?」

「当然」


 そう言いながら、レイも座っていた椅子から立ち上がる。

 そもそも、レイがここに残っていたのはあくまでもあの女から事情を聞く為だ。

 何を考えて、赤い布を配って犯罪行為をするような真似をしているのか。

 ……勿論、あの女が赤い布の一件に関わっているという、物理的な証拠は何もない。

 それどころか、レイやセトに害意を向けたというだけである以上、状況証拠が揃っているとすら言えないだろう。

 ギルムでレイに害意を持つ存在がいないとは限らないのだから。

 裏の組織でも、レイの強さや敵に容赦をしないという行動から迂闊に手を出すようなことはしないが、それはレイに敵意を持っていないということではない。

 手を出した時に得られる利益と不利益を天秤に掛け、圧倒的に後者が勝るからこそ手を出していないのだ。

 裏の組織に所属する者の中には、当然ながら威張りたい、周囲から一目置かれたい、そう思っている者も多い。

 だからこそ、裏の組織の上層部はともかく、下っ端のような者達にとってレイという存在は非常に邪魔なのだ。

 ……実際には裏の組織の中にもセト愛好家がいたりするので、必ずしも全員がレイに敵意を持っている訳ではないのだが。

 ともあれ、現在医務室にいる女がそのような裏の組織の一員であるという可能性は、必ずしも捨てきれないというのが、警備兵の考えだった。


「……騒いでるな」


 医務室が近くなると、今までレイの相手をしていた警備兵が呟く。

 実際、もっと前からレイの耳にも医務室で騒いでいた女の声が聞こえてきていた。

 縛っている縄を解け、自分にこんな真似をしてもいいと思っているのか。

 そのようなことを叫んでおり……更にはロモロに対して、そんな真似をしているから女にモテないといったことや、それ以外にも様々にロモロの心をへし折るようなことを叫んでいる声が聞こえてくる。


「うわぁ……」


 その内容を、警備兵も理解したのだろう。

 もしこのまま医務室に向かえば、自分もこの言葉の刃を受けることになるのだと思い、警備兵の足が少し鈍る。

 医務室を任されている男がロモロを置いてやって来たのは、この口の悪さが原因なのではないかと思える程の悪口雑言だ。

 それが休むこともなく、次から次に聞こえてくるのだから、ロモロの精神的なダメージは相当なものになっているのは間違いなかった。

 医務室の前までやったきたレイ達だったが、先頭を進んでいる警備兵の足が止まってしまったので、当然のようにレイと医者の足も止まる。


「おい、中に入らないのか?」


 扉の前で数十秒が経っても動かない警備兵に、レイはそう告げる。

 勿論、レイも医務室の中から聞こえてくるような口の悪い相手と顔を合わせて話したいとは思わないが、それでも情報を聞き出す為には顔を合わせる必要があった。


「あー……分かってる。分かってるんだが。それでも……なぁ? 分かるだろ?」

「お前の言いたい事は分からないでもないが、だからといっていつまでもこのままって訳にはいかないだろ。いい加減、覚悟を決めて部屋の中に入れ」


 そう言うレイに警備兵の男は恨めしげな視線を向けるが、レイが言ってることもまた、事実。

 だからこそ、やがて覚悟を決めた男は医務室の扉を開け……


「だから、さっさと私を……え?」


 ロモロを相手に何かを叫んでいた女だったが、扉が開いたのに気が付き、そちらに視線を向け……警備兵を見て何かを言い掛けるも、その後ろにレイがいるのを見た瞬間、女は再び意識を失ってベッドに倒れ込むのだった。

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