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レジェンド  作者: 神無月 紅
騒がしい秋と冬
1766/3865

1766話

「……嘘だろ……」


 レイは自分の手に持っている肉まんを見て、唖然とした声を出す。

 外見そのものはそこまで変わらない。

 だが、エドワルドの仲間の中で料理について造詣の深い者達がアドバイスすることにより、その肉まんの味はかなりの物になった。

 いわば、五十点くらいだったのが七十点くらいになった、といったところか。

 しかし、レイが驚いたのはそこから先の話だ。

 模擬戦から十日程が経った頃、街中で偶然にエドワルドに遭遇し、肉まんが更に改良されたのでちょっと食べていきませんかと言われて頷いたレイだったが、そこで案内されたのは以前と同じ訓練場の近く……ではなく、大通りの中でもそれなりに立地条件が良い場所だった。 

 何人もの客が肉まんを買っているその様子は、レイにとっては驚きだった。

 だが、それよりもレイが驚いたのは、渡された肉まんを食べ……その後で、エドワルドが肉まんの具の中にゴブリンの肉が入っていると言ったことだった。

 ゴブリンの肉といえば、それこそ臭くてとても食べられたものではなく、金のない者が飢え死にせずに済むよう生き延びるために味を我慢して食べる……といった代物だ。

 そんなゴブリンの肉の入っている肉まんが、何故これだけの味を出せるのか。

 エドワルドの仲間のアドバイスで肉まんが七十点程の味になったとしたら、ゴブリンの肉を使ったこの肉まんは八十点くらいにまで上がっている。

 勿論、点数の上がり具合としては五十点から七十点まで上げる方が、幅としては大きい。

 だが、五十点から七十点まで上げるのと、七十点から八十点まで上げることのどちらが難しいかと問われれば、多少の例外はあるかもしれないが、大抵は後者の方が難易度が高いと判断するだろう。

 その難易度の高いことをやってのけた最大の原因が、ゴブリンの肉だというのだ。

 それをエドワルドから知らされたレイが、驚くなという方が無理だった。


「ははは、驚きますよね。ゴブリンの肉ですし。ですが、これがまた不思議な程に食べられるんですよ。……もっとも、どんな料理にも使えるという訳ではないらしいですが」

「それでも、ゴブリンの肉だぞ? 一体どうやってそんな真似が出来るようになったんだ?」

「実は、あそこで訓練をしていた者の中に、ゴブリンの肉をどうにかして食べることが出来るようにと研究をしている人の知り合いがいましてね」

「……ん?」


 エドワルドの言葉に、ふと何かに気が付いたかのようにレイは肉まんから顔を上げ、尋ねる。


「それって、もしかしてパーシー道具店のマーヨだったりするか?」

「おや、ご存じなので?」


 かなり大きな驚きの表情を浮かべたエドワルドが、そうレイに尋ねる。

 そんなエドワルドの言葉に、レイは頷く。

 知らない筈がない。

 元々マーヨにゴブリンの肉を食べられるように出来ないかと研究を持ち掛けたのは、レイなのだから。

 もっとも、研究そのものはマーヨに任せており、レイは何かそれに役立ちそうな調味料や食材といった物を入手したら、マーヨに届けるといったことをしていた程度だし、何より最近は非常に忙しかった。

 ギルムの増築、レーブルリナ国の一件、そこからギルムに移住してくる者達の護衛や物資の補充、そして新たに出来たダンジョンの攻略といった具合にやるべきことが多く、マーヨのところに顔を出す暇が殆どなかったのだ。

 ……まぁ、その割には気分転換といった具合に海で魚を獲ったりといった真似をしてもいたのだが。


「ああ、俺の知り合いだ。最近は顔を出してなかったんだけど、ゴブリンの肉を美味く食べることが出来るまでになったのか。……凄いな」


 自分がゴブリンの肉を食べられるように依頼をしたことは、レイも口にしない。

 実際、レイは依頼しただけであって、実際に研究を重ねてゴブリンの肉を食べられるようにしたのは、マーヨなのだから。

 ただ、本当にマーヨがゴブリンの肉を食べられるようにしたというのであれば、それは現状のギルムにとってはかなりありがたいのは間違いない。

 増築工事という仕事を求めてギルムにやって来た者もいれば、千人近い人数を率いてやって来たスーラ達もいる。

 そうなれば例年以上に食料が必要となるのは確実だった。

 そんな中で、ゴブリンの肉を美味く食べることが出来るのであれば……食料の問題が完全に解決するという訳ではないだろうが、それでも大分楽になるのは間違いない。


(そうだな。今日は珍しく特に何もやることがないんだし、ちょっとパーシー道具店に寄ってみるか。どうやってゴブリンの肉を食べられるようになったのかも、興味あるし)


 肉まんを食べ、自分が主張したように挽肉だけではなく、大きめに切られて肉の食感を楽しめる――それがゴブリンの肉なのだが――ように工夫されていることに満足しつつ、レイはそう判断する。


「レイ殿からの頼みはこうして無事に完了したと、そう認識してもいいですか?」

「ああ、文句はない。いや、予想以上だ」


 そんなレイの賞賛の言葉に、エドワルドは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 エドワルドも、あの美味くもなく不味くもない肉まんを売っている屋台が、ここまで売れるようになるとは思ってもいなかったのだろう。 

 ともあれ、レイに無理をいって模擬戦をやって貰ったのだから、それに対してきちんと自分の役目を果たせたと安堵するのは当然だった。

 エドワルドにしてみれば、あのような条件でレイに模擬戦を行って貰ったことに、強い恩義を感じていたのだ。

 そうである以上、対価として屋台をここまで繁盛させたのは当然だという思いがある。

 ……実際、屋台を多少繁盛させる程度でレイが模擬戦をしてくれると広まれば、それを聞いた者の多くがレイに模擬戦を挑んできてもおかしくはない。

 そのような条件であれば自分も、と。

 実際には偶然に偶然が重なった上で……偶然肉まんを売っている屋台をレイが見つけ、偶然それが訓練場の前にあり、偶然レイがいる時にその訓練場で訓練をしていたシュバルが肉まんを買いにやってきて、偶然シュバルが料理について深い見識を持っており、偶然シュバルは強さに対して貪欲でレイとの模擬戦を考えついた。

 ここまで幾つもの偶然が重なり、それで始めて今回の模擬戦は成立したのだ。

 普通なら、そこまで偶然に偶然が重なるということはない。

 だからこそ、エドワルドは他の者が自分と同じようにレイと模擬戦を依頼ではなく頼みとして挑む際に、そのハードルを上げることが出来た……つまり、レイの手を患わせないですんだのが嬉しかったのだ。

 その後、十分程エドワルドと話したレイは、パーシー道具店に向かう。

 尚、今日もレイの側にセトの姿はない。

 いや、最初はセトもレイと一緒に街中を散歩していたのだが、途中で子供達につかまり、ヨハンナまでもが姿を現したこともあって、セトは今日はそっちで遊ぶということになり、現在はこうして一人だった。

 途中で幾つかの屋台で買い食いをしながらパーシー道具店に向かっていたレイだったが、見覚えのある店構えを見つけ……同時に、店の前に何人もの人がいるのを見て首を傾げる。

 パーシー道具店は、優良な店としてそれなりに知られている。

 品質の高い道具を良心的な値段で売っているので冒険者の評価も高く、時には行商人までもがこの店に道具を仕入れにくるということすらあるのだ。

 だから、まだギルムに残っている行商人が商品を求めて店を訪れるのは珍しくはないし、冒険者がいてもおかしくはない。

 だが……見るからにそのどちらでもない、普通の人と思える者達が集まっているのは、レイにとっても意外だった。


「えーっと……何がどうなってこうなった? 単純に店が繁盛してるって訳でもなさそうだけど……」


 そんな疑問を抱くレイだったが、取りあえずこのままここにいても意味がないと判断して店の中に入る。


「いらっしゃいませ! 申し訳ありません、現在……レイさん!?」


 店員は、最初新しく店に入ってきた相手を客だと思ったのか待たせてしまうということを言おうとしたが、その人物がレイであると理解すると驚き、慌てたように口を開く。


「レイさん、こちらにどうぞ」


 そう言い、半ば強引にレイを店の奥まで引っ張って行く。

 それを見た他の客達がレイを羨ましそうに見ていたが、ドラゴンローブのフードを被っていても、それがレイだと気が付き、もしかして……と思う。

 現在ここに来ているのは、ほぼ全てが料理人や食材に関する商売に関わっている者だ。

 それだけに、レイの存在に気が付いた者は、ゴブリンの肉の一件にもレイが関わっているのでは? と考え……実際、それは当たっていた。

 そんな風に何人かの客達が考えている中で、レイの姿は店の奥にある部屋にあった。


「あ、レイさん。随分と早かったですね」


 そうレイに向かって声を掛けてきたのは、身長は百八十cm近く、それでいて体重も百kgを優に超えていると思われる、巨漢の男だった。


「マーヨ、随分と忙しくなったみたいだな」

「……正直、どこからあの屋台の話が広がったのか、全く分からないんですけどね」


 面倒臭そうに首を横に振るマーヨだったが、エドワルドですらゴブリンの肉を使ったという話を知っていたのだから、どこからか情報が漏れたのは確実だった。


「それだけゴブリンの肉を美味く食えるってのは衝撃的だったんだろ。……で? どうやった?」


 普通であれば、儲けの種の秘密を聞いても答える筈はない。

 だが、レイの場合はマーヨと共同研究者――殆ど名目上にすぎないが――という扱いとなっている。

 実際ゴブリンの肉を食べられるようにする為に、ギルムでは高価な香辛料を融通したりといった真似もしてるので、研究に貢献していないという訳ではない。


「まぁ、そこまで難しい話じゃないんですけどね。それに、正直なところ使える時期も量も決まってますし」

「つまり、根本的な解決という風にはなっていないのか?」

「ええ。ガメリオンの内臓を幾つか使って、ゴブリンの肉を処理するという方法ですね。そこまで稀少な部位という訳でもなかったので、それなりに安値で入手出来ます。……今は、ですけどね」

「あー……つまり、ガメリオンの内臓があることが前提な訳だ」

「そうなります」


 基本的に、内臓というのは非常に腐りやすい。

 そうである以上、例えこれから冬に向かうギルムであっても、そう長期間保存しておくといった真似は出来ないだろう。

 ……当然、それは時間が経てば腐る訳で……


「だから、俺が来たと知ったあの店員が、すぐにここに通した訳か」


 そう、レイの持つミスティリングの中では、時間が流れない。

 それこそ、数年前に倒した肉ですら、新鮮な状態ですぐにでも食べられるように。


「そうなります。本当はもう少し研究の成果が固まってからレイさんを呼ぼうと思ってたんですけどね。レイさんをここに呼んだ奴は、その辺りの事情を知っていたんでしょう」

「なるほど。……ただ、悪いけど俺は色々と忙しい。もう少ししたら、ギルムを出て……次に戻ってくるのは、恐らく年が明けてから少ししてになる。それでも構わないか?」


 レイの言葉に、マーヨは少し考えてから口を開く。


「構わないかどうかと言われると、若干構うんですけど……それでも冬の間に帰ってきて貰えるのであれば、大体は何とかなると思います。ただ、現在集めている分を半分程でいいので預かって貰えますか? それ以外の分は、後で料理人の人達に色々と試してみて貰おうと思ってるので」


 肉まんの屋台をやっていた男にゴブリンの肉を渡したのも、その研究の一環だったんです、と。そう告げるマーヨ。


「つまり、今はゴブリンの肉をどうやって調理すれば美味く出来るのか、それを色々と試している訳か」

「はい。こちらでも色々と調理してみたんですが、とんでもなく不味い料理になったかと思えば、それなりに美味い料理になったりもして。具体的にどのような理由でそうなってるのかが分からないので」

「……で、店の中にいたり、店の周りに集まっていたのは、そういう連中な訳だ」

「そうらしいですね。別にこちらから呼んだ訳じゃないですが、どこかから情報が漏れたみたいで。……料理人だけあって、皆ゴブリンの肉に興味津々らしいです」


 正確には普通のゴブリンの肉ではなく、きちんと食べられるようになったゴブリンの肉だろう。

 それも、ガメリオンの内臓が必要となるのであれば、それが食べられる場所はどうしても限られる。

 それこそ美味いゴブリンの肉は、ギルムの新しい名物になるだけの強い印象を与え……それに挑戦してみたいという料理人が多くなるのは、当然のことだったのだろう。

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