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レジェンド  作者: 神無月 紅
騒がしい秋と冬
1763/3865

1763話

「……で? 結局その頼みを引き受けることにした、と」


 既に秋も終わりを告げそうな時季なのだが、レイ達は相変わらずマリーナの家の庭で食事をしていた。

 もっとも、何もしない状態であれば当然寒いので、マリーナが風の精霊魔法を使って夜の冷たい風を庭の中にはいれないようにしているのだが。

 これは精霊魔法使いとしては腕の立つマリーナだからこそ出来ることであり、例えマリーナと同じ精霊魔法の使い手であっても、そう容易く出来ることではない。

 それこそ、もしマリーナ以外の精霊魔法の使い手がこの光景を見れば、何という技術の無駄遣いと嘆きの声すら上がるだろう。

 セトと一緒に食事をするとしても、他に何か方法はあるだろうと。

 だが、マリーナにしてみれば自分が精霊魔法を使えば十分なのだから、これが一番手っ取り早い。

 雪が降ってくるようになれば、地面に雪が積もったりしてこのような真似をするのも難しくなるが、それまでは……と、そう思っても不思議ではない。

 そんな凄腕の精霊魔法使いが、テーブルで肉や野菜がたっぷりと入ったシチューを食べているレイに、呆れの視線を向けていた。

 トレントの森の仕事もほぼ終わり、今のレイは特に急ぎでやるべき仕事もない。

 だが、もう少ししたらエレーナと共にケレベル公爵領に出向かなければならないのだから、何もそんなことに時間を使わなくても……というのが、マリーナの正直な疑問だ。

 いや、それはマリーナだけではなく他の面々もまた同様だ。

 唯一、ヴィヘラのみが戦闘訓練と聞いて、期待の視線を向けていたが。


「ああ。正直なところ、本当はその依頼……いや、頼みを引き受けるつもりはなかったんだが」


 ギルドを通してない依頼という形ではあるが、レイの印象としては依頼ではなく頼みという感じだった。


「では、何故引き受けたのだ?」


 マジックアイテムの窯で焼いた魚を食べつつ、エレーナが尋ねる。

 全長四十cm程もある鯛に似た魚だったが、窯の熱で焼かれたその身はホッケのような食感があり、貴族として様々な料理を食べた経験のあるエレーナも十分に満足出来る味だった。

 また、その身と酸味の強い果実を使って作ったソースの相性も非常にあっており、本来であればそれこそ高級店で出てもおかしくない料理だ。


「その屋台で肉まんを買っていった男が、実は食堂の生まれらしくてな。俺が頼みを受けて一度訓練をしてやれば、その肉まんの屋台の店主に色々と教えてもいいって話だったからな」


 そう、スキンヘッドの男は食堂を営んでいた家で生まれ育った為、料理に関してはそれこそレイよりも深い知識を持っていた。

 それこそ小さい時から家の手伝いをしていたのだから、その辺りの知識は自然と身に付いたのだろう。

 もっとも、本人は結局料理人ではなく冒険者の道を選んだのだが。

 だが、料理人ではなく冒険者になったからといって、小さい頃から身につけてきた料理の知識や技術が失われる訳ではない。

 そして、だからこそスキンヘッドの男は、レイが肉まんを売っている屋台を出来れば助けたいと、そう考えていることを理解したのだろう。

 そんなレイの考えを見抜いたからこそ、結果として自分の調理技術や肉まんを作る上での助言をするという対価と引き替えに、レイに訓練をしてくれるように頼んだ。

 ……客観的に見れば、レイは冒険者の訓練を引き受け、その報酬を受け取るのは肉まんの屋台の店主ということになる。

 そういう意味では、レイにとって利益の類はないのだが……それでも、レイはその頼みを引き受けることにした。

 レイにとって、食の充実というのは非常に大きい意味を持つ。

 ましてや、新しいことに挑戦した結果が失敗となれば、それに続く者も手を出しにくくなるだろう。

 そうならない為に、そしてレイが美味い肉まんを食べる為に、その頼みを引き受けたのだ。

 エレーナの疑問に対してレイが説明すると、向けられたのは呆れ……ではなく、寧ろ納得の視線。

 レイとの付き合いも長い面々にしてみれば、レイが食事という行為をどれだけ重視しているのかは明らかだったからだ。

 寧ろ、その男の行動が非常に上手かったと言えるだろう。


「なるほどね。ただ、訓練をするのはいいけど、時間はあまりないわよ?」

「分かってる。明日一日だけだから、心配はいらない」

「あ、じゃあそれ……私も行っていい?」


 自分も訓練に参加したいと主張したのは、当然のようにヴィヘラだ。

 戦いを楽しみ、強敵との戦いを何よりも好むヴィヘラとしては、この状況で自分が参加しないという選択肢は存在しない。

 それは、レイが食べ物に弱いということ以上に、この場にいる全員が知っていたことだ。


「それは構わないけど、見回りの方はいいのか?」


 レイが主な仕事としている、トレントの森での木の伐採は、もうすぐ冬ということで既に殆ど終わっている。

 だからこそ、レイはこうして他の冒険者の戦闘訓練に付き合う余裕があった。

 だが……ヴィヘラが主にしていた仕事は、基本的に警備兵の手伝いとしてギルムの見回りだ。

 商人達の数も大分少なくなり、可能な限り増築工事の仕事をしていた者達も、そろそろ仕事を終えてギルムを出ていった者も多い。

 そのおかげで、最盛期の時に比べればギルムの中でも騒動は少なくなってきているが、それでもギルムで年を越そうと思った者はまだ残っているので、例年よりもギルムの住人は多い。

 そして住人が多くなれば、当然のようにトラブルも多くなり、警備兵の仕事が忙しくなる。

 警備兵の手が回らない場合、当然のようにその仕事は冒険者に回ってくることになり……警備兵の補助としての見回りの仕事は、まだそれなりにあった。

 そちらの仕事は大丈夫か? とレイが聞いたのだが、ヴィヘラは全く問題はないと笑みを浮かべる。


「少し前までに比べると、大分忙しさは減ったわ。私が参加しなくても、特に問題ないと思う」


 そんなヴィヘラの言葉に、レイは……いや、その場にいたエレーナ、マリーナ、アーラの三人までもが、五杯目のシチューを味わっているビューネに視線を向ける。

 四人の視線を向けられたビューネは、そのことに気が付くと無言で頷く。

 シチューを食べることに集中していても、しっかりとレイ達の話は聞いていたのだろう。

 ヴィヘラの言ってることは真実だと、そう態度で示すビューネ。

 それを見て、ようやくレイ達はヴィヘラの言葉を信じたが、当然のようにそれを見ていたヴィヘラは気を悪くする。


「ちょっと、私の言葉は信用出来なかったの?」

「そう言われても、普段の行いが……ねぇ?」


 マリーナの言葉に、レイ、エレーナ、アーラの三人は、タイミングを合わせたように頷く。

 もしこれが、何か別の話……それこそ戦闘に関わらないものであれば、ヴィヘラの言葉も信用出来ただろう。

 外見からは想像出来ないが、ヴィヘラは戦闘が関わらないことであれば真面目にこなすのだから。

 だが、それが戦闘に関わってくると、話は大きく変わってくる。

 今までの経験から、レイ達がそのように思ってしまうのは当然だろう。

 ヴィヘラも自分の性格については理解しているのか、他の面々の態度にはそれ以上何も言えなくなる。

 何も言わないだけで、据わった目つきでレイを見ていたが。

 そんなヴィヘラの様子に気が付いたレイは、そんなヴィヘラの気分を変えるように口を開く。


「じゃあ、その戦闘訓練にはヴィヘラも来るってことでいいな?」

「ええ。それと、ビューネもね」

「ん?」


 突然のヴィヘラの言葉に、シチューに集中していたビューネが自分も? と小首を傾げる。


「ええ。いつも決まった相手とばかり模擬戦していると、どうしても慣れのようなものが出来てしまうでしょ? だから、今回の件はちょうどいいのよ。構わない?」

「……ん」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネは少し考えてから頷きを返す。

 ビューネにとっても、戦闘訓練はしておいて損はないと理解している為か。

 レイが率いる紅蓮の翼というパーティは、戦闘力の強い者が揃っている。

 それだけに、まだ小さいとはいえビューネは自分の力を強めておくのは必要と考えていた。

 だからこそ、ヴィヘラの言葉に素直に頷いたのだ。


「ってことだけど、構わないわよね?」

「ああ、俺もそれでいいと思う。向こうも戦闘訓練をする奴が多ければ多い程にいいだろうし」


 レイ達と戦闘訓練を期待しているが、それ以外にもヴィヘラやビューネとの戦闘訓練も重要なのは向こうにとっても悪いことではない筈だった。


「ヴィヘラとビューネが来るとなると、エレーナ達はどうする?」


 いっそ全員で行くか? と、そう告げるレイだったが、エレーナはそんなレイの言葉に首を横に振る。


「いや、私が出歩くと色々と騒ぎになる可能性もある。それに、貴族派が何らかの動きを見せたりしないとも限らないしな。ここに残るとしよう」

「私がいるから、何かあったらすぐに知らせるんですけど……」


 アーラにとっては、エレーナがギルムの外に出ているよりは、問題がないと思えた。

 もっとも、エレーナと一緒にいられる時間は最近貴重なので、アーラとしてはエレーナが動かないのは大賛成だったのだが。


「マリーナはどうする? 俺達と一緒に行くか?」

「うーん、その屋台にはちょっと興味あるけど、ちょっとギルドから呼ばれてるのよね」

「……何か問題か? もしかして、またどこかにダンジョンが現れたとか、ないよな?」


 もしそうなら、模擬戦よりもそちらに行く。

 そう言外に告げるレイだったが、マリーナはそんなレイに対して苦笑を浮かべつつ首を横に振る。


「違うわよ。ああ、でもダンジョンじゃないけど、レイ関係と言えばそうかしら」


 どういうことだ? と疑問を抱くレイに、マリーナは少しだけ呆れの籠もった視線を向けた。


「あのね、ギルドの倉庫に大量のモンスターの死体を置いてきたのは、レイでしょ? もう忘れたの?」

「それはそうだが……マリーナも解体に手を貸すのか? モンスターの解体は、仕事がない冒険者とかが優先的に行うって聞いてたんだが」

「そうね。それは間違いではないわ。けど、私の精霊魔法……特に水の精霊魔法は、モンスターの解体をする時に役立つでしょ? それに風の精霊魔法を使えば、倉庫の中の臭いにも対処出来るし」


 そう言われれば、レイもマリーナが解体の現場に呼ばれた理由が分かる。

 もう冬もすぐそこに迫っているこの時季の夜に、家の外で快適に食事が出来ているのはマリーナの精霊魔法のおかげだ。

 その能力を知ってる者であれば、格納庫の中でモンスターの解体をやるのに非常に有効な能力だと判断するのは当然だろう。

 もっとも、だからといって元ギルドマスターのマリーナを呼ぶという真似が、そう簡単に出来る筈もないのだが。


「取りあえず緊急じゃないなら、それはそれでいい。……悪いな」

「いいわよ、別に。どのみち増築工事の方も殆ど休みになったし、やることはなかったから」

「それでも一応、工事を進めるところはあるんだろ?」


 何も、冬になったからといって増築工事の全てが終わる訳ではない。

 中には冬でも出来る工事もあるし、専門職が必要な場所もある。

 特に後者、専門職の場合は、職人が少ないだけにいざという時に何らかのフォローが出来るマリーナのような存在は、大歓迎だろう。


「そうね。けど、元々ギルムは人材が豊富だもの。どうしても私がいなきゃ駄目ってことはないのよ」

「あー……そう言われればそうだな」


 辺境だけあって、ギルムに所属する冒険者は基本的に腕利きの者が多い。

 ギルムで生まれ育ったり、誰か強い仲間と共にギルムに到着したり、そして今はギルムの増築工事の仕事を求めてやって来たり……と、必ずしも全員が腕利きという訳でもないが、それでも王都や迷宮都市辺りと比べても決して引けを取らない。

 魔法使いや精霊魔法使いのような者達も、少ないがきちんと人数が揃っており、何かあった時に回復魔法という手段があるのは間違いなく幸運だ。

 そして増築工事の規模を小さくするということは、そのような者達の実力を十全に発揮出来るということでもある。


「でしょ? だから、私はレイのモンスターの解体の方に専念出来る訳」

「いや、それでもわざわざそっちにマリーナが協力するのはどうかと思うんだけど……」


 レイの言葉に続けるように、ヴィヘラが告げる。


「まぁ、ほら。一応ギルド職員が見張っていても、それで完全にという訳にはいかないでしょ? そんな馬鹿な真似をする冒険者がいるとは思えないけど……今のギルムには、外からも多くの冒険者が集まってきてるわ。そうである以上、一応見張っておく必要があるでしょ?」


 艶然と微笑むマリーナの言葉に、その場の全員が解体の依頼を受けた冒険者の中に手癖の悪い奴がいないことを祈るのだった。

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