1761話
季節は流れ、いよいよガメリオンの姿もギルムの近くからは消えた。
日々の気温も下がり続け、いよいよ近いうちに雪が降るだろうと思われた頃……レイの姿は、ギルドにあった。
正確に言えば、ギルドの倉庫。
そこには現在、大量のモンスターの死体がある。
これは、ギルドが前々から約束していた、レイのミスティリングに入っているモンスターを解体する為の、第一弾だ。
いつ雪が降ってもおかしくないだけの寒さとなった為、増築工事も取りあえず最低限のものだけとなり、仕事のなくなった冒険者達に少しでも金を稼がせようという狙いからの行動。
……尚、この解体の仕事を受けた冒険者に支払われる報酬はギルド、そしてダスカーが出すことになっていた。
「では、お預かりします。モンスターの素材等はお約束通り……」
「ああ、俺が必要な物以外は、ギルドで買い取ってくれていい」
レイが錬金術師であれば、現在倉庫に存在している百匹近いモンスターの死体の素材は、これ以上ない程の物となるだろう。
だが、レイは錬金術の類も使えないし、レイの仲間達もまた同様だ。
そうである以上、素材は何かマジックアイテムを作る時に使えそうな、貴重な代物だけを取りあえず持っておけばいい。
普通であれば、モンスターの素材も悪くなる前に使う必要がある。
それこそ内臓や眼球といった代物であれば、ある程度手を加えることによって長持ちはさせることが出来るが、それだって結局のところある程度でしかない。
ただし、レイのミスティリングであれば、料理の類と同じく劣化するということはない。
だからこそ、こうして一度に解体をするような真似をしても、レイとしては何も問題はないのだ。
そして何より……
「肉は売らないで、全部俺が貰う。それでいいな?」
そう、これだけのモンスターの肉も、レイのミスティリングであれば容易に保存出来る。
(取りあえず、これで暫く肉に困ることはないな)
モンスターの死体の群れを見ながら考えるレイだったが、別に肉という点ではミスティリングの中にまだ大量に入ってはいる。
それでも肉に困ることがないと考えてしまうのは、レイやビューネもそうだが、セトもまた大食いだからだろう。
レイやビューネは、一食で普通の人が食べる三食分くらいは平気で食べるし、セトはそれこそ二十人分くらいの食事であればあっさりと平らげる。
それだけに、肉に余裕がある現状でも、どうしても肉は大量に仕入れておきたいと思ってしまうのだ。
「ありがとうございます。では、この倉庫にあるモンスターの解体が終わったら、宿の方に知らせに行きますね」
「ああ。ただ、ギルドマスターのワーカーにはもう言ってるけど、もう暫くしたら俺はギルムを出る。そうなったら一度解体は止めて、また来年戻ってきたら始めてくれ」
「分かりました、それではそのように。……それにしても、こうして見るともの凄い量がありますね。しかも、これで全てではないのですから」
「そうだな。何だかんだと、トレントの森の件からずっと貯まってたからな。それと、他の場所で倒したモンスターもいるし、ギガント・タートルの出番はまだ先になりそうだけどな」
「あれだけの大きさですと、それこそそう簡単に解体をするのは難しいですよ。それこそ、来年になってから最初に解体するのは、ギガント・タートルで……それで冬が終わってもおかしくないですし」
ギルド職員がしみじみと告げるのは、トレントの森の騒動があった時にギガント・タートルの姿を見ているからだろう。
その巨大さは、それこそ下手をすればギルムが壊滅してもおかしくはない程の被害が出る可能性があった。
それだけに、当然ギガント・タートルを解体するのにどれだけの時間が掛かるのか、これまでの経験から予想出来たといったところか。
「そうだな、戻ってきたらそうさせて貰おうと思ってるから、準備の方を頼む」
「はい。では、話を通しておきますね。あれだけの大きさのモンスターの解体となると、相応の人手がいりますから」
前もって話を通しておけば、人を集めるのも楽だと。
そう告げるギルド職員に頷くと、レイは倉庫を出る。
「グルルゥ?」
倉庫から出て、自分に近づいてくるレイの姿を見つけたのか、セトは周囲にいる者達に撫でられながらもレイの方を見て喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、他の者達はそれ以上はセトにも迷惑だろうと大人しく去っていく。
勿論何人かは名残惜しそうにしていたのだが、それでもセトがレイの下に行きたいと態度で示せば、それ以上の無理は言わない。
「可愛がって貰ったか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは勿論と元気に喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、周囲からはレイに羨ましそうな視線が向けられる。
ギルムのアイドルと言って間違いではないセトだったが、それでもやはり一番好きなのは、やはりレイなのだ。
セト愛好家にとって、レイという存在は羨ましい相手であり、妬ましい相手であり、感謝すべき相手である。
そもそも、ギルムの住人がセトを愛でることが出来たのは、セトを従魔としているレイがギルムに来てくれたからなのだ。
その辺りの事情を考えれば、セトと仲の良いレイに嫉妬はするが、レイがいなければセトを愛でることも出来なかったのだと思えば、感謝もしている。
セト愛好家の者達にとっては、レイという存在は色々と複雑な感情を抱くべき相手だった。
ともあれ、レイはセトと共に冬になりつつあるギルムの中を歩く。
途中で何件かの食堂により、鍋ごとスープを買ったりしながら。
そうして歩いていると、やはり冬になったことにより、少し前より人が少なくなってきているなというのが実感出来る。
「あ、レイ。どうだ? 美味く焼けてるけど、買っていかないか?」
大通りを歩いていると、屋台の店主にそんな声を掛けられる。
少し何かを食べたいと思っていたレイとしては、特に断ることもなく串焼きを購入する。
「二十本くらいくれ」
「毎度。いやぁ、やっぱりレイが買ってくれると、店としては嬉しいね。それに、レイが食べてるってことは美味いってことの証明だし」
屋台の店主は、嬉しそうに笑う。
実際、レイは大量に買うので、それを見れば周囲の通行人達はどうしてもそこに目を奪われてしまう。
それを見た周囲の通行人は、美味そうに食べるレイやセトを見て、自分達も食べたくなって買う……といった真似をする。
そして美味ければ次からも買うようになるので、屋台としてはレイという客は大歓迎だった。
もっとも、それはあくまでも一定の味があればの話だ。
屋台の中には、料理の腕なのか、もしくは店主がそれを美味いと思っているのか、それとも単純にレイの好みに合わないだけなのか、どうしてもレイが二度と食べたくないと思うような店もある。
もっともレイの好みはともかく、それ以外の屋台では結局客を掴むことが出来ずに屋台としてやっていけなくなるのだが。
屋台は普通に店を構えるよりは少ない金額で開くことが出来るが、それだけに競争が激しいのだ。
「そう言えば、肉まんって知ってるだろ?」
塩だけの味付けだったが、焼き加減が絶妙の為に当たりの店だとレイが判断しつつ串焼きを食べていると、不意に屋台の店主がそうレイに尋ねてくる。
知ってるかと言われれば、当然レイは知っている。
そもそも、肉まんをギルムに広めたのは、レイなのだから。
当然肉まんも、うどんと同じくギルムではそれなりに広まっている。
そしてうどんと同じく、肉まんを考えたのがレイだというのも相応に知られている話なのだが……この串焼き屋の店主は、それについては知らなかったらしい。
もっとも、肉まんはどうしてもうどんと比べると食べる時季が限られてしまう。
夏になれば、ぶっかけうどんのように冷たい料理があるうどんに対し、肉まんの類は冷たいと不味い。
少なくてもレイは冷たい肉まんを好んで食べたいとは思わないし、夏に肉まんが売られていないのを考えても、そう思われているのだろう。
……実際には肉まんという料理があることを教えた時に、秋や冬といった寒い時季に食べる料理だと伝えたレイの言葉が大きく関係してるのだが。
「ああ、知ってる。けど、それがどうしたんだ?」
「それが、今は屋台でも肉まんを出してる店があって、結構流行ってるらしいぞ」
「なるほど。まぁ、蒸し器はそこまで場所を取らないしな」
パンを焼く窯と比べて、蒸し器であれば木で作ることも出来るし、蒸すという調理形式を取る以上、そこまで大きく、重い調理器具は必要としない。
そうであれば、屋台で料理をするのもそう難しい話ではないだろう。
(それに、肉まんの場合は饅頭の部分とタネ、そして蒸し時間が大事だ。饅頭やタネは、それこそ家で作り置きすることも出来るから、後は蒸すだけ。それに特化させれば、十分屋台でもやっていける筈だ。あくまでも、素人知識だけど)
そんな風に思いつつも、屋台で食べられるのであれば食べてみようと、美味いものに目がないレイが思うのは当然だった。
「お、興味を持ったみたいだな。俺の知り合いがやってる店だから、屋台に寄ってみてくれ。この通りを真っ直ぐ行った場所にあるから」
屋台の店主もレイの言葉に嬉しそうに告げ、レイはその言葉に軽く手を振ると、残っていた串焼きをミスティリングに収納して早速その屋台に向かう。
「そう言えば、そろそろケレベル公爵領に行く準備をしないといけないんだよな」
「グルゥ?」
レイの隣を歩いているセトが、その呟きに首を傾げる。
セトにとっては、そこにレイがいればどこに誰がいても問題がないと思っているのだろう。
もっとも、基本的に初めて行く場所では大抵の者がセトを怖がったりするので、それが少し残念でもあったが。
セトの様子から、若干の心細さを感じたのだろう。レイは隣を歩くセトの頭をそっと撫でる。
「安心しろ。ケレベル公爵領って言っただろ? つまり、そこにはエレーナとイエロも一緒だよ」
「グルルルゥ!」
エレーナとイエロも一緒というのが嬉しかったのか、セトは機嫌良く喉を鳴らす。
近くを歩いていた通行人がそんなセトに少しだけ驚くが、喉を鳴らしたのがセトだと知ると、どこか微笑ましそうに笑みを浮かべて自分の用事に戻っていく。
ギルムの住人の殆どにとって、セトという存在は既にそこにいて当然なのだ。
そんなギルムで生活をしているので、余計に他の街に行った時に怖がられるのがセトにとっては残念なのだろう。
もっとも、友達のイエロがいるということで、セトにとっても十分それは慰めになるのだが。
「全く、お前も極端だな」
嬉しそうに尻尾を振るセトの様子に、レイは犬を思い浮かべる。
グリフォンは鷲の上半身と獅子の下半身を持つモンスターで、犬科か猫科かで言えば間違いなく猫科だろう。
だが、人懐っこいセトの性格は、気ままな猫科ではなく明らかに犬科のものに近い。
現に今も、嬉しさから尻尾を振っているのだから。
道を歩きながら尻尾を振るという行為は、当然のように他の通行人の迷惑になる。
それを知っているレイは、何とかセトを落ち着かせながら大通りを……肉まんを売っている屋台に向かって進む。
レイの行動でセトも大分落ち着いてきたのか、機嫌は良いままだったが、尻尾の動きは落ち着いていた。
そうして大通りを進み続け……
「うーん、この辺りって話だったんだけど……それらしい屋台はないな」
周囲を見回すが、蒸し器を使っているような屋台はない。
匂いで探そうかとも思ったのだが、肉まんの場合は中の肉が饅頭に包まれており、割るまではそこまで強い匂いはしない。
勿論レイもセトも嗅覚は鋭いのだが……周囲にある屋台では、色々と焼いたり炒めたりの食欲を刺激する匂いが漂っており、中には香辛料をたっぷりと利かせたスープの類も売られているので、様々な匂いが渾然一体となってそこには存在していた。
混ざっている匂いで、レイは肉まんを売ってる店を探し当てることは出来なくなっていたが、そんなレイよりも更に嗅覚の鋭いセトは、やがてレイのドラゴンローブをクチバシで引っ張って、こっちこっちと連れていく。
「そっちは……」
セトがレイを引っ張っていったのは、あまり屋台のない場所だ。
勿論大通りである以上、客が全く来ないという訳ではないのだが……周囲には汗臭いような、そんな臭いが漂っている。
元々肉まんはそこまで強烈な匂いのする食べ物ではない。
そうである以上、このような場所に店を開くというのは、屋台としてはかなり不利な用件なのは間違いない。
「専門の訓練場か。……いやまぁ、ここを使った者が肉まんを買う可能性もあるから、そこまで不利な場所って訳じゃないんだろうが……とにかく、店に行ってみるか」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
汗臭さは、肉まんを食べるということに比べればそこまで気にならないらしい。
そんなセトを羨ましく思いながら、レイは一歩を踏み出すのだった。