1759話
「お、レイ。ギルドに用事でもあったのか?」
ワーカーとの話――ケレベル公爵領に行くので、暫くギルムを留守にするという報告を終えると、レイとエレーナ、アーラの三人はギルドから外に出た。
いつもであれば、レノラやケニーと何らかの話をするところだったのだが……丁度ギルドが忙しい時間だったらしく、冒険者の相手をしていてそれどころではなかった。
折角レイがギルドに来たのに、結局話すことが出来なかったケニーは、半ば自棄になって仕事に集中するのだが……ともあれ、ギルドの外に出たレイ達に、不意に声が掛けられたのだ。
もっとも、レイはギルムでも非常に有名な人物の一人であるのは間違いない。
レイ自身はそこまで社交的という訳でもないので、友人や知人はそこまで多くはない。
だが、それでもレイは有名人というだけあって、声を掛けてくる者もいない訳ではなく……だが、声のした方を見たレイは特に嫌そうな表情を浮かべた様子もなく、笑みを浮かべて答える。
「ロックス、スーラ。それにシャリアもか。……上手くいったようだな」
そう、声を掛けてきたロックスは知り合いで、スーラやシャリアも一緒だった為だ。
尚、他にも同じくメジョウゴからやって来た女達もいたのだが、その女達はレイに軽く頭を下げて挨拶をすると、そのままセトを愛でに向かった。
ギルドのすぐ外で、他にも何人も集まっていることから、そこにセトがいるというのはすぐに理解出来たのだろう。
ともあれ、レイがロックス達に上手くいったようだなと口にしたのは、ロックス達の後ろにある荷車にガメリオンの死体が載っていた為だ。
それはつまり、ロックス達がガメリオン狩りを成功させたということを意味している。
少しでも金を稼ぎたいロックス……正確にはその恋人のスーラにしてみれば、ここでガメリオンを狩ることが出来たのは大きいだろう。
ガメリオンについている外傷も、そこまで大きなものではないので、上手く解体すれば毛皮の類も高値で買い取って貰える。
もしくは、斬撃に対して強い耐性を持つのを利用して、防具の素材にするというのもありだろう。
「ああ。ただ……出来れば、もう少し早くギルムに到着したかったところだな」
「あー、それな。俺もそう思った」
ロックスの言葉に、数日前にガメリオン狩りをしたレイもまた、同意するように頷く。
既にガメリオン狩りのピークはすぎてしまっており、ガメリオンの数は驚く程に少なくなっている。
そういう意味では、セトのように空から探すといった手段もないロックス達が、よくガメリオンを見つけることが出来たな、とレイはその運の良さに驚く。
勿論、ガメリオンを見つけた上で倒さなければならない以上、運以外に実力もなければ、逆にガメリオンに喰い殺されることになるのだが。
ロックス達はその両方を持っており、こうしてガメリオンを仕留めることが出来たのだろう。
「このガメリオン、売るのか?」
「当然だろ。スーラ達の中には、馬車や馬を買い取りたいって思ってる連中もいるし、住んでいる家の家具を揃えたいって思ってるのもいるからな」
冬を越すための家は用意したダスカーだったが、それはあくまでも建物だけだ。
当然それ以外の面では、最低限の物しか用意されていない。
移住を歓迎するのであっても、スーラ達に裕福な暮らしをさせる為に歓迎しているのではなく、あくまでも労働人口として必要としているのだから。
自分達で働いて金を稼ぎ、最低限以外の家具を始めとした物は自分で買って貰うというのが、最初からの計画だった。
実際それは効果を発揮しており、現在は多くの女達がそれぞれ働いているのだから。
冒険者としての技量がある者は、それこそガメリオン狩り……とまではいかないが、モンスターの討伐をしたり、弓以外に戦闘に自信のない者は増築工事を手伝ったりといった具合に。
そうして金を稼いでいる者が多い中、ガメリオンを狩ったというのは、大きな利益となるのは間違いない。
(まぁ、スーラの性格から考えて、ガメリオンで得た金は、皆の為に使うとかしそうだけど)
レジスタンスのリーダーをやっていただけあって、スーラは面倒見が良い。
困っている者……特にギメカラから馬車や馬を買い戻すのに、ガメリオン狩りで得た金を使うと言っても、レイは驚かない。
それに、馬車と馬があれば、荷物を運んだりするのに非常に便利で、冒険者や商人として活動するにしても有利なのは間違いなかった。
「家具、ね。そう言えば結局軍の方にはどのくらい入ったんだ?」
金を稼ぐという方法の一つに、辺境伯軍に所属するというものがある。
訓練は厳しいが、相応の給料も貰える。
当然その金額はガメリオン狩りに成功した者達には遠く及ばないが、同じ命の危険がない――戦争を始めとした実戦になれば話は別だが――増築工事の仕事よりは金額的にかなり上だった。
「五十人くらいだな。軍は女もいるけど、基本的に男所帯だ。その辺が気になる奴もいてな」
「あー……なるほど」
元々が奴隷の首輪を付けられ、洗脳されて娼婦をさせられていた女達だ。
どうしても男嫌いになるというのは、仕方のないことだった。
それでもロックスを始めとして、数ヶ月一緒に旅をしてきた面々にはそこまで嫌悪感を示さない者は多い。
ロックスがスーラと付き合い始めたように、レジスタンスの男と付き合い始めた女もいる。
だが、それでもやはり見知らぬ男達……それも昼間ずっと同じ場所で一緒にすごすというのは、耐えられない者も多いのだろう。
結果として、千人近い人数の中で五十人だけが軍に入るという決断をした。
五十人と聞けばかなり多いような気もするが、百人の中の五十人ではなく、千人の中の五十人だ。
全体的に見ると、かなり少ない。
もっとも、それは今だけの話だ。
この先、ギルムで生活することによって男嫌い……とまではいかずとも、男に対する苦手意識を克服する者が出てくれば、軍に入る者も出てくるだろう。
(いっそ、女だけの部隊とか作れば……いや、元々そこまで腕の立つ奴はそんなに多くないし、無理か)
シャリアやスーラのように腕の立つ者はいるが、それだって決して多くはない。
勿論弓と馬車を与え、矢を大量に使ってもいいというのであれば、実力を発揮は出来るだろうが。
「そうか。俺はもう少ししたらちょっと出掛けてギルムからいなくなるけど、そっちはそっちで色々と頑張ってくれ」
「うん? 依頼か?」
レイがギルムからいなくなるというのは、それこそ依頼を受けてのことだと判断したのだろう。
そう尋ねるロックスに、レイはエレーナに視線を向ける。
「ちょっとエレーナの家に用事があってな」
「家に用事って……」
ロックスも、ギルムの冒険者だ。
当然のようにエレーナが姫将軍の異名持ちだと知っているし、貴族派を率いているケレベル公爵の一人娘であるということも知っている。
であれば、レイがエレーナの家に行くというのが何を意味するのかも、当然のように理解出来ていた。
「えっと、おい。大丈夫なのか?」
レイがギルムでも最高峰の冒険者なのは間違いない。
そんなレイが、貴族派を率いている貴族の屋敷に向かうのだから、何かトラブルが起きるのではないかと、ロックスが心配になるのも当然だった。
だが、レイはそんなロックスの心配を別の意味で理解したらしく……
「パーティーの作法とか、そういうのは勉強しないといけないよな」
「パーティーに出るのかよっ!?」
レイの言葉に、思わずといった様子でロックスが叫ぶ。
元々レイ達は非常に目立っていたので、そんな叫びを上げれば当然のように周囲にいる者達の好奇心を刺激する。
それに気が付いたロックスは、慌ててレイに謝罪する。
「わ、悪い」
「いや、気にするな」
ロックスにそう言ったのは、怒鳴られたレイ……ではなく、その背後で話の成り行きを見守っていたエレーナ。
「レイの性格を考えれば、間違いなく問題は起きるのだから。私もそれは理解した上で、レイを誘ったのだ」
「……その、こういうことを聞くのはどうかと思いますけど、何だってそんな真似をするんです? レイの性格を考える限り、そのような場所には出さない方が正解だと思いますが」
エレーナという、公爵令嬢を前にしているからだろう。ロックスの言葉遣いは、レイに対するものとは違い、相手を敬うようなものになっている。
エレーナの立場を考えれば、それは当然の反応だろう。
寧ろ、エレーナという人物を相手に普通に接しているレイ達の方が、客観的に見れば有り得ないのだ。
もっとも、そんなレイ達の態度をエレーナが好んでいるというのも、また事実なのだが。
「それでも、やらなければならないことがあるのだよ」
ロックスにそう言葉を返しながら、エレーナの頬が薄らと赤く染まる。
エレーナ程の美人がそのようにしているのだから、周囲で様子を見ていた男達は……いや、女も含めて、そんなエレーナの顔に目を奪われてしまう。
そしてロックスと付き合い始めたスーラも、エレーナが何を思ってレイをそのパーティに連れていくのかというのを理解し……野暮なことを聞いたロックスの脇腹に、肘を叩き込む。
「ぐっ!」
これで、スーラが普通の女であれば、それこそロックスも痛みに眉を顰めるだけで済んだだろう。
だが、スーラはただの女ではない。
まがりなりにもレーブルリナ国でレジスタンスを纏め、また同時にメジョウゴからギルムまで千人以上の人数を率いて旅をしてきたのだ。
当然本人の力もそれなりに……それこそガメリオン狩りに参加して、足手纏いにならない程度にはある。
そんなスーラの肘打ちを、全く予想していなかった状態で食らったのだ。
例えロックスが腕利きの冒険者であっても、その痛みを堪えるというのは難しかった。
「すいません、エレーナ様。この人ってばそういうことに鈍感で」
「う、うむ。それはいいのだが……その、大丈夫か?」
脇腹を押さえて蹲るロックスを見ながら尋ねるエレーナに、スーラは問題ないと笑みを浮かべて頷く。
「いつものことですから」
「……そ、そうか」
スーラ本人は全く意識していなかったが、エレーナに……姫将軍の異名を持つ人物を若干とはいえ引かせたのは、ある意味で快挙でもあった。
実際、この一件はそれなりに広まり、スーラや一緒にギルムに来た面々に馬鹿なちょっかいをだすような真似をする者が減るのだから、世の中に何が幸いするか分からない。
「では、私達はこれで失礼させて貰いますね。ガメリオンの解体とかも、早めにやる必要がありますし」
「じゃあ、またね」
今まで黙って話の流れを見ていたシャリアは、短くそれだけを言って、地面に蹲っているロックスを持ち上げ、去っていく。
(そう言えばシャリアは犬の……いや、狼の獣人だったよな。もしかして、ギルドのケニーとは相性最悪なんじゃないか?)
シャリアの後ろ姿を見て、ふとそう思ったレイだったが、それを口にするといらない騒動に巻き込まれそうな気がしたので、黙り込む。
視線の先では、スーラがセトに構っていた他の仲間達を半ば無理矢理に連れ出す光景も見えた。
何も知らない者が見れば、それこそ誘拐か何かと勘違いしてもおかしくはない光景。
だが、ギルムの住人にしてみれば、セトをもっと愛でたいと騒いでいる者を引っ張って行く光景というのは、それ程珍しいものもない。
ギルムに来たばかりの者達は驚き、警備兵か何かに通報した方がいいのではないかと、近くにいる者に告げる。
実際、セトから離された者の口からは悲痛な叫びが上がっており、ギルムについて詳しくない者であれば、そのように思うのは当然だった。
「ちょっ、おい。いいのかよ。あれ、あれ!」
「ん? ああ、大丈夫だって。ギルムじゃよくある光景だから。お前、ギルムに来るのは初めてか?」
「え? そうだけど。増築工事で色々と景気が良いって話を聞いてな。それでやって来たんだけど……それがどうかしたのか?」
「あー、なるほど。それでか。今も言った通り、ギルムでは珍しくない光景だからな。気にすることはないって」
そう言われた男は、本当にそれでいいのか? と思わないでもなかったが、実際にその光景を見て騒いでいる者はいない……訳ではないが、少ない。
殆どの者が、またやってるといった風に面白そうに眺めているのを考えれば、やはりこの光景は日常茶飯事なのだろうと、理解せざるをえなかった。
「それより、お前さんは何かいい商品を見つけたか?」
「ああ、ガメリオンの肉をある程度仕入れることは出来たけど……それくらいだな」
「ふーむ、そうか。そうなると、ちょっと物足りなさそうだな。よし、俺がちょっといい商品のある場所を教えてやるよ」
何故か話し掛けた相手にそんなことを言われ、男は予想外の場所で商品の仕入れに関する情報を得るのだった。