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レジェンド  作者: 神無月 紅
騒がしい秋と冬
1755/3865

1755話

 レイがガメリオン狩りをした日から数日……その日、ギルムの正門の側にはダスカーの姿があった。

 当然ながら、そこにいるのはダスカーだけではない。

 ダスカーの護衛を任されている者もいれば、ダスカーの補佐官をしている者もいる。

 当然の話だったが、そんな真似をしていれば目立つ。

 ダスカーはギルムの領主なのだから、大勢がそれが誰なのかを知っていた。

 ギルムの増築工事の為にやって来ている者の中にはダスカーの顔を知らない者もいたが、周囲に言われればそれが誰なのかはすぐに納得し、同時に驚く。

 もしかして、誰か重要人物でも来るのではないかと。

 実際、これだけ大規模な増築工事をしているのだから、誰か重要人物がやってきてもおかしくはない。

 ……そういう意味では、姫将軍のエレーナも間違いなく重要人物なのだが。


「ちょっとすいません。ダスカー様がわざわざ街の外に出ているんですか?」


 ギルムに入ろうとしていた商人が、丁度顔見知りの警備兵を見つけ、声を掛ける。

 警備兵の方はそんな商人の言葉に周囲を見回す。

 それなりに多くの者が集まっている為か、商人と話している自分のことを気にしているような者はいない。

 それを理解し、それでも言ってもいいのかどうかを迷っている警備兵に、商人はここぞとばかりに話し掛ける。


「今夜、スドラス亭でガメリオンの串焼きをご馳走しますから」

「……ん、こほん。しょうがない。お前がそうまで言うなら、教えてやろう」


 スドラス亭というのは、肉料理……特に酒に合う肉料理が美味い、知る人ぞ知る店だ。

 そこで今が旬の――正確にはもう旬が終わりかけているが――ガメリオンの串焼きを奢って貰うというのは、警備兵にとっても十分すぎる報酬だった。

 もっとも、そんな話を漏れ聞いた他の警備兵が、その警備兵に呆れの視線を向けていた。

 だが、その警備兵の様子を咎めるようなことはしない。

 勿論これが何らかの重要機密の類を漏らそうとしているのであれば、警備兵の仲間もそれを止めただろう。

 しかし今日の一件は、別にそこまで隠し通さなければならないものではない。

 それどころか、他にも知らせた方が効果的な代物で、現在街中ではダスカーの――正確にはその部下が――雇った者達が、これから来る者達について情報を広めている。

 であれば、ここで警備兵がその情報を口にしても全く問題はない。

 それどころか、ギルムの中に入ればその辺りの情報はガメリオンの串焼きを奢るような真似をしなくても、普通に手に入ったものなのだ。

 そういう意味では、商人は明らかに損をしたことになるのだが、当然それを知っている警備兵は何も言わない。

 料理の美味い店でガメリオンの串焼きを食べられるのだから、と。


「レーブルリナ国って知ってるか?」

「えっと……ミレアーナ王国の属国ですよね? しかも属国の中でもかなり小国の」


 何かを思い出すように答える商人の言葉だったが、レーブルリナ国という小国の名前を知ってるということが、ある意味で珍しい。

 現に知ってるか? と聞いた警備兵は、あっさりと答えられて少し驚きの表情を浮かべている。


「驚いた、よく知ってたな」

「ええ、まぁ、うちの爺さんがレーブルリナ国に近い村の出身だったらしくて」

「そうか。まぁ、簡単に言えばだ。レーブルリナ国からの難民がギルムにやって来るんだ。それの受け入れだよ」

「……難民、ですか? その為にわざわざダスカー様が街の外に?」


 難民とまではいかなくても、仕事を求めてギルムにやってくる者は多い。

 増築工事をしている今は、特にそれが顕著だ。

 なのに、何でわざわざ難民のために、辺境伯という高い爵位の者が出迎える為にギルムの外に出るのか、と。

 そんな疑問を商人が抱くのは当然だった。

 だが、警備兵はそんな商人の言葉に笑みを浮かべる。

 勿論やって来るのが数人の難民の類であれば、わざわざギルムの領主たるダスカーがこうして出迎える必要はない。

 しかし……やってくるのが、千人近い人数の者達で、全員が馬車に乗っており、更にはレーブルリナ国からギルムに到着するまでの間に弓だけとはいえ使いこなせるようになった集団となれば、話は別だった。

 もっとも、実際に弓を使いこなしているのは少数で、殆どの者達は大量に矢を射ることで、その高い戦闘力を発揮しているというのが正しいのだが。

 そして、何より……その者達を導いたのは、ダスカーにとって非常に頼りになるレイなのだ。

 である以上、やってくる難民達はダスカーにとっても非常に頼もしい存在となるのは間違いない。

 レイを始めとした異名持ちや高ランク冒険者のような例外は多々あるが、それでも数が力という真理は変わらない。

 自分達から望んで、それだけの力がギルムにやって来てくれるというのだから、それをダスカーが歓迎しないという選択肢は存在しなかった。

 勿論、やってきた全員が警備兵や軍に入るとは限らないし、寧ろそうなってしまうとダスカーも困る。

 それでも、何割か……十分に鍛えられており、即戦力と呼ぶに相応しい面々が戦力となってくれるのが最善の展開だった。


「来たぞ!」


 と、不意に警備兵の中でも目が良いと言われている男が叫ぶ。

 最初は他の者達の目には映らなかったが、少しすると何人かの目の良い者達が……そして更に遅れて他の者達も、次第に見えてくる大量の馬車に気が付く。

 当然一本の街道だけでは百台以上の馬車をどうにか出来る筈もなく、街道からはみ出ている馬車も多い。

 ダスカーやその部下達は、話には聞いていたが、実際に百台を超える馬車を見ると驚く。

 勿論、この台数の馬車を初めて見るのでない。

 それこそ、ベスティア帝国の戦争の時は千台……いや、全てを合わせれば万を超えるだけの馬車が動くことも珍しくはないのだから。

 だが、それでもこうして改めて自分の目で見てみると、色々と思うところがあった。


「レイ」

「はい?」


 ダスカーは自分の近くで待機していたレイを呼ぶ。

 今回の一件は、レイの行動から始まっている。

 勿論、その理由……ギルムにちょっかいを出してきた組織に報復するように依頼したのはダスカーである以上、ある意味当然なのかもしれないが。


「一応聞いておくが、あの馬車の群れで間違いないな?」

「そうですね。……というか、寧ろスーラ達以外があれだけの馬車でギルムまでやって来たのなら、色々と大変なことになりそうですけどね」


 どこからともなく現れた、百台以上の馬車。

 そんなものが存在すれば、どう考えても大変なことになりそうだった。

 当然ダスカーもそんなレイの思いは理解しているのだろうが、それでもやはり言いたくなってしまうのは当然だろう。


「それにしても……」


 近づいてくる馬車の群れを見ていたダスカーが、不意に呟く。

 何です? とレイが視線を向けると、そこには予想外に厳しい表情を浮かべたダスカーの姿。

 てっきり何を言うにしても軽い感じで言ってくるのだとばかり思っていたレイは、そんなダスカーの姿に少し驚く。


「どうしたんですか? 何かあの馬車の群れ……スーラ達に気になることでも?」

「いや、ゾルゲー商会だ。行く先々で馬車を用意したとはいえ、あれだけの台数を用意するとなれば、かなりの金額が必要だった筈だ。つまり、ゾルゲー商会はレーブルリナ国という小国の商会にも関わらず、それだけ儲けていたということになる」


 呟くダスカーの表情には、苦々しげな色がある。

 当然だろう。ゾルゲー商会がレーブルリナ国で儲けたというのは、ジャーヤがやっていた仕事……女達を強引に連れて来て奴隷の首輪を嵌め、洗脳して娼婦として働かせていたことに関係しているのだから。

 巨人を産ませる母体としていた件に関わっていたのかどうかは、ダスカーにも分からない。分からないが……


「ゾルゲー商会が本格的にギルムに拠点を移すというのは、本気だったようだな」

「え? 以前その辺は言いましたよね? ゾルゲー商会のギメカラとも対のオーブで話しましたし」

「ああ。だが、相手は商人だ。もしかしたらギルムに拠点を移すというのは、嘘だったかもしれない。……いや、何らかの拠点を作るのは間違いなくても、それはあくまでも表向きの代物かもしれない、という可能性を考えていたんだ。だが、この様子を見るとやっぱり本気だったんだと思ってな」


 ダスカーの立場としては、ギルムに本拠地を置く商会が増えるというのは、歓迎すべきことだ。

 ただでさえ、現在はギルムの増築工事が行われていることもあって、広まった場所に住む者達は出来るだけ多く確保したいというのが正直なところなのだから。

 そこに一定の力を持った商会がやって来てくれるというのは、ダスカーにとっても悪い話ではない。

 それは分かっているのだが……それでも、ゾルゲー商会のように曰く付きの商会の場合は、喜んでいいのかどうか、分からない。

 ましてや、ゾルゲー商会から派遣されているギメカラには、対のオーブで話した時に自分は違法組織とも商売をすると、そう言われているのだから。


「その辺りはダスカー様の技量次第ですよ」

「簡単に言ってくれるな」


 レイの言葉にそう返しながらも、ダスカーに不機嫌そうな様子はない。

 実際、ゾルゲー商会をどう捌くのかというのは、ダスカーの判断に掛かっているのは事実なのだから、当然だろう。

 そうして話している間にも馬車の群れは近づいてきて……やがて、先頭の馬車がダスカーやレイ達の近くで停まる。

 先頭の馬車に続いて他の馬車も停まり、やがてタイミングを計っていたかのように、先頭の馬車の扉が開く。

 そこから姿を現したのは、この馬車の群れを率いてここまでやってきた、中心人物とも呼べる者達。

 スーラ、シャリア、ギメカラ、ロックスの四人。

 かしこまった場が苦手なシャリアも、今はそれが必要だというのが分かっているのだろう。

 かなり窮屈そうにしてはいたが、それでも馬車から降りた四人はダスカーの前に移動し、片膝を突く。


「ダスカー様。私達を受け入れていただき、感謝しています。この上は、このギルムを私達の生きる地と定め、その発展に寄与していきたいと思います」


 四人を代表し、スーラがそう告げる。 


(結局スーラがこの集団の代表という扱いになったんだな)


 ダスカーの近くでそんな四人の様子を眺めながら、レイは順当な結果に納得する。

 まず、ロックスは元々ギルムの冒険者で、この護衛も仕事として――最終的にはスーラと付き合うことになったので、完全に仕事とは言えなくなったが――行っていたものだ。

 シャリアはスーラの部下――実際には友人だが――という扱いになっている。

 ギメカラもゾルゲー商会の本拠地をギルムに移すというのがメインであって、この一団を纏めている訳ではない。

 結果として、残ったのはスーラのみだった。

 もともとレジスタンスを率いていたということもあり、皆が納得しやすい人物という点でも問題はなかったというのが大きい。


「遠い旅路を、よくギルムまで辿り着いてくれた。お前達が負った傷は深いものがあるだろう。だが、それがギルムでの生活によって、多少なりとも癒えることを望む」


 そう告げるダスカーの言葉は、派閥の長という立場にいる貫禄を見せつけていている。

 普段は意図してそのような態度を取っていないが、ダスカーも中立派という派閥の長なのだ。

 であれば、当然のように本人がそのつもりになれば、その態度も相応のものが出来る。


「ありがとうございます。ダスカー様やその部下の皆様方には、感謝の言葉もありません」

「気にするな。お前達はこれからギルムの民となる。それはつまり、俺の家族になるのと同じことだ。だとすれば、その家族の為に手を尽くすのは当然だろう」


 ダスカーの言葉は多少誇張が入っていたが、同時に本音も含まれていた。

 それがスーラにも分かったのか、俯きながらも身体を震わせる。

 いや、それはスーラだけではない。他の面々も、多少思うところはあれど似たように身体を震わせている。

 特にスーラと付き合い始めたロックスにとっては、ダスカーの保証は何よりも嬉しいものだろう。


「ほら、立て立て。堅苦しいのは、この辺りで終わりだ。そろそろ中に入るぞ。サラジロス!」


 ダスカーの呼び掛けに、少し離れた場所にいた文官と思しき男が一人、近づいてくる。


「このサラジロスが、暫くお前達の面倒を見る。何か分からないことがあれば、こいつに聞け」

「サラジロスと申します。暫くの間、皆さんのお世話をさせて貰うことになりますので、よろしくお願いします」


 深々と一礼する四十代程の男の仕草は非常に洗練されており、顔を上げたスーラ達全員が思わず目を奪われるのだった。

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