0174話
林の中で逃げている冒険者に気が付き、ハスタから同じ街の冒険者を見殺しにしたくないと頼まれて草原へと出たレイ達。
そこで見たのは、ある意味で予想通りであり、ある意味では予想外の光景だった。
4人の冒険者達がガメリオンに追われているのは予想通り。この時期だけに姿を現すガメリオンを目的にやってきた冒険者達が、ガメリオンを相手にして手に負えず逃げだしたと思える光景。
だが予想外だったのは、その冒険者達を追っているガメリオン。通常の大きさが3m程の筈だというのに、そのガメリオンはまるで冗談のような巨体を誇っていたのだ。その大きさはレイ達が仕留めたガメリオンのおよそ3倍。
そしてレイとハスタはそんな大きさのガメリオンに覚えがあった。街から出る時の手続きをしている時にランガからガメリオンの稀少種の話を聞かされていたからだ。
「……」
唖然としているハスタへと視線を向けるレイ。
通常のガメリオンですらランクCモンスターであり、ランクD冒険者のハスタにとっては明らかに格上の相手なのだ。
実際つい先程レイ達が仕留めたガメリオンに関しても、ハスタは尻尾を切断は出来たものの与えたダメージはそれだけであり、レイの放った一撃が無ければ恐らくその生命を終えていただろう。
だと言うのに、現在レイ達のいる林へと向かって来ているのは通常のモンスターよりも1つ上として扱われる稀少種。つまりはランクBモンスター。レイ自身が戦った中で言えばオークキングやスプリガンと同等の強さを持つモンスターなのだ。明らかにハスタには荷が重い相手だった。
「ハスタ」
「……はい。分かってます。僕の腕ではちょっと太刀打ち出来ない相手ですね。林の中に下がっていた方がいいですか?」
「そうしてくれると助かるな。後はあの追われている4人の冒険者を落ち着かせて、説明しておいてくれると助かる」
「任せて下さい。戦闘ではお役に立ちませんがその辺は何とかしてみせます」
自分も手伝う! と主張するものだとばかり思っていたレイは、多少驚きつつもハスタへと指示を出す。
もちろんハスタにしても、レイやセトがいなければ自分が何とかしようとしただろう。だが、幸いここにはレイとセトのような規格外の存在がいた。ガメリオンをあっさりと片付けてしまうような一撃を放つレイがいる以上、ランクBモンスター相当の相手に自分が手を出してもかえって邪魔になると理解出来ていた。己の分を知っていると言うのは、ハスタの美点の1つだろう。
そんな風に簡単に打ち合わせをしている間にも、冒険者達4人とレイ達がいる林の距離は徐々に縮まっていく。
だがさすがに8mの体長を持つ、しかも兎がベースと思われるガメリオンの希少種を相手にしての命がけの鬼ごっこは冒険者達にとって極めて不利だった。林との距離が縮まるよりも早く、冒険者と希少種との距離も縮まっていく。
既に冒険者達の顔には死がすぐそこまで迫っている絶望が浮かび上がっていたが、それでも唯一の希望に縋りながら必死にレイ達のいる林の方へと走ってくる。
希少種の体長を考えると、確かに林の中に逃げ込むというのは賢い選択だったろう。あれ程の巨体であれば木々の間をすり抜けるような真似はまず無理だったのだから。あるいは木を薙ぎ倒しながら追ってくる可能性もあるが、そうなれば当然希少種の速度は鈍る。
(予想外だったのはガメリオンの足の速さ、か。魔法を使おうにも追われている奴等との距離が近すぎて巻き込んでしまうしな。となると一旦俺が間に入って距離を空けさせるのがベストか)
内心で呟き、黙ったまま地を蹴るレイ。その後ろ姿を見送ったセトは、翼を羽ばたかせて舞い上がっていく。レイの援護の為に希少種へ上空からの奇襲攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
「来るなーーっ! 逃げろ、逃げろぉっ!」
ガメリオンに追われている冒険者達の中でも、先頭に立っている戦士風の男がレイを見つけて大声で叫ぶ。
だがレイはそんな声には耳を貸さずに……否、逆に大声を張り上げて自分に近付いてくる冒険者達へと叫び返す。
「ここは俺が引き受ける。お前達は林の中に行け! 俺の仲間が待ってる!」
「だが!」
レイの体格を見て魔法使いだと判断したのか、反射的に何かを言い返そうとしてくる先頭の男。しかしその時には既にレイと冒険者達はすれ違うように入れ替わり、レイの視線には希少種の姿がしっかりと捉えられていた。
「っ、死ぬなよ!」
結局それだけを言い残し、そのまま林へと向かって走っていく冒険者達。
その後ろ姿を見送るでもなく、既にレイは5m程度の距離まで迫ってきていた希少種目掛けて大きくデスサイズを振るう。
「飛斬!」
とにかく足を止める為に放たれたデスサイズのスキルである飛斬。その名の通りに斬撃が飛び……
「ガアアアッ!」
その斬撃の威力に何かを感じたのだろう。希少種は吠えながら高く跳躍する。
さすがに元がウサギだと思われるモンスターと言うべきか、その跳躍力は飛斬によって飛ばされた斬撃をいとも容易く飛び越える。それもその場での跳躍であって、マジックアイテムを持っているレイとの距離を縮めるような真似をしない所に希少種の知能の高さが窺えた。
ヒュンッ!
空気を削るような音が聞こえたと思った瞬間、殆ど反射的にデスサイズを振るうレイ。
ギンッ!
そして同時に金属音が周囲へと響き渡る。
「ギャンッ!」
続いて響いたのは希少種の悲鳴。
一瞬だけ視線を向けた地面に3m程のロープ状の物が落ちているのを見て、微かに眉を顰める。
(だよな。体長が3倍近いんだから、尻尾も相応に他のガメリオンより長くてもおかしくはないか。最初の一撃であの鞭のような尻尾を心配する必要がなくなっただけマシか)
「ガ……ガアアアァァァッ!」
己の尾がいともあっさり切断されたのが余程癪に障ったのだろう。先程レイが仕留めたガメリオンよりも圧倒的に巨大で迫力のある牙を見せつけるように吠える希少種。
だが当然レイがそんな怒りに満ちた声で怖じ気づいたり、恐怖で縮こまる訳もない。いつものようにデスサイズを構えながら魔力を込めて呪文を唱え始める。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
そして呪文と共にデスサイズの先端に30cm程の炎が集まり……
『火球!』
魔法が完成すると同時に、デスサイズを振って作り出された火球を放つ。
その速度は普通のその辺のランクが低いモンスターなら回避出来なかっただろう速さを持っていた。だが、今レイの目の前にいるのはランクCモンスターであるガメリオンの希少種であり、ランクB相当のモンスターなのだ。それも兎をベースとしたモンスターの為に瞬発力や速度自体がかなり高い。
「ガアァッ!」
短く鳴き、横へと跳んで火球を回避する希少種。そのまま魔法を放った隙を突きレイへ自らの尾を切断した報いを受けさせようと後ろ足に力を込めていたのだが……
轟っ!
「!?」
反射的に音の発生源へと視線を向けた希少種が見たのは、2m程の業火を発生させて地面を燃やし尽くしている圧倒的な迫力を持つ光景だった。
1年中枯れることの無い魔の森の魔力の影響を受けている草と言えども、レイが放った炎の前には為す術無く瞬時に灰と化す。
(……よし。これでこの希少種は背後から魔法を撃たれる心配がある以上、俺を無視出来ない筈だ。林の方は暫く安全だろう)
背後から聞こえて来る足音で、先程の冒険者達が林の中へと入っていくのを感じながら再びこれ見よがしにデスサイズへと魔力を込める。
「ガ……ガ、ガアアァァアアァッ!」
自分が目の前にいるレイに気圧されているのが分かるのだろう。先程の怒りに満ちた声とは違い、まるで自らを鼓舞するかのように吠える希少種。
「マジックシールド!」
その声に応えるかのように、再びデスサイズを構えながら間合いを詰めていくレイ。ただしスキルであるマジックシールドを使用して、光で出来た盾を展開してだが。
「ガアアアアッ!」
見る間に自分へと近付いてくるレイに危機感を覚えたのだろう。このままでは自分はやられると。そう判断した希少種は、希少種故の巨大な牙を露わにしつつ自分に近付いてくるレイを威嚇する。
何しろ体長8mオーバーのガメリオンだ。その口は牙と同様相応に巨大であり、それこそレイ程度なら一飲みで胃の中へと収められるだろう。そしてそれが無理でも、牙を突き立てれば毒を注入できる。そうすれば幾ら何でも死ぬだろうと。
「甘い……んだよっ!」
ガメリオン特有の瞬発能力を使い、デスサイズの間合いに入る直前に牙を突き立てんと前へと跳ぶ。
ガキンッ!
だが、本来であればレイへと突き立てられる筈だった牙は、光の盾により防がれる。
そして殆ど同時に、魔力の込められたデスサイズが振るわれた。
「っ!? ……ギャンッ!」
自分へと迫る死の刃を認識した希少種は、殆ど反射的な行動で右耳の刃でその攻撃を受け止めようとする。
その鋭い刃は、振るわれたのが普通の長剣や槍のような武器であれば防ぐ事が出来ただろう。あるいは、もしかしたら逆にその武器を切り裂くような真似も出来たかもしれない。だが、今回振るわれた武器はマジックアイテム。それもレイ自身の強大な魔力を用いて行われた魔獣術によって創り出されたものだった。故に希少種の右耳の刃は殆ど何の抵抗すらも出来ず、綺麗に斬り飛ばされる。そしてレイは振り抜いたデスサイズをそのまま手首を返し、刃を希少種の方へと向け。
「パワースラッシュ!」
再度のスキルを使用するのだった。
「ガギャアアアアアッ!」
刃の斬れ味は落ちるが、その分純粋な一撃の威力は増すパワースラッシュ。それを食らった希少種は、本来であれば刃に対して強い抵抗力を持っている筈の毛皮を血に染めながら、聞いたことも無いような悲鳴を上げつつ5m近く吹き飛ばされ、大地を転がるようにして更に数m程地面を削ってようやくその動きを止めた。
「……嘘、だろ?」
林の中からその光景を見ていた冒険者達の中でも、リーダー格である男が思わず呟く。
その男は、先程レイと短いながらも声を交わした戦士風の男だった。
だが、声を出せただけでも立派だろう。他の仲間達は息を整えるのも忘れたかのように、絶句していたのだから。
何しろ体長8mオーバーの希少種を吹き飛ばしたのだ。160cm程度しかない筈の、一見して華奢な子供としか思えない相手が。
ハスタにしてもさすがに今の光景は予想外だったのか、声も出ない様子で食い入るようにレイへと視線を向けている。
そしてその視線の先で、地面へと倒れ込んでいた希少種がヨロヨロとだが起き上がったのを見たが、既にその身体に先程まで冒険者達に対して死の絶望を与えていた時のような迫力は既に無い。半死半生と表現するのが正しいだろう。
そんな5人の視線を感じつつも、レイ自身はまだ油断せずに希少種へと視線を向けている。
ここまで一方的な展開になっているのは、最初の一撃で遠距離攻撃の手段である尾を切断出来たからだ。それが無ければ、もう少し苦戦をしていたのは間違い無い。
「……」
油断無く起き上がった希少種へと視線を向けながらも、一瞬だけ視線を上空へと向ける。
そこにはいつでも襲いかかれるように準備を整えたセトが空を舞っていた。
(よし、ここで下手に時間を掛けて逃がしたら元も子もないしな。ここで決めるか)
希少種の注意を自分へと振り向けるかのように、わざと大きくデスサイズを振るう。
本来であれば飛斬を使うべき間合いを空けての、見せつけるような一撃。そして希少種は飛斬を実際にその目で見ていたからこそ、その可能性を捨てきれず既に殆ど力の残っていない身体を限界まで使い上空高くへと跳躍する。
「グルルルルゥッ!」
そして、上に跳躍させることこそがレイの狙いだった。
上空で身動きする方法を持たない希少種は、雄叫びを上げながら急速に自分へと近付いてくるセトの姿を視界に入れ……次の瞬間、セト自身の体重と、高空から落下してきた速度を合わせた一撃が組み合わさった鷲爪の一撃を頭部へと振り下ろされる。
身体の大きさだけで言えば、ガメリオンはセトの4倍以上の大きさがある。だがランクAモンスターであるグリフォンの膂力に、セト自身が装備している剛力の腕輪。上空からの急降下攻撃という、希少種の思いも寄らぬ場所からの奇襲。これら全てが合わさった結果、凄まじい威力を発揮し……
ゴキャアッ!
体格の差をものともせずに、振るわれた一撃は希少種の頭部の骨を粉砕する音を周囲へと響き渡らせた。
「はぁっ!」
そして念の為とばかりに巨大な音を立てて地面へと落下した希少種との距離を詰め、魔力を通したデスサイズを鋭く振るい……
斬っ!
首から上、頭部を綺麗に斬り飛ばすのだった。