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レジェンド  作者: 神無月 紅
崖のダンジョン
1736/3865

1736話

「んだとごらぁっ! てめえ、誰に喧嘩を売ってるか、分かってるんだろうな!」

「そう言われましても、ない物はないのですから……うちで用意出来るマジックアイテムには限りがありますので」


 通行人に話を聞きながら、レイとヴィヘラがマジックアイテム屋にやって来たのだが……明らかに中では、何らかのトラブルが起きているのは間違いなかった。

 どうする? と視線でヴィヘラに聞いたレイだったが、ヴィヘラの瞳に面白がる色があるのを見れば、すぐに諦めの溜息を吐く。

 店の中で起きているのだろうトラブルに首を突っ込もうと考えているのは、間違いなかったからだ。


「一応聞いておくけど、どうする?」

「中に入ってみるに決まってるでしょう?」


 レイの言葉に即座にそう返したヴィヘラに、だよなぁ……と半ば諦めつつ、レイは扉に手を伸ばす。

 マジックアイテムが目的だったのだから、ここで帰るという選択肢はレイにはない。

 そして当然のように、中のトラブルに首を突っ込む気満々のヴィヘラにもそんな気はなかった。


「おう、今は取り込み中だ! 悪いが、出直してくれ!」


 扉の開いた音が聞こえたのだろう。男は振り向きもせずにそう告げる。

 レイにとって意外だったのは、出ていけというような命令形で言われなかったことか。

 怒鳴ってはいるが、一応悪いがといった風に謝ってもいる。

 その様子を見れば、男の方が一方的に店員に難癖を付けているのではないというのは、レイにも、そしてヴィヘラにも何となく想像出来た。

 もっとも、強そうな男の方が一方的な悪役ではないと知り、ヴィヘラは少し残念そうだったが。


「マジックアイテムを見に来たんだが、どうやらそれどころじゃないらしいな」

「そうだ。だから、悪いが……レイ? それにヴィヘラ?」


 顔だけで後ろを向いた男は、レイとヴィヘラの顔を見てそう呟く。

 もっとも、男は見るからに冒険者なのだから、レイとヴィヘラの顔を知っていても不思議はない。

 ダンジョンを攻略したレイ達は、特に冒険者達の間では有名人なのだから。


「本来なら今日くらいは面倒に関わり合いたくないんだが……」

「なら、このまま店を出て行ってくれ。悪いけど、これから面倒なことが起きるからな」

「残念だけど、俺は面倒に関わり合いたくないが、ヴィヘラの方は自分から進んで面倒に関わるつもりらしいんだよな。だから、出来ればその面倒が余計に大きな面倒になるよりも前に、大人しくこっちの言う通りにしてくれると助かるんだけどな」


 レイが……いや、正確にはヴィヘラが絶対に退かないと理解したのだろう。

 男は凄んでいた店員を一瞥すると、溜息を吐く。

 レイとヴィヘラに目を向け、頭を掻きながら口を開く。


「簡単に言えば、俺はこの店に特殊な病気の薬になるポーションを頼んでたんだよ。なのに、もう半年近くになるってのに全く入荷する様子がねえんだ。……あいつは、こうしている今も病気で苦しんでるってのに」

「あー、なるほど。そういう話か。……となると、どっちの気持ちも分からない訳じゃないな。一応聞くけど、別に手を抜いてその特殊なポーションとやらを手に入れてないって訳じゃないんだよな?」

「当然です」


 少し前まで、自分より大きく迫力のある冒険者に詰め寄られていたにも関わらず、店員は全く怯えた様子もないままにそう答える。

 それは虚勢を張っているという訳ではなく、素のままの表情といった様子だった。


「ですが、比較的稀少な素材を使って作るうえに、それなりに作るのに技術が必要なポーションなので、ゴルツにいる錬金術師では作れず、この近辺にも作れる錬金術師はいません。つまり、作れる錬金術師を探して注文する必要があります」

「まぁ、そうだろうな。腕の足りない錬金術師に無理をさせても、失敗するのが落ちだろうし」

「そうですね。ですが、この場合一定以上の技量というのが問題になる訳です。こう言ってはなんですが、ゴルツはこの辺りで最も栄えている街です。つまり、この周辺の腕の良い錬金術師は自然とゴルツに集まることが多くなります。……絶対ではありませんが」


 錬金術師は、当然のように錬金術を使ってマジックアイテムを作り、それを売って生活するというのが一般的だ。

 中には金持ちから援助して貰って、研究だけをするという錬金術師もいるが、それは少数派だろう。

 そのような生活をしている以上、当然のように様々な素材が必要となる。

 そしてゴルツがこの辺りで一番栄えているということは、錬金術に使える素材も手に入りやすいということを意味していた。

 研究だけをしている錬金術師がいるように、こちらも絶対とは言い切れないのだが。

 中には家族と一緒に暮らしたいからといった理由や、その辺りでなければ入手出来ない素材があるといった理由で、周辺の農村やもっと小さい街で活動している錬金術師もいる。

 だが、それでも総合的に見れば、やはりこの周辺では錬金術師の多くがゴルツに集まってくる。

 そしてゴルツに集まってくる錬金術師で作れない以上、この辺りでその特殊なポーションを作るのが酷く難しいというのは明らかだ。


「となると、もっと離れた……それこそ、ゴルツと同じかそれ以上に発展した街に行く必要がある訳か」

「そうなります。ですが、当然ながらそうなれば相応の資金も必要になりますし、何よりいつ届くかというのも分かりません。途中でモンスターや盗賊に襲われるという可能性もありますしね。……そう、説明したんですが、どうにも納得してくれなくて」


 店員が男に視線を向けてそう言うが、男の方は苛立ちを収めることが出来ないのか、再び店員を睨み付ける。


「お前の言ってることは分かるがよ、けどあいつは……俺の妹は今も病気で苦しんでるんだよ!」


 それを見ていたレイは、店員と冒険者の男の気持ち、両方を理解出来てしまう。

 店員にしてみれば、特殊なポーションを入手する為に手をつくした以上、何を言われてもこれ以上はどうすることも出来ないというのが、正直なところなのだろう。

 そして男にしてみれば、妹が病気で苦しんでいるのを我慢出来ない、と。


「……どうする?」

「そう言われてもね」


 レイの言葉に、ヴィヘラは戸惑ったように答える。

 ヴィヘラが期待していた揉め事とは全く方向性が違ったからだろう。


(日本にいた時も、荷物が予定通りに届かないってことでトラブルになって……最終的には暴力沙汰になったとかニュースで見た記憶があるけど、今回の場合に比べれば可愛いものだよな)


 半ば現実逃避気味に、レイはそんな風に思う。

 交通網の類が発達していた日本に比べ、このエルジィンでは街や村、都市といった場所を移動するのは、かなりの危険がある。

 モンスターや盗賊の類の問題もあるし、それ以外に事故が起きる可能性も決して低くはないのだ。

 そうである以上、頼んだ荷物が届かないということも決して珍しくはない。

 冒険者の男もそれは分かっているのだろうが……それでも、妹が苦しんでいるのを見れば、ポーションを頼んだ店員に苛立ちをぶつけたくなるのだろう。


「あいつは……ミュネスは、まだ十歳なんだ。だってのに、自分が苦しくてもこっちのことばかり心配して……」


 目の前の男が二十代半ば程だとすると、十歳以上も年の離れた妹ということになる。

 レイはそれに少し疑問を抱いたが、そういうこともあるだろうと納得する。


「……レイ」


 レイの名前を呼んだのは、ヴィヘラだ。

 だが、レイの名前を呼ぶのは先程までとは違う。

 どこか頼るような、そんな声。

 男の妹が、十歳の少女だというのが、それには影響しているのだろう。

 ベスティア帝国を出奔し、最終的に迷宮都市のエグジルにやってきたヴィヘラだったが、ふとした偶然でビューネと出会った。

 それこそ、まだ少女のビューネが、ソロでダンジョンに潜っているのを知り、ヴィヘラはそれを見捨てることが出来なくなり……最終的には一緒に行動するようになったのだ。

 それだけに、ヴィヘラにしてみれば少女が病で苦しんでおり、それを治せるポーションがあるのに、それが届かないというのは……放っておくことは出来ない。

 勿論、自分で出来ることがあれば、ヴィヘラも自分でやるだろう。

 だが、今回の場合に関しては、あくまでも遠くにある街との距離と……そのポーションを無事に持ってくることの出来る力が必要となるのだ。


「あー……今日のデートはこれで終わりってことになるけど、それでもいいか?」


 レイも、まだ小さな子供が苦しんでいると言われれば、それを見すごすような真似は後味が悪い。

 知らなければそれを気にするようなことはなかったのだろうが、それを知ってしまえば……半ば偽善であると知りつつも、見捨てるつもりにはなれなかった。


「ええ。……ありがとう」


 せめてもの感謝の気持ちと、ヴィヘラはレイのフードを少しだけ動かし、現れた頬にキスをする。

 ……キスをした先が唇ではなく頬だったのは、やはりここが人前だからか。


「……えっと」

「あー……」


 目の前で行われた行為に、店員と冒険者の男は言葉を濁す。

 別に頬にキスをした程度、そこまで珍しいものではない。

 それこそ、常連になった酒場とかでは店員の女が何かあればご祝儀的な意味でそのような真似をしてくれることもあるのだから。

 だが……今回は、ヴィヘラという類い希な美貌を持つ人物がそのような真似をしたのが、店員と冒険者の男の二人を驚かせた原因だった。

 そんな二人のうち、正確には店員の方に向かってレイは声を掛ける。


「それで、その特殊なポーションとやらが作れる錬金術師がいる街ってのは、どのくらい離れた場所にあるんだ? それと材料の方はどうなっている?」


 この台詞で、ようやく店員も……そして冒険者の男も、レイが何をしようとしているのか分かったのだろう。

 驚きの視線をレイに、向けてくる。


(最初はビューネみたいに無表情なのかと思ったけど、別にそうでもないんだな)


 そう考えるレイに、店員は驚きから呆れの表情に変えつつ口を開く。


「本当にいいのですか? その、貴方達はグリフォンに乗って移動すると聞いてますが、これは依頼でも何でもないんですよ?」

「そうだな。それでも、病気で苦しんでいる子供がいると分かってるのに、このままヴィヘラと二人でゴルツを見て回って楽しめるかと言えば……なぁ?」


 そんなレイの言葉に、店員の男も納得したのだろう。

 やがて少し考え……口を開く。


「今回の件は依頼ではありません。ですが、紅蓮の翼に手間を掛けるのですから、ただ働きというのもどうかと思います。この店にあるマジックアイテムの中で、ある程度までの値段の物でしたら報酬代わりにお譲りしますが、どうでしょう?」

「どういうつもりだよ」


 店員の変わり身の早さに、冒険者の男は不満そうに呟く。

 今まで自分が散々何とかして欲しいと言っていたのに、全く相手にしていなかったにも関わらず、何故レイが言ったらこうもあっさりと……と、そう思ったのだ。

 だが、店員にとってはその反応も当然だった。

 そもそもの話、先程まで自分がどうしようもなかったのは、その為の手段がなかったからだ。

 これで店員が実は腕利きの冒険者だったりした……ということであれば、もしかしたら話は違っていたのかもしれないが、店員は別に身体を鍛えている訳でもなんでもない、ただの人だ。

 そんな時にちょうどレイが現れて、代わりに錬金術師のいる街まで行ってくれるというのだから、店員も感謝しない訳がない。

 別に男に思うところがあってポーションがないと言っていた訳ではなく、純粋にポーションがないからこそ、そのように言わざるを得なかったのだから。


「マジックアイテムの件は、こっちにとっても嬉しいから別にいいけどな。……で、その街ってのはどこにあるんだ? 一応こっちも明日にはゴルツを発つ予定だから、詳しい地図とか欲しいところだけど」

「一応街道沿いに進めば大丈夫ですよ。残念ながら、地図は持っていませんが」


 その言葉に、レイはこの世界において地図というのは非常に数が少ないということを思い出す。

 特に詳細な地図ともなれば、戦略物資の如き扱いを受けるのだと。

 事実、以前レイがマリーナから地図を借りた時には、その辺りの事情はしっかりと聞かされ、くれぐれも紛失したり傷つけたりしないように、ましてや写しを取らないようにと、しっかり言われている。

 店員から行くべき街の場所と店の名前を聞き、必要な素材と手紙を受け取ったレイは、ヴィヘラを見る。


「悪いな、ヴィヘラ。取りあえず今日はここまでだ。俺は一度ゴルツの外に出て、セトを呼ぶ必要があるから」

「分かったわ。……気をつけて」


 そう言い、ヴィヘラはレイを励ますように満面の笑みを浮かべるのだった。

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