1733話
ガランギガ、ケルピー、アルゴスベアの解体をした日の夜……レイは、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラと共にゴルツから離れた場所にある林にやって来ていた。
イエロがいないのは、ビューネと一緒にベッドで眠っているからだ。
ガランギガを解体している時の自由行動でみっちりとヴィヘラに戦闘訓練をつけられたらしく、食事が終わって部屋に戻った途端にイエロを抱きしめながらベッドにダウンした。
いや、食事の最中から既に目が閉じかけていたのを思えば、ヴィヘラがどれだけ厳しい訓練をしたのかの証明になるだろう。
もっとも、レイとしては魔獣術をビューネに知られる訳にもいかない以上、都合が良かったのだが。
正確には、今日解体をしていた以上、魔石の吸収は今夜行われるだろうと判断してビューネを疲れさせるという目的があったのだが。
そしてどうせならということで、ヴィヘラがビューネの訓練をし……今のような状況になっていた。
「そう言えば、レリューはどうしたの? 見なかったけど」
秋の月……それも雲一つない夜空で煌々と輝く月の光を浴びながら、ヴィヘラが尋ねる。
「レリューなら酒場に出掛けたぞ。何でも知り合った相手から美味い酒を出す店を教えて貰ったとかで。土産を買ってる時に知り合ったらしい」
「ふーん。レリューなら大丈夫だと思うけど」
見知らぬ相手から教えて貰った酒場に行って法外な料金を要求される、もしくは眠り薬の類を使われた状態で売り飛ばされる。
普通であれば、若干そんなことを心配する必要もあるのだが……その心配する相手がレリューであるという時点で、心配する必要がこの場にいる誰にも感じられなかった。
異名持ちのランクA冒険者にそのような真似をすれば、それこそ馬鹿な真似をした者が後悔するだけだろう。
最悪の場合はゴルツに血の雨が降る可能性もあったが、そのような場合は馬鹿な真似をした自分を後悔して欲しいというのが、レイの素直な感想だ。
「さて、そんな訳でレリューやビューネのことは心配しなくてもいいから、お待ちかねの魔獣術だ」
「グルルルルルルゥ!」
嬉しそうなセトの雄叫びが、月夜に響く。
……その雄叫びを聞いた夜行性の動物や鳥、モンスターが怯えてその場から逃げ出したりもしたのだが……取りあえず、レイ達はそれを気にしないことにする。
そしてレイが取り出したのは、三つの魔石。
ケルピーの分が二つに、ガランギガの分が一つ。
セトが倒したアルゴスベアについては、既にセトがアースアローのレベル二を習得するのに使用しているので、既に存在しない。
「今日の本命はガランギガの魔石だから、まずはケルピーからだな。……セト」
エレーナ達が見ている前で、レイはセトに魔石を放り投げる。
それをクチバシで咥え、飲み込むセト。
【セトは『アイスアロー Lv.四』のスキルを習得した】
アナウンスメッセージが、レイとセトの脳裏に流れる。
「惜しいっ! ってか、何でケルピーでアイスアロー? てっきり水球のレベルが上がるんだと期待してたのに」
「グルゥ……」
レイの言葉にはセトも同意するのか、残念そうに鳴き声を漏らす。
勿論、アイスアローのレベルが四に上がったのが、嬉しくない訳ではない。
元々アイスアローは氷の矢――氷柱という表現の方が正確だが――を飛ばすスキルだ。
それだけに、威力という点では間違いなく高い。
だが……それでも、レベルが五になって大幅に強化された水球が、レベル六になればどれだけ強化されるのかということを期待してもおかしくはないだろう。
そのことを残念に思うレイだったが、すぐに気分を切り替える。
アイスアローのレベルが四という今の状況は、つまりもう一度アイスアローのレベルが上がれば五になり、飛躍的に強化されるということなのだから。
「セト、アイスアローを試してみてくれ」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは高く鳴き声を上げ、アイスアローを発動する。
すると、セトの背後に現れた氷の矢は合計二十本。
レベル三で十五本だったことを考えれば、レベルが一上がることに五本ずつ氷の矢が増えていくということなのだろう。
「となると……セト、アースアローを」
「グルゥ? グルルルルルルゥ!」
生み出された土の矢は、予想通り十本。
レベル一の時が五本だったので、レベル二で十本。
そうなると他のアロー系のスキルのことを考えると、恐らくレベル三で十五本、レベル四で二十本……という感じになるのだろう。
「分かった。ありがとな。適当に撃っていいぞ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、アイスアローの時と同様にあらぬ方に飛んでいくアースアロー。
それを見送りながら……ふと、レイは先程のアイスアローもそうだが、もしかして誰かに当たらないよな? と考える。
「アイスアローもアースアローも、どっちも使い道があるんじゃない?」
一連のやり取りを見ていたマリーナの言葉に、エレーナやヴィヘラも同意見なのだろう。頷いて見せる。
「そうだな。俺もそれは否定しない。ただ、アースアローはともかく、ケルピーは氷というよりも水ってイメージがないか?」
「そう、ね。そう言われればそうだけど……ケルピーの魔石で、ファイアブレスが強化されるよりは、イメージ通りじゃない」
「……そうなったらそうなったで、微妙に面白そうだな」
基本的に魔獣術で習得出来るスキルというのは、そのモンスターに関係しているスキルであることが多い。
多いであって絶対にそうだと断言出来ないのは、これまでに全く関係ないようなスキルを習得したりしたことがあったからだ。
もっとも、そういう場合は単純に知られていないだけで、実はそのモンスターに相応しいスキルだった……と、そういう可能性が高いのだが。
だがそれでも、ケルピーの魔石でファイアブレスが習得出来るというのは、レイにとってもちょっとどころではないくらいに予想外な意見だった。
「取りあえず、そうなったら……多分そのケルピーは希少種か何かだったんだろうな。……ともあれ、次は俺の番だな。さて、スキルを習得出来るのか、出来ないのか。そして習得出来たとしたらどんなスキルか……」
そう呟き、楽しみにしながら魔石を放り投げ、デスサイズで切断する。
【デスサイズは『腐食 Lv.五』のスキルを習得した】
アナウンスメッセージが脳裏に流れる。
流れるのだが……
「えっと……え? えー……うん? 何で? いや、属性的にはおかしくないのか?」
「どうした? その様子だと、よほどおかしなスキルを習得したみたいだが」
レイの様子に疑問を抱いたエレーナが、不思議そうに尋ねる。
「おかしな? うーん、おかしいのか? 習得したのは、相手の金属製の装備を腐食させるってスキルなんだけど。……何故、ケルピーの魔石で腐食?」
「腐食か。水属性と言われれば、そうなのか?」
「まぁ、火や風よりは水属性じゃないかしら。ただ、土属性も腐食には相応しいかもしれないけど」
マリーナの言葉に、それを聞いていた全員が……それこそ、セトまでもが首を傾げる。
腐食と言われて、水や土を連想するのはそこまでおかしな話ではない。
だとすれば、ケルピーの魔石で腐食のレベルが上がってもおかしくはないのか、と。
「調べるにしても、ちょっと調べにくいな。レベルが五になったからには、間違いなくかなりパワーアップしてるんだろうけど」
「取りあえず、あの岩とかにでも攻撃してみたら? 金属製の装備を腐食させるのがパワーアップしたなら、岩とかも腐食させる可能性があるんじゃない?」
「岩が腐食って、どういう状況だよ」
そう思いつつ、取りあえず試してみるのに躊躇う必要はない。
デスサイズであれば、岩を破壊しても刃が傷むということはないのだから。
デスサイズを手に、岩の前に移動し……
「腐食」
スキルを発動させ、岩に向かって軽く振るう。
……本気で振るえば、デスサイズとレイの技量なら、それこそ岩であっても容易に切断することが可能なのだから、それも当然だろう。
そして刃が軽く岩に触れたところで、デスサイズを引き戻し……
「うおっ!」
岩が溶けているのを見て、レイの口から驚きの声が上がった。
「本当に腐食で岩が溶けるとは……寧ろこれは、腐食じゃなくて溶解とか、そんな感じのスキル名じゃないのか?」
そう言うレイの様子に、岩に向かって試してみるように言ったマリーナの方が驚いていた。
「まさか、本当に岩を腐食させるなんて……言ってみるものね。木とかはどう?」
次にマリーナが目を付けたのは、近くに落ちている倒木。
マリーナの指示に従い、その倒木に近づいていく。
岩の時は半信半疑といった状態だったが、実際に腐食の効果が岩にもあったのだ。
であれば、木にも効果があってもおかしくはないと、そうレイが考えてもおかしくはない。
また、岩よりも木に対する腐食効果がある方が、色々と使い道は多いようにレイには思えたというのもある。
木であれば、それこそ棍棒を武器として使う者もそれなりに多いのだから。
そうして再び腐食のスキルを使用して刃が倒木に触れると……レイの予想通り、見る間に倒木は腐食していく。
「これって……何気に、結構強いスキルになったんじゃないか?」
溶けた倒木を眺めながら、レイは呟く。
今まで腐食のスキルというのは、金属にしか効果がなかった。
そのうえ、腐食のスキルを使用して敵の武器を破壊するよりも、普通にデスサイズを使って攻撃した方が圧倒的に早く、威力もある。
ましてや、当然のことだが腐食を使えばその武器は武器として使い物にならなくなるという欠点もあった。
だからこそ、何だかんだとレベル四にまでなりながら、腐食を使う機会は殆どなかったのだが……金属以外にも効果があるとなると、話は違ってくる。
(相手の武器とかじゃなくて、身体とかそういう場所にも十分に効果を発揮する可能性が高い。だとすれば……腐食のスキル、化けたな)
実際に使ってみなければ、実戦での使い勝手の類は分からない可能性が高いが、それでも十分期待が出来るスキルなのは間違いない。
そんなレイの予想は、それを見ていた他の面々も同様だったのだろう。
感心したような表情を浮かべ、デスサイズが腐食させた倒木を眺めていた。
「後の問題は、具体的にどのくらい実戦で使い物になるか……といったところか」
エレーナの口から出たその言葉に、レイは納得したように頷く。
こうして試してみた場合ではかなり使えるように見えても、実戦で使おうとした時にはあまり使い物にならない。
そんな可能性は、間違いなくあるのだから。
「まぁ、その辺は今度モンスターか何かと戦う時に試してみるさ。……さて、腐食に関してはこれでいいとして、次だな」
そう言い、デスサイズをミスティリングに収納すると次に取り出したのはガランギガの魔石。
そう、まさに今日こうしてわざわざ夜にゴルツを離れた最大の理由だ。それこそ、メインディッシュの如き存在。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
この魔石はセトに与えると、そうレイが言っていたのを理解しているからだろう。
最大の期待は衝撃の魔眼だが、それ以外にも毒液やウォーターカッター、身体から棘を生やす……といったように、ガランギガは強力なスキルを幾つも持っていた。
であれば、そのスキルをデスサイズが習得した場合どうなるのか。
それが気にならないというのは嘘だろう。
(腐食のウォーターカッターとか、ちょっと気になるな。もしくは、デスサイズの刃や柄から好きな時に棘を生やすとかも面白そうだし)
そう思うも、それらのスキルよりも衝撃の魔眼が極めて強力なスキルであるというのは、それこそガランギガとの戦闘で理解している。
ガランギガの場合は、額にある第三の目が開くという発動プロセスがあった為に、ある程度発動のタイミングを見計らうことが出来た。
だが、セトの持つ衝撃の魔眼は、そのようなプロセスが必要ない。……少なくても、レベル一の段階では。
そしてレベル一のでそのプロセスがないということは、今までの経験から考えてレベル五まではその状態のままスキルが強化されていくという予想が出来る。
唯一、レイとして心配なのは……もしかしてガランギガのように額に第三の目が出来たりしないかといったことだが、恐らくそうなることはないだろうというのがレイの予想であり……希望的な観測でもあった。そして……
【セトは『衝撃の魔眼 Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏にそのようなアナウンスメッセージが流れる。
その後、衝撃の魔眼を試してみたが……幸い、第三の目が開くようなことはなく、レイの予想通り純粋にスキルが強化されただけだと判明し、レイはこっそりと安堵の息を吐くのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.三』『アイスアロー Lv.四』new『光学迷彩 Lv.五』『衝撃の魔眼 Lv.二』new『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.五』new『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.四』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.二』
アイスアロー:レベル一で五本、レベル二で十本、レベル三で十五本、レベル四で二十本の氷の矢を作り出して放つ事が出来る。威力としては、五本命中させれば岩を割れる程度。
衝撃の魔眼:発動した瞬間に視線を向けている場所へと衝撃によるダメージを与える。ただし、セトと対象の距離によって威力が変わる。遠くなればなる程、威力が落ちる。レベル一では最高威力でも木の表面を弾く程度。レベル二では若干威力が増し、木の幹にも傷を与える程度。ただし、スキルを発動してから実際に威力が発揮されるまでが一瞬という長所を持つ。
腐食:対象の金属製の装備を複数回斬り付けることにより腐食させる。レベルが上がればより少ない回数で腐食させることが可能。レベル五では、岩や木といった存在も腐食させる、半ば溶解に近い性質を持つ。