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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1610/3865

1610話

 砂上船を出した翌朝、レイの姿はマジックテントの側にあった。

 マジックテントを張ったのは、砂上船の近く。

 結局船長室に関しては、セトにいてもらうことにして、レイ達はいつも通りマジックテントで眠ったのだ。

 ……もっとも、マジックテントの中で一緒に寝たといっても、別にエレーナ達と一緒のベッドに寝ていた訳ではない。

 マジックテントの中は広い部屋になっており、そこで一緒に寝たというだけだ。

 マリーナ辺りは、一緒に寝ましょう? と半ばからかい、半ば本音で誘ってきたりもしたのだが、レイはそれをスルーして自分だけで寝ていた。

 ミスティリングがあるのだから、同じような機能があるエレーナの馬車でも持ってくればよかった、というのがレイの正直な感想だった。

 それを牽く馬がいないのだから、馬車としては意味がないが……マジックテント代わりとして考えれば、十分に使えたのだ。

 また、牽く馬にしても、ミスティリングに生き物は収納出来ないので連れてくることが出来なかったが、今の状況であればロッシの騎兵隊から奪った馬もある。


(もっとも、馬の中にも体調が悪くなってきている奴もいるしな。水はマリーナの精霊魔法で何とかなるけど、やっぱり食べ物はその辺に生えてる草じゃなくて、しっかりとした飼い葉とかが必要だろうし。……その草にしても、今はまだ草原が続いているからいいけど、この草原がどこまでも続くなんてことはないだろうし)


 周辺に広がっている草原を見ながら、レイはこれからのことを考える。

 幸い馬の数はそれ程多くはない。

 それでも三十頭程の馬がいるので、普通であればそれだけの馬の飼い葉を持ち運ぶだけで非常に労力が必要となるのだが、ミスティリングのあるレイの場合はそのような心配はいらない。

 それこそ、あるだけ買っても全く問題はない。


「おはようございます、レイさん」


 馬のことについて考えていると、そんな声が聞こえてくる。

 声の聞こえてきた方に視線を向けたレイが見たのは、レジスタンスの一人だった。

 明らかにレイよりも年上なのだが、レイを見る目にあるのは尊敬の光だ。

 レイも異名持ちになってからは、その手の視線を向けられることには慣れて――外見から侮られることも多かったが――いたので、今はもうそのような視線を受けても気にならなくなっていた。


「ああ、早いな」


 レイの言葉通り、まだ朝も早い。

 朝食の時間として決めていた午前七時には、まだ一時間近くある時間だ。

 そんな時間に、何故レジスタンスの男がこうして砂上船から出てきたのかと、そうレイが疑問に思うのも当然だった。

 尚、基本的には朝が弱いレイだったが、それはあくまでも宿屋で寝ている時の話で、今回のように依頼中はそこまで朝に弱いわけではない。

 勿論絶対という訳ではない以上、寝坊することもあるのだが。

 取りあえず、今日は普通に起きることに成功していた。

 ……エレーナ達と一緒のベッドで眠ってはいなくても、寝言で自分の名前を呼ばれるという行為をされたのが影響していないとは、必ずしも言えないのだが。


「あはは。まさか、こんな立派な船の中で眠れるなんて思ってもいなかったので」


 一応レーブルリナ国にも船はある。

 だが、それを有しているのはあくまでも国か、もしくは国と繋がっている商人くらいでしかない。

 レジスタンスをしているような者が乗ったことのある船など、それこそ数人が乗れば一杯になる程度の船でしかない。

 とてもではないが、砂上船のような大きさの船に乗る機会などというものはなかった。

 そんな風に会話をしている間にも時間はすぎていき、やがて砂上船の中からも人が下りてきて……朝の身支度や朝食の準備といったものが始まるのだった。






 砂上船については当然のように噂になっており、街道に戻ってきたレイ達には、何人もの商人と思しき者達が話し掛けようとする。

 だが、今のレイ達にとって時間というのは非常に貴重なものであり、商人の中でもレイ達と一緒の方に向かう者達のみが何とか情報を聞くことに成功していた。

 商人の中には本来ならレイ達と反対方向に行くべき者もいたのだが、砂上船についての情報を少しでも得ようと、自分達がやってきた方に戻る者も何人かいる。


「それで、あの船は一体なんだったのですか?」

「ごめんなさい、あの船についての情報は漏らしてはいけないことになっているので、言えません」

「そんな、少しくらいはいいじゃないですか。見たところ、皆さんは色々と事情がある様子。私でよければ、色々とお手伝いさせて貰いますが」


 レイ達の中でも、少し大人しそうな女に対し、馬車を操る商人がそう告げる。

 馬車を持っている以上、歩いて移動する行商人よりは手広く商売をやっている商人なのだろうが、それでも馬車に入る程度の商品ではレイ達にとって焼け石に水にすぎない。

 女もそれが分かっているのか、隣を移動する馬車の御者台に座っている商人に対して申し訳なさそうに口を開く。


「その、私に言われてもちょっと答えられないので、その質問は集団の先頭にいるレイさんに聞いて貰えますか?」

「レイさん、ですか……」


 商人は、女の言葉を聞くと視線を集団の先頭にいるレイに向ける。

 グリフォンを撫でながら歩いている光景を見れば、その人物が誰であるのかを推測するのは難しい話ではない。

 商人というのは、情報に鋭くなければならない。

 そうである以上、深紅の異名を持つレイの存在を知らないということは有り得なかった。

 そして商人である以上、レイのような有名人とお近づきになりたいと思うのは当然なのだが……それが出来ない理由がある。

 何故なら、現在レイが率いるこの集団の周囲には、幾人もの商人がいるのだ。

 その商人達は、当然のようにレイが持っている砂上船についての情報収集と、レイという人物……更には、そのレイの近くにいる姫将軍の異名を持つエレーナとお近づきになりたいと考えていた。

 その二人と……そしてレイが率いる紅蓮の翼の面々と親しくなれば、恐らく大きな商機があると、そう理解しているのだ。

 だが、この集団の周囲に集まっている商人の数は、十人以上……正確には一つの商隊の中には何人かの商人が一緒に行動しているのもあるので、十組程も存在している。

 そして集まっている商人達は、少なからず知っている顔も多い。

 そのような商人達は、全員が相手を警戒し、牽制している。

 ここで一人の商人だけがレイに話し掛けるような真似をすれば、他の商人達の恨みを買う。

 商人として儲けを得る為に動くのは当然だが、他の商人達から恨みを買うような真似をすれば、この先の商売で差し障りが出る。

 そうである以上、出来るだけ波風を立てたくないというのが商人達の共通した思いだった。


(けど、そうも言ってられませんね。この先には村があった筈。……エミスマでしたか。出来ればエミスマに到着する前に、何らかの話を付けておきたいところなのですが)


 セトと共に歩いているレイの方を見ながら、商人の男は悩む。

 確実に利益となるのであれば、他の商人達を出し抜いても構わない。

 勿論それは、他の商人に恨まれても構わないだけの利益が出るのならば、の話なのだが。

 他の商人も、この先に村があるというのは知っている。

 これだけの集団である以上、村で完全に食料や水それ以外にも様々な物の補給が出来るとは思えないが、それでも商機が減るのは間違いない。

 そうなるよりも前に、何とかこの集団についての情報を聞き、可能であれば何らかの商品を売るといった真似をしたかった。

 商人が悩んでいると、少し離れた場所にいる顔見知りの商人と視線が合う。

 そしてお互いに視線を交わらせ……やがて、どちらともなく頷く。

 一人で他の商人を出し抜くのは色々と不味いのだが、二人ならば、と。

 本来であれば、あまりこのような危険な真似はしたくはない。

 だが、今が絶好の商機であるのも間違いなく、二人という人数になった今なら、何とかなるのではないかと。そう本能的に察した。

 それはもう一人の商人も同じだったらしく、お互いに小さく頷くと馬車を操って先頭に向かう。


「ブルッ、ブルルルル……」

「ブルル」


 しかし、もう少しで一行の先頭に到着するかどうかというところで、不意に馬車を牽く二頭の馬の挙動が怪しくなる。

 まるでこの先に行きたくはないと態度で示しているかのような、そんな馬の態度に商人は戸惑う。

 もう一人の商人はと視線を向けると、そちらもやはり同様に馬が絶対にこれ以上は進みたくないといったように鳴いているように見えた。


「どうします?」

「どうするって言われてもな。他の連中を出し抜いたんだ。ここで結局何も出来ないなんてことになったら、それこそ俺達の面子は丸潰れだぜ」

「それは分かりますけど、馬車がこの状況では……」

「お前の馬車は俺が見てるから、お前が話を聞きに行ってこい」

「クロガーさん……いいんですか?」

「ああ。その代わり、何か必要な物があるってんなら、シュムラだけで商売するんじゃなくて俺にも回せよ」

「……分かりました」


 そんなやり取りをした後で、シュムラと呼ばれた男は自分の馬車をクロガーに任せ……


「何だ、ここは俺に任せて先に行けって雰囲気だな」


 突然聞こえてきたその声に、足を止める。

 シュムラとクロガーの二人がそちらに視線を向けると、そこに一人の男の姿があった。

 それが誰なのかというのは、考えるまでもなく明らかだ。

 そもそも、シュムラとクロガーの二人はこの人物に会おうとしていたのだから。


「レイさん……ですか?」

「ああ。何かこっちに用件がありそうだったからな。ただ……まぁ、その。馬車だと近づいて来れないだろうと思って、こっちから来てみた」


 普通の馬は、当然ながらセトを怖がる。

 それでも何日もの間ずっと一緒にいれば、セトを怖がらなくなってきたりもするのだが……シュムラ達の乗っている馬車を牽く馬は、今日初めてセトと遭遇したのだから、慣れる筈もない。

 馬車が自分達の方に近づいて来ようとしているのに気が付いたレイは、馬が怯えて暴れ出す前に自分からこの場にやって来たのだ。

 そんなレイの態度が意外だったのか、シュムラとクロガーの二人は驚きの表情を隠せていない。

 商人として露骨に感情を表に出すのは未熟の証なのだが、今回に限っては仕方がないと二人共が思う。

 異名持ちの冒険者が、わざわざこうして自分達の側にまで来てくれているのだから。

 ……少し離れた場所にいる他の商人からは、どこか恨めしそうな、それでいて羨ましそうな視線を送られている。

 当然だろう。もしシュムラやクロガーが視線を向けている商人と同じ立場であっても、同様の行動をするつもりだという自信があったのだから。

 もっとも、レイにとっても丁度いい機会なのは間違いなかった。

 このまま商人達を侍らせたまま移動すれば、悪い意味で目立つ。

 元々千人近い集団――それも女が大半で、多くが娼婦の服装のまま――という時点で悪目立ちしているのだが、商人達がそんな集団と一緒にいれば、今まで以上に目立つのだ。

 その商人達を少しでも追い払うべく……そして不足している物資の類を少しでも購入出来るかもしれないという思いがあった。


「そうですか、ありがとうございます。それで……少し前に見えた、あの建物は一体なんなのでしょう?」

「建物? ああ、砂上船だ。マジックアイテムのな。聞いたことくらいはあるんじゃないか?」


 そんなレイの言葉に、思うところがあったのかシュムラとクロガーの二人は納得した様子をみせる。


「聞いたことはありましたが、あれが砂上船だったのですか」

「ああ、そうだ。……さて、それでお前達は何を売ってるんだ? 商品によっては纏めて買い上げてもいいと思うが」

「……全て、ですか?」


 レイの言葉に、シュムラが一瞬何を言われているのかと理解出来ない様子で呟く。

 それはクロガーの方も同様で、本気で言ってるのか? といった表情を浮かべていた。


「ああ。特に服とかそっち系があれば、出来るだけ多く欲しいな。他にも水筒や食料……といった物は、あればあるだけ買うぞ」

「布はありますが、服そのものは……食料は保存食でよければそれなりにあります。クロガーさん、そちらは?」

「こっちも布はあるけど、服はないな。水筒は革袋を使った水筒でよければあるぞ」


 その言葉に、レイは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 現在一番欲しているのは布であり、水筒や食料というのは、あればいいといった思いからの代物だった為だ。


「分かった。布と裁縫道具をあるだけ売ってくれ。勿論食料と水筒もな。他にも色々と買いたい物はあるから、他の商人にも集まるように言ってくれると助かるな」

「いえ、それは寧ろこちらが助かります。私達だけが儲けると、他の商人の方々には悪いですから」


 そう言い、シュムラは助かったと笑みを浮かべる。

 他の商人を出し抜きはしたが、利益を独占するのではなく分けることで、一方的に恨まれる可能性が減ったからこその笑みだった。

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