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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1567/3865

1567話

 レイ達が馬車で隠し通路を進んでいる頃、地上は少し前とは違ってかなり静かになっていた。

 その静かになった理由は、当然のように地下施設に続く建物の前で倒れているジャーヤの者達だろう。

 死んでいる者もいれば、単純に気絶している者もいる。

 一応まだ生きている者もいるのだが、大抵は何らかの怪我をしており、ろくに動けるような状況ではない。

 そのような者達の口から上がる呻き声が、静かになっている周囲に微かにだが響く。


「グルルルゥ」


 もう地下施設に向かって攻めてこようとしている者がいないのを見て、地面に降り立ったセトは満足そうに鳴いていた。

 だが、すぐにセトの視線は少し離れた場所に向けられる。

 そこでは、今頃になって集まってきたジャーヤの兵士達が、何とか地下施設に向かって突入出来ないかとセトの隙を窺っているのだ。

 もっとも自分達より強い兵士達がセトによって圧倒されたのだから、強引に突破しようとしてもどうしようもないというのは分かっていたのだろうが。


「グルゥ?」


 そんな中、ふとセトが不思議そうに首を傾げる。

 周囲で自分の様子を窺っているジャーヤの兵士達以外に、別の勢力の者達がいるのを見つけたからだ。

 集団として別の行動をしているからといって、必ずしも別勢力とは限らないのだが……それでも、セトから見た限りでは少し前までここを攻めてきていたジャーヤの者達とは違うと、半ば本能的に理解していた。

 また、動いているのが三人という少人数であるのを考えると、集団と呼ぶには少し無理があるだろう。

 それでも取りあえず、どう動くのかは分からないので、セトはその三人の動きを見逃さないようにと気を配っていた。


「……なぁ、一瞬あのグリフォンと目が合ったんだけど。気のせいかな?」


 レジスタンスから派遣された三人組の中の一人が、恐る恐るといったようにそう呟く。

 だが、言葉を口に出来るのはまだいい方だろう。

 他の二人は、セトと目が合った瞬間には完全に身体が固まって、動けなくなっていたのだから。

 本来であれば、セトと目が合ってもそのような状態になるようなことはなかっただろう。

 だが、セトの周囲に……いや、地下施設に続く建物の周囲に何十人もが倒れているのを見れば、セトがどれだけの実力を持っているのかが容易に理解出来た。

 何よりセトの毛や翼には全く汚れがない。

 それはつまり、ジャーヤの兵士達との戦いで一切怪我をしなかったことを意味している。

 グリフォンという高ランクモンスターであれば、そのようになっても仕方がないのだろう。

 やがて十数秒が経ち、唯一口を開けた男以外の者達も何とか喋ることが出来るようになる。


「どうする? こっちはどうなっているか分かったけど。もう戻るか?」

「……そうだな。向こうでも人手が足りないのは間違いないし。こっちがこうなっていると知っていれば、三人で来る必要もなかったんだけどな」

「それは結果だろ。まさか、ここまでグリフォンが圧倒するとは思わなかったし。それより、戻るなら早く戻ろうぜ」


 そんな話をしている男達だったが、その間にも事態は動く。

 何とか地下施設に突入する為の隙を窺っていたジャーヤの兵士達が、一斉に動き出したのだ。

 自分達よりも強い者達がセトに負けて地面に倒れているのは分かるのだが、それでもここで動かなければ間違いなく組織に制裁されてしまうというのが分かっていた。

 であれば、確実な死よりも、もしかしたら生き残ることが出来るかもしれない選択肢に一縷の望みを掛けるのは当然のことだった。

 実際、セトに倒された者の中でも生きている者はそれなりに多い。

 つまり、セトに攻撃した方が生き残る確率は高いと、そう判断したのだろう。

 また、もし万が一にでも地下施設の突入に成功すれば、組織から受ける報酬は莫大な物になる筈だった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「やるぞ、やるぞ、やるぞぉっ!」

「うわあああああああっ!」


 そんな声を上げながら、何とか地下施設の中に入ろうと突入するジャーヤの兵士達。

 だが、当然セトがそれを黙って見逃す筈もない。

 ……もっとも、レイ達が中に突入して既にかなりの時間が経っている。

 であれば、今更突入しても既に遅い……そうセトも思わないでもなかったのだが、それでもレイから頼まれた仕事である以上、ジャーヤの兵士をむざむざと通す訳にはいかなかった。


「グルルルルルゥ!」


 雄叫びを上げると同時に、セトの周囲に風の矢が十五本生み出される。

 氷の矢も氷で出来ているだけに、攻撃を受ける側からすれば判別がしにくかったが、風の矢は見た目という意味では氷の矢を明らかに上回る。

 風で出来ている矢だけに、止まっている状況であればまだしも、それが放たれれば回避するのは難しい。

 少なくても、今更ここに集まってきたような、とてもではないが精鋭と呼べない数合わせの兵士達にどうにか出来る筈もなかった。

 せめてもの救いは、放たれたのがアイスアローではなくウィンドアローだったことか。

 氷の矢は、風の矢に比べて判別がしやすい。

 だが、質量という点では明らかに風の矢よりも上なのだ。

 そうである以上、食らった時のダメージという一点で考えれば、アイスアローはウィンドアローを上回る。

 ウィンドアローも、相手を斬り裂いて傷を負わせるという意味では決して攻撃力が低い訳ではないのだが。

 ともあれ、セトがアイスアローや……ましてやパワー・クラッシュ、毒の爪といった、人に対しては明らかにオーバーキルとなるようなスキルを使用しなかったのは、攻めてくる兵士達の実力が低いと見抜いていたからか、それとも単なる気まぐれか。

 ともあれ、そんなセトの選択は男達にとって幸運だったのだろう。

 その望み通り、怪我はしても致命傷となるような者は少なかったのだから。

 ……そう。少なかった、だ。

 兵士達の中には、首筋をウィンドアローによって切断され、血飛沫を上げながら地面に倒れる者もいる。

 高価なポーションの類を使えば、そのような者も助かったのだろうが……残念ながら、今ここにいる兵士達の中にそのようなポーションを持っている者はいない。

 組織でもより上位の実力者であれば、話は違ったのだろうが。

 ともあれ、いきなりそのような騒動になったのを見て動揺したのは、当然の如くここの様子を見にやってきたレジスタンスの者達だった。


「ちょっ、おい! いきなりまた戦いが始まったぞ!? どうするんだよ! このままだと、俺達も巻き込まれることになるんじゃないか!?」


 三人の中の一人が小さく叫ぶという器用な真似をするが、他の二人もそれを褒めたりするような余裕はない。

 ただ、現在の自分達に出来るのは、今起きていることを見逃さないように息を潜めて戦いの流れを見守ることだけだ。


「黙ってろ。今はとにかく、この戦いがどうなるかを見る必要がある。……アベレロ、お前はこの件を報告してこい。ここであの戦いを観察するにしても、わざわざ三人もいる必要はない」

「それは……ちっ、分かったよ。けど、このままだと危ないってのは分かってるだろ? 本当にいいのか?」

「危ないのは分かる。けど、あのグリフォンはレイの従魔なんだろ? だとすれば、多分俺達に手を出してくるようなことはない筈だ。……多分な」


 男も、絶対的な確信があって言っている訳ではないのだろう。

 だからこそ、多分という言葉を繰り返し使っているのだ。

 そのことに気が付いたアベレロは、結局それ以上は何も言わずにその場を後にする。

 とにかく、再び地下施設前で戦いが起きたのだと情報を知らせる為に。

 レジスタンスとして活動していた時は、そもそもこのような場所……地下施設のすぐ側まで来ることは出来なかった。

 ここまで来るまでに得た情報だけでも、レジスタンスにとっては非常に重要なのだ。

 ……ただし、ここまで大々的に地下施設が襲撃された以上、その情報がどのくらいの価値を持つのかは不明だが。

 それでも、もしかしたら何かに使える情報かもしれないと、そう思っているのだろう。

 アベレロが去っていった後、残りの二人は落ち着くように自分に言い聞かせながら、蹂躙と呼ぶのが相応しい戦いを見る。

 最初に行われた戦いの時のように、激しい戦闘……という訳ではないので、幸いなことに兵士達の中には死なずに済んでいる者も多い。

 もっとも、最低でも骨の一本や二本は折れているので、その場から自力で逃げ出すのも難しいのだが。

 また、その状態でこの場から脱出しても、間違いなくまた戦場に送り返される。

 それを分かっているからこそ、怪我をしたジャーヤの兵士達も迂闊に戻るようなことはしない。

 中には特に怪我をしていないにも関わらず、怪我をしたように見せかけてその場に寝転がっているような者すらいる。


「グルルルルルゥ!」

 

 セトも、無意味に相手を殺したい訳ではない。

 最初に襲ってきたような者達はともかく、目の前にいる兵士達は少し怪我をすればそのまま戦意を喪失するというのが分かっているので、ある程度の手加減をしていた。

 ウィンドアローを使ったのも、その一つだろう。

 前足による一撃も、セトにしては随分と手加減をした一撃となっていた。


「くそっ、何でこんな化け物がここにいるんだ! おい、もっと兵士を集めてこい! 雑魚じゃなくて、使える奴をだ!」


 指揮を執っている男がそう叫ぶが、その指示を聞いた男は無理を言うなと心の中で吐き捨てる。


(腕の立つような奴は、もう大体出払ってるって分かってねえのか? そもそも、一番腕の立つ奴等が地下施設を守ってたんだぞ? そこを突破された以上、そこにいる連中は侵入者……レイ達に殺されたか、気絶させられたかは分からねえが、無力化されたのは間違いねえ)


 それよりも腕の劣る者達を幾ら連れてきても、視線の先にいるセトをどうにか出来るとは思えなかった。

 地下施設にジャーヤの者達を通さないのを最優先にしているので、守っている入り口付近からあまり離れることはない。

 それならばと、弓を使った遠距離攻撃を行った者もいたのだが……氷や風、水球といった攻撃が返ってきて、弓を使った者は腕を切断する重傷を負ってしまった。

 結果として、現在ジャーヤの兵士達に出来ることは何もないのだ。

 これが普通の軍隊であれば、大人しく撤退するという選択肢もあっただろう。

 だが、残念ながらジャーヤは闇の組織……犯罪者達の集まりなのだ。

 そうである以上、面子や権力闘争といったものが軍隊よりも格段に強い。……勿論軍隊の類でも、出世の為には部下を捨て駒にするという者はいるのだろうが。

 ともあれ、現在この場で一番地位の高い者がそのタイプの性格をしていたのは、この場にいる誰にとっても――レジスタンスとセト以外――不幸だったのだろう。

 更に不幸なことというのは重なるもので、指揮を執っている男の地位は上司に媚びへつらうことで得たものだった。

 このままでは、自分も使い潰される。

 そう判断した男は、周囲にいる者達全員がセトに意識を集中しているのを確認し……そのまま、懐から取り出した短剣で上司の喉を切り裂く。

 音もなくという程に鋭いものではなかったが、この場にいる者は誰も自分や上司の方を見ていなかったことも幸いし、今の動きに気が付いた者はいない。

 そのまま上司の死体を近くにある瓦礫に隠した男は、叫ぶ。


「ラジャーダ様がグリフォンの攻撃を受けて死亡した! よって、これからの指揮は俺が執る!」


 そう叫んだ男の言葉に、兵士達の視線が向けられる。

 当然セトの攻撃で先程まで無茶な命令を連発していたラジャーダという人物が死んだというのは、考えられない。

 だが、ここから生き残るにはどうすればいいのかと言われれば、当然この男が指揮を執った方がいいというのは、この場にいる全員の一致した意見だったのだろう。

 誰も特に文句の類を言うこともなかった。

 これでラジャーダが少しでも人望があれば、兵士達の態度も違ったのだろうが、ラジャーダは上には媚びへつらい、下には威張り散らすような男な為、人望がある筈もない。


「全員、撤退! 撤退しろ! あのグリフォンは、地下施設を守ってるだけだ! こっちから攻撃をしなければ問題はない!」


 その言葉に、待ってましたと言わんばかりに全員が撤退を始める。

 レジスタンスの男二人もその様子を当然見ていたのだが、つい数秒前までは地面に倒れていた者ですら、さっさと立ち上がって撤退していくのを見て唖然とする。


「何だろ。こういう気持ち……」

「さぁ。ともあれ、ジャーヤが撤退したけど、俺達はどうする? 撤退するか? それとも、もう少しここで様子を見るか?」

「一応残っておこう。まだ何かあるかもしれないからな」


 結局そういうことに決まるのだった。

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