1544話
デスサイズの刃が突きつけられた状態で意識を失った男を、レイは冷たい視線で一瞥する。
そうして、次に周囲を見回す。
既にそこでは、レイ達を倒そうと姿を現した警備兵でまだ立っている者は一人もいない。
死んでいる者もいれば、意識を失っているだけの者もいるが……レイ達をどうにかしようと考えている者の姿はどこにもなかった。
「レイ、そろそろ行きましょう。このままここにいれば、また戦いになるわ」
マリーナのその言葉に、レイは小さく頷く。
「ああ。地下施設の中に入ってしまえば、向こうもこんなに派手な戦いは……いや、出来そうか」
レイ達がただのこそ泥であれば、それこそ腕利きを数人派遣するだけでいい。
だが、地下施設に侵入したのがレイ達である以上、数人を送り込んだところでどうにか出来るとは、ジャーヤも思えないだろう。
そうなれば当然最大戦力を出してくる筈であり、ジャーヤの最大戦力となると、当然巨人だろう。
そして巨人が暴れるとなれば、その被害は相応のものになるのは当然だった。
「そうだな。……それにしても、何故その男を生かしたままに?」
ミラージュの刀身を振り払い、そこに付着していた血を吹き飛ばしながら尋ねてくるエレーナに、レイも同様にデスサイズの刃に付着していた血を振り払いながら口を開く。
「一応、地下施設の情報はある程度必要だろう? 勿論、それを悠長に聞いてる暇はないから、こいつを連れて行くことになるが」
「……信用出来るのか?」
エレーナの視線は、レイの前で意識を失っている男に向けられている。
この場に配置されている以上、間違いなくジャーヤの精鋭ではあるのだろう。
だが、精鋭だからといって地下施設の情報を持っているとは限らない。
何より、自分達を襲撃してきた相手に大人しく情報を話すのかという疑問もあった。
「多分、大丈夫だろ。もし言わなければ、それこそどうなるのかは自分が一番よく分かってるし。……それより、いつまでもここにいれば、また援軍がやってくる可能性が高い。そうなるとまた戦闘になるだろうから、さっさと中に行くぞ。……セト、ここは任せる!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトが高く鳴き声を上げる。
もともと空を飛ぶ戦力がジャーヤにはなく、メジョウゴにも結界の類がある訳でもない。
そうである以上、空を飛ぶことが出来るセトをこの場に残しても、全く何の問題もないというのがレイの判断だった。
地下施設は巨人が行動出来るだけの空間的な余裕があるので、セトも十分行動することが出来るだろう。
だが、レイ達が地下施設に突入した後でここにジャーヤから追加の戦力が送られ、その戦力も地下施設に入ってきて前後から挟撃されるというのは、可能な限り避けたかった。
だからこそ、背後を絶対的な信頼を抱くセトに任せることにしたのだ。
「よし、じゃあ行くか」
絶対にここは通さないと鳴いているセトを一瞥すると、レイは意識を失っている男の襟首を手に、そのまま引きずって地下施設へ続いている建物に向かう。
そこまで背が高くないレイだけに、男は腰や足の部分を引きずっていく。
それでもまだ気絶している辺り、余程レイの一撃が怖かったのだろう。
……もっとも、あと一瞬口を開くのが遅ければ首を切断されていたのを間近で見せられたのだから、それも仕方がないのだろうが。
「……ねぇ、これ。やっぱり他にも出入り口があるんじゃない?」
地下施設へ通じている建物そのものは、それなりの大きさだ。
それこそ、普通に馬車が中に入れるくらいの大きさの入り口であり、通路もそれに準じている。
だが、それでもマリーナが言うことに、その他の面々はそれぞれ頷く。
地下施設に巨人がいるのであれば、当然それを外に出す必要がある。
レジスタンスの主力を倒した時に出撃した巨人達が、まさかメジョウゴの中心部分にあるこの建物から出ていった……とは、レイにも思えなかった。
そのような真似をすれば、巨人について噂されるのは間違いない。
しかし、現在巨人の話は殆ど知られていなかった。
それこそ、レジスタンスやその関係者くらいしか聞いてはいない。
勿論本当に知られていないという訳ではないのだろうが。
「だろうな。恐らくメジョウゴの中でも人の少ない場所……いや、それでもちょっと目立つか。となると、恐らくメジョウゴの外に地下施設の出口とかがあってもおかしくはないだろうな。それを見つけるのは難しいけど」
メジョウゴの外から地下施設に続く道があるのであれば、それこそわざわざこのような襲撃をする必要もなかったのだ。
だが、それが分からないからこそ現在の状況になっているのも、間違いのない事実。
「そうね。下らないことを言ったわ。……それより、進みましょうか」
マリーナの言葉に頷き、レイ達は進む。
建物そのものはそこまで大きくはない。
それも当然で、建物の中に入ってからすぐに地下に続く坂道が存在していたのだ。
つまりレイ達が入ってきた建物は、地下に続く坂道を隠す為に作られた物でしかなかったのだろう。
「……坂道か。今はいいけど、帰りは色々と大変そうだな」
この坂道を上る時のことを考え、うんざりとした表情を浮かべるレイ。
その気持ちも露わに坂道を下り……
「痛っ! うわっ、何だこれ!?」
不意に、そんな声が聞こえてくる。
その声が誰の口から出たのか、レイは考えるまでもなく分かっていた。
「起きたか」
「え? うわっ! ……っ!?」
一旦足を止めたレイが、引きずっていた男を乱暴に投げ出す。
坂道に投げ出された男は、一瞬自分がどこにいるのか、どのような状況になっているのか、分からなかったのだろう。
それでもジャーヤの精鋭だけあって、現在の自分の状況を確認するのは早かった。
そして、現在の自分の状況を確認すると、男は恐怖に怯えつつも口を開く。
「その、ここは地下施設に向かう途中、でいいんだよな?」
「ああ。随分と立派な坂道だけどな」
このような坂道を進むのであれば、馬車を牽く馬は怪我をするのではないか?
ふとそんな疑問を抱くレイだったが、今はそんなことを口にしているような余裕はないと判断し、それ以上は何も言わずに男に視線を向ける。
無言の視線ではあったが、それで何を促されているのか。それが分からない男ではない。
いや、もしここで分からないなどと言おうものなら、間違いなく男は自分が殺されてしまうというのを理解していた。
「こ、この坂道をずっと降りていけば、巨大な扉がある。その扉の向こうが、このメジョウゴの中核と呼ぶべき場所だ。ただ、当然中に入るには色々と手続きが必要で、護衛の兵士も何人もいる」
「俺達が地上で暴れた時には、この建物から援軍が来なかったみたいだが?」
男が口を開いたのを確認し、再び坂道を下りながらレイは男に声を掛ける。
そんな男の様子を、周囲にいるエレーナ達はただじっと見ていた。
迂闊な行動を取ったら、すぐにでも殺せるようにと。
男も非番の時にはメジョウゴで娼婦を買うのは多かったが、これだけの美女に視線を向けられ……それでも興奮するということはなかった。
そもそもの話、現在の状況では自分の命が危険に晒されているのだ。
それこそ、女を抱くといった話に意識を向けられるような余裕はない。
「基本的に扉を守ってるのは、俺達の中でも精鋭だ。勿論俺も精鋭の一人だが、あいつらは精鋭中の精鋭と言ってもいいと思う」
暗に自分は精鋭なので役に立つと告げてくる男だったが、レイはそれを全く気にした様子もなく言葉を続ける。
「それで、その精鋭中の精鋭ってのは全部で何人いるんだ?」
「いや、それは……」
レイの問いに、男は言葉に詰まる。
そんな男の様子に、レイは一歩踏み出す。
それだけ……本当にそれだけの行為だったのだが、それでも男にとっては十分すぎる脅しになったのだろう。
慌てたように口を開く。
「し、知らないんだよ! その辺の情報は、俺達にも秘密にされてるんだ! あいつらは俺達よりも高い地位にいるんだよ!」
「……へぇ。だとすれば、お前が持っている情報ってのもそこまで重要なものじゃないと考えてもいいのか?」
ここで迂闊なことを言えば殺される。最低でも嘘は言わないようにしながら、それでいてレイ達の興味を惹くようなことを言わなければならない。
そのような恐怖心に襲われながら、何とか口を開く。
「門番をしている連中の詳細な情報は分からないが、その扉の向こうにある通路についてはそれなりに知っている。これは本当だ! 間違いなくそれなりに知っている!」
必死な様子を見せる男に、エレーナ達はどうする? と視線を向けてくる。
「……取りあえずこのままでいいだろ。何か罠とかあったら、この男が引っ掛かるだけだし」
「ちょっ! 俺を先頭に進むつもりか!?」
「当然だろ。それが嫌なら、それはそれでいいが?」
暗に使えないのであれば殺すと言われた男は、即座に問題ないと頷く。
戦闘力という意味では、レイ達にとっては特に問題のない男だったが……それでも危険を察知するという能力に関しては、驚くべきものがあった。
(罠よけとしては、何気に当たりだったか?)
そう思うレイだったが、この通路は娼婦を運ぶ馬車が通る通路だ。
それは門があるという場所の先でも同じだろう。
そのような場所にわざわざ罠を仕掛けるかと考えれば……それは、恐らく否だった。
(まぁ、今は別かもしれないが)
自分達が襲ってきているのだから、それに対応するように罠を作動させていても不思議ではない。
「それにしても、以前もそうだったけどこの国は地下施設を作るのが得意なのかしらね」
周囲の様子を警戒しながら、マリーナが呟く。
以前と言葉を濁しているが、恐らくそれはウンチュウの件だろうとレイにも想像はつく。
ウンチュウという名前を出さないのは、男を警戒しているからだろう。
「そうだな。あそこもちょっと驚きの光景だったし。……見えてきたぞ。いるな」
マリーナに言葉を返しながら坂道を降りていくと、やがて門が見えてくる。
かなりの大きさを持つ門を見て、レイが想像したのは当然のように巨人のことだった。
(巨人を出す時はここからは出さないみたいだけど、別に出せないって訳でもないのか。……となると、あの門を突破すればそこに巨人が待ち構えている可能性もあり、と)
そんなことを考えていると、門の近くに十人程の者達がいるのに気が付く。
人間と獣人で出来た集団は、坂道を歩いているレイ達を待ち受けているかのようだった。
いや、ようだではなく、実際にレイ達を待ち受けているのだろう。
「あいつらだ、あいつらが門番だよ。強いぞ、あいつらは」
男が門番達を見ながら告げ、それを聞いて真っ先に反応したのは、当然ながらヴィヘラだった。
「強いの?」
「ああ。さっきも言ったが、あいつらは精鋭中の精鋭だ」
「ふーん。……あ、レイ」
男の言葉に、ヴィヘラは何かに気が付いたかのようにレイに声を掛ける。
その声にヴィヘラを見るレイだったが、その視線を追い……やがて、何故ヴィヘラが声を掛けてきたのかを理解する。
何故なら、その視線の先……門番達の中に、オーク似の女の姿があったからだ。
以前レイがメジョウゴに潜入した時に遭遇した人物で間違いない。
(いや、オークの見分けとかはつかないから……ああ、別に豚の獣人とか賢いオークじゃなくて、人間だったな)
そんなことを考えながら、レイはヴィヘラが何を言いたいのか理解する。
元々戦闘を好むヴィヘラだけに、レイからオーク似の女の話を聞いて気にはなっていたのだろう。
そして、ここでちょうどその人物が姿を現したのだ。
であれば、ここで戦いたいと思うのは当然だろう。
そしてオーク似の女の他にも、大勢の者達がいる。
「分かった、あいつは任せる。……他の奴はどうする?」
「そうね。出来れば私が倒したいところだけど、ちょっと手間が掛かるかしら」
笑みを浮かべつつそう告げるヴィヘラだったが、この場合の手間取るというのは、オーク似の女との戦いに手間取るという訳ではない。
単純に、ヴィヘラの戦闘スタイルが対個人として特化しているだけの問題だ。
「なら、私が出よう。構わないか?」
「……エレーナが出てくれば、それだけで終わりそうな気がするけど。しょうがないわね」
ヴィヘラが見たところ、オーク似の女は門番の中でトップクラスに腕が立つ。
勿論それぞれが隠し持っている何か……力や技、マジックアイテム、武器……といったものがある可能性もあるが、それでも総合的に見ればやはりオーク似の女が一番強そうだった。
「じゃあ、行ってくるわね」
獰猛な肉食獣が如き笑みを浮かべつつ、下り坂を駆けていくヴィヘラ。
そんなヴィヘラを追うように、ミラージュを手にエレーナが追う。
そんな二人を、レイ達は何の心配もなく見送るのだった。