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レジェンド  作者: 神無月 紅
復讐の刃
1477/3865

1477話

 アジャスとイルゼの会話は、事情を知っているレイから見れば、不思議な程に穏やかに進んでいた。

 勿論イルゼは自分の中にある復讐心を何とか押し殺しながら仇のアジャスと話しているのだろうが、幸いにもアジャスと話しているうちに、復讐心のコントロール法とでも呼ぶべきものを身につけつつあった。

 勿論コントロールしたからといって、復讐心がなくなる訳ではない。

 だが、それを表情や態度、仕草に出さないようにするのが上手くなっているのだ。


「ふーん。イルゼはまだランクが低いのか。なら、尚更レイの仕事ぶりを見ても、あまり役に立たないと思うけどな」

「そうですね。けど、まだランクと実力が低いからこそ、今のうちに冒険者の中でも最高峰の力を持つレイさんがどのように依頼をこなしているのかを見るのもいいと言われて……」

「うん? イルゼはギルドの上層部にでも知り合いがいるのか?」


 そう尋ねたアジャスは、言葉には出さないが内心の警戒を一段階上げる。

 まだ低ランクの冒険者ということで、女を大量に必要とするアジャスにとってイルゼは可能なら連れ去りたい相手だった。

 レイと知り合い……というのは色々と不味い要素だったがアジャスの感覚で言えば、レイはイルゼという低ランク冒険者を押しつけられたようにしか見えない。

 勿論レイの前でイルゼを掠うような真似をすれば、それは止めに入るだろう。

 だが、それはレイの見えない場所でイルゼを連れ去っても、レイは自分から探したりしないだろうと……そう思っていたのだ。

 だが、もしイルゼがギルドに知り合いがいるとなれば、話は変わってくる。

 もしイルゼを連れ去った場合、ギルドが動く可能性があるのだから。


(これは、やめた方がいいな)


 アジャスはあっさりとそう判断する。

 美人と呼ぶに相応しいイルゼだ。当然男達には大人気だろう。

 だが、その為に負うリスクを考えれば、そこまでする必要はないというのが、アジャスの判断だった。

 これで繋がりがレイだけであれば、まだ何とかしようという思いもあったのだが。

 この辺りの判断の素早さと慎重さも、アジャスの悪事がこれまで公にならなかった理由だろう。

 そして連れ去るのを諦めれば、アジャスもイルゼとの会話から熱心さが次第に薄れていく。

 そんなアジャスの態度を察知したのは、女の勘か、それとも復讐者としての勘か。

 理由はともあれ、イルゼはアジャスの自分に対する関心が急激に低くなっているのを理解していた。

 それが……復讐の対象のアジャスが自分に対する興味を失うという行為が許せなかったのだろう。

 先程まで自分の中に押さえつけていた復讐心が、顔を出す。


「そう言えば、アジャスさん。実は私の両親って行商人だったんですよ」

「うん? いきなり何を? へぇ、行商人ね。家族で行商人をやっているのは、そんなに珍しいことじゃないけど。それで、今もギルムの増築作業に関わってるとか?」

「……いえ。五年前に行商の途中で殺されました」

「あー……盗賊か」


 行商人が盗賊に襲われるというのは、そう珍しい話ではない。

 基本的に襲う旨みそのものはそこまで多くはないが、その代わり行商人は商隊のように大勢で旅をしている訳ではなく、自然と戦力という意味では劣るからだ。

 数十人規模の盗賊団では、その程度の相手を襲っても殆ど意味はないが、少数の盗賊団であれば行商人でも十分な旨みがある。

 そのような盗賊団に襲われたのではないか……そう告げるアジャスだったが、イルゼはそれに首を横に振る。

 そんな二人の様子を見ていたレイは、イルゼの言葉を止めるかどうか迷った。

 だが、本人は相手が誰なのかを知った上でこうした行為に出ているのだし、なによりここでレイがイルゼを止めというのは明らかに不自然だ。

 そんな真似をすれば、レイとイルゼの間に何か関係があると暗に示すようなものだろう。

 そのような真似をすれば、間違いなくアジャスはイルゼを疑う。

 その後、どのような行動に出るのかはレイにも分からなかったが、それでも怪しまれるのであれば、もうイルゼの好きなようにした方がいいと判断し、今のイルゼを止めることはしなかった。


「いえ、盗賊ではありません」

「うん? 盗賊じゃない? けど、行商人を襲うなんて……」

「そうですね。盗賊が一番多いと思います。ですが、自分が盗賊だと、そう表に出さないでいられれば……それはとても便利なことだとは思いませんか? ましてや、その人物の身分が冒険者であれば、尚更です」


 村や街、都市といった場所の住人は、基本的に自分の住んでいる場所から動くことはない。

 だが、冒険者は別だ。

 それこそ、依頼があれば他の場所に出向くのも珍しい話ではない。

 そのような冒険者が実は盗賊となれば、それは盗賊にとっては大きな利益となるし、冒険者にとっては大きな不利益となるだろう。

 盗賊団の討伐依頼といった情報が入手出来るのはまだしも、イルゼの両親のように護衛という名目で一緒に動くことが出来れば、獲物を探す必要すらなくなる。

 勿論護衛した相手を守れなかったとして、ギルドからの評価は下がるだろう。

 だが、それでも盗賊であれば裏社会の情報に詳しく、その下がった評価を上げるのも難しい話ではない。

 また、アジャスの場合は仲間三人と上手く連携を取りながらそのような行為をしていたこともあり、その行為が露呈することはなかった。……そう、今までは。

 イルゼの話した内容に覚えがあった為だろう。アジャスの表情は一瞬だけだが、間違いなく強ばる。

 それでも、自分の正体がまだ知られたわけではないと判断したのか、話を誤魔化す為に口を開く。


「盗賊か……そう言えば、このトレントの森の近くには盗賊がいないんだよな。いや、ギルムの近くなんだから当然だろうが」


 この場合、強引に話を切り上げるような真似をしなかったのは、上手いと言えた。

 もしここで強引に話を打ち切っていれば、それは自分を怪しんでくれというのに十分だったのだから。

 ……勿論、イルゼは最初からアジャスを復讐の対象として認識していたのだが。

 そのイルゼは、アジャスが逸らした話に頷きながら、口を開く。


「そうですね。この周辺には盗賊はいないようです。ですが……冒険者の皮を被った盗賊はいそうですが」

「何が言いたいんだ? 何だか、さっきからまるで俺を盗賊だと言ってるように聞こえてるんだが?」


 ここにいたって、下手な誤魔化しは自分の足を引っ張るだけだと判断したのだろう。

 アジャスは目の前にいるイルゼに、ことさら不機嫌そうな表情を浮かべながら、そう尋ねる。

 アジャスにとっては幸運なことに、この場には一緒に依頼を受けている他の面子の姿はない。

 そして……不幸なことに、この場にはレイの姿がある。

 異名持ちの、高ランク冒険者の姿が。

 これは、幸運を吹き飛ばすような不幸だと言ってもいいだろう。

 もしこの場にレイがいなければ、それこそこの場でイルゼを始末することも可能だったのだから。

 その後、何気ない顔をして他の冒険者と一緒に行動し、明日の仕事は引き受けないでそのまま一旦行方を眩ます……といった手段がとれたのだ。

 だが、レイがいる時点でそんな真似は出来ない。


(向こうが俺をどのくらい怪しんでいるのか……その辺りが分かればいいんだけどな。それが分からない以上、俺を完全にイルゼが言ってる件の……うん? イルゼ? 盗賊? 行商人……)


 そこまで考えたアジャスは、ようやく一つの家族の姿が脳裏を過ぎった。

 そう、目の前にいるイルゼにどこか見覚えがあったのも当然だった。それは、以前自分が襲った行商人にいた人物だったのだから。

 当時のイルゼはまだ幼いと呼ぶに相応しい少女だったので気が付くのは遅くなったが、間違いなく今アジャスの前にいるイルゼには、あの時の少女の面影がある。

 これまでに殺してきた人間が何人になるのかは、アジャス本人にも完全には分からない。だが、それでもここまで証拠が揃えば、目の前にいるのが誰なのかは理解出来てしまう。

 そんなイルゼを前に、アジャスも表情を取り繕うのは難しくなる。

 目の前にいるのが、自分に家族を殺された相手なのだと分かってしまったからだ。

 それが分かれば、何故イルゼがここにいるのかが分からない筈もない。

 いや、イルゼだけではなくレイまでもがいることは、最初から自分を狙い撃ちにしてきたということなのだろう。


「いえ、別にアジャスさんを盗賊だとは思ってませんよ。あくまでも世間話の一つですから。……それとも、何か思い当たることでも?」


 言葉は柔らかいが、既にイルゼの視線はその目に映す殺意を隠しはしていない。

 お前に家族を殺された生き残りが自分だと、そう態度で示している。

 もし目の前にいるのがイルゼだけであれば、それこそアジャスは殺してその場を逃げ出すといった真似も出来ただろう。

 だが、レイが側にいる以上、そのような真似が出来る筈もない。


(どうする? どうすればいい?)


 既に、自分は完全に目を付けられたことは明らかだ。

 今はとにかく、どうにかしてこの場から逃げ出し、一刻も早くギルムから逃げ出す必要があった。


(くそっ、俺を調べている奴ってのは、この件が関係してるのか?)


 何とかしてこの場は誤魔化す必要がある。

 そう判断するアジャスだったが、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、空からセトの鳴き声が……それから数秒して他の冒険者達の怒声が聞こえてくる。


「ゴブリンが、ゴブリンが森の中に入ってきたぞ!」

「っ!? 今行く!」


 レイとイルゼに視線を向けられていたアジャスは、これ幸いと素早く叫ぶとその場を去っていく。

 そんなアジャスの後ろ姿を見て、イルゼは反射的に短剣の鞘に手を伸ばすが……すぐにその動きを止める。

 今この場所でアジャスを攻撃しても、そこには何の証拠もない以上、自分が捕らえられ、裁かれる可能性があった。

 ……そう。証拠がない以上、幾らアジャスのことを仇として狙っていても、今はどうしようもない。


「さて、これでアジャスがこれからどう出るかだな」


 そんなイルゼを落ち着かせたのは、後ろから聞こえてきたレイの声。

 もしアジャスが何か行動を……具体的にはイルゼに攻撃でもしようものなら、それを防ぐ準備をしていたのだが……それが意味をなさなかった形だ。


「恐らく……ギルムから逃げるかと。私だけならどうとでもなると思ったでしょうけど、レイさんがいるのではあの男にはどうしようもないと思います」


 小さく深呼吸し、何とか興奮や怒りといったものを表に出さないようにしながら、イルゼが呟く。

 現在のイルゼの状況はともかく、その言葉にはレイも納得する。

 正面からアジャスが自分と戦って、少しでも勝てる要素があるとはレイにも思えなかったからだ。

 であれば、アジャスが取れる手段というのはそう多くはない。

 レイと互角に戦える人物に自分の護衛を依頼するか、もしくは何らかの手段でレイを犯罪者に仕立て上げ、警備兵や騎士団に相手をさせるか……そして、イルゼが口にしたように、レイに捕まらないうちにギルムを逃げ出すか。


(確実なのは、俺を犯罪者に仕立て上げることだろうな)


 レイも、自分の性格は十分に知っている。

 それこそ、貴族であろうが大商人であろうが、敵対する相手には容赦なく攻撃を仕掛ける為に、恨んでいる者は相当いるだろうと。

 そのような者達を上手い具合に纏め上げれば、レイを犯罪者に出来たかもしれない。

 だが、既にアジャスには時間がない。

 そうである以上、レイを犯罪者にするという手段を取るのは不可能だった。


(となると、考えられるのは護衛を雇うか、逃げ出すか……とはいえ、俺と互角に戦えるような存在をそうすぐに雇えるとは思えないけどな)


 実際、ギルムにもレイと互角に近い戦いをする者は、皆無という訳ではない。

 だが、そのような人物をすぐに雇えるかと言われれば、これも答えは否だろう。

 ましてや、そのような人物を雇うには莫大な報酬が必要となる筈だった。

 アジャスにそれだけの報酬が出せるのかと言えば……ないだろうというのが、レイの読みだ。


(いや、もしかしたらあるかもしれないのか? 五年前から……いや、イルゼの家族を襲ったのが五年前なら、もっと前から同じような真似をしていた可能性もある。そうなれば、かなりの額を溜め込んでいてもおかしくはない)


 一応その可能性も頭に入れ……だが、結局最後にアジャスが取るだろうと判断したのは……


「逃亡、だろうな」

「はい。けど、アジャスも普通に働く為にギルムに来ていたとは思えません。であれば、何か企んでいてもおかしくはないのですが……」

「その辺、出来るだけ早く調べる必要があるだろうな」


 そう呟くレイだったが、実際に調べるのはレイではなく、マリーナを通してダスカーに、ダスカーを通してエッグに、ということになるのは明白だった。

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