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レジェンド  作者: 神無月 紅
復讐の刃
1452/3865

1452話

「ふーん。じゃあ、イルゼもやっぱり仕事を探してギルムにやって来たんだ。……でも、ランクFでギルムまで来るなんて、無茶するんだな」

「どうしても、ギルムに来る必要があったので」

「どうしても? あれ? 増築工事の為に来たんじゃないのか?」

「いえ、それが目当てですよ」


 カウンターの前でメランに言葉を返しながらも、イルゼは目の前で話している男を若干ではあっても邪魔に思っていた。

 宿も決まったことだし、出来ればさっさと情報収集に向かいたかったからだ。

 酒場での情報収集は難しくても、他にも人が集まる場所というのはそれなりにある。

 特にイルゼの狙っている仇が冒険者である以上、ギルドに行くのは必須だろう。

 上手くいけば……本当に上手くいけばの話だが、もしかしたら何も知らない仇がギルドにやってくる可能性も皆無という訳ではないのだから。

 また、そういうのを抜きにしても、イルゼの前で笑みを浮かべて話し掛けてくるメランを苦手に思ってしまう。

 メランは、明らかに陽、表、光……そういった性質を持っている。

 それに比べると、両親と兄の仇を探し、殺そうとしているイルゼはそんなメランとは明らかに正反対の存在だ。

 そんなイルゼにとって、メランと話すというのは精神的な消耗が激しい。

 もっとも、それを表に出すような真似はしないが。

 メランもまた、自分よりも前にこのギルムにやって来た冒険者の一人だというのは変わらない。

 であれば、何か自分の知らない情報を持っている可能性というのは十分にあった為だ。

 ギルドを始めとして情報を集めに行くことが出来ない以上、せめてメランから何らかの情報を得ようと……そう思っていた。

 だが、そこに救いの手が伸ばされる。


「メラン、その辺にしておけ。そっちのイルゼとかいうお嬢ちゃんは、今日ギルムにやってきたばかりなんだ。宿も、うちに来るまで結構探し回っただろうし……休ませてやれ」

「っと、悪い。そうだよな、今のギルムで宿を探すのがどれだけ大変なのかってのは考えるまでもなく明らかだしな」


 この宿を見つけるまで、結構な数の宿を歩いて回ったメランだ。イルゼがどれだけ大変だったのかというのは、容易に想像出来た。

 もっとも、メランが来た時はギルムに仕事を求めてやって来た者達の数は今より少なかったのだが。

 そのときでもこの宿を見つけるまで随分と時間が掛かったのを考えれば、当時より人が多くなっている今のギルムで宿を見つけるのが大変なのはメランにも理解出来た。


「いえ、お気になさらず。ギルムについて色々と為になる話を聞かせて貰いましたから」


 出来た子だねぇ、と。

 店主はメランを立ててそう告げるイルゼに、鍵を渡す。


「ほら、これがお前の部屋の鍵だ。部屋は二階の奥の方にある、牙の部屋だ」

「……牙の部屋?」


 普通であれば、番号とかで区別しているのではないか。

 そんな疑問を抱くイルゼだったが、二階に行けば分かると言われれば、それ以上は何も言わない。


「ああ、じゃあ俺が案内するよ。こっちだから」


 気を遣ったのか、それともイルゼともう少し話したかったのか……ともあれ、メランはイルゼを二階に案内する。

 若干そんなメランを煩わしく思ったイルゼだったが、部屋を探さなくても済むのならと、そのままついていく。

 もっとも、牙のプレートが掛けられている部屋を見つけるのはそう難しくはない。

 階段からそう遠くない場所の前まで来ると、イルゼはメランをどうしようかと迷う。

 自分に対して下卑た視線を向けてきている訳ではなく、純粋に親切心からこのようにしてくれているのだというのは、イルゼにも十分分かる。

 だが……それでも、メランの性格をイルゼが好まない……苦手としているというのは間違いのない事実だ。

 すると、まるでそんなイルゼの考えを読んだかのようなタイミングで、メランは口を開く。


「じゃ、俺はこの辺で失礼するよ。これからちょっと訓練をするつもりだから」

「訓練、ですか?」


 イルゼから見て、メランはかなりの強さを持っているように思える。

 少なくても、イルゼの技量では到底敵わないだろうと思える程に。


「ああ。……勝たなきゃいけない奴がいるんだ。ヴィヘラさんをあの男の魔の手から救う為にも」


 強い意志を込めた力で呟かれれば、イルゼもそれを馬鹿にするようなことは出来ない。

 元々感情を表情に出すような真似はしていなかったし、メランの場合は表情に出してもそれに気が付かないかもしれない……と思わないでもなかったが、イルゼが念の為にそう考えるのはおかしなことではないだろう。


「倒したい相手がいるのですか?」

「ああ。ヴィヘラさん……俺の好きな相手を騙している奴だ」

「騙す、ですか」


 少しだけ不思議そうな様子を見せたイルゼだったが、メランとそこまで深く関わるつもりはない為、それ以上は口にしない。


「では、私も荷物の整理と一休みしたいので、この辺で失礼しますね」

「分かった。何か分からないことがあったら、気軽に声を掛けてくれ。もし俺で何か出来るようなら、協力するから」

「……ありがとうございます」


 それだけを告げ、イルゼは部屋の中に入る。


(本当に協力してくれるのなら、ギルムのことを知ってるし、私よりも強いんだから頼りになるんだけど……社交辞令なんでしょうね)


 小さく溜息を吐き、イルゼは部屋の中を見回す。

 裏通りに近いだけあり、その部屋はかなり狭い。

 ベッドと机、簡単な棚があり、それだけで部屋の大部分を占めていた。

 もしレイがこの部屋を見れば、四畳くらいの部屋と見るだろう。

 少なくても、夕暮れの小麦亭でレイが泊まっている部屋と比べれば、かなり狭いし、部屋の設備も古ぼけている。


「腐ったりしてないのは、運がいいのかしらね」


 木製の棚を見ながら呟き、手早く荷物を広げていく。

 宿の料金としてはある程度の安値だったので、値段相応と言われればそれまでだろうと考えて。

 そもそも、下手をすれば大部屋で大勢の男と雑魚寝をするか、もしくは野宿をしなければならなかったのだ。

 そう考えれば、多少設備が古くてもきちんとした個室で寝ることが出来るというのは文句も言えないだろう。

 とにかく……と、イルゼは簡単に荷物を片付ける。

 ランクの低さはともかく、仇を探して様々な村や街、都市を転々としてきたイルゼだ。

 ランクの低さに見合わない程に旅慣れてはいた。

 だからこそ、ギルムにやって来る時に持っていた荷物もかなり少なく、部屋の整理はすぐに終わる。

 いつものように短剣だけを持ち、そのまま部屋を出ていく。


「おや、もう出るのか?」

「はい。少しでも早く仕事を見つける必要がありますから」


 宿の店主に笑みを浮かべて言葉を返す。

 イルゼの本来の目的は仇、もしくはそこに繋がる情報を探すことだが、仕事を探しているというのも決して嘘ではない。

 低ランク冒険者のイルゼは、生活費を稼ぐのにも色々と大変なのだから。

 ……それなりに恵まれた顔を使い、何度か娼婦として金を稼ぐという方法を考えたこともある。

 だが、優しかった両親や兄のことを考えると、軽々とそんな真似をする訳にはいかなかった。

 もしかしたら……本当にどうしようもなくなれば、そう考えた可能性はあるが、幸いなことに今のところそのような状況になってはいない。


「そうだな。仕事を選ばなきゃ、今のギルムなら幾らでも仕事はあるだろうよ。腕に自信があるなら、建設中の壁の護衛ってのもいいだろうな」

「いえ、残念ながら腕にはあまり自信がないので……」


 実際、イルゼはランクF冒険者相当の実力しかない。

 戦闘に対する適性があまりなかったのだ。

 そのような状況でも、イルゼは敵討ちは諦めていなかった。


「そうか。なら……工事現場では、それ以外にも冒険者なら色々と細かい仕事を任せられたりするから、そっちを手伝ってみるのもいいかもしれないね」

「分かりました。ギルドに行って、その辺りをしっかりと聞いてみます」

「そうするといい。自分に出来ない仕事を出来るなんて言って、それで結局何も出来なかったら、それは色々と不味いからな」


 短く言葉を交わすと、イルゼは宿の店主に頭を下げて宿を出ていく。


「……訳あり、かねぇ」


 そんなイルゼが出ていった扉を見ながら、宿の店主は呟く。

 見るからに冒険者には向いていない外見。

 勿論、冒険者の中には外見からではとてもではないが理解出来ないような力を持つ者も多い。

 だが……イルゼの様子を見る限りでは、冒険者としての技量もあまり期待出来ないのではないかと、そんな思いがあった。

 それでもギルムにやって来たのだから、間違いなく何か理由があるのだろう。

 つまり、何らかの訳ありなのは間違いなかった。

 もっとも、それで何かをするというつもりは、店主にはない。

 あくまでも店主は、イルゼを泊めているというだけなのだから。

 そこに無理に首を突っ込むようなつもりは、一切なかった。


(まぁ、うちの宿に迷惑を掛けるのであれば、話は別だが)


 扉の方を眺めてそう考えるも、すぐに首を横に振ると自分の仕事に戻っていく。






「人が多い、わね」


 予想していたよりも遙かに多い人の数に辟易としながらも、イルゼはギルドに向かう。

 場所はメランに聞いていたので大体分かっていたし、そもそも大通りにあるのだから迷いようがない。

 そんなことを考えながら歩いていたイルゼだったが……


「えっ!?」


 歩いている途中で、ふと視界に入った存在に思わず声を上げる。

 多くの者達が歩いている隙間から見えたのは、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ存在……

 それが何なのかというのは、当然イルゼも知っていた。

 ランクAモンスター、グリフォン。

 だが、そのような一種伝説的と呼ぶのに相応しいモンスターがいるにも関わらず、ギルムの住人は特に驚いている様子はない。

 それどころか、中にはグリフォンを撫でたり、食べ物を与えたりしている者までいる。


(どうなってるの?)


 少数の人間のみがグリフォンを受け入れているのかと思いきや、大通りを歩いている多くの者達が、何か微笑ましいものでも見るような視線を向けていた。


(夢? それとも幻覚?)


 真夏の暑さによって意識を失い、夢を見ているのか……それとも暑さにやられて幻覚を見ているのか。

 一瞬そんな風に思ったが、すぐにそれを否定する。

 軽く自分の腕を抓ってみるが、普通に痛かったからだ。

 それはつまり、視線の先にいるグリフォンが現実にいるということになり……やがて、このギルムにはグリフォンを従魔にしている異名持ちの冒険者がいるという話を思い出す。

 仇に関係する話ではなかったので、そこまで注意深く聞いてはいなかった。

 だが、色々な場所で同じような話を聞いた覚えがあった、と。


(紅蓮、だったかしら? いえ、違うわね。深紅? うん、そんな異名だったと思う)


 記憶の底から思い出すように、グリフォンを従魔にしている冒険者についての噂を思い出す。

 曰く、貴族であろうが何であろうが、自分の敵となった相手は容赦なく殺す。

 曰く、非常に高い戦闘力を持っており、ベスティア帝国との戦争を一人で終わらせた。

 曰く、非常に女好きで、美人を侍らせている。


(あれ?)


 そこまで思い出し、イルゼはふと気が付く。

 もしかして、自分が復讐する上で大きな力になるのではないか、と。

 イルゼは冒険者としては低い戦闘力しか持っていない。

 そうである以上、敵を取る時も自分の手で直接……という風にはあまり考えていなかった。

 勿論、両親や兄を殺した仇を自分の手で取れるのであれば、それが最善だろう。

 それが無理だというのは、自分の力量を理解しているイルゼには分かっている。

 どうしても自分の手で仇を取るのであれば、それこそ毒か何かを使ったりする必要があるだろう。

 もしくは……それこそ怖気が走るが、ベッドに誘い込んで自分を抱いている隙を突くか。

 だが、結局自分の戦闘力に不安がある以上、失敗する可能性は非常に高い。

 そうであるのなら、それこそ自分よりも高い戦闘力を持つ者を引きずり込めばいいのではないか。


(幸い女好きだという話だし、抱かれるくらいなら我慢出来る)


 仇に抱かれるのは死にたい程の嫌悪感を抱くが、仇を討つ為に抱かれるのであれば納得出来る。

 イルゼも自分が色々と矛盾しているように感じられてはいたが、それでも自分の考えに納得出来た。


(それに、グリフォンがいるなら他の場所に行くにも素早く移動出来るし)


 仇がギルムにいるかどうか分からない以上、移動手段としてグリフォンはこの上ないと、イルゼは考える。

 だが、イルゼはセトがレイ以外の者を基本的には乗せられないということを知らない。

 もしセトを使って移動するのであれば、それこそ前足に掴まって移動するしかないのだと。

 そんな風に考えつつその場を後にし、やがてギルドに到着したイルゼは、取りあえずといった様子で依頼ボードに貼られている依頼書を見ようとし……


「え?」


 その動きを止める。

 何故なら、視線の先……ギルドのカウンターに並んでいる男の腕に見覚えのある刺青があったからだ。

 優しい両親と兄を殺した、自分の仇と同じ刺青が。

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