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レジェンド  作者: 神無月 紅
復讐の刃
1451/3865

1451話

 憎い、憎い、憎い。

 憎悪に身を焦がし、その人物のことを考えれば心の中が黒く塗り潰される。

 だが……冒険者でも何でもない自分では、その相手にどうあっても勝てないと理解も出来てしまう。

 女好きという噂を聞いていたので、相手の油断を誘う為に言い寄ろうかという考えもあったものの、向こうは自分の顔を知っている。

 そうであれば、近づいただけで自分が何かを企んでいるというのは理解出来るだろう。

 失敗は許されない。

 身の内を焼き焦がす憎悪を……そして家族の無念を晴らすまでは、絶対に自分が死ぬことは許されないのだ。

 復讐を達成した後であれば、自分の命がなくなっても構わないとは思っているが、それはあくまでも復讐が終わった後での話だ。

 優しい父親と母親の、そして大好きだった兄の無念を晴らす為には、どのような手段であろうと迷わず取るつもりだった。

 だが……相手は冒険者。

 それに比べて、自分は多少容姿が優れていても、結局のところはただの女でしかない。

 復讐を果たす為に身体を鍛えようともしたが、才能というものは残酷だった。

 鍛えていても、自分よりも後に冒険者となった者に次々と追い抜かれていく。

 自分には戦いの才能はないと……そう判断するのに、それ程の時は必要としなかった。

 それでも、冒険者というのは仇を探す為に様々な村や街、都市といった場所に移動するには丁度いい職業ではある。

 そうして仇を探し続けて、数年……憎悪に身を焦がしながら、それでも相手を見つけることが出来ないままでいた女は、ふと、とある村で話を聞く。


「ギルム、ですか?」

「ああ。現在ギルムには多くの冒険者が集まってるって話だよ。いや、冒険者だけじゃなくて、普通の人も仕事を求めて集まってるって話だ」

「ギルムは辺境ですよね? 冒険者でも腕が立つ人くらいしか行けないんじゃないですか? ましてや、普通の人は……」

「ああ、その辺は僕も心配していたけどね。どうやら、ギルムの騎士団や冒険者が護衛をしてくれているとか、もしくは大勢で集まって移動してるとか……色々と手段はあるみたいだよ」

「ギルム……」


 女の仇がギルムにいるとは限らない。

 だがそれでも、多くの冒険者が集まっているのであれば、もしかしたら……そう思ってしまう。

 手掛かりを見つけることが出来ない以上、より多くの冒険者が集まっている場所に向かうしかない。

 そう判断し、やがて女は村を発つ。

 目指すのは、ギルム。

 大勢の冒険者が集まっている場所だけに、そこに自分の仇がいるのではないかと、そう考えての旅立ち。

 普段であれば、ランクF冒険者の女がギルムに到着するのは非常に難しかっただろう。

 だが、幸いにもサブルスタでこれからギルムに向かうという一団に混ぜて貰うことが出来、途中で何度か盗賊やモンスターの襲撃に遭ったものの、女は何とか無事にギルムに到着する。


「では、ここで解散だ。早速ギルドに行って仕事を探すもよし、今夜の宿を探すもよし、知り合いがいるのなら会いに行くもよし……それぞれが、頑張ってギルムで生活していこう」


 集団をここまで率いてきた男がそう告げ、ギルムまで一緒にきた集団はそれで解散となる。

 元々、この集団はそれぞれ何かの繋がりがあった訳ではない。

 小さな生き物、弱い生き物が集団で行動しているのと同じような理由で集まっていた者達だ。

 当然、ギルムに到着するという目的を達成すれば、それぞれが自分のやるべきことをやる為に散っていく。

 女もそれは同じであり、とにかく仇の情報を得る為にどこか人の集まる場所……酒場、食堂、ギルド、そんな場所に向かおうとし……


「ちょっと待ってくれ、イルゼ!」


 背後から聞こえてきた声に、女は……イルゼは動きを止める。


「どうしたの、ジェイド。私はギルムに知り合いもいないし、出来るだけ早く動きたいんだけど」


 振り返りながら告げるイルゼの、肩の辺りで切り揃えられた緑の髪が揺れる様子を見ながらジェイドと呼ばれた男はつっかえながらも口を開く。


「その、だな。イルゼはこれからどうするんだ?」

「どうするって……だから、言ったでしょ? ギルムに知り合いはいないから、早く動くって。宿はかなり混雑してるって話だし、出来れば日中の内に宿を決めておきたいし」


 ランクF冒険者のイルゼだったが、ある程度の金はある。

 それは、何も後ろめたいことをして得た金という訳ではなく、採取依頼のように戦闘をしなくてもいい依頼で貯めてきた金だ。

 戦闘に関する才能はあまりないイルゼだったが、幸いにも採取についての才能……生えている薬草や毒草、それ以外にも様々な草を見分ける才能には、それなりに恵まれていた。

 また、自分に戦闘の才能がないと理解していたイルゼにとって、復讐の手段として毒を使うということを考えていたというのもある。

 ともあれ、そのような理由で採取という一点に関してはそれなりに才能のあるイルゼは、ランクF冒険者としてはそれなりに金を持っていた。

 ……もっとも、それはあくまでもランクF冒険者としては、なのだが。

 それでも宿に泊まる分には何とかなるというのが、イルゼの予想だった。

 実際にはギルムにある宿の多くは既に満室になっているのだが。


「その……だな。良ければ、俺と一緒に行動しないか?」


 勇気を振り絞ったジェイドの言葉。

 それが何を意味しているのかは、ジェイドの頬が赤く染まっているのを見れば明らかだろう。

 だが、イルゼはそんなジェイドの態度に気が付いているのか、いないのか。

 とにかく、迷う様子もなく首を横に振る。


「止めておくわ。私はギルムで色々と動き回る必要があるし、ジェイドと一緒だと多分迷惑を掛けるから」

「イルゼに掛けられる迷惑なら、俺は構わない!」


 そんなジェイドの言葉に、イルゼやジェイド達と一緒にギルムまでやってきた者達の何人かが囃し立てるような口笛を吹く。

 一行の中で、ジェイドがイルゼに対して好意を……それも友人に対する好意ではなく、男女間の好意を抱いているというのは、多くの者が知っていた。

 ジェイド本人はそれを隠しているつもりだったのだが、直情的な性格のジェイドだけに、それを見抜かれるのは当然だろう。

 そしてイルゼもジェイドが自分をどう思っているのかは知っていた。

 だが、復讐を果たすまで自分の幸せを考えるような余裕のないイルゼは、当然ジェイドの気持ちに応えるつもりはない。

 笑みを浮かべ、首を横に振る。


「ごめんなさい。残念だけどそういう訳にはいかないわ。……じゃあ、これで失礼するわね。また機会があったら会いましょう」


 言葉としては柔らかいものだったが、そこに込められた意思は明確なまでの拒絶だ。

 ジェイドもそれは分かったのか、それ以上は口にせず黙り込む。


「じゃあ、またね」


 それだけを告げ、イルゼはその場を去る。

 後に残されたのは、イルゼにあっさりと拒絶されたことで強いショックを受け、呆然としているジェイドと、それを慰めるべく酒場に向かおうと誘う者達だけだった。






「ごめんね。残念だけど、もう満室で空きはないのよ」

「そう、ですか。……分かりました」


 宿屋の女将にそう断りの言葉を告げられ、イルゼは残念に思いながらも大人しく引き下がる。

 宿泊を断られたのは、既にこの宿で五軒目だ。

 最初は残念に思っていたのだが、それでもこうして何軒も続けばいい加減慣れてくる。


「その、どこか空いている宿について知りませんか?」

「うーん、そうだね。……もう少し前だったら、まだ少し余裕があったんだけどね」


 真夏の暑さに、汗を掻きながら女将がそう告げる。

 実際、この宿も例年であればこの時季はまだそれなりに部屋には余裕があった。

 だが、ギルムの増築工事を行うということで、多くの者が流入してきている関係から部屋の空きはない。

 女将は少し考え、やがて気が進まないような様子で口を開く。


「その……宿の中には個室じゃなくて、ある程度の人数が大部屋に泊まるような宿もあるから、そっちなら部屋はあるかもしれないけど……貴方みたいな美人が泊まるような場所じゃないわよ? その、何か間違いがある可能性もあるし」


 そんな女将の言葉に、イルゼは少し考えて頷く。


「そう、ですね。他にも色々と回ってみて、もしどうしようもなかったらその宿に泊まりたいと思います。一応、どこにある宿か教えて貰えますか?」

「……本当にいいの?」


 普通であれば、女が……それも数人ではなくたった一人で、それも顔立ちの整った女がそのような宿に泊まるといったことはない。

 夜中に血迷って襲ってくるという可能性もあるし、そもそも周囲に見知らぬ男がいる状況で眠るといった真似は、それこそ女にとっては警戒心が低いと言われても仕方がなかった。

 いっそそのような宿よりは、野宿でもした方がいいのでは……そうも思った女将は、イルゼに対して人があまり集まってこないような場所を幾らか教える。

 勿論、そんな場所で野宿をしているのを、不心得者にでも見つかれば色々と不味いことになりかねないが、見つかるようなことがない場合は、安全だということになる。

 少なくても、野獣の群れとでも呼ぶべき男が大勢いる場所で雑魚寝をするよりは、安心だと思ったからだ。


「ありがとうございます。どちらで夜をすごすかは分かりませんが、それでも何も情報がないよりは助かりました」

「そうかい。……すまないね、出来ればあんたみたいな女の子は泊めてあげたいところなんだけど……」

「いえ、大丈夫です。……では、他の宿もあたってみますので」


 そう告げ、イルゼは宿を出る。

 宿を出ると、これでもかと強烈に自己主張している太陽から降り注ぐ日光に、うんざりとした表情を浮かべる。


「ギルムに来たのは失敗だったのかしら」


 そもそも、自分の仇がこのギルムにいるとも限らないのだ。

 冒険者が集まっているのだから、当然ここにいてもおかしくはないのだが……もしかしたら、既にミレアーナ王国を出ているという可能性すらある。

 そう考えれば、イルゼの控えめな胸の中で焦燥感を抱いてしまう。


(落ち着け)


 だが、イルゼはその焦燥感と付き合う術を理解していた。

 元々自分が狙っている仇は、冒険者という職業についている者だ。

 だからこそ、イルゼもまた冒険者になったのだが。

 とにかく、冒険者というのは非常に危険が大きい。

 もしかしたら自分の仇が既に死んでいる可能性もあるのではないか。

 そんな思いがイルゼの中にはいつでもあり、それだけに自分の中にある焦燥感と付き合う方法は心得ていた。

 両親と兄の最期を思い出し、自分の中にある憎悪を掻き集めて焦燥感を押さえつける。

 そうして数秒が経ち……自分の中にあった焦燥感が落ち着いたところで、改めてイルゼは周囲を見回す。

 人、人、人。

 イルゼの住んでいた村では、ちょっと見たこともない程の数の人が道を歩いている。

 まるで今日は祭りか何かか? と思ってしまってもおかしくない程の人数。

 だが、そうではないということを、既にイルゼは知っている。

 これがギルムの……少なくても、増築工事をしている今のギルムの日常なのだと。


「とにかく、宿を探さないといけないわね。酒場とかは夜になってから回ればいいでしょうし」


 当然ながら、酒場が最も賑わうのは仕事が終わった後……夕方から夜に掛けてだ。

 仕事が終わった後に仲間と共に宴会を行う。

 当然そうなれば、口も軽くなる。

 勿論、そのような場所にイルゼのような女が一人でいれば絡まれることもあるのだが、そのくらいは軽く受け流すことが出来るだけの経験は持っていた。

 ……最初の頃は、色々と騒ぎを起こしたり、それこそ相手を本気で怒らせて酒場を逃げ出したりといったことも多かったのだが。

 今は、それこそ笑みを浮かべて酌の一つでもしてやる程度のことは楽に出来る。

 身体に触られることがあるのは、あまり好ましくなかったが。

 ともあれ……と、イルゼは何軒か宿を当たってみるが、それでもやはりどの宿も満室だった。

 これは本当に野宿か大部屋の宿を借りるしかないかもしれない……そう思っていた時……


「ああ、宿かい? 運が良かったな。ちょうどさっき一人アブエロに行くって言って出ていったところだ」


 裏通りに近い場所にある宿で、そう答えが返ってきた。


「え? 本当ですか?」


 これまで散々断られたこともあり、イルゼは喜ぶよりも先に疑ってしまう。

 だが、宿の店主は現在のギルムの状況を理解している為か、そんなイルゼの様子に怒るようなこともなく、頷く。


「ああ。それで、どうする?」

「お願いします。取りあえず十日。それ以降は延長するかどうか分かりません」


 こうして前金を支払い、宿に部屋を取ることが出来たことに安堵していると、丁度宿の扉を開けて誰かが中に入ってきたのに気が付く。

 それはイルゼだけではなく、宿の店主も同様だった。

 だが、店主はその男を見ても特に驚くことなく言葉を掛ける。


「メラン、今日は随分早いけど……もう仕事は終わったのか?」

「ああ、ヴィヘラさんがちょっとやらかしてね。……まぁ、向こうが悪いんだけど。うん? そっちの人は?」

「新しい客だよ」


 そんな店主の言葉に、メランは人好きのする笑みを浮かべてイルゼに近づいてくる。


「初めまして。俺はメラン・キャニング。同じ宿に泊まってる者同士、よろしくな」

「……イルゼです」


 名字持ちの相手だということに少し驚きつつも、イルゼは頭を下げるのだった。

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