表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルム増築
1447/3865

1447話

「うわぁ……今日も朝から暑いな。もう少し雲が頑張ってくれれば、こっちとしても助かるんだけど」


 レイが、空を見上げながら呟く。

 雲一つ存在しない青空は、どこまでも高く、高く、ひたすらに高いように思えた。

 そんな青空には太陽が浮かび、これでもかと言わんばかりに自己主張している。

 それこそ、この夏の空では自分が主役だと、そう無言で現しているかのように。

 もっとも、簡易エアコンの効果を持つドラゴンローブを着ているレイなので、他の仕事をする者達に比べればかなり違う……いや、それこそ天国と地獄といった程に労働環境は違うのだが。


「これだけ広いとね。……どうしたって暑さはどうにもならないわよ」


 レイの呟きにそう言葉を返したのは、ダークエルフのマリーナ……ではなく、エルフのフィールマだった。

 昨夜は夕暮れの小麦亭で久しぶりの再会を祝ってそれなりに楽しく騒いだ。

 最初はフィールマに対して思うところのあったヴィヘラも、フィールマがレイに抱いている気持ちは異性に向ける感情ではなく、友人に向ける感情であると知ってからは、それなりに関係も良好になっている。


「精霊魔法でどうにかならないのか? このままだと、暑さで動けなくなるような奴も出てくるぞ?」

「無理。これだけの広さを精霊魔法でどうにかするとなると、私の魔力だけでは到底追いつかないわ。マリーナ様も……そうですよね?」

「残念ながら、そうなるわね」


 フィールマに視線を向けられたマリーナは、この暑さにも関わらず汗一つ掻いていないまま笑みを浮かべてそう告げる。

 マリーナが何をしているのかというのは、フィールマにも容易に予想出来た。

 風の精霊魔法を使って、自分の周囲だけでもすごしやすい空間にしているのだと。


「マリーナ様……自分だけ……」


 不満そうに告げるフィールマに、レイは不思議そうに首を傾げ、口を開く。


「マリーナの状況が羨ましかったら、フィールマも同じようにすればいいんじゃないか?」

「無理ね」


 レイの疑問に、フィールマは即座に首を横に振る。


「私とマリーナ様だと、精霊魔法の技量そのものが大きく違うわ。それに、持っている魔力も……もし私がマリーナ様と同じようなことをすれば、今日の仕事で魔力が足りなくなると思うわ」


 フィールマの説明に、そういうものなのかとレイは取りあえずといった様子で頷きを返す。

 莫大な魔力を持つレイにとって、魔力切れというのは経験したことが殆どない。

 レイが持つ切り札、炎帝の紅鎧は大量に魔力を消費するが、それでも魔力を枯渇する程に消耗するといったことは今までに経験がなかった。

 そんなレイの気持ちを理解したのだろう。フィールマは溜息を吐いてレイとマリーナの二人へ羨ましそうな視線を向ける。


「才能のある人って……」

「レイ殿、レイ殿、レイ殿!」


 そんなフィールマの言葉に割り込むように、一人の老人がレイに近づいてくる。

 それが誰なのか……昨日のことを思い出せば、レイにもすぐに理解出来た。

 そしてレイの顔に、嫌そうな表情が浮かぶ。

 レイの……正確にはデスサイズのスキルを間近で見たその老人は、レイに対して強い興味を抱いたのだろう。

 昨日も休憩時間にはレイに近づいてきて色々と話をしようとし、また仕事が終わった後でもレイに向かって声を掛けようとしていた。

 それでも自分のしつこさがレイによく思われていないというのを理解していた為か、昨日は結局途中で大人しく引き下がったのだが……日付が変わると、その思いもリセットされてしまったのか、レイに向かって真っ直ぐに近づいてくる。


「あー……朝からの暑さにやられてる奴も多いってのに、お前は随分元気だな」

「お前などと、他人行儀な……マルツと呼んでください」

「いや、他人行儀も何も、お前とは昨日会ったばかりだろ。何だってそんなに気安くなるんだよ。……まぁ、名前で呼ぶくらいは構わないけど」


 老人……マルツの言葉に、レイは微妙に嫌そうな表情でそう言葉を返す。


「おお、ありがとうございます。……それで、ですね。今日は儂をレイ殿の助手として一緒に回らせて欲しいのですが、どうでしょうか?」


 目を爛々と輝かせてそう尋ねてくるマルツに、レイはどうしたものかと悩む。

 話し掛けてくる口調も、最初に会った時のいかにも老人らしいものではなく、どこか若返っているようにも感じられる。

 それがレイという存在……に好奇心を刺激され、結果として気持ちが若返っているのか、それとも元々はこの口調だったのが威厳を出す為にあのような口調だったのか。

 その辺りの事情は分からないが、ともあれ接するレイとしては、この口調の方が接しやすいのは間違いない。

 マルツが何を目当てにしてこのようなことを口にしたのかというのは、それこそ昨日の一件を考えれば、レイには明らかだった。

 レイがデスサイズを手にして使った地形操作のスキルが、マルツにとっては琴線に触れたのだろう。

 レイが昨日仕事が終わった後でマリーナに聞いた話によれば、マルツは土魔法の使い手として……そして研究者としてそれなりに名前が知られている人物ということだった。

 そんなマルツにとって、レイの使った地形操作のスキルは色々と衝撃的だったらしい。

 昨日からレイに付きまとっている……と表現されても不思議ではないような行動を繰り返していた。

 だが、レイにとっては幸いなことに、マルツにとっては不幸なことに、マルツはきちんと自分の場所を割り当てられていた。

 まさか初日から担当区域を離れる訳にもいかず、休憩時間や仕事が終わってからレイに近づいてきたのだが……


「担当の場所はどうしたんだ?」

「ああ、そちらは昨夜の内に終わらせておきましたから」

「……昨夜?」

 

 あっさりと告げるその言葉に、レイは改めてマルツの姿を見る。

 着ているローブが昨日と変わっていないのは特におかしなことではないが、身体に疲れが見えるのはレイの気のせいではないのだろう。


「お前、もしかして昨日からずっとここにいたのか?」

「いえ、色々と所用があるので少し離れたりはしましたが……」

「いや、もっとしっかりと休めよ」


 予想通り……もしくは予想以上の返答に、レイは力なくそう呟く。

 一晩中仕事をしていても魔力を消耗した様子がないのは、マルツが普通の人間と比べると高い魔力を持っているのだというだけでは納得出来ない。

 いかに高い魔力を持っていても、レイのように莫大な魔力があるのであればまだしも、普通の魔法使いが一晩中魔法を使い続けて、それでも尚これだけ元気だというのは、少し異常だった。

 だがその秘密はすぐに判明する。


「おい、誰だこんなところにポーションの空き瓶を放り出してるのは! しかも……これ、魔力を回復させるポーションじゃねえか! 何だって工事が始まったばかりの今から使ってやがる!」


 周囲に職人の声が響く。

 そしてレイとマリーナ、フィールマの三人は、じっとマルツに視線を向けていた。

 理解してしまったからだ。誰がそのポーションを使ったのかを。


「マルツ……お前……」

「ああ、レイ殿がやって来たのが見えたのでつい」


 何故か全く悪びれた様子もないマルツに、レイは疑問を抱く。


「あのポーションはどうしたんだ?」

「どうしたとは?」

「この工事で使う為にギルムの方で用意した奴じゃないのか?」


 そうであれば、色々と責められることになる。

 そう言葉を続けるレイに、マルツは首を横に振ってそれを否定した。


「いえいえ。勿論これは自前の代物です。今回の仕事を受ける際に用意しておいた物です」

「……なぁ、今更聞くのもなんだけど、何で最初の頃と口調が違ってるんだ?」

「口調、ですかな? やはりレイ殿に色々と教えを請いたいと思っているからでしょうな。教えを請うというのに、その相手に対して偉そうな口調で喋るのはどうかと思いますし」


 その言葉を聞き、レイは少しだけだが驚いた。

 年下の自分に対し、教えを請う為に口調を変えるというのもそうだが、その辺りをしっかりと考え、それでいて実行しているということにだ。

 マルツがそれだけ本気だということを現しているのだろうと考えると、魔力を回復させるポーションの件もあり、ここで断るという選択はなくなってしまう。

 これで横柄な態度を取るような相手であれば、レイもあっさりと切り捨てる――物理的な意味ではなく――ことも出来たのだろうが。


「あー……そうだな。本当にもうマルツの仕事は終わったんだよな?」

「はい。それについては間違いなく」

「……分かった。なら、俺から特に何かを教えるってことはないけど、一緒についてきたいのなら、それはそれで構わない」

「そうですか! ありがとうございます」


 レイに深々と一礼すると、マルツはすぐに何かを準備する為なのか、レイの前から去っていく。


「いいの?」


 そんなレイに対してマリーナが尋ねるが、レイは問題ないと頷きを返す。


「別に俺の秘密を何か教える訳でもないし、ただ見ているだけだし問題はないだろ」

「そうなの?」

「ああ。こっちから何かをするつもりはない。……向こうが俺の様子から見て何かを理解するのなら、それはそれで構わないけどな」


 レイとマリーナの会話を聞いていたフィールマは、少し驚いた様子でレイに向けていた。


「へぇ、随分と寛容なのね。てっきり、もっと厳しく当たるかと思ったけど」

「……そうだな、もっと高圧的に来られれば、こっちもそれに対応しただろうけど。向こうがああいう風な態度に出るのなら、ただ見せるだけだし、こっちは構わないしな」


 そんな風にレイとマリーナ、フィールマが話していると、やがて用事を済ませたのだろうマルツがレイ達の方に向かってやってくる。


「お待たせしましたな」

「いや、別にそんなに時間は掛かってないし、気にするな。……じゃあ、俺はマルツを連れて行ってくる。そっちも今日は色々と大変だろうけど、頑張れよ」


 精霊魔法を得意としている二人だけに、レイ程ではないにしろ、今行われている壁の下処理としてしっかりとした地盤を生み出すことに期待されている。

 いや、寧ろ一mという制限のあるレイと比べると、そのような制限のないマリーナは、ある面ではレイよりも期待されていると言ってもいい。

 もっとも、魔力の問題でどうしてもレイとは違って回数制限があるのだが。


「ええ、そっちもね」


 軽く言葉を交わし、レイとマルツ、マリーナ、フィールマはそれぞれ自分の担当している場所に向かう。


「では、行きましょうか」


 マルツがレイにそう告げると、レイもそれに頷いて昨日自分が最後に地形操作のスキルを使った場所に向かう。


「おう、来たか。待ってたぞ!」


 そんなレイを見て嬉しそうに告げたのは、この場所を任された職人の男だった。

 だが、レイの後ろにマルツが一緒にいるのを見て不思議そうな表情を浮かべ、口を開く。


「なぁ、おい。そっちの爺さんはどうしたんだ? 確か魔法使いだったよな?」


 マルツはこの土魔法使いの中でも最年長の人物であり、だからこそ職人の男も覚えていたのだろう。


「ああ、何でも今日の分の仕事は終わらせたから、俺と一緒に回るらしい。……仕事も終わってるって話だったし、問題ないだろ?」

「うーん……まぁ、仕事が終わってるのなら、こっちとしちゃあ、何も言えないけどよ」


 仕事が終わっているのであれば、と。職人の男もそれ以上は口にしない。

 もし口だけで、実際に仕事が終わっていないということにでもなれば、後でマルツには何らかの罰則が科せられるだろう。


(もっとも……)


 職人の様子を見ながら、レイは自分の隣にいるマルツに視線を向ける。

 そんな真似をする訳がない……と思いつつ、自分とデスサイズに対して並々ならぬ好奇心を抱いているマルツであれば、そのような真似をしても不思議ではないと思ってしまう。


「とにかく、そっちの件は分かった。ともあれ、早速で悪いが仕事を始めてくれ。今日も一日暑くなりそうだし、午前の涼しい内に出来るだけ進めておきたいからな」

「分かった、じゃあ早速。……一応確認しておくけど、そこの地面にある掘られている場所をもっと下げればいいんだよな?」


 昨日のうちに魔法で行われたのだろう。五十cm程度ではあるが、地面を大きく掘り進められている形になっている場所を見ながら、レイが尋ねる。


「ああ。そうしてくれると、こっちも助かる。それが終わったら、またこっちの連中で続きをやらせるから。……にしても、強力な魔法なのに一度使うとその場所をそれ以上動かせないってのは、面倒な魔法だな」

「まあ、そうだな」


 言葉を返しつつ、レイはミスティリングからデスサイズを取り出す。

 それを見てマルツが期待に満ちた視線を向けるが……それに気が付いていながら、レイは特に気にした様子もなくデスサイズの石突きを地面に突き刺し、スキルを発動する。


「地形操作!」

 

 レイの口から言葉が発せられるのと同時に、地面はレイの思い描くとおりの形に変わっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ