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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルム増築
1446/3865

1446話

 レイによる作業により、その日の壁の建設……正確には建設をする為の下準備とでも呼ぶべき作業は、予想外に捗ることになった。

 それはギルムにとって非常にいいことだったのだが、それが誰にとってもそうだという訳ではない。


「くそっ! 予定が繰り上げられたって、どうなってやがるんだよ!」

「うるせぇっ! 今はとにかく、仕事に集中しろ!」

「つっても、もう日も暮れそうなんだぜ!?」


 叫んだ大工の一人が、視線を空に向ける。

 そこでは真っ赤に染まった夕日が、今にも沈もうとしている。

 だが、そんな状況であっても、この場にいる者達は仕事が終わった後での一杯を楽しむことも出来ずにいた。

 今は、とにかく少しでも早く自分達の仕事を行い、それでいて急いだからといって納品する品に不具合がないようにしなければならない。

 ここで完璧に仕事をこなせば、それは以後もギルムでは大きな仕事を任される可能性がある。

 しかし、逆にここで納期に間に合わなかったり、間に合わせても粗悪品を提出するようなことになった場合、ここにいる大工達の名声は地に落ちるだろう。

 ギルムの中でも腕のいい大工達として知られているだけに、そんな真似は絶対に出来なかった。


「ったく、それにしても何だってこんなことに……本当なら今日は仕事始めの日だから、酒場で思う存分飲んだり食ったりする筈だったのによ!」

「いいから、黙って仕事しろって言ってんだろ! この仕事が終わったら、好きなだけ食わせて、飲ませてやるからよ!」


 大工達を率いている頭領が、他の大工達に向かってそう叫ぶ。

 実際、急な仕事を頼まれはしたが、大工達に無理をさせている分、報酬は通常よりも多く示されている。

 この場にいる大工達全員に奢るくらいは、それこそ数日続けても問題ない程度の追加報酬は約束されていた。

 現在のギルムで忙しいのは、この大工達だけではない。他にも様々な職人達が、突然の仕事の追加に悲鳴を――嬉しい悲鳴を含めて――上げている。

 それでも本格的に文句を言わないのは、職人達が自分の仕事に誇りを持っているということもあるし、それに見合う追加報酬も用意されているということもあるのだろう。






 そして職人達が必死に働いている頃、破壊された壁の周辺には多くの冒険者達も集まってきていた。


「おいおい、何だよこれ……今日一日でここまで進んだのか?」


 今回の増築で一稼ぎする為にギルムにやって来た冒険者の男は、壁が破壊された場所から外に出て、暮れそうになっている夕日に照らし出されている光景を目にして驚きの声を上げる。

 何度か他の村や街の増築工事に関わってきた経験がある男にとって、一日でここまで作業が進んでいるとは思わなかったのだろう。

 それはレイという地形操作を使うことが出来る者の存在や、ギルムという辺境であるが故に腕の立つ魔法使いが他の村や街、それこそ都市と比べても多いというのもあるし、豊富な財力を持つギルムが高い金を出して魔法使いを雇ったというのも関係している。

 理由はともあれ、男の目には信じられない程の速度で増築工事が進んでいることが理解出来た。

 だが、元からギルムで活動していた冒険者達は、そんな男の様子を見て笑みを浮かべる。

 それは、どうしようもないだろうといった諦めの笑みであり、ギルムの冒険者の実力はこれ程のものだという自慢の笑みであり、レイだからな、といった呆れの笑みでもある。

 様々な笑みを浮かべている冒険者達の様子を見て、男はそれ以上何かを口にするのは止めた。

 自分がここで何かを言うよりも、とにかく今は仕事をきっちりとこなす方が先だろうという思いがあった為だ。


「ちっ、まだ完全に日も暮れてないってのに、早速お出ましだ! 盛大に歓迎の宴を開いてやるぞ!」


 何らかのモンスターか、はたまた動物か……ともあれ、何者かが近づいてきたことを音や気配で察知した盗賊が叫ぶ。

 その声を聞いた冒険者達は、これ以上話をしているような暇はないと、それぞれが戦闘準備を整える。

 それぞれ前もって決められた集団に別れて、近づいてくる相手を待ち受ける。

 そうしている中で、やがて姿を現したのは……


「ゴブリンだ、畜生! どうせなら、もっと金になるモンスターが来いよな!」


 冒険者の男が、不満そうに叫びながら長剣を振るい、ゴブリンの頭部を切断する。

 それを皮切りに、壁に空いた穴に向かって何匹かのゴブリンが突っ込んでいく。

 何とかしてギルムの中に入ろうと、そのような考えを抱いていたのだろうが……幸いなことに、ゴブリンの数は決して多くはない。


「にしても、何だってこのゴブリンどもはこんなに早くここを察知したんだろうな?」


 相手がゴブリンだけということもあってか、若干の余裕を取り戻した冒険者の一人がそう呟く。


「そうね。普通に考えれば、このゴブリン達は毎日この時間になればこの辺りにやって来ていたって考えるのが自然じゃない?」

「ギルムの近くなのにか?」


 弓を持った女の冒険者の言葉に、疑問を口にした男が信じられないといった様子で口を開く。

 だが、女はそこまで驚くようなことではないと言いたげに頷きを返す。


「そうよ。そもそも、ギルムの壁はそこにあるだけで、別に上を歩いて外を見回ったりはしてないもの。……いえ、もし見回りをしても、壁の近くにゴブリンがいるくらいだと、普通なら攻撃するのは労力の無駄だと判断して放っておくことも多いでしょうね。ここはギルムなのだし」


 ギルム周辺において、ゴブリンというのは最下層に位置するモンスターの一つだ。

 当然他のモンスターに見つかれば、あっさりと殺されてしまう。

 ……いや、モンスターだけではなく、それこそちょっと獰猛な動物にすら勝てないだろう。

 それだけに、数十匹、数百匹といったように群れで集まっているのであればまだしも、現在ここにやって来たような十匹に満たないような数であれば、わざわざギルムの冒険者が手を出さないというのも珍しくはない。

 勿論ゴブリンの方から襲ってきたのであれば、話は別だが。

 また、ギルムで育った新人冒険者や、様々な幸運に恵まれてギルムに辿り着いた新人冒険者といった者達にとっては、上手くいけば戦闘もなしに討伐証明部位と魔石を入手出来るという点では、穴場にすらなっていた。


「とにかく、最初に現れたのがゴブリンで良かったと考えましょう。まさか、いきなり高ランクモンスターが出てきたりしたら、色々と不味かったでしょ?」

「……それは否定出来ないな」


 ランクCモンスターが姿を現したりすれば、最初の一日で死ぬ者が出ていた可能性もある。

 そう考えれば、やはりゴブリンでよかったのだ……と、冒険者は無理矢理にそう思うのだった。

 だが、出てきたゴブリンは何故かまだこの場に残っていた土魔法を使う魔法使いにより、大きな被害を受けることになる。






「では、初日を無事に終え……そして予想以上に工事を進めることが出来たことに、乾杯!」

『乾杯!』


 酒場で職人達がそれぞれ持ったコップを掲げ、嬉しそうに叫ぶ。

 コップ同士がぶつかり合う音がすると、次の瞬間にはコップが口に運ばれていく。


「ぷはぁっ! 仕事が終わった後の、この一杯は最高だよな! この為に生きてるって言ってもいい!」

「それは言いすぎだろ。……まぁ、この時間を毎日楽しんでいるのは間違いないけどな」


 コップの半分程のエールを飲み干すと、男達はテーブルの上にある料理に手を伸ばす。

 茹でたソーセージや串焼き、シチュー、炒め物、煮物……様々な料理が皿の上に並んでいるが、その料理は次から次になくなっていく。

 一応日中にも軽く食べるといったことはしてるのだが、あくまでもそれは軽くだ。

 仕事が終わった後の開放感……何より、初日の仕事を終えたというのも大きく、職人達は思う存分、飲んで食う。

 今もまだ仕事をしている者達がいるというのは分かっているが、この酒場にいる職人達はきちんと今日の分の仕事を終わらせている為に、疲れを癒やし、明日への英気を養う為にしっかりと飲んで、食って、騒いでいた。


「お前達、飲むのはいいけど、明日に響くような馬鹿な飲み方はするなよ! 明日も仕事があるんだからな!」


 二日酔いの状態で、しかも真夏の日差しの下、仕事をするというのは地獄だ。

 その地獄は酒を残したままの者だけではなく、その者がする筈だった仕事を手伝わされる方にも負担を強いる。

 そんな真似をしたら許さないと、そう男は叫ぶ。


「分かってますよ、親方! 俺達だって、きちんとその辺は計算してますから、大丈夫ですって」

「馬鹿野郎! お前二ヶ月前のことを忘れたのか? あれだけ自信満々に大丈夫だって言っておきながら、思い切り次の日も酔っ払ってただろうが!」

「あ、あれは……その……」


 威勢良く大丈夫と告げた男に、同じ失敗をしてるんだから信用出来ないと告げる男。

 そんな二人のやり取りを、周囲にいる者達は面白そうに視線を向け、酒の肴として楽しんでいた。


「姉ちゃん。この干し肉をもう一皿頼む!」

「あ、こっちにはエールをもう一杯!」


 そんな酒場の周囲では、他の者達が様々な追加注文を行う。

 今日からいよいよギルムの増築工事が始まったということもあり、やはり今日は皆が色々と騒ぐのも当然だろう。

 酒場や食堂、娼館……それ以外にも様々な店が、この商機を逃さない為に頑張っていた。

 今日は初日ということもあって、声を枯らすかのように大声で客引きをしている者も多い。

 そのような状況では、当然のように喧嘩騒ぎも多く起き、警備兵がギルムの中を走り回っている。

 騒がしい夜は、まだ始まったばかりだ。

 警備兵は休む暇もなく一晩中走り回ることになる。






「……なるほど。こっちにとっては幸運だったな。まさか、レイが土系統の魔法についてもそこまでやれるとはな」

「はい。レイのおかげで、壁の建設工事は予想していたよりも早く終わるのは間違いありません。……ただ、それが具体的にどのくらいになるのかというのは、まだ正確には分かりませんが」


 領主の館にある執務室で、ダスカーは今日の工事について上がってきた書類を読みながら、満足そうにしていた。

 当然だろう。増築工事というのは、終わるのが早ければ早い程いいのだから。

 勿論、幾ら工事が早くても仕上がりが雑であればそれは害悪ですらある。

 だが……今回ダスカーが集めた職人達は、その全員が信用出来る者達であり、同時に腕自慢の者達だ。

 その者達に任せておけば大丈夫だと、そう確信出来るだけの相手。

 部下や日雇いの者達が妙な失敗をしても、それをフォロー出来るだろう者達。

 もっとも、そのような腕自慢の者達を集めた為に、それぞれの主張がぶつかりあって、実際に工事を始めるまでそれなりに時間が掛かってしまったのだが。


「その辺りは大丈夫だろう。工事の速度が速くなったのは事実だが、それはあくまでも壁を作る為の下処理に関してだ。実際にレイがやるべきことを終わらせれば、そこからはこちらの予定通りの速度で工事は進むだろう」

「……だと、いいんですが」


 ダスカーの言葉に、部下は言葉を濁す。

 レイという存在が、これまでどれだけ自分達の予想外の行動をしてきたのか……それをダスカーの側で見てきたからこそ、ダスカーの言葉を完全に信じるような真似は出来なかった。

 レイがどれだけのことを成し遂げたのかという点では、部下よりもダスカーの方がより多くを知っている筈だったが……部下の目から見て、ダスカーがその辺りを心配しているような様子は一切ない。


(何故、ダスカー様はこれだけレイに心を許すのだろう? レイがこれまでギルムの為に色々と働いてくれたというのは知ってるけど、それでも結局のところはただの冒険者。そこまで深く信頼するのは危険なのでは?)


 別にレイに対して何か思うところがある訳ではないのだが、それでもダスカーがレイに抱いている信頼は度がすぎるように思えた。

 だが、それを口にすればダスカーが不機嫌になるだろうと判断し、別のことを口にする。


「壁を壊した場所にて、早速モンスターが姿を現したとのことです」

「……どんなモンスターだ?」

「ゴブリンだと報告が上がっています」

「そうか、ゴブリン程度なら問題はないな」


 もしかしたらもっと強力なモンスターが現れたのでは? と一瞬嫌な予感を覚えたダスカーだったが、現れたのがゴブリン程度であれば何の問題もない。

 そのことに安堵しながら、窓の外を見る。

 そこでは、雲一つない夜空に、大きな月が浮かんでいた。

 まるで、増築工事を始めたギルムを祝福するかのような、そんな月明かりが地上に降り注いでいるのを見て、何となく自分も月光浴をしたくなったダスカーだった。

 ……もっとも、ギルムの増築工事が始まった日にそんな余裕がある訳もなく、部下から様々な報告を聞き終わった後は、すぐに書類仕事に戻ったのだが。

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