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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルム増築
1445/3865

1445話

「地形操作!」


 叫ぶと同時に、壁を作る予定の地面が一m程沈んでいく。


「おつかれさん。大分魔法を使わせてしまったけど、大丈夫か?」


 レイが現在地形操作のスキルを使っている場所の担当の職人……狸の獣人の男が、そう言いながらレイに水の入ったコップを渡してくる。

 レイの場合はミスティリングの中に冷たく冷えた果実水や水、流水の短剣といった物があるのだが、それでも向こうの気遣いだろうとコップを受け取り、喉を潤し……


「ん?」


 その水の冷たさに、少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 それは、ミスティリングに収納されている果実水のように冷たい訳ではないのだが、それでも十分に冷えている水だった。

 言うなれば、山で流れている川のような冷たさに近い。

 少なくても、この炎天下の中で用意された水とはとても思えない冷たさだった。


「これは?」

「はは、驚いたか。実は上の方でマジックアイテムを用意してくれてな。少しでも俺達を快適に働かせて、壁の建造を急がせようってことだろうな。まぁ、他にもこの暑さでやられたりしないようにってのもあるだろうけど」


 そう言いながら、狸の獣人の男は空を……雲一つなく、どこまでも高い青空を見ながら呟く。

 そんな青空だけに、真夏の太陽も強烈な日光を地上に向けて自己主張している。

 多くの者が、気温と直射日光により額に汗を流しながら自分の仕事を続けていた。

 ……そんな中、レイは簡易エアコンのような能力を持っているドラゴンローブのおかげで、午前中にも関わらず炎天下であっても全く苦労することなく仕事をこなすことが出来ていた。


「ま、上の方も色々と考えはあるんだろうけど、実際に働く方としては、労働環境がよくなるんだからいいんじゃないか?」

「そうだな」


 熱中症……という類の言葉はないが、それでも暑い中で水分補給をせずに動き回ると身体に悪いというのは、長年の経験で知っている者が多い。

 そんな狸の獣人の職人と話をしている間にも、この場所を担当している魔法使い達が魔法を使い、レイの地形操作で生み出された場所を更に掘り進め、拡大していく。

 レイのように一気に広範囲に……それも連続して地面を操作するということは出来ないが、それでも一mという制限のあるレイの後を続けて地面を掘るには十分な実力を持っていた。

 そうして額に汗して働いている者達を見ながら、レイは改めて周囲を見回す。

 レイから見える範囲では、大勢の者達が働いている。

 そんな中で暇そうにしているのは、モンスターがやって来た時の為に警備をしている冒険者の面々。

 壁が壊れてから数時間が経ち、そろそろ昼近くなってはいるのだが……未だにゴブリンの一匹も現れないのだから、その気の抜けようも不思議ではないだろう。

 ベテランの冒険者達が時々言い聞かせてはいるが、それも効果があるのは注意されてから少しの間だけだ。


(まぁ、警備の方の本番は当然夜なんだしな)


 昼間に警備を行っている冒険者は、纏めている者以外は殆どがそこまで腕の立つ者達ではない。

 モンスターが活発に動く夜に精鋭を持ってくるのは、警備を考えれば当然だった。

 そうして周囲の様子を見ていたレイは、今更ながら……本当に今更ながらに、ふと気が付く。


「あれ? そう言えば、何で最初に古い壁を壊したんだ? 新しい壁を作ってから、古い壁を壊せばよかったんじゃないのか?」

「……今更か?」


 レイの呟きが耳に入ったのだろう。狸の獣人が、レイの方に呆れたような表情を向けてくる。


「いや、そう言われても、俺は工事とかそういうのに詳しくないし。当然街の増築作業に関しても、ギルムが初めてだしな。他の街でも増築工事をする時はこんな流れなのか?」

「違う」


 レイの言葉を、狸の獣人は即座に首を横に振って否定する。

 その反応速度は、それこそレイから見てもそれなりのもののように思えた。


「違う? けど、実際そういう風にしてるだろ?」

「そうだな。……何て言えばいいんだろうな。普通の街とかなら、レイが言ってるように最初に新しい壁を作ってから、古い壁を壊すといった手法で工事を進める。……けど、ここはどこだ?」

「どこって……ギルムだろ?」

「そうだ。ギルム……つまり、辺境だ。そしてこのギルムは辺境に対応した造りになっている。特に大きいのは、ギルム全体を覆っている結界だな。他にも辺境であるが故に周辺に流れている魔力が多かったり、地下を流れている魔力も多かったりする」

「……まぁ、辺境だし。その辺が普通の街とか村と一緒だったら、それは辺境とは呼ばないだろうな」


 周辺の環境が普通の場所と同じであれば、当然のようにそこは辺境ではなく、普通の田舎と呼ばれるだろう。


「つまり、辺境だからこその手順って訳か?」

「そうなるな。他にも色々と細かい理由はあるが、大まかなところはその辺が大きい。最初はレイが言ったように、最初に新しい壁を作ってから古い壁を壊す……って案も上げた奴がいたが、ギルムの職人達にそれは却下された」


 そう言われれば、レイも納得するしかない。

 職人としての知識も技術もないのだから。


「で、その結果がこうして古い壁を壊してから新しい壁を作るって訳だ」

「そうなる。ああ、それと結界の件も何だか関係しているらしいが……その辺は俺の専門外だから、詳しいところは分からない」

「結界が?」


 レイから見て、ギルムに施された結界はかなりの性能だった。

 少なくても、レイがつい先日出向いたレルダクトが住んでいた街の結界は、レイとセトに対しては特に意味をなさなかった。

 レイとセトが侵入してきたというのを知らせたのだから、全く意味がなかった訳ではないだろうが……セトが急降下して直接領主の館に突っ込んだおかげで、レイとセトの侵入を探知しても、それに対する反応はどうしても遅れてしまう。

 結果として、普通の空を飛ぶモンスターに対しては有効であっても、レイ達に対しては全く有効ではないということになってしまっていた。


「ああ。今も言った通り、詳しいことは分からないけどな。もっと上の方にいる人なら、その辺りの事情も知ってるかもしれないけど。ともあれ、そんな風に色々な事情があってこういう工事方法になってしまった訳だ。それに……」


 一旦言葉を切った狸の獣人は、レイに向かって意味ありげな視線を向ける。


「どうした?」

「いや、レイがいればその辺は心配ないだろうけど、新しい壁を作ってから古い壁を壊すって手法だと、資材の運搬についての問題もあるんだよ。ここが辺境でなければ、街の外に資材を集めておいてもいいかもしれないが……」


 下手にギルムの外に資材を置いておいた場合、辺境では何がどうなるのか分からない、と。

 そう告げる相手に、レイは疑問を抱く。


「それなら、古い壁を全部壊さなくて馬車が出入り出来るような穴を開ければいいんじゃないか?」

「最初からそれを目的にして壁が作られているのならそれもいいだろうが、ギルムが作られた時はそんな想定をされてなかったんだよ。そんな状況で下手に壁の一部を破壊するような真似をすれば、他の場所にも被害が出る可能性がある」

「なるほど、そういうものか」


 レイにはその辺の知識は殆どなかったので、本職の相手にそう言われれば納得するしかない。


(壁が破損した場合のことは考えられていてもおかしくはないと思うけど……それとはまた、違うのか?)


 少しだけ興味深い様子で、再びレイが何かを喋ろうとしたのだが……それよりも前に、遠くの方からレイを呼ぶ声が聞こえてくる。


「おーい、レイ! そろそろ他の場所も頼む!」


 一つの場所に時間を掛けるのは、他の場所の負担に繋がる。

 多少休憩するくらいならまだしも、狸の獣人と話し始めてからそれなりに時間が経っていた。

 こうして急かされるのも、おかしな話ではないのだろう。


「分かった、すぐ行く!」


 声を掛けてきた相手に手を振って言葉を返し、レイは水を飲み干したコップを狸の獣人に返す。


「って訳で、俺はそろそろ行くよ。他の場所も回らないといけないしな」

「分かった。頑張ってくれよ。……レイがいれば工事の類が楽になるってことで、これからは指名依頼が入るかもしれないな」

「それは……喜んでいいのか、微妙なところだな」


 少しだけ困ったように笑うと、レイは先程自分を呼んだ男の方に向かって走っていく。

 そこまで距離があるわけではないので、それこそ十秒と掛からずに次の現場に到着する。


「急がせて悪いな。けど、最初にレイに仕事をして貰うと、こっちの方でも仕事が進むんだよ」

「分かってる。こっちもちょっと休憩しすぎてしまったからな」

「何だか真面目そうに話をしてたように見えたけど、どうしたんだ?」

「いや、何でわざわざ古い壁を破壊してから新しい壁を作るようにしたのかが気になってな。その件でちょっと聞いてただけだよ」

「それは、ここがギルムだからだろ?」

「そうらしいな、俺は知らなかったけど。……それで、早速だけど始めてもいいか?」


 自分の住んでいる場所についての話なのに知らなかったのか? と、そう視線で尋ねてくる男の言葉を聞き、何かを誤魔化すかのようにレイはそう尋ねる。

 そんなレイの様子に気が付いているのかいないのか、ともあれ男はレイと話すことに拘りはなかったのか、あっさりと頷く。


「分かった、頼む」


 そうしてレイがスキルを使おうとした時、不意に近くにいた魔法使いの一人がレイの方に近づいてくる。


「悪いんだが、もし良かったらお主の魔法を使うところを見せてくれないか? 儂はこう見えてもそれなりに魔法については自信がある。じゃが、お主の魔法の腕はかなり高いと噂で聞いている。是非、近くで見せて貰いたい」


 そんな老人の魔法使いの言葉に、レイが何かを言うよりも前にこの場所を担当している職人の男が口を開く。


「ほら、爺さん。悪いけどレイの邪魔はしないでくれ。レイは今一番忙しいんだから」


 一番忙しいと言われても、レイは先程まで狸の獣人の男と話していただけに、微妙に視線を逸らす。


「まぁ、そう言わんでくれ。……それで、どうじゃな?」

「あー……別に俺はどっちでも構わないけど。ただ、こっちの集中を乱すような真似だけはしないでくれ」


 そう告げるレイの言葉に、老人は頷いて好奇心を隠しきれないような表情で、レイの動きをじっと見つめる。

 そんな老人の姿に若干思うところがないでもなかったレイだったが、今はとにかく仕事をこなしてしまおうと判断してデスサイズの石突きを地面に突き刺す。


「地形操作」


 その言葉と共に、壁を作る予定になっている場所の地面が一m程沈んでいく。

 周囲で様子を見ていた他の魔法使いや職人達は、目の前の光景に大きく目を見開いた。

 遠くから見て、レイがどれだけのことをしているのかは分かっていたが、それでも実際にすぐ近くで見るというのは大きく違った。

 何故これだけの魔法を連続して、それも特に疲れた様子もなく連発出来るのかと、そんな疑問を抱くのは当然だった。


「なぁっ!?」


 そんな中、奇妙な声を上げたのは、レイのすぐ近くでじっと様子を見ていた老人だった。

 目を大きく見開き、それこそ信じられないものでも見たような、そんな表情を浮かべている。


「ど、どうしたんだ爺さん。いきなりそんな声を上げて」


 この場を任されている職人が、慌てた様子で老人に声を掛けた。

 もしかしたら、この暑さで老人の身体に異常が出たのではないかと、そう考えたのだろう。

 だが、老人はそんな職人の言葉を聞いている風もなく、驚愕の表情を浮かべたまま、改めてレイを見る。

 周囲の様子を意図的に無視している……訳ではなく、純粋にレイの様子を見ているだけで他の者からの態度は右から左に通り抜けているのだ。


「お主……お主……一体何者じゃ!?」


 老人に詰め寄られたレイは、首を傾げて口を開く。


「何者って言われてもな……異名持ちのランクB冒険者だが?」

「儂が言っておるのは、そのようなことではない! お主……いや、お主の持っているその武器は……どれ程の技量があれば、このような物を……」


 老人の口から出た言葉を聞いたレイは、老人を見る視線を鋭くする。

 そんなレイの視線に気が付いた様子もない老人は、レイの持つデスサイズに熱狂的と表現するのが相応しい視線を向けていた。


「教えてくれ! このマジックアイテムを作ったのは誰じゃ!? 誰の作品なんじゃ? 頼む!」

「そう言われてもな。俺もこれは貰い物だから、その辺の詳しい事情は知らないんだよ」


 まさか魔獣術で生み出した物だと言う訳にもいかず、レイは何とかそう誤魔化す。

 それでも、自分の特異性について理解された訳ではないと知り、少しだけ安堵の表情を浮かべていたが。

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