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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルム増築
1414/3865

1414話

 ギルドの二階は、冒険者達が使える会議室となっている。

 複数のパーティが使う大きな会議室が幾つかと、一つのパーティや少人数で使う小さな会議室が幾つか。

 レノラがレイ達を連れて向かったのは、小さな会議室だった。


「随分と責任感の強い人なのね」

「あ、あはは。そうですね。色々と強烈な性格をしている人ですが、責任感は強いと思います」


 どこか口籠もった様子のレノラに、それを聞いたマリーナは少し不思議そうに首を傾げる。

 レノラの誤魔化すような言い方が気になったのだろう。


「どうしたの?」

「その、会えば分かると思いますから。ほら、着きましたし」


 レノラのが言ったのと同時に、そのレイ達は扉の前に立っていた。


「すいません、ビストルさん。少しよろしいでしょうか?」

「はーい。何かしらー?」

「……え?」


 会議室の中から聞こえてきた声に、レイの口から疑問の声が漏れる。

 聞こえてきた声は、間違いなく男の……野太いと表現してもいいような声だ。

 にも関わらず、その口調は女を思わせるような喋り方。

 とてもではないが、疑問を持つなというのは無理だろう。

 レイの隣のマリーナも、声には出していないが不思議そうな表情を隠し切れてはいない。


「……」


 無言でお互いに視線を合わせたレイとマリーナ。

 そんな二人を見て、レノラは何となくこれからの展開を予想しながら……扉を開く。

 扉から中に入ったレイは、一瞬部屋の中がどこかの庭で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいるようなイメージを受けた。

 もっとも、そのアフタヌーンティーを楽しんでいるのは、貴族の令嬢といったものではなく……外見から見て分かる程に筋肉が盛り上がっている男だったが。

 そのような姿をしていながら、何故か服は女ものの服。

 ただ、当然女ものの服ではあっても、レイが見ているような筋肉の塊と呼ぶに相応しい人物が着るようなサイズというのはない……とは断言出来ないものの、非常に稀少なのは間違いなかった。


「うっ……」


 そんな相手を見たレイが、思わずといった様子でそう呻いてしまったのは、ある種当然のことだったのだろう。

 レイの隣にいるマリーナは、あからさまな驚きこそ表情に出ていないものの、それでも動きが止まっているのがレイからでも見て分かる。


「あらん。レノラちゃん、そっちの二人は? いえ、その外見から考えると、もしかして紅蓮の翼の方々かしらん?」


 何故か小指を立ててそう尋ねるビストルだったが、その口から出た指摘は正しい。


(マリーナは分かる。何だかんだと有名だし。けど……何で俺まで分かったんだ?)


 現在のレイは、いつものようにドラゴンローブのフードを被っている状態だ。

 顔もしっかりと確認出来ない筈の自分を見て、それで紅蓮の翼のメンバーだと……いや、レイだと判断出来るというのは、予想外だった。


「ふふふ。紅蓮の翼はギルムの中でも有名なパーティですもの。特に今の増築作業では、レイちゃんが大きな役割を果たしているというのは、それなりに有名よん」

「……ちゃん?」


 まさか、ちゃん付けで呼ばれるとは思ってなかったのだろう。レイは目の前に立つ人物をじっと見つめる。


「いやん。そんなに熱い視線を向けられたら、恋に落ちちゃうじゃない」


 寧ろ、お前の外見が濃いだろ。

 そう言いたくなるのを我慢しながら、レイは口を開く。


「まぁ、いい。好きに呼んでくれ」

「あら、じゃあダーリンと……いえ、ごめんなさい。冗談だからその目は止めてくれない? もう二度と言わないから」


 レイではなく、マリーナの方を見ながら、ビストルは慌てたようにそう告げる。

 これまでは大胆と表現してもおかしくない性格だったのだが、今は額に汗を滲ませていた。

 それだけ、今のマリーナから向けられた視線に感じるものがあったのだろう。

 だが、レイがマリーナに視線を向けても、そこにあるのはいつもの笑みのみだ。

 勿論非常に美人なのは、間違いのない事実なのだが。

 それでも、ビストルはマリーナの笑みを見た瞬間、背筋が冷たくなった。

 それは女の――少なくても性根は――勘なのか、それとも圧倒的に強者に睨まれたが故の小動物的な勘なのか……ともあれ、レイにその手の冗談を口にするのは止めておいた方がいいというのはしっかりと心に刻まれる。

 そのようなやり取りがされているとは全く気が付いていないレイは、取りあえずといった様子で口を開く。


「それで、俺が奪い返してきた資材の確認をしてほしいんだけど?」

「え? ええ、そうね。そう言えばそうだったわね。すっかり忘れてたわ。じゃあ、早速資材置き場に行きましょうか。ギルムに納めるのは明日になるけど、今日資材置き場に置いても構わないと許可は貰ってるから」


 何かを誤魔化すような感じでビストルはそう告げる。


「では、私はこれで失礼しますね。ああ、ビストルさん。資材の確認が出来たらこちらにサインをしてレイさんに渡して下さい」

「分かったわよん。その辺りは任せてちょうだいな」


 書類を受け取り、ウィンクをしながら笑みを浮かべるビストルだったが、それを横から見たレイは半ば反射的に数歩後退る。


「あ、あははは。ビストルさんも、これからはもっと護衛に力を入れた方がいいかもしれませんね」

「そうねー……ここまで一緒に来た人達は、相当前から一緒に行動をしていた人達だったから、すぐにそういう気分にはならないんだけど……でも、仕事を考えるとそうも言ってられないよね」


 髭の剃り跡を撫でながら、ビストルは呟く。

 それでいながら、目に悲しみが宿っているのは心の底から何人かの護衛が死んでしまったことを悲しんでいるからだろう。

 そんなビストルの様子に、レイは少しだけ目の前の、レイが知っているのとは別の意味でモンスターと呼ぶに相応しい存在を見直す。


「あー……その襲われた場所にあった死体だけど、一応こっちで焼いておいたぞ」

「え? 本当!?」


 勢いよく近付いてくるビストルに若干引きながらも、レイは頷きを返す。


「ああ。街道の近くだし、今はそれなりに暑くなってきてる。あのままにしておけば、色々と不味いことになったのは間違いないだろうし」

「ありがとう……ありがとうねぇ……本当はアタシもどうにかしたかったんだけど、あの時はとにかくギルムに逃げ込むしか出来なかったから……」


 外見とは裏腹に、ビストルは本気でレイに感謝していた。

 一見すれば半ばモンスターに見間違われても仕方のない外見をしているビストルだが、その心根は情に厚く、人柄はいたって温厚なのだ。

 常識的……と言ってもいいのかもしれない。

 懐から取り出したハンカチで涙を拭き、まだ目に若干の悲しみを宿したままではあるものの、口を開く。


「じゃあ、そろそろ本当に行きましょうか。もうそれなりに夜も遅くなってきたし、レイちゃん達もこれから忙しいでしょ?」

「そうしてくれると、助かる。腹も減ってきたしな」

「あのね……レノラに依頼された時も食事をしていたし、ギルムから出る前にも色々と買い食いをしたりしてたでしょ? 戻ってくる時も何か食べてたみたいだし……何でそれでまだお腹が空くのよ」


 呆れの視線を向けてくるマリーナだったが、レイは小さく肩を竦めてそれに応える。

 実際、食べる量が多いというのはレイの持つ数多い欠点の中でも特に大きい部分だろう。

 今のレイは大金持ちと呼んでもいいだけの財産を持っている為に問題ないが、もしレイが普通の技量しかない冒険者であれば、餓死していた可能性すらあるだろう。


「まぁ、いいじゃない。よく食べる子は育つって言うでしょ? あ、そうだ。もし良かったら、今回の依頼の報酬の他にアタシが今日の夕食を奢るわ」


 ビストルの奢るという言葉に目を輝かせたのは、当然のようにレイだ。

 勿論、レイはミスティリングの中に、普通なら一生遊んで暮らせる……それどころか何回か生まれ変わっても大丈夫なだけの財産はある。

 だがそれでも、やはり奢って貰うというのは気分がいいし、レイの知らない料理を楽しめる可能性もあった。

 ビストルがギルムに来たのは今日なのだから、美味くてレイも知らないような店を知っている可能性は低かったが。


「あー……その、ビストルさん。それは止めておいた方が……」

「あらん、何故かしら? レイちゃんには今回色々と手間を掛けたんだもの。それにアタシの友人達も弔って貰ったんだし……このくらいのお礼はとうぜんじゃない?」


 レイと会った時に口にしたように、ビストルは紅蓮の翼の情報を、延いてはレイの情報を持っている。

 だが、それはあくまでも冒険者としての情報であって、普段の生活態度についての情報はない。

 そう、レイがいつもどれくらい食べるのかといったことは知らないのだ。

 レイとマリーナの会話を聞いていればそれなりに食べるだろうという予想は出来るが、具体的にどれくらいなのかは分からない。

 ましてや、紅蓮の翼にはレイ以外にも、その身体に見合わぬだけ食べるビューネという存在が……そして何より、グリフォンのセトがいるというのを知らない。

 いや、セトについては勿論知っているのだろうが、それでもこの場合は自分が奢るメンバーに入っているとは思わないだろう。


「……そうですね。まぁ、ビストルさんがそう言うのであれば私からは何も言いません。ただ、そうですね。もし奢るのであれば水晶亭というお店をお薦めしますよ。安くて量も多くて美味しいという噂ですし」


 レノラは、せめてビストルの懐になるべく被害が出ないような店を紹介する。

 そんなレノラの思いは分からなかったのだろうが、それでもビストルが知っているギルムの店というのはそう多くない。

 ギルムに行ったことのある商売仲間や友人、知人といった者達からある程度の話は聞いていたのだが、あくまでもその程度だ。

 だからこそ、最新の店の情報を聞かせてもらったビストルは嬉しそうにレノラに感謝の言葉を口にする。


「ありがとね、レノラちゃん。今度いい化粧品をプレゼントするわ。アタシも使ってるから、効果は保証済みよん」

「え、えーっと……あ、あははは。その、楽しみにしてますね」


 ビストルの使ってる化粧品と言われても、それが具体的にどのような物なのか……興味はあるが、どこか怖いと思う自分もいた。

 だが、ビストルはそんな相手の反応にも慣れているのだろう。小さくウィンクをすると、レイに向かって口を開く。


「さ、行きましょうか。まずは資材を確認しないといけないわ」

「あー……うん。そうだな、行くか」


 ビストルに色々と言いたいことがあるレイだったが、ここで何かを言えばまた時間が無駄になるというのは理解しているのだろう。

 結局それ以上は口にせず、マリーナを引き連れて部屋を出るのだった。






「ここにお願いするわ」


 ギルドを出てビストルとレイ、マリーナ、セトが向かったのは、元々ビストルが資材を納める筈だった資材置き場。

 既にギルドを通って事情が説明されていたのだろう。そこには警備兵の姿があった。

 普段であれば資材の警護は冒険者に任されている仕事なのだが、今回は盗賊の襲撃があったこともあり、念には念をといったところか。

 正確には盗賊ではなくどこかの私兵集団なのだが、その辺の事情はまだ公表されていない。

 レイ達が捕らえた捕虜から情報を聞き出し、ダスカーを含めた上の人間が判断する筈だった。

 もっとも、マリーナからレイが聞いた話によれば、今回の件を仕組んだ相手が誰なのかによっては公表されるようなことはないという話だったが。

 もしこれがミレアーナ王国以外の国であったりすれば、話はそれ程複雑ではない。

 それこそ、仕掛けてきた相手国を非難する声明を行い、その国に今回の件を企んだ相手を引き渡すように求めればいい。

 向こうが大人しくそれに従うかなど、色々と問題はあるが、それでも表だって責めることは可能なのだ。

 だが、今回の件を行ったのがミレアーナ王国の敵対派閥である場合、表だって非難するのは難しくなる。

 勿論ダスカーがそのまま済ませる訳もなく、何らかの方法で報復はするのだろうが。

 何もせず、なあなあで済ませようとすれば、それこそダスカーは何をされても反撃をしてこないとされ、手を伸ばしてくる相手が増えるだけだ。

 辺境のギルムというのは、それこそ他の者達にとっては喉から手が出る程に欲しい場所なのだから。

 そのような真似をさせないためにも、公にはならずともしっかりと報復をする必要があった。


(ま、それは俺には関係ないだろうけど)


 そんな風に考え、レイはビストルに促されてミスティリングの中に収納していた資材を取り出す。

 ……その資材のうち、三割程はビストルにとっても覚えのない品であり、私兵達に襲撃されたのがビストル達以外にもいるということの証になるのだった。

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